The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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第一の門を越えた先で、海はさらに静かになった。
音がないわけではない。
遠くで水が軋む。
王宮の壁が、眠りながら呼吸するように低く震える。
足元の石床には薄い水が張り、歩くたびに青い波紋が広がる。
けれど、その静けさは、無音よりも重かった。
藤丸立香は、思わず息を潜める。
ここは、王宮の奥だ。
同時に、墓の奥でもある。
ニトクリスは、立香の隣で静かに杖を握っていた。
「王統の気配が濃くなっています」
マシュが盾を構え直す。
「王統、ですか」
「ええ。
ここは、ただの通路ではありません。
王名を刻み、継承を記し、死と不在を保存する場所です」
エミヤが周囲を見渡す。
「墓碑であり、戸籍であり、王権を選別する装置でもある、か。
合理的だが、趣味は悪いな」
アトラスは答えた。
「王統は記録されるべきものだ」
ギルガメッシュが鼻で笑う。
「記録されることと、記録に縛られることは違うぞ、大洋王」
アトラスは振り返らない。
「知っている」
「ならばよい」
ギルの声には、いつもの嘲りがあった。
けれど立香には、それだけではないように聞こえた。
試している。
王宮ではなく、ギルガメッシュが。
アトラスが、記録へ沈むのか。
それとも、記録を裁定するのか。
通路の左右に、青い光が浮かび上がる。
文字だった。
名前。
日付。
継承記録。
玉座認証。
帰還記録。
失踪記録。
死亡記録。
壁そのものが、王統譜になっている。
通信越しにダ・ヴィンチの声が入った。
『壁面全体が王統譜になっている。
死亡記録だけじゃない。不在と失踪も、同じ層へ刻まれている』
ニトクリスが低く言う。
「墓碑であり、王名録でもあるのですね」
王宮の声が響いた。
『第二認証――王統記録』
『王統記録、展開』
青い光が、一斉に広がった。
『十王統治機構、記録照合』
『至高王アトラス、中央王権』
『第一王統より第十王統まで、各権限照合』
壁に、十の光が現れる。
それは単なる一覧ではなかった。
王宮全体を貫く樹のような構造。
上から下へ。
内から外へ。
王冠から王国へ。
十の王統は、互いに離れているのではない。
それぞれが王宮を支え、海を分け、火を封じ、星図を記し、祭祀を保ち、記録を運び、民の生活へ繋がっている。
その頂に、ひときわ強い光があった。
王冠のような光。
『至高王アトラス、中央王権』
その最下層に、深く青い光があった。
王宮の底へ。
港へ。
水路へ。
穀倉へ。
避難路へ。
民の記録へ。
地へ触れる光。
王宮ログが続く。
『基層血統――ダー』
『星属反応、検出』
『後世分類照合――真祖近似』
ダ・ヴィンチの声が、通信の向こうで低くなった。
『やっぱり出た。
カルデアの霊基解析でずっと引っかかっていた、真祖に近い血統反応。その根だね』
立香は聞き返す。
「ダー?」
『うん。この王統記録では、そう呼ばれている。
ただし、私たちが知る真祖そのものじゃない。もっと古く、星そのものに近い血統だ。
神話へ取り込まれる以前の反応を、カルデアの分類系が真祖近似として拾っている』
ニトクリスが、壁に流れる王名録を見上げる。
「神の王統ではなく、星の王統……」
アトラスは、壁に沈む古い名を見ていた。
「ダーは、王ではない」
ギルガメッシュが目を細める。
「では何だ」
「王を生む海だ」
王統記録層の光が、わずかに揺れた。
エミヤが問う。
「十王統治というのは、十人の王がいたという意味か」
「王は十いた。
だが、玉座はひとつだった」
アトラスは、青い王統図を見上げる。
「至高王は、冠だ。
十王統治の頂にあり、すべての権能を束ねる」
立香は、その最上位の光を見る。
「至高王アトラス……」
「そうだ」
アトラスの声は硬い。
「そして、エウメロスは末端に置かれた。
王宮の最下層。
港、穀倉、水路、祭祀、記録、民の移動。
王国が実際に地へ触れる場所を見ていた」
マシュが静かに言う。
「最も、王国に近い場所……」
アトラスは答える。
「最も、地に足を付けていた場所だ」
ギルガメッシュが、わずかに笑った。
「ほう。
冠が消え、王国そのものを見ていた者が残ったか」
アトラスはギルを見ない。
「至高王は帰還しなかった。
十王統治は機能を失った。
王座が空いた」
立香は、壁の記録を見る。
最上位の光は消えている。
十の連なりは、崩れかけている。
けれど最下層の光だけが、青く、重く、王宮の底に残っていた。
「だから、己(おれ)が座った」
それは、ただの代理ではなかった。
王座が空いたから座った。
その言葉を、立香は何度も聞いてきた。
けれど今、王統記録の光の中で見ると、その意味はさらに重かった。
エウメロスは、最初から冠ではなかった。
王国の足元を見ていた者だった。
民の道を知り、水路を知り、穀倉を知り、港を知り、記録を知っていた者だった。
だからこそ、玉座が空いた時、座れた。
そしてだからこそ、沈めた。
地に足を付けていた者が、その地を海底へ落とす裁定を担った。
立香は、その事実の重さに言葉を失う。
アトラスは、何も言わなかった。
王宮ログが、さらに深い層へ沈む。
『先代王アトラス、記録層起動』
『正王記録――至高王アトラス』
『王座認証、一致』
『王統血縁、確認』
『統治権限、完全承認』
『個体記録――エウメロス』
『現在個体との照合――未確定』
『王族補佐権限、確認』
『王位継承順位、非第一位』
『王国下層管理権限、確認』
『港湾記録、接続』
『穀倉記録、接続』
『水路記録、接続』
『避難路記録、接続』
『民籍記録、接続』
『王座代理記録、後年追加』
アトラスが低く言う。
「古い記録だ」
ギルガメッシュが返す。
「古いだけで刺さらぬなら、その顔にはならぬ」
アトラスは答えない。
王統記録層の奥に、水面が現れた。
いや、水面ではない。
玉座の前に広がる、青い反射。
そこに、王冠が映っている。
誰も座っていない玉座。
だが、そこには確かに王の影がある。
青い光が、人の形を取った。
アトラスに似ている。
だが、違う。
少女の姿ではない。
沈んだ王ではない。
海底に閉ざされた鎧でもない。
それは、沈む前の王権をまとった影だった。
至高王アトラス。
帰還しなかった先代王の記録。
本人そのものではない。
死者の魂ですらない。
王宮防衛機構が再構成した、中央王権の記録体。
けれど、その姿はあまりにも強く、王座の空白を背負っていた。
ニトクリスが鋭く言う。
「これは死者の魂ではありません」
立香は、幻影から目を離せなかった。
ニトクリスの声が続く。
「記録です。
けれど、死者かどうかすら確定していない不在の名を借りて、生者を縛る記録です」
通信越しに、ダ・ヴィンチが続けた。
『ニトクリスの言う通りだ。人格反応じゃない。
王統記録に残された文言を、認証状況に合わせて組み直している。
これは先代王じゃない。分類機構だ』
アトラスは静かに言った。
「己は生者ではない」
ニトクリスは、即座に返す。
「では、現界する王として聞きなさい。
二度言わせないでください」
アトラスは黙った。
エミヤが弓に手をかける。
「本人ではないなら、言葉を額面通りに受け取るな」
ギルガメッシュが、至高王の幻影を見る。
「本人であろうとなかろうと、言葉に縛られるなら同じことよ」
幻影が目を開いた。
青い光の瞳が、アトラスを見る。
そして、静かに呼んだ。
「エウメロス」
その声は、王の声に似せた王宮の声だった。
エミヤの目が、わずかに細められる。
ニトクリスも一瞬だけアトラスを見たが、どちらも問わなかった。
その名は、かつて岸から海へ投げられた時とは違う重さで沈んだ。
ギルガメッシュが呼んだ時、その名は沈めたものを本人へ返すように届いた。
今の声は違う。
王座から剥がすための名。
海底へ沈め直すための名。
アトラスの鎧が、わずかに鳴った。
幻影は続ける。
「エウメロス。
お前は、よく戻った」
その声に、温度はない。
優しさに似た形だけがある。
「この王宮は、お前を覚えている。
王の傍らにいた妹。
記録を読み、星図を写し、水路を測り、穀倉を数え、王命を補佐した者」
立香は、息を詰める。
それは、優しい確認ではない。
分類だった。
お前は王ではない。
お前は王の傍らにいた者だ。
そう言うための記録だった。
アトラスが、低く呟く。
「……兄は、己をそうは呼ばなかった」
ギルガメッシュが、赤い瞳を細める。
「記録風情が、よく喋る」
幻影はギルを見る。
『異邦王権、検出』
「異邦の王。ここは我が王宮である」
ギルガメッシュは笑った。
「違うな。
貴様の王宮だったものだ」
幻影は表情を変えない。
視線を、再びアトラスへ戻す。
「お前はエウメロスだ」
アトラスは答えない。
「私ではない」
王宮ログが重なる。
『正王記録――至高王アトラス』
『代理王記録――エウメロス』
『王名重複、検出』
『統合不可』
『分類要求』
幻影は静かに告げる。
「だが、お前は私の名を被った」
アトラスの槍を握る手に、力が入る。
幻影の声は穏やかだ。
穏やかであることが、かえって残酷だった。
「私として、玉座に座れ。
私として、沈め」
青い光が、玉座から広がる。
「あるいは、エウメロスとして退け。
王座は、正しき王統へ返される」
エミヤが即座に言った。
「二択に見せているが、どちらも相手の用意した答えだ。
乗るな」
ダ・ヴィンチの声が重なる。
『統合されれば、アトラスの治世は先代王の記録へ帰属する。
棄却されれば、代理王としての治世そのものが記録から外される。
……どちらにしても、現在のアトラスは残らない』
ニトクリスが、幻影を見据えた。
「これは兄王の意志ではありません。
死者でも王でもない記録が、統合か棄却か、その二つだけを繰り返しているのです」
マシュが盾を構える。
「先輩、王統記録の圧力が上がっています!」
王統の鎖が、床下から伸びた。
青い文字列が鎖となり、アトラスの足元へ絡みつく。
『分類要求』
『王座代理記録、再固定』
『個体名――エウメロス』
『王名――アトラス』
『統合不可』
アトラスは動かない。
その鎖を、見下ろしている。
マシュが盾で前に出る。
「これは攻撃ではなく、認証圧です……!
ですが、先輩へ向けられるなら防ぎます!」
ニトクリスの術式が、青い鎖を押し返す。
「死者の名を騙る記録に、王を沈める権利はありません」
ギルガメッシュの背後に、黄金の門が開きかける。
だが、アトラスが言った。
「壊すな」
ギルガメッシュは目を細める。
「ほう。縛る記録を残すか」
「兄の記録だ」
「兄か。王か。鎖か」
アトラスは黙った。
ギルガメッシュは続ける。
「ならば、貴様が裁定しろ。
縛られるな」
幻影は、アトラスを見ている。
「エウメロス。
王座を退け」
その言葉は、王統記録層に深く響いた。
立香は、胸が痛くなるのを感じた。
王座を退け。
それは、王になりたかった者へ向けられた言葉ではない。
王国の足元を見ていた者へ。
港を、穀倉を、水路を、避難路を、民の記録を知っていた者へ。
至高王が帰還せず、十王統治が崩れ、王座が空いた時に、座るしかなかった者へ。
王座を退け、と言っている。
それは、あまりに残酷だった。
アトラスは、低く言う。
「兄王の記録を壊すことは許さぬ」
幻影が返す。
「ならば、私として沈め」
「それも許さぬ」
王宮ログが乱れた。
『分類不能』
『正王記録への統合、失敗』
『代理王記録の棄却、失敗』
『王名統合、未了』
ギルガメッシュが、幻影へ視線を向ける。
「その名を鎖にするな、記録」
幻影は沈黙する。
ギルガメッシュの声は、王のものだった。
「貴様は王ではない。
王の記録だ」
赤い瞳が、青い幻影を射抜く。
「保存と支配を履き違えるな」
王宮の声が冷たく響く。
『個体名入力を要求』
文字が、立香の前にも浮かんだ。
『個体名入力を要求』
立香は、その文字を見る。
知っている。
エウメロス。
呼ぼうと思えば、呼べる。
けれど、立香は首を横に振った。
「それは、私が入力する名前じゃない」
王宮ログが、わずかに乱れる。
幻影が立香を見る。
「その娘は、お前をアトラスと呼ぶのか」
立香は答える。
「はい」
「真名を知りながら?」
質問ではない。
照合だ。
「今、呼ぶべき名前だから」
幻影の青い瞳が、立香を映す。
「それは王名だ」
「うん。
だから呼んでる」
立香は、アトラスを見る。
「私は、アトラスと来ました」
アトラスの瞳が、ほんのわずかに揺れた。
幻影は沈黙する。
王統記録層が、低く震えた。
アトラスは三叉槍を床へ突いた。
「分類は保留する」
青い鎖が、わずかに揺れる。
「裁定は、すべての記録を見た後に己が下す」
王宮ログが乱れた。
『裁定入力――分類保留』
『保留、受領』
『追加照合を開始』
幻影は再びアトラスを見る。
「ならば見よ」
壁の王名録が、赤く染まり始める。
「お前が何を沈めたのかを」
アトラスの鎧が、大きく鳴った。
ギルガメッシュが、海底の奥を見る。
「ようやく沈めた夜か」
ニトクリスは杖を握りしめる。
「王宮の墓が、最も深い記憶を開こうとしています」
エミヤが弓を構えた。
「準備しろ。
記録でも、焼かれるぞ」
王宮ログが響く。
『第二認証、保留』
『王名統合、未了』
『第三認証――沈没裁定記録』
『火天八紘、封鎖記録層起動』
アトラスは静かに言った。
「次は、火だ」
海底に、昏い藍の火が灯る。
かつて王宮を沈めた裁定が、記録の底で目を覚ました。
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