The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
詳しい注意事項・制作FAQ・設定資料はこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link
海底に、昏い藍の火が灯った。
それは明かりではなかった。
記録の底から浮上する、終末の色だった。
その藍を合図に、青かった王宮の回廊が、赤い記録の色へ染まっていく。
壁に刻まれた王名録が、燃えるように揺らぐ。
足元に張った薄い水の下から、昏い藍の火筋が這い上がる。
水の底なのに、熱い。
息はできる。
濡れてもいない。
けれど藤丸立香は、喉の奥に煙の味を感じた。
第三の認証が始まる。
『第三認証――沈没裁定記録』
王宮の声は冷たい。
『火天八紘、封鎖記録層起動』
アトラスの鎧が、重く鳴った。
紺碧の城塞が、赤い警告光と、内側から滲む昏い藍の燐光を受けている。
冷たい血色の瞳は、回廊の奥に燃える火を見ていた。
「次は、火だ」
その声は低い。
ギルガメッシュが、赤く染まる王宮の奥を見据える。
「ようやく沈めた夜か」
ニトクリスは、唇を引き結んだ。
「王宮の墓が、最も深い記憶を開こうとしています」
エミヤが弓を握り直す。
「準備しろ。記録でも、焼かれるぞ」
マシュが盾を構え、立香の前に半歩出る。
「先輩、私の後ろへ」
「うん」
立香は頷いた。
けれど視線は、アトラスから離さなかった。
王宮の火が、回廊を塗り替えていく。
壁が溶けるのではない。
時間が剥がれていく。
沈んだ青い王宮が、赤い記録に呑まれていく。
崩れた柱が白さを取り戻し、海藻に覆われた壁が磨かれた石へ戻り、床に張った水が光を反射する。
次の瞬間、立香たちは、沈む前の王宮に立っていた。
頭上には海がない。
高い天井。
白い柱。
水路を流れる透明な光。
壁一面に刻まれた星図。
その星図の線をなぞるように、淡い音が遠くから響いている。
歌のようだった。
けれど、誰も歌っている姿は見えない。
王宮そのものが、眠りながら何かを覚え続けるように、微かに鳴っている。
立香は息を呑んだ。
「ここ、沈む前の王宮……?」
ニトクリスが答える。
「墓になる前の王宮です」
ギルガメッシュが周囲を見回し、鼻で笑った。
「ほう。陰気さは今よりましか」
アトラスは低く言う。
「黙れ」
「事実だ」
「……外れてはいない」
返答は小さかった。
立香は、白い柱の間を見た。
そこには人々がいた。
王宮に仕える者。
記録を抱える者。
水路の制御盤へ走る者。
傷ついた兵。
避難を指示する神官。
泣いている子どもを抱いた女。
けれど、彼らはこちらを見ない。
過去そのものではない。
記録だ。
触れられない人影が、燃える記録の中を行き交っている。
通信に、ダ・ヴィンチの声が入った。
『これは過去への転移じゃない。
記録層の再生だ。
ただし、魔力密度が高すぎる。記録なのに、下手な現実より危険だよ』
エミヤが答える。
「記録でも焼かれると言っただろう」
アトラスは、赤く揺れる王宮を見た。
「記録の火だ。
だが、火は火だ」
白い王宮の上層には、十の光が浮かんでいた。
それは、王統記録層で見た十王統治機構の、生きていた姿だった。
最上位には、王冠の光。
至高王アトラスの座。
だが、その光はすでに暗い。
星図を記す銀。
火口を封じる黒。
海を巡らせる青。
法と裁定を示す赤。
祭祀を統べる金。
王国を守り続ける緑。
外洋の兆しを読む橙。
記録を運ぶ紫。
八つの光が、王宮の各層へ結ばれている。
そして、その最下層に、地へ触れる深い青があった。
港へ。
穀倉へ。
水路へ。
避難路へ。
民の記録へ。
王国が実際に生きている場所へ、最も多くの線を伸ばしている光。
エウメロスの光だった。
ダ・ヴィンチの声が、わずかに震える。
『十王統治機構……これが、まだ生きていた頃の姿か』
立香は、最下層の光を見つめた。
あれは、王冠の光ではない。
天頂にあるものではない。
けれど、王国の足元に深く根を張っている。
人が通る道。
水が流れる場所。
食料が積まれる倉。
逃げるべき道。
名前が記される場所。
その光が、赤い記録の中で揺れる。
次の瞬間、十の光は、ひとつずつ欠け始めた。
王宮の声が、次々とログを読み上げる。
『火口封鎖系、破損』
火を囲っていた黒い光が、砕けた。
その裂け目から、昏い藍の燐光が滲み出す。
『大陸基盤、崩落開始』
『外洋流出予測、危険域』
『十王統治機構、応答低下』
壁の星図が赤く染まる。
『第一王統、沈黙』
『第二王統、断絶』
『第三王統、退避不能』
『第七王統、通信途絶』
『第九王統、裁定不能』
十の光が消えていく。
王冠の光は戻らない。
『至高王アトラス、帰還記録なし』
立香は、アトラスを見た。
アトラスは動かない。
『玉座空位、継続』
『十王統治、機能不全』
『大洋王権、代理起動』
『王権裁定を要求』
その言葉で、王宮の空気が変わった。
白い柱の奥。
玉座の間。
そこに、誰も座っていない王座があった。
空位の玉座。
王冠だけが、静かに置かれている。
立香は小さく問う。
「至高王アトラスは……この時、もういなかったの?」
アトラスは答えた。
「記録上は、帰還なし」
「記録上は?」
「死を確認した者はいない」
ギルガメッシュが、玉座を見た。
「ゆえに玉座だけが残ったか」
「そうだ」
ニトクリスが静かに呟く。
「死者の墓ではなく、不在の王座……」
エミヤの声は低い。
「厄介だな。
死者なら弔える。
だが、不在は命令を残す」
その言葉に、アトラスは返さなかった。
王宮の記録は進む。
玉座の前に、若い少女が立っていた。
淡い水青の髪。
まだ完全な鎧を纏っていない身体。
手には三叉槍。
その顔は冷たく整っているが、今のアトラスほど海底に沈み切ってはいない。
エウメロス。
けれど、王宮ログは別の名を読み上げた。
『大洋王権、代理起動』
『王名照合――アトラス』
『裁定者、登録』
若い少女が、王座の前に立つ。
王冠は重そうだった。
似合っていないようにも見えた。
だが、その足元から伸びる光は、王国の下層へ続いている。
港へ。
水路へ。
穀倉へ。
避難路へ。
民の記録へ。
彼女は、王冠を見上げていた。
同時に、足元のすべてを知っていた。
王国の抽象ではない。
石床の冷たさ。
水路の流れ。
穀倉の残量。
港の混雑。
避難路の詰まり。
民籍に刻まれた名。
そのすべてを見ていた者が、玉座の前に立っている。
そして、座った。
王座が空いたゆえに。
誰かが裁定しなければならなかったゆえに。
その記録の中で、若いエウメロスは言った。
「火天八紘を起動する」
周囲の記録たちが、一斉に動揺した。
「王よ、それは王宮を――」
「大陸基盤ごと沈みます」
「外へ逃がす道を」
「外へ流せば、海が死ぬ」
若い王は、王座から立ち上がらなかった。
ただ、冷たい声で告げる。
「外へ流さぬ」
現在のアトラスが、その言葉を聞いていた。
同じ声だった。
少しだけ違う。
けれど、同じ裁定だった。
立香は、息をするのも忘れていた。
地に足を付けていた者が、大陸を沈める。
港を知っていた者が、港を沈める。
穀倉を知っていた者が、穀倉を沈める。
水路を知っていた者が、水路を沈める。
避難路を知っていた者が、避難できなかった道ごと沈める。
民の記録を知っていた者が、その名の残る王宮を海底へ落とす。
それは、遠い玉座から下された冷たい命令ではなかった。
王国の足元を知っていた者が、王国の足元ごと沈める裁定だった。
先代王の記録体が、玉座の傍らに形を取る。
王統記録層で見た、至高王アトラスの影。
死者ではない。
帰還しなかった王の記録。
不在の王座と王宮防衛機構が、至高王の記録を形にしたもの。
記録体は、若い王を見ていた。
そして現在のアトラスへ視線を向ける。
「見よ、エウメロス。
お前が私の名で下した裁定を」
アトラスは低く言う。
「己(おれ)の裁定だ」
「私の名で下した」
アトラスは黙った。
ギルガメッシュが、記録体を見据える。
「記録の誘導に乗るな」
記録体は穏やかに答える。
「誘導ではない。事実だ」
ギルガメッシュは目を細めた。
「事実を鎖にするなと言ったはずだ」
王宮の声が、赤い回廊に響く。
『裁定種別、照合』
『終末宝具使用記録』
『自国沈没』
『王権適格性、再審査』
アトラスの目が、冷たく細まる。
「己の裁定を、王宮が審査するな」
ギルガメッシュが言った。
「ならば語れ」
アトラスは彼を見る。
「何を」
「貴様が沈めた夜をだ」
赤い瞳が、火の奥で光る。
「語らぬものは、記録に奪われるぞ」
アトラスは黙った。
王宮ログは続く。
『火天八紘起動理由、照合不能』
『裁定目的、記録破損』
『王権適格性、再審査』
赤い鎖のような文字が、アトラスの足元へ伸びる。
彼女の裁定を、王宮の記録が奪おうとしている。
分類し、審査し、上書きしようとしている。
立香は一歩前へ出た。
「アトラス」
アトラスは視線を向けない。
けれど、聞いている。
立香は、赤い記録の中の若い王を見る。
火を起動しようとしている少女。
空位の玉座に座った者。
外へ流さぬと告げた王。
「アトラスは、外へ流さないために沈めたんだよね」
アトラスは答える。
「そう分類してよい」
「分類じゃなくて、聞いてる」
アトラスは沈黙した。
火の音が、回廊を満たす。
記録の中の人影が走っている。
誰かが叫んでいる。
壁の星図が赤く揺れている。
やがて、アトラスは言った。
「……そうだ」
短い答えだった。
けれど、王宮ログが一瞬止まる。
立香は続けない。
代わりに言わない。
アトラスが語るのを待つ。
マシュが、記録の中で逃げ惑う人々を見て、盾を握りしめた。
「それでも、失われた人々は消えません」
アトラスは答える。
「消すつもりはない」
声は硬かった。
だが、逃げてはいなかった。
エミヤが言う。
「全員を救えない局面はある。
だが、選んだなら背負うしかない」
「背負っている」
「背負っていることと、沈めていることは違う」
アトラスの瞳が、わずかに動いた。
エミヤは続けない。
それだけで十分だった。
ニトクリスが、燃える王宮の記録を見つめる。
「沈めた者を忘れぬことと、自分ごと墓に入ることは違います」
アトラスは、ニトクリスを見る。
「己は墓に入ったつもりはない」
「では、なぜ王宮はあなたを墓へ戻そうとするのです」
答えはなかった。
火が強くなる。
王宮の中枢が開いた。
記録の中の若い王が、三叉槍を掲げる。
昏い藍の光が、床下から立ち上る。
水路が沸騰し、白い柱の影が燃え、壁の星図が一斉に輝く。
火天八紘。
水底に眠る火。
世界を沈める火。
終末を告げる裁定。
ギルガメッシュが、低く言う。
「終末を使ったか。
だが、勝つためではない」
アトラスは、記録から目を離さない。
「勝敗のために終末を開くのは怠惰だ」
「ならば、何のために開いた」
アトラスは答える。
「外へ流さぬためだ」
「違う」
アトラスの視線が、ギルへ向いた。
「何が違う」
ギルガメッシュは笑わなかった。
「それだけではない。
貴様は何かを残した」
アトラスは、わずかに目を伏せた。
「未分類だ」
「分類を拒んでおるだけであろう」
「黙れ」
「断る」
藍の火が、玉座の間を覆う。
若い王が詠唱を始める。
言葉は途中でノイズに沈む。
王宮の記録が、完全な詠唱をまだ開かない。
それでも、火は起動した。
『火天八紘、起動』
『外洋封鎖』
『大陸基盤、沈降開始』
『王宮中枢、海底固定』
『災厄流出、遮断』
白い王宮が沈んでいく。
空が遠ざかる。
柱が割れる。
水路が逆流する。
港の光が消える。
穀倉の記録が水に呑まれる。
避難路の表示が赤く潰れる。
民籍記録の文字が、青い水底へ沈んでいく。
昏い藍の火が、海へ沈み込む。
人々の影が、記録の中で消えていく。
泣き声も、叫びも、命令も、祈りも、すべて水の底へ落ちていく。
立香は、拳を握った。
見ているだけは、苦しい。
でも目を逸らさない。
沈まぬ娘として、見る。
マシュは盾を構えたまま、唇を噛んでいる。
ニトクリスは目を伏せない。
王として、墓を知る者として、沈む人々の記録を見ている。
エミヤは静かに弓を下ろした。
ギルガメッシュは、赤い瞳で火を見ている。
岸が、海の沈めた夜を見ている。
アトラスは、長い沈黙の後、口を開いた。
「己は、国を沈めた」
王宮ログが止まる。
その声は、記録ではない。
今ここにいる大洋王の声だった。
「外へ流さぬために」
火が揺れる。
「だが、沈めた者を消したつもりはない」
赤い鎖が、音もなくほどけた。
王宮ログが再開する。
『沈没裁定記録、確認』
『裁定者応答、取得』
『裁定目的、補完』
『裁定者記録、現在個体へ接続』
『第三認証、通過条件一部達成』
先代王の記録体が、火の向こうでアトラスを見ていた。
『裁定目的、入力要求』
「消さぬなら、なぜ沈めた」
アトラスは答える。
「外へ流せば、さらに多くが死んだ」
「ならば、お前は正しかったのか」
アトラスは沈黙した。
正しかった。
そう言えるほど軽くない。
間違っていた。
そう断じるには、背負ったものが多すぎる。
ギルガメッシュが、記録体へ言った。
「記録風情が、王の裁定を白黒に分けるな」
記録体はギルを見る。
「裁定は記録される」
「記録は残る。
だが、裁定の価値を決めるのは記録ではない」
ギルの声は、火よりも鋭い。
「王だ」
アトラスは、火を見ていた。
白い王宮が、青い海へ沈んでいく。
大陸が、海底へ固定されていく。
災厄は外へ流れない。
そのかわり、国は沈んだ。
王冠も。
玉座も。
十王統治も。
至高王の不在も。
エウメロスという名も。
すべて、海底へ落ちていく。
だが、火の下から、別の音がした。
歌だった。
かすかで、細い。
燃える記録の底から、泡のように浮かび上がる音。
立香は顔を上げる。
「また、歌……?」
アトラスは即座に言った。
「水圧の軋みと分類しておけ」
ギルガメッシュが鼻で笑う。
「その分類、三度目だぞ、大洋王」
アトラスは黙った。
歌は消えない。
火の底で、星図が光っている。
壁に描かれていた星の線が、沈みながらも赤に呑まれず、青白い光を保っている。
王宮ログが、低く響く。
『未沈降記録、検出』
アトラスの瞳が揺れた。
『星図音響層、封鎖中』
水底の歌が、少しだけ強くなる。
『残存記録、照合開始』
ニトクリスが、静かに言った。
「沈めたはずの墓の奥に、沈みきらなかったものがあります」
ギルガメッシュが、アトラスを見る。
「貴様の沈め損ないだな」
アトラスは、火の底を見つめたまま言った。
「沈め損ないではない」
「では、そろそろ名付けることだ」
アトラスは答えない。
火は弱まっていく。
白い王宮は、再び青い海底の王宮へ戻っていく。
沈没裁定記録は閉じようとしている。
けれど、歌だけが残った。
火は沈んだ。
王宮は沈んだ。
国も、王冠も、至高王の不在も、エウメロスという名も、海底へ沈められた。
それでもなお、赤い記録の底から、細い歌が浮かび上がる。
沈めなかったものが、王を呼んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日20時頃に更新予定です。
この作品の興味をもったところは?
-
アトラスのキャラクター性・内面
-
ギルガメッシュとの関係性
-
王としての在り方・王権のテーマ
-
ストーリーの展開
-
その他