The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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火が沈んだ後、歌だけが残った。
赤い記録は閉じていく。
燃える王宮は、再び青い海底の王宮へ戻っていく。
白い柱は崩れた石柱へ。
玉座の間は、沈んだ墓の奥へ。
火天八紘の昏い藍は、深い水へ沈み直していく。
けれど、音は消えなかった。
細く、遠く、途切れそうで、なお残る響き。
藤丸立香は、その音を聞いていた。
歌だった。
言葉はまだ分からない。
旋律と呼ぶにはあまりに古く、祈りと呼ぶにはあまりに静かだった。
それでも、歌だった。
沈んだ王宮の奥で、まだ誰かが星を覚えているような音だった。
王宮の声が響く。
『未沈降記録、展開』
床下から青白い光が浮かぶ。
『星図音響層、再生』
アトラスの鎧が、わずかに鳴った。
『王権分類外記録』
『兵装分類、非該当』
『統治分類、非該当』
『保存目的、未分類』
アトラスが低く言った。
「王宮まで未分類と言うか」
ギルガメッシュが鼻で笑う。
「貴様の語彙が感染したな」
「不快だ」
「外れておらぬだろう」
「黙れ」
「断る」
短いやり取りの間にも、歌は深くなっていく。
沈没記録の赤が完全に消えると、回廊の奥に新しい道が現れた。
それは門ではなかった。
階段でもない。
海底の王宮の奥に、ぽっかりと開いた円形の空間。
天文室のようだった。
一行は、ゆっくりとその中へ進む。
そこは海底であるはずなのに、天井には星があった。
夜空ではない。
本物の空でもない。
水面に映った星でもない。
それは、記録された星空だった。
円形の天井いっぱいに、星図が広がっている。
壁には無数の線が走り、星と星を結び、季節を示し、方角を示し、名も知らぬ空の形を描いている。
床には薄い水が張っていた。
水面に、天井の星が映っている。
上にも星。
下にも星。
海底の王宮の奥で、空だけが沈まずに残されていた。
マシュが小さく息を呑む。
「綺麗です……」
ニトクリスは、慎重に周囲を見渡した。
「王墓の記録層とは性質が違います。
これは墓碑ではありません」
エミヤが、壁の星図を見上げる。
「文字ではなく、音で保存しているのか」
ダ・ヴィンチの声が通信から入る。
『解析中。
これは……星図だね。
ただし単なる天文図じゃない。星の配置が音階へ変換されている。
航法や暦にも使える情報だけど、それを命令や統治の記録として保存したものではなさそうだ』
星が、かすかに鳴る。
ひとつの星が光ると、ひとつの音が響く。
別の星が光ると、別の音が重なる。
星図が歌になっている。
エミヤが言った。
「地図を歌にしたのか」
立香は、天井を見上げる。
歌は、難しいものではなかった。
けれど単純でもない。
覚えようとすれば、どこか懐かしい。
忘れようとすれば、耳に残る。
子どもが口ずさめるほど柔らかく、王宮が封印するほど古い。
「覚えるための歌?」
立香が呟く。
アトラスは答えない。
ギルガメッシュが星図を見上げた。
「地図ではないな。
音へ変えて、何かを覚えさせる仕組みか」
アトラスの瞳が、わずかに動いた。
否定はしなかった。
記録が開く。
星図音響層の奥に、さらに古い光景が浮かび上がった。
沈む前の王宮より、さらに古い。
十王統治よりも、至高王の不在よりも、火天八紘の裁定よりも前。
遠い時代。
海辺に、人々が立っている。
彼らは空を見上げていた。
まだ、その星空を自分たちのものとして知らない者たちの顔だった。
異邦の民。
遠き星より来た者たち。
この星の風を測り、この星の潮を読み、この星の夜を覚えようとしている者たち。
子どもたちがいる。
大人たちが、星図を指さす。
星の位置を読み、線を引き、音へ変える。
子どもたちはそれを歌う。
支配するためではない。
征服するためではない。
兵器の照準でも、王権の台帳でもない。
ただ、覚えるため。
この星の空を。
この星の季節を。
この星で生きるために必要な、夜の形を。
ダ・ヴィンチの声が、珍しく静かになる。
『これは、支配記録じゃないね』
ニトクリスが頷いた。
「墓碑でもありません。
死者のためではなく、生きる者のための記憶です」
マシュは、星図を見上げたまま言う。
「綺麗です。
でも、ただ綺麗なだけではないんですね。
誰かが、覚えていたかったものなんですね」
エミヤが低く言った。
「兵器でも王権でもないなら、壊す理由もない。
だが、守る理由はある」
アトラスが問う。
「何故だ」
エミヤは、星を映す水面を見た。
「人が生きていた証だからだ」
アトラスは黙った。
歌が満ちていく。
遠き星より来た者たちが、この星の空を覚えるために作った歌。
星詠みの詩。
そう呼ばれていた。
ダ・ヴィンチが、記録の光を見つめるように言う。
『この星に根を下ろすための歌、なのかもしれないね』
その名が記録層に浮かぶと、アトラスの槍が微かに震えた。
王宮ログが響く。
『星詠みの詩、再生』
『王権分類外記録、保存継続』
『未沈降状態、維持』
『未沈降理由、照合不能』
『沈没裁定範囲外、理由不明』
『裁定者応答を要求』
歌が、問いへ変わる。
なぜ沈めなかったのか。
国を沈めた。
王宮を沈めた。
玉座を沈めた。
十王統治を沈めた。
至高王の不在を沈めた。
エウメロスという己の名を、海底へ沈めた。
なのに、なぜこの歌だけは沈めなかったのか。
先代王の記録体が、星図の光の中に形を取った。
その姿は、先ほどよりも薄い。
だが、声型は変わらず穏やかだった。
「エウメロス」
アトラスは答えない。
その名は、ここでも鎖のように響く。
記録体は星図を見上げた。
「王統に関わらぬ記録だ。
裁定に関わらぬ歌だ。
国を守る兵器でもない。
王座を正す記録でもない」
星の歌は、その声に揺らがない。
「保存根拠なし」
ダ・ヴィンチの声が割って入る。
『王宮は、価値がないって言ってるんじゃない。
分類できないものを保存する権限が、王宮の側にないんだ』
記録体は続ける。
「沈めよ」
水面が、わずかに波立つ。
王宮ログが重なる。
『王権分類外記録』
『兵装分類、非該当』
『統治分類、非該当』
『保存目的、未分類』
『沈降処理、提案』
アトラスは言った。
「沈める対象ではなかった」
ギルガメッシュが即座に笑う。
「違うな」
アトラスは彼を見る。
「何が違う」
「対象外だったのではない。
貴様が沈めなかった」
アトラスは黙った。
ギルの赤い瞳が、星を映している。
「沈めるものは沈めた。
閉じるものは閉じた。
終末を使い、外洋を封じ、国ごと海底へ落とした。
それをやった王が、これだけを偶然残したとでも言うつもりか」
「未分類だ」
「またそれか」
ギルは鼻で笑う。
「国を沈めた王が、歌ひとつの理由を持たぬはずがなかろう」
アトラスは答えない。
星詠みの詩は、静かに続いている。
立香は、その音を聞きながら、ふと思い出した。
カルデアの食堂。
星形のクッキー。
甘いものは星みたいだと言った、小さな航海者の声。
滅びた国にも、甘きものの記憶は残ると言った女王の声。
必要性ではなく幸福だと言った王の声。
立香は、アトラスを見る。
「甘いものは沈みにくいって言ってたよね」
アトラスの眉が、わずかに動いた。
「味と歌を同列にするな」
「同じじゃないけど、似てる」
「似ていない」
「似てるよ」
立香は星図を見上げる。
「戦うためじゃない。
王様になるためでもない。
でも、覚えてるためにある」
アトラスは黙った。
立香は続ける。
「甘いものも、歌も、星も。
なくなったら終わりじゃなくて、覚えてることで残るものなんだと思う」
「抽象的だ」
「うん」
「分類に適さぬ」
「でも、沈みにくい」
アトラスは、すぐには返さなかった。
ニトクリスが静かに言う。
「生きるための記憶です」
マシュが頷く。
「誰かが、この星を好きになろうとして作った歌……なのかもしれません」
ギルガメッシュが笑った。
「聞いたか、大洋王。
貴様が沈めなかったものは、王権よりよほど騒がしいぞ」
アトラスは答えない。
「では、何とする」
記録体が、静かに手を上げた。
星図の光が、少しずつ暗くなる。
「保存根拠なし」
兄王の声。
王宮の声。
防衛機構の声。
それらが重なる。
『王権分類外記録』
『統治分類、非該当』
『兵装分類、非該当』
『保存目的、未分類』
『沈降処理、提案』
記録体は言う。
「沈めよ、エウメロス」
アトラスの鎧が鳴る。
紺碧の城塞の奥で、閉じた門が軋む。
「王に必要なものではない」
記録体の声は、優しさの形だけをしていた。
「国を救うものでもない」
星図の光が弱まる。
「王統を正すものでもない」
水面の星が消えかける。
「ならば、沈めよ」
沈黙。
立香は、アトラスを見ていた。
ギルガメッシュも見ている。
マシュは盾を構え、ニトクリスは祈るように杖を握り、エミヤは矢を番えたまま動かない。
誰も、代わりに答えない。
星詠みの詩が、かすかに震える。
アトラスは、長い沈黙の後、口を開いた。
「沈めぬ」
その一言で、星図が止まった。
王宮ログが乱れる。
『再入力を要求』
記録体が問う。
「なぜ」
アトラスは答える。
「未分類だ」
ギルガメッシュが低く言った。
「まだ逃げるか」
アトラスはギルを見ない。
「理由は、未分類だ」
彼女は星図を見上げた。
「だが、沈めぬ」
立香は、小さく息を吐いた。
「でも、沈めないって言った」
アトラスの視線が、立香へ向く。
「そうだ」
「うん」
「分類不能だが、裁定はした」
ギルガメッシュが笑う。
「それでよい。
王の裁定が、常に説明書付きである必要はない」
エミヤが肩をすくめる。
「だが、後で説明を求められることはある」
「今がそれだ」
「その通りだ」
少しだけ、空気が揺らいだ。
けれど、王宮はそれを許さなかった。
星図音響層が大きく震える。
『裁定矛盾』
『沈没裁定記録との不一致』
『未沈降記録、保存継続』
『王統記録、再介入』
先代王の記録体の輪郭が、濃くなる。
周囲の星図に、赤い線が走る。
沈没裁定の記録が、星の歌へ侵食していく。
『中枢防衛機構、起動』
マシュが盾を構える。
「来ます!」
水面の星が砕ける。
砕けた光が、鎖となって天井から降りてくる。
それは王統の鎖であり、沈没裁定の赤であり、王宮防衛機構の命令だった。
『大洋王、裁定矛盾』
『王権再審査、失敗』
『矛盾解消――先行裁定を優先適用』
『再沈降処理を開始』
アトラスの鎧に、青と赤の鎖が絡みつく。
マシュが盾で一本を弾く。
エミヤの矢が別の鎖を撃ち抜く。
ニトクリスの術式が、星図の水面を守るように広がる。
ギルガメッシュの背後に、黄金の門が開いた。
「裁定は下った」
赤い瞳が、王宮の中枢を見据える。
「これより先は、審査ではない。
ただの越権よ」
今度は、ただの見物ではない。
先代王の記録体が、アトラスへ手を伸ばす。
「エウメロス。
王宮は矛盾を許さぬ」
アトラスは、鎖に縛られながらも立っている。
記録体は言う。
「沈めた王が、沈めぬと言うな」
アトラスは、星詠みの詩を見た。
まだ消えていない。
天井にも、床にも、砕けた星が残っている。
沈めなかった歌。
理由は未分類。
言葉は足りない。
名もまだ、統合されていない。
それでも。
「沈めぬ」
もう一度、アトラスは言った。
王宮が軋んだ。
海底の王宮が、王を沈めるために目を開く。
『中枢防衛機構、完全起動』
『大洋王、再沈降処理を開始』
歌は、王宮の奥で震えていた。
沈められず、忘れられず、裁定を待つように。
だが、王宮はそれを許さない。
青い星図は赤く裂け、先代王の記録体は玉座の影を背負い、沈んだ王宮そのものが立ち上がる。
王を沈めるために。
そして、歌を沈めるために。
お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日20時頃に更新予定です。
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