The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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星の歌を守ると言った瞬間、王宮は大洋王を沈める対象に変えた。
星図音響層が軋む。
天井に広がっていた星図は、赤い線に裂かれていく。
床の水面に映る星々は、ひとつ、またひとつと沈み、代わりに王統記録の文字が浮かび上がった。
青い歌。
赤い裁定光。
王統の鎖。
沈没裁定の記録。
それらが絡み合い、王宮の奥に巨大な影を結んでいく。
『裁定矛盾』
『沈没裁定記録との不一致』
『王統記録、再介入』
『大洋王、再沈降対象に指定』
『星図音響層、沈降処理開始』
藤丸立香は、星の歌が遠ざかるのを聞いた。
歌はまだ消えていない。
けれど、王宮がそれを押し沈めようとしている。
マシュが盾を構える。
「先輩、星図が……!」
「うん」
立香は頷いた。
沈められようとしている。
アトラスが、沈めぬと言ったものが。
至高王の記録体が、星図の中央に立っていた。
しかし、先ほどまでの姿とは違う。
その背後に、玉座の影がある。
肩からは王統記録の鎖が垂れ、足元には沈没裁定の赤い光が燃えている。
顔は至高王アトラスの記録のまま。
だが、声は王宮の認証ログと重なっていた。
『至高王記録体、中枢統合』
『王統記録、同期完了』
『沈没裁定記録、同期完了』
『中枢防衛機構、起動完了』
ニトクリスが唇を引き結ぶ。
「あれは、もはや兄王の記録だけではありません」
エミヤが弓を構える。
「王宮中枢と混ざったか。
厄介だな」
ギルガメッシュは、赤い瞳で至高王記録体を見据えていた。
「不在の王座が、ずいぶん騒がしい姿になったものよ」
アトラスは、鎖に絡まれながらも立っていた。
紺碧の鎧に、青と赤の光がまとわりつく。
王統記録が彼女の名を分類し、沈没裁定記録が彼女の裁定を上書きしようとしている。
それでも、アトラスは星図を見ていた。
「沈めぬ」
王宮ログが応える。
『王命権限、不安定』
『個体名――エウメロス』
『王名――アトラス』
『統合不能』
『裁定無効化、開始』
アトラスの言葉が、星図音響層へ届く前に赤い鎖に絡め取られる。
星の歌が、さらに小さくなった。
至高王記録体が、温度のない穏やかな声型で言う。
「エウメロス」
その名が、また海底へ沈む。
「お前はエウメロスだ。
私ではない」
アトラスは睨み返す。
「知っている」
「だが、お前は私の名を被った」
王統の鎖が、アトラスの腕へ巻きつく。
「ならば、私として沈め」
アトラスの鎧が鳴る。
「沈めぬ」
「ならば、何の名でそう命じる」
その問いが、星図音響層を貫いた。
アトラスが沈黙する。
何の名で。
アトラス。
それは兄の名だった。
エウメロス。
それは王座の傍らにいた名だった。
どちらか一つを選べば、王宮は彼女を分類する。
兄の名へ沈めるか。
妹の名で王座から退けるか。
王宮は二択を用意している。
そして、そのどちらも、アトラスを沈めるための道だった。
『分類要求』
『王名重複、検出』
『至高王記録への沈降を開始』
王統の鎖がアトラスの足元を固定する。
玉座の影が、彼女の背後に浮かび上がった。
座れ、と言っている。
兄の名で。
兄の記録として。
私として沈め、と。
マシュが飛び出した。
「させません!」
盾が鎖を受け止める。
衝撃が星図音響層に響いた。
「くっ……!
この圧力、記録そのものが重いです……!」
エミヤの矢が走る。
鎖の接合部を撃ち抜き、赤い裁定光の流れを一瞬だけ断った。
「長くは保たない。
中枢が再生している」
ニトクリスが杖を掲げる。
「これは葬送ではありません。
記録の名を借りた拘束です。
王墓をそのように使うこと、女王として看過できません!」
冥界の術式が、星図の水面へ広がる。
青い星々が、わずかに光を取り戻した。
けれど王宮の圧力は弱まらない。
『星図音響層、沈降処理継続』
『王権分類外記録、封鎖』
『大洋王、再沈降処理継続』
アトラスの身体が、玉座の影へ引かれる。
その時、黄金の音がした。
ギルガメッシュの背後に、王の財の門が開く。
だが、彼はまだ撃たない。
黄金の光だけが、岸のように海底を照らした。
「違う」
ギルガメッシュが言った。
至高王記録体が、そちらを見る。
アトラスも見る。
ギルガメッシュは、アトラスだけを見ていた。
「兄の名で己を沈めるな」
その言葉は、刃だった。
短く。
重く。
まっすぐに。
海底の王宮の奥で、閉じた門が割れるような音がした。
アトラスの瞳が揺れる。
ギルガメッシュは続ける。
「貴様が決めるなら、貴様の名で決めろ」
それ以上は言わなかった。
余計な言葉はなかった。
岸は、海を引き上げない。
海へ歩み寄りもしない。
ただ、そこに線を引く。
沈むな、と。
己の名で決めろ、と。
立香は、アトラスを見た。
王宮ログが、彼女の目の前に浮かぶ。
『個体名入力を要求』
『個体名入力を要求』
立香は手を伸ばさない。
「入力しない」
王宮の文字が揺れる。
至高王記録体が、立香を見る。
「その娘は、お前を王名で呼ぶ」
立香は答える。
「うん」
「真名を知りながら」
「今、私が呼ぶべき名前だから」
立香は、アトラスを呼ぶ。
「アトラス」
王宮ログが乱れる。
『王名照合――』
「アトラス」
もう一度。
代わりに答えない。
名を入力しない。
分類しない。
ただ、今呼ぶべき名を呼ぶ。
アトラスが、立香を見る。
「マスター」
「沈まないよ」
「知っている」
「アトラスも」
アトラスは、ほんのわずかに目を伏せた。
そして、王統の鎖を握った。
自分に絡みつく記録を、自分の手で掴む。
赤い裁定光が手甲を焼く。
青い文字が鎧に食い込む。
それでも、彼女は離さない。
「己は、エウメロス」
王宮が反応する。
『個体名、照合』
『個体記録――エウメロス』
『王族補佐権限、確認』
『王位継承順位、非第一位』
至高王記録体が言う。
「ならば、王座を退け」
アトラスは答えた。
「否」
その声は、海底に沈まなかった。
「己は、王座が空いたゆえ、座った者だ」
王宮ログが走る。
『継承記録、破損』
『代理王記録、検出』
『統合不能』
アトラスは、三叉槍を床へ突き立てる。
「破損ではない。裁定だ」
星図音響層が震えた。
アトラスは、顔を上げる。
至高王記録体を。
玉座の影を。
王統の鎖を。
沈没裁定の光を。
すべてを見据えて、告げた。
「己は、エウメロス」
そして。
「兄の名を継ぎし、大洋王アトラス」
沈黙。
王宮全体が、息を止めた。
星の歌も。
赤い裁定光も。
王統の鎖も。
至高王の記録体も。
すべてが、その名乗りを聞いた。
『王名重複、再照合』
『個体名――エウメロス』
『王名――アトラス』
『統合記録、未登録』
『統合候補、成立』
アトラスは、冷たく言う。
「今、登録しろ」
王宮ログが乱れる。
『権限照合――』
「王命だ」
その一言で、王宮の文字が止まった。
かつて門は、王命を受けて開いた。
ならば、中枢も例外ではない。
王宮は王を裁くものではない。
王命を受け、王の裁定を形にするものだ。
『王命、受領』
『正王記録、残存――統合記録、暫定登録』
『大洋王権、再定義』
アトラスに絡んでいた鎖が、砕けた。
至高王記録体が、初めて揺らぐ。
「エウメロス」
アトラスは答える。
「己はエウメロスだ」
「アトラス」
「それも、己だ」
ギルガメッシュが、静かに笑った。
立香は息を止めていたことに気づく。
マシュが小さく呟く。
「アトラスさん……」
星詠みの詩が、少しだけ強くなった。
けれど、王宮の防衛機構はまだ止まらない。
『裁定再入力を要求』
『星図音響層、処理保留』
『沈降処理、再開準備』
至高王記録体が問う。
「ならば、何を裁定する」
アトラスは、星図を見上げた。
海底の天井に、空がある。
床の水面に、星がある。
沈めなかった歌が、まだ震えている。
かつて、外へ流さぬために沈めた。
災厄を海の外へ出さぬために。
国も、王宮も、王冠も、名も、火で海底へ閉じた。
だが、この歌は違う。
外へ流せば災厄になるものではない。
外へ渡せば、誰かが覚えるものだ。
アトラスは言った。
「かつて己は、外へ流さぬために沈めた」
赤い沈没裁定記録が、静かに揺れる。
「ならば、今度は沈めぬ」
星の歌が響く。
「外へ渡すために」
王宮ログが乱れた。
『裁定矛盾』
『沈没裁定記録との不一致』
『王権分類外記録、外部移送不可』
アトラスは、三叉槍を掲げる。
「王権外であるなら、なおさら王宮が所有するな」
ギルガメッシュが笑う。
「理屈を覚えたな、大洋王」
「記録しただけだ」
「十分だ」
アトラスは、王宮中枢へ命じた。
「星図音響層を開け。
星詠みの詩を、王宮外へ渡す」
『王命、受領不能』
「受領しろ」
『中枢防衛機構、拒否』
「王命だと言った」
王宮が軋む。
星図音響層を覆う青黒い膜が現れた。
歌を閉じ込める最後の封鎖。
マシュが盾を構える。
「先輩、音が消えかけています!」
「マシュ!」
「はい!」
マシュは、封鎖膜へ向かう赤い鎖を盾で受け止める。
「守ります。
これは、誰かが覚えていたかったものですから!」
エミヤの矢が、王宮中枢の術式核を射抜く。
「戦場は演算を待たない。
今だ、大洋王」
アトラスは即答する。
「記録している」
「なら、動け」
ニトクリスの術式が、王墓の支配を剥がすように広がった。
「墓は、生者や歌を閉じ込める棺ではありません!」
星図を覆う膜が、薄くなる。
だが、まだ破れない。
王宮中枢が最後の抵抗を示す。
『至高王記録体、最終同期』
『大洋王権、再沈降処理』
至高王記録体が、アトラスへ迫る。
「沈めた王が、残すな」
アトラスは見返した。
「沈めた王だから、残すものを選ぶ」
その言葉に、星の歌が応えた。
王宮中枢の膜がひび割れる。
ギルガメッシュが、ようやく王の財を開いた。
黄金の門が、星図音響層の周囲に展開する。
その光は、海底に現れた岸のようだった。
「裁定は聞いたぞ、大洋王」
ギルガメッシュの声が、王宮に響く。
「ならば、邪魔な扉は我が開けてやる」
宝具が放たれた。
星図を閉じ込める封鎖膜が、黄金の光に撃ち抜かれる。
それは王宮を破壊する一撃ではなかった。
アトラスの裁定を通すために、出口を開く一撃だった。
岸が、海の出口を開いた。
アトラスの鎧が、応えるように鳴る。
王宮の門と、王の鎧と。
二つの城が、同じ王命で開いた。
紺碧の城塞が、開いた。
守るためでも、拒むためでもない。
外へ渡すために。
鎧の内側。
王宮の奥。
閉じていた門が、内側から外へ開く。
星詠みの詩が、流れ出した。
それは水ではない。
火でもない。
王命でもない。
音だった。
星を覚える歌。
遠き星より来た者たちが、この星の空を覚えるために作った歌。
歌は、海底の王宮から外へ出た。
カルデアの通信が、ノイズに揺れる。
ダ・ヴィンチの声が入った。
『音響データ、受信……!
星図音響層、外部保存成功。
これは……すごいね。
ひとつの文明が、この星の空を覚えようとした歌だ』
ロマニの声も、少し遅れて届く。
『記録、状態は安定。
消えてない。届いているよ』
立香は、アトラスを見る。
「届いたね」
アトラスは、星図音響層を見ていた。
砕けた星々が、もう一度天井に戻っていく。
水面に、星の反射が揺れる。
「沈まなかった」
立香は首を横に振る。
「沈めなかった」
アトラスは、しばらく黙った。
そして、小さく言う。
「……そうだ」
ギルガメッシュが笑った。
「ようやく認めたか」
「不快だ」
「外れているか」
アトラスは、赤い瞳を見返す。
「外れてはいない」
至高王記録体が、星の光の中で崩れていく。
王統の鎖がほどけ、沈没裁定の光が消え、玉座の影が薄くなる。
最後に、幻影はアトラスを見た。
「個体名、エウメロス」
アトラスは答える。
「相違ない」
「王名、アトラス」
「己が継いだ名だ」
幻影は、わずかに目を伏せた。
それは祝福ではない。
赦しでもない。
本人の魂ですらない。
ただ、役割を終えた記録が、元の場所へ戻る前の静けさだった。
『至高王記録体、同期解除』
『先代王記録、王統記録層へ格納』
幻影は消えた。
星の歌だけが残る。
王宮ログが、最後に響く。
『沈没裁定記録、現在裁定と併記』
『裁定矛盾、解消』
『第三認証、終了――裁定者、大洋王アトラスに確定』
『星図音響層、外部保存確認』
『中枢防衛機構、停止』
『深海王権特異点、収束開始』
赤い光が消えていく。
門の左右で揺れていた青白い灯が、命令を終えたように、ひとつずつ消えていった。
王宮は、静かになった。
もう王を呼ばない。
王を試さない。
王を沈めようとしない。
ニトクリスが、ゆっくりと息を吐いた。
「ようやく、墓に戻りましたね」
アトラスは言う。
「王宮だ」
ニトクリスは、穏やかに頷く。
「ええ。
王宮であり、墓です」
マシュが盾を下ろす。
「特異点の反応、落ち着いていきます」
エミヤは弓をしまい、星図を見上げた。
「閉じ込めるためではなく、残すための記録か。
悪くない」
ギルガメッシュは、アトラスを見る。
「大洋王」
「何だ」
「今度は沈めなかったな」
アトラスは、少しだけ目を細めた。
「己が、そう裁定した」
「ならばよい」
その言葉は、岸から海へ落ちた。
沈めるためではない。
海が自分で引く波を、ただ見届けるように。
立香は、星の歌を聞いていた。
もう遠くない。
海底の奥に閉じ込められていた歌は、外へ渡った。
沈んだ王宮の奥で、星の歌はもう閉じていなかった。
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