The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
実は作者は原作の終局特異点を未プレイです。原作再現よりも、この物語で描きたかったことや『The Reversed Star』としての展開を優先して組み立てています。
相違点も含め、ひとつのIFとして見守っていただければ幸いです。
詳細 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=342933&uid=332978
第18話 焼却炉の底で星は歌う
終局特異点の空には、星がなかった。
空と呼んでよいのかも分からない。
頭上に広がっているのは、夜ではなかった。
昼でもなかった。
雲でも、天蓋でも、海でもない。
そこには、焼けた空白があった。
星を置く場所ごと燃え落ちたような、果てのない赤。
藤丸立香は、レイシフトの光が解けた瞬間、その空を見上げて息を止めた。
熱い。
けれど、それは炎の熱だけではなかった。
歴史が焼ける熱。
記録が焼ける熱。
誰かが何かを覚えていたという事実ごと、灰へ変える熱。
地面には、焦げた文字が散っていた。
石ではない。
土でもない。
燃え尽きかけた時代の断片が、足元に堆積している。
砕けた城壁。
見知らぬ旗。
焦げた書簡。
焼け落ちた船の竜骨。
誰かの祈りの跡。
誰かが刻んだ名前。
それらが、火の粉となって舞い上がり、赤い空へ吸い込まれていく。
ここは終局特異点。
人理焼却の炉心。
マシュが、盾を構えたまま周囲を見る。
「先輩、霊基反応多数。
敵性反応も広範囲に展開しています」
「うん」
立香は頷いた。
喉が乾いている。
けれど、足は止めない。
ここまで来た。
ここが終わりではなく、終わらせないための場所だ。
通信にノイズが走る。
『こちらカルデア管制室。
よし、繋がった……! 立香くん、聞こえるかい?』
「聞こえる、ドクター」
『よかった。
ただし、周囲の焼却式の干渉が強い。通信は不安定になる可能性がある』
ダ・ヴィンチの声が続く。
『観測データを送るよ。
この場所の炎は、単なる熱量じゃない。
時間、記録、因果、霊基履歴……形を持った情報を片端から燃やしている』
エミヤが、赤い空を見上げた。
「焼却炉、か。
趣味の悪い戦場だ」
ギルガメッシュが鼻で笑う。
「焼却炉と呼ぶにも品がない。
薪にするものの価値も知らぬ炎だ」
アトラスは、黙って空を見ていた。
紺碧の鎧が、赤い光を受けている。
海底の王宮では青く沈んでいたその姿が、ここでは炎の底に立っているように見えた。
少し離れた場所で、ニトクリスは焦げた文字の散る地面を見下ろしていた。
その眼差しには、怒りよりも深い、葬送の静けさがある。
立香は、ふと胸の奥に違和感を覚えた。
深海王権特異点で聞いた星の歌。
帰還後もしばらく耳に残っていた、あの細い旋律。
ここには星がない。
けれど、星がないからこそ、その歌の不在が分かる。
アトラスも同じものを感じたのか、わずかに視線を動かした。
「……不快だ」
ギルガメッシュが横目で見る。
「炎がか」
「空だ」
アトラスは短く答える。
「星を置く余白がない」
ギルガメッシュは、ほんの少しだけ笑った。
「貴様にしては詩的な評価だな、大洋王」
「記録の欠落だ」
「ならば、そういうことにしておこう」
マシュが盾を掲げる。
前方で炎が形を取った。
人型。
獣型。
兵士のような影。
翼を持つもの。
名を焼かれ、輪郭だけを残した敵性反応。
それらは、ただ襲いかかってくるだけではなかった。
触れたものの記録を焼く。
マシュの盾に炎が当たり、白い光が散る。
「くっ……!
衝撃そのものより、霊基記録への干渉が強いです!」
エミヤが矢を放つ。
炎の影の中心を射抜き、燃える形を崩す。
「真正面から受けるな。
削られるぞ」
「はい!」
立香は礼装を起動する。
「マシュ、左から来る!」
「了解です!」
マシュが踏み込み、盾で炎の影を弾く。
弾かれた火の粉が、地面に落ちた焦げた文字へ触れる。
文字は一瞬だけ光り、そして消えた。
立香はその様子を見て、思わず息を呑む。
ただ燃えているのではない。
なかったことにされている。
ニトクリスの術式が、焼かれかけた記録の上に鎮めの境界を敷く。
消えかけた文字が、その内側でかすかに形を保った。
アトラスが三叉槍を構えた。
海底の圧が、炎の底に落ちる。
赤い火の影が潰れる。
水はない。
けれど、深海の重さだけがそこに現れた。
「焼却式の下位端末だ。
処理は単純だな」
エミヤが答える。
「単純だが厄介だ。
数が多い」
「ならば、数で処理する」
アトラスの周囲に、青い圧が広がる。
ギルガメッシュの背後に黄金の門が開く。
「雑兵に構う暇はない。
道を作るぞ、雑種」
「お願い!」
立香の声に応じるように、宝具が放たれた。
炎の影が砕ける。
マシュが盾で道を守り、エミヤが一拍先の敵を射抜く。
アトラスの深海圧が、焼却の炎を押し潰す。
その間にも、空は赤い。
星はない。
進むほどに、足元の断片は増えていく。
焼け残った都市の影。
砕けた玉座。
誰かの王冠。
燃えかけた楽譜。
半分だけ残った星図。
立香は、その星図を見た。
紙ではない。
石板でもない。
どこかの誰かが、空を写し取ろうとした記録。
だが、そこに描かれていた星はすべて焼け落ちていた。
アトラスが足を止める。
「……」
立香も止まった。
「アトラス?」
アトラスは、焼けた星図を見ている。
短い沈黙。
それから、低く言った。
「記録の死骸だ」
マシュが胸を押さえる。
「これも、人理焼却で……」
ダ・ヴィンチの通信が入る。
『そうだね。
人理焼却は、ただ生きている人間を焼くんじゃない。
その人たちが積み上げた記録、文化、言葉、歌、道具、祈り……未来へ届くはずだったものまで焼いていく』
ロマニの声は重かった。
『だから、止めないといけない。
ここで終わらせないと』
立香は頷く。
「分かってる」
ギルガメッシュが、焼けた星図を一瞥する。
「ふん。
星を知らぬ炎が、星図を焼くか」
アトラスは答えない。
ただ、槍を握る手に力が入っていた。
さらに奥へ進む。
炎の影は増える。
だが、今の一行は止まらない。
マシュが正面を支え、エミヤが左右を落とし、ギルガメッシュが進路を穿つ。
ニトクリスが退路に散る記録を鎮め、アトラスは深海圧で炎を押し返しながら、焼却式の流れを読んでいる。
その時、通信に鋭いノイズが走った。
『待って』
ダ・ヴィンチの声だった。
いつもの余裕が消えている。
『カルデアの記録領域に異常反応。
深海王権特異点から外部保存した、星詠みの詩の外部記録が反応している』
立香の足が止まりかける。
「星詠みの詩が?」
アトラスの顔が変わった。
ほとんど分からない変化だった。
けれど立香には分かった。
今、アトラスの奥で何かが起きた。
ロマニの声が焦る。
『こんな場所で?
いや、違う。こちらから反応しているんじゃない。
焼却式が走査している。カルデアの記録領域へ、外側から干渉が来てる!』
ダ・ヴィンチが続ける。
『経路はこっちだ。
レイシフトの観測回線を、逆流してきてる!』
赤い空が、低く唸った。
『外部記録へ照合が入ってる。
人理に属する通常記録じゃない。後世神話圏へ翻訳される前の古層文明記録。
焼却式が分類しようとしている』
立香の耳に、かすかな音が戻る。
星詠みの詩。
海底の王宮の奥で聞いた歌。
火の底から浮かび上がった歌。
アトラスが沈めなかった歌。
けれど今、その歌に赤いノイズが混ざっている。
王宮ログではない。
焼却式の声。
『人理外記録、検出』
『人理定礎への付着を確認』
『分類不能文明記録』
『人理外記録、照合』
『焼却対象へ追加』
立香は息を呑んだ。
「焼却対象……?」
マシュが盾を握りしめる。
「星詠みの詩まで、焼こうとしているんですか……!」
アトラスは、黙っていた。
その沈黙は、迷いではなかった。
海底で火が灯る前の静けさに似ている。
ギルガメッシュが、アトラスを見る。
「どうした、大洋王」
アトラスは答えない。
赤いノイズが、星詠みの詩に絡む。
カルデアの通信越しに、ダ・ヴィンチの声が早くなる。
『外部記録に焼却干渉。
データ保護層を展開するけど、相手が悪い。これは通常の消去じゃない。存在の履歴ごと焼こうとしている』
ロマニが叫ぶ。
『アトラスの王権反応と連動している可能性がある!
深海王権特異点で外部保存した時、彼女の裁定が記録の鍵になっているんだ。
アトラス、聞こえる?』
アトラスは、ゆっくりと顔を上げた。
赤い空。
星のない空。
そこへ、かすかな歌が焼かれながら浮かんでいる。
「触れるな」
それは、ほとんど呟きだった。
だが、立香の背筋が震えた。
海底の王宮で、王宮中枢へ命じた時と同じ声。
王の声だった。
ギルガメッシュは笑わない。
「聞こえんな」
アトラスは、赤い空を見たまま言う。
「あれは、沈めなかった」
「知っている」
「あれは、外へ渡した」
「知っている」
「あれは、王宮の所有物ではない」
「知っている」
ギルガメッシュの赤い瞳が、炎を映す。
「ならば、何だ」
アトラスは、三叉槍を握り直した。
紺碧の鎧が鳴る。
「焼かせぬ」
その言葉に、星詠みの詩が一瞬だけ強く響いた。
しかし、焼却式の炎は止まらない。
『焼却対象、固定』
『人理外記録、処理開始』
『人理外記録、焼却干渉』
赤い空から、炎が降りる。
それは一行へ向けた攻撃ではなかった。
カルデアへ。
記録領域へ。
星詠みの詩へ。
見えない場所に保存された歌へ、終局の炎が伸びていく。
立香は叫ぶ。
「ダ・ヴィンチちゃん!」
『防御層、展開中!
でも、長くは保たない!』
ロマニの声も重なる。
『星図音響データにノイズ侵入。
焼却式が記録の意味階層へ触れている!』
意味階層。
つまり、ただ音を消すのではない。
なぜ作られたのか。
誰が覚えようとしたのか。
何のために残されたのか。
そこへ炎が触れている。
星詠みの詩が、赤いノイズに包まれる。
立香の耳の奥で、歌が歪んだ。
海底で聞いた青白い音が、焼け焦げる。
アトラスの周囲に、深海の圧が落ちる。
だが、ここに海はない。
ここは焼却炉の底だ。
それでも、アトラスは立っている。
沈めた王。
沈めなかった歌を外へ渡した王。
そして今、焼かれようとしている歌を見ている王。
ギルガメッシュが低く言う。
「選んだものを、今度は守るか」
アトラスは、赤い空を見据えたまま答えた。
「まだ語るな」
「ほう」
「己が言う」
ギルガメッシュは、口角を上げた。
「ならば聞いてやる」
炎が、さらに近づく。
マシュが盾を構え、立香の前に立つ。
「先輩、敵性反応、増大!
焼却式がこちらにも向きます!」
エミヤが矢を番える。
「来るぞ。
歌へ向かう炎を止めるには、まず目の前の炉心を抜けるしかない」
アトラスは、短く言った。
「道を開け」
ギルガメッシュが笑う。
「命令か」
「王命だ」
「よかろう」
黄金の門が開く。
エミヤの弓が鳴る。
マシュの盾が白く光る。
ニトクリスの術式が、焦げた記録の上に葬送の境界を引く。
立香は、星のない空を見上げた。
そこに、ほんの一筋だけ青白い音が走った。
沈めなかった歌が、炎に触れている。
それでも。
焼却炉の底で。
星のない空の下で。
星詠みの詩は、まだ歌っている。
お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日20時頃に更新予定です。
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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