The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
実は作者は原作の終局特異点を未プレイです。原作再現よりも、この物語で描きたかったことや『The Reversed Star』としての展開を優先して組み立てています。
相違点も含め、ひとつのIFとして見守っていただければ幸いです。
詳細 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=342933&uid=332978
沈めなかった歌を、炎が焼こうとしていた。
星詠みの詩は、カルデアの記録領域に保存された音響データでしかないはずだった。
王宮の奥に閉ざされていた星図音響層から、外へ渡された歌。
兵器でもなく、王権の記録でもなく、統治のための命令でもなかった歌。
遠き星より来た者たちが、この星の空を覚えるために作った歌。
それが今、人理焼却の炎に触れられている。
赤い空から降る焼却式の光が、見えない場所にある記録へ伸びていた。
藤丸立香の耳に、星詠みの詩が聞こえる。
けれど、それはもう海底で聞いた青白い音ではなかった。
赤いノイズが混じっている。
旋律の端が焦げる。
星の線が途切れる。
誰かが空を覚えようとした意志ごと、炎が食い破ろうとしている。
通信の向こうで、ダ・ヴィンチの声が飛ぶ。
『外部記録への焼却干渉、さらに強まってる!
防御層を追加展開するけど、これは通常のデータ破壊じゃない。意味階層にまで触れている!』
マシュが息を呑む。
「歌の意味まで……」
立香は拳を握った。
ただ音が消えるのではない。
覚えようとしたことそのものが、なかったことにされる。
アトラスは、赤い空を見ていた。
紺碧の鎧が鳴る。
海底で王宮中枢に向き合った時のように。
沈めた夜の火を見ていた時のように。
けれど今、その目にあるものは沈黙だけではなかった。
怒りだった。
声を荒げない。
叫ばない。
燃える炎に対して、さらに大きな火で返すわけでもない。
ただ、深い。
海底の水圧のように、静かで、逃げ場のない怒り。
ギルガメッシュが言った。
「選んだものを、今度は通すか」
アトラスは答える。
「己が残すと決めたものだ」
岸が、海へ線を引いた。
勝て、と言った時と同じ声だった。
だが、今は勝敗ではない。
残すか。
焼かせるか。
王が裁定する場だった。
アトラスは三叉槍を握り直す。
手甲の内側で、低い音がした。
金属の軋みではない。
深海の底で、長く眠っていた火が寝返りを打つような音だった。
「それは、己が残すと裁定したものだ」
その声は、終局特異点の赤い空へ沈んだ。
次の瞬間、焼却炉の底に深海が落ちた。
水はない。
だが、圧がある。
炎の影が、地面ごと押し潰される。
赤い火の粉が青い重力に沈む。
焼却式の光が一瞬だけ歪み、星詠みの詩へ伸びていた炎の手が震えた。
空気が重くなる。
立香の肺が、一瞬だけ海底を思い出した。
息はできる。
けれど、胸の奥へ深い水が落ちてくる。
マシュが叫ぶ。
「焼却干渉が、一瞬弱まりました!」
ダ・ヴィンチの声が返る。
『アトラスの王権反応が防御層の鍵になっている!
深海王権特異点で外部保存した時の裁定が、今も外部記録の保護条件として残ってるんだ!』
アトラスは短く言う。
「所有権ではない」
ダ・ヴィンチが、一瞬言葉を止める。
『……そうだね』
「あれは、王宮の所有物ではない。
己の所有物でもない」
アトラスは赤い空を見据える。
「だが、己が残すと裁定した」
星詠みの詩が、赤いノイズの奥で震えた。
「ならば、焼かせぬ」
焼却式が応答する。
『王権反応、検出』
『人理外記録、保護干渉』
『保護干渉、焼却対象へ追加』
赤い炎が、アトラスへ向いた。
星詠みの詩だけではない。
それを守る王ごと、焼こうとしている。
マシュが盾を構える。
「アトラスさん!」
アトラスは一歩も退かない。
「不要だ」
ギルガメッシュが笑った。
「必要だ、大洋王。
貴様が退かぬなら、雑兵を払う手は多い方がよい」
黄金の門が開く。
宝具が、赤い空へ放たれた。
金と赤が衝突する。
金属音ではなかった。
何かの記録が裂けるような、乾いた音が空に走った。
炎の柱が砕ける。
砕けた炎は、また別の形を取ろうとする。
その再構成より早く、エミヤの矢が核を射抜いた。
矢が通った場所だけ、赤い光が一拍遅れる。
エミヤの矢が、焼却式の接続点を一拍だけ止める。
その一拍へ、アトラスの深海圧が落ちる。
炎の経路が潰れた。
赤い火が、海底に落ちた砂のように沈む。
焼けた空気が、圧に押し込まれて低く唸った。
ダ・ヴィンチが叫ぶ。
『外部記録への干渉、少し削れた!
でもまだ足りない。焼却式の本流が来る!』
赤い空が割れた。
そこから現れたのは、炎の軍勢ではなかった。
巨大な炉だった。
空に開いた焼却炉。
地上にあるはずのものではない。
時間そのものを燃料にする、赤い穴。
その奥に、無数の断片が見えた。
都市。
森。
海。
王冠。
墓碑。
剣。
歌。
誰かの名前。
すべてが炎の中で分解され、灰になり、空白へ変わっていく。
炉が呼吸するたび、熱ではない熱が来た。
皮膚を焼くのではない。
記憶の表面を剥がす熱だった。
立香は思わず歯を食いしばる。
自分が何を見ていたのか、何を聞いていたのか。
それすら一瞬、赤い光に塗り潰されそうになる。
ダ・ヴィンチの声が震える。
『焼却式の出力、上昇。
マスター、これは……星詠みの詩の記録だけじゃない。
周辺の縁ある記録まで、まとめて焼こうとしている!』
立香は顔を上げた。
「縁ある記録……?」
その瞬間、終局特異点の空気が変わった。
『別戦線の皆が、縁の反応を辿って集まってきてる!』
赤い空の底に、別の光が差す。
太陽のような黄金。
王の笑い声が響いた。
「ほう。
遺産を焼く炎か。
ならば、余が見過ごす道理はない!」
オジマンディアスが、炎の向こうに立っていた。
別戦線から転じた霊基には消耗の揺らぎが残っている。
それでも、彼は王としてそこにいる。
「碑も、墓も、歌も、王が残すと決めたならば遺産である。
それを焼くなど、許可した覚えはない!」
熱砂の光が、焼却炉の炎へぶつかる。
赤い炎が、黄金に押し返された。
続いて、豪快な笑い声が響く。
「道を残すのもまた征服よ!
後から来る者が進めるならばな!」
イスカンダルの戦車が、燃える大地を駆け抜ける。
車輪が炎を踏み砕くたび、赤い火の粉が砂塵のように舞った。
焼けた大地が割れ、その割れ目を戦車が道に変える。
「歌であれ、地図であれ、道であれ!
残ったならば、誰かが進む!」
さらに、静かな声が重なった。
「分かるぞ、閉じる王。
余計なものを除けば、世界は安定する」
始皇帝の足元から、水銀の奔流が立ち上がった。
銀の濁流が焼却式を呑み込み、赤い式の骨格を剥き出しにする。
「朕もまた、民から名と詩と知識を取り上げた。
惑星の責を負う者は、朕一人で足りると裁定したのでな」
始皇帝は、露出した式へ巨大な水銀剣を振り下ろす。
「そして世界は完成し、先を失った。
其方の善意も、同じ場所へ至り得るぞ」
銀の刃が焼却式を断ち割る。
ダ・ヴィンチが息を呑む。
『王たちの霊基反応……!
縁が繋がっている。星詠みの詩を、遺産や道として認識して、焼却式の分類を押し返している!』
ギルガメッシュが、横目でアトラスを見る。
「聞いたか、大洋王。
貴様が沈めなかったものは、存外に騒がしいぞ」
アトラスは、赤い空から目を離さずに答えた。
「……己が、残すと決めたものだ」
ギルガメッシュは笑った。
「ならばよい」
焼却炉の底に、さらに別の気配が集まる。
白銀の剣光。
アトラスは、わずかに目を細めた。
アルトリアが、炎の前に立っていた。
星のない空の下で、その姿は不思議なほど静かだった。
彼女は炎を見る。
それから、赤いノイズに包まれた星詠みの詩を見た。
「必要性ではありません」
その声は、食卓で甘いものを前にした時と同じ、まっすぐな響きを持っていた。
「守るべき幸福です。
それが食卓の記憶であれ、星の歌であれ」
立香の胸が熱くなる。
アルトリアは続けた。
「星は、空にあるものだけではないのでしょう。
あのように、沈んだ場所で光る星もまた、誰かの道を照らす」
ギルガメッシュの眉が、ほんのわずかに動いた。
何も言わない。
ただ、その赤い瞳が一瞬だけ騎士王を見て、それから大洋王へ戻った。
アトラスも、何も言わなかった。
けれど、否定しなかった。
ニトクリスが前へ出る。
彼女の杖が、赤い記録の上に青い境界を引いた。
「その歌もまた、忘れぬための碑です。
墓ではなく、未来へ置く碑です。
炎が碑文を奪うことを、私は認めません」
葬送の術式が、星詠みの詩の周囲に境界を作る。
赤いノイズが、わずかに剥がれた。
剥がれた場所から、細い音が戻る。
歌の端が、まだ焼けていないと告げるように震えた。
遠くから、小さな声が聞こえた。
「だめだよ」
ボイジャーだった。
星のない空の下で、小さな旅人は炎を見上げている。
「あれは、だれかが星をおぼえるための歌だよ。
ぼくは、そういう歌を知ってる」
彼の周りに、小さな星の光が灯る。
空に星はない。
けれど、彼のそばにだけ、旅の光があった。
「おぼえようとしたことを、燃やしちゃだめだよ」
スカディの冷たい声が、炎の熱を切った。
「滅びの後に残る記憶を、炎が奪う権利はない。
それが無力であろうと、無価値ではない」
氷の影が、焼却式の一部を凍らせる。
炎はそれを溶かそうとするが、その一瞬があれば十分だった。
凍った炎が砕ける音は、硝子ではなく、古い言葉が割れる音に似ていた。
マシュが盾を掲げる。
「先輩、皆さんが道を作ってくれています!」
立香は頷く。
「アトラス!」
アトラスは返事をしない。
ただ、星詠みの詩へ伸びる炎を見据えている。
焼却式が唸る。
『外部価値定義、干渉』
『遺産、道、未来、碑、幸福、星、記憶』
『分類矛盾』
『焼却処理、継続』
ダ・ヴィンチが叫ぶ。
『英霊は、人類史の記録そのものだ!
その彼らが価値を認めた瞬間、歌はもう「人理外」ではいられない!』
赤い炉がさらに開く。
分類できないなら、まとめて焼く。
そのための炎が降りてくる。
ギルガメッシュが低く問う。
「焼かれるなら、沈めておけばよかったか」
アトラスの槍を握る手が、わずかに止まった。
それは嘲りではなかった。
逃げ道を塞ぐ問いだった。
沈めていれば、焼かれなかったかもしれない。
王宮の奥に閉ざしていれば、人理焼却の炎が触れることもなかったかもしれない。
外へ渡さなければ。
王宮外へ出さなければ。
誰かの未来へ届く場所へ置かなければ。
この炎に触れられることは、なかったかもしれない。
焼却炉の赤い光が、アトラスの鎧を照らす。
赤い熱が鎧の縁をなぞる。
紺碧の表面に、火の色だけが映っている。
立香は、何も言わなかった。
アトラスの代わりに答えない。
ギルガメッシュも、それ以上は言わない。
王が、自分で答えるのを待っている。
やがて、アトラスは言った。
「否」
短い声だった。
だが、揺れていなかった。
「沈めれば、焼かれはしなかったかもしれぬ」
赤い炎が、星詠みの詩へ伸びる。
「だが、届きもしなかった」
立香は顔を上げた。
アトラスの声は、静かだった。
「届く可能性を断ったものを、己はもう、残したとは呼ばぬ」
その言葉に、星詠みの詩がかすかに震えた。
「外へ渡したものは、焼かれることもある。
忘れられることもある。
失われることもある」
アトラスは、三叉槍を構え直す。
「それでも、沈めて所有するよりはよい」
立香は言った。
「届く可能性があるから」
「そうだ」
「だから、沈めなかった」
「そうだ」
アトラスは、赤い空を見据えた。
赤い炉が、さらに大きく開く。
アトラスの周囲に、水底の気配が濃くなった。
火天八紘が反応する。
水中の炎。
世界を沈める終末。
その気配に、マシュが振り返る。
「アトラスさん、宝具反応が……!」
アトラスの槍の穂先に、青い火が灯りかける。
焼却の炎に対し、終末の火で返す。
それは可能だった。
火天八紘なら、この炉心へ届く。
焼却式の末端を、炎ごと海底へ引きずり込むこともできる。
終わらせる力で、終わらせることはできる。
赤い炉が、青い火に反応して軋んだ。
その音は、悲鳴ではない。
世界の底がずれる音だった。
終局の炎と、水底の火。
焼く終末と、沈める終末。
二つの終末が向き合った瞬間、焼却炉の底が歪む。
熱が消えた。
否。
熱が、深すぎる水の底へ沈んだ。
赤い炎の輪郭が、深海の圧に押し潰されかける。
炉心の端が沈む。
空に開いた赤い穴が、青い火へ引かれるように傾く。
青い火は燃えているのに、周囲の空気を冷たくした。
冷たいのに、触れればすべてが終わると分かる。
立香の喉が鳴る。
それは美しい火ではなかった。
救いの火でもなかった。
終わらせるためにだけ存在する、底なしの火だった。
誰もが分かった。
開けば、届く。
この火は、終局の炎を沈め得る。
だが、その瞬間、星詠みの詩が細く震えた。
アトラスは、その音を聞いた。
ここで火を開けば、焼却式の一部は沈む。
炎の経路も断てる。
だが、歌もまた終末の裁定へ巻き込まれる。
終末は、対象を選ばぬ。
裁定の内にあるものを、等しく沈める。
焼かせぬために沈める。
それは、かつての王宮と同じだった。
アトラスは、槍の穂先に灯った青い火を見た。
そして、火を閉じた。
焼却炉の赤い軋みが、ふっと戻る。
青い火は消えた。
だが、アトラスの裁定は消えていない。
ギルガメッシュが低く問う。
「開くか、大洋王」
アトラスは答える。
「開かぬ」
「なぜだ」
「終末は、勝敗の補助具ではない」
その声は、かつて水底に火が眠ると告げた時と同じだった。
だが、続く言葉は違った。
「そして、これは沈める戦ではない」
アトラスは、焼却炉を見据える。
「残す戦だ」
ギルガメッシュは、閉じられた青い火を見て笑った。
「よい。
それでこそ、終末を持つ王よ」
アトラスは目を細める。
「開かぬことがか」
「開くべき時を知る者より、開かぬべき時を知る者の方が厄介だ」
ギルガメッシュが笑う。
獰猛で、楽しげで、どこか満足した笑みだった。
「ならば、そのように裁定しろ」
アトラスは頷かない。
ただ、王として命じる。
「紺碧の城塞、開城」
鎧が鳴った。
不可侵なりし紺碧の城塞。
これまで外敵を退け、内側を閉ざしてきた王宮外壁。
それが、開く。
守るためだけではない。
拒むためだけでもない。
王宮の外へ渡すために開いた城塞が、今度は炎の中で未来への通路を作る。
アトラスの背後に、青い門が現れた。
海底の城門。
沈んだ王宮の外壁。
けれどそこから流れ出たのは水ではない。
星の音だった。
星詠みの詩が、赤いノイズを裂いて響く。
青白い旋律が、焼却炉の底へ線を引いた。
門が開いた瞬間、アトラスの鎧に細い罅が走る。
それは破壊ではない。
閉じていたものが、外へ道を譲る音だった。
ダ・ヴィンチが叫ぶ。
『外部記録、防御層と同期!
いや、違う。これは防御じゃない。通路だ!』
続けて、観測値を読み上げる。
『彼女の王権が記録の鍵だ。
城塞を開くことで、外部記録の経路を自分の側へ引き込んでる!
焼却式から切り離して、未来側の保存領域へ逃がそうとしている!』
『でも、経路が足りない。
焼却式の干渉が速すぎる!』
炎が、星の音を追う。
赤い手が、青白い旋律へ伸びる。
アトラスが演算する。
焼却式の流れ。
外部記録の経路。
カルデアの保存領域。
未来へ届くための線。
一拍、遅い。
エミヤが矢を放った。
赤い手の中心を射抜く。
「敵は、君の必要に合わせて動かない」
アトラスは、深海の門を開いたまま答える。
「記録している」
「なら、動け」
アトラスの槍が、青い線を引く。
星詠みの詩が、その線を通った。
マシュが盾で炎を受け止める。
「通します!
これは、誰かが覚えていたかったものですから!」
盾の白い光が赤い炎と衝突する。
衝撃が、マシュの腕を伝って床へ落ちた。
膝が一瞬沈む。
それでも盾は下がらない。
盾の縁が赤く焼ける。
そこへ青白い歌の余韻が触れ、炎の色を一瞬だけ薄めた。
ニトクリスの碑が、歌の意味を守る。
アルトリアの剣光が、星のない空に道を開く。
ボイジャーの小さな星が、旋律の進む先を照らす。
スカディの氷が、炎の足を止める。
王たちの声が、焼却式の分類を打ち消す。
遺産。
道。
未来。
碑。
幸福。
星。
記憶。
そして、アトラスの裁定。
「人理外であるなら、なおさら焼却式が裁定するな」
アトラスは、赤い空へ告げる。
「星詠みの詩を、未来へ渡す」
焼却式が轟いた。
『焼却対象、再固定』
『保護干渉、排除』
『王権反応、焼却』
赤い炎が、アトラス自身へ降りる。
ギルガメッシュが前へ出た。
黄金の門が、空を覆うほどに開く。
「邪魔だ」
無数の宝具が、炎へ放たれる。
それは、ただ星詠みの詩へ向かう道を守るためではない。
アトラスの裁定を通すためだった。
岸が、海の出口を守っている。
黄金の宝具が炎へ突き刺さるたび、赤い空に乾いた断裂音が響く。
剣が、槍が、斧が、名を持つ財が、名を焼こうとする炎を叩き潰す。
炎は砕けても、また形を取る。
だが、そのたびに黄金が先に届く。
ギルガメッシュは、炎の向こうを睨む。
「この王が残すと決めたものへ、我の前で手を出すか」
その声に、焼却炉が軋む。
「身の程を知れ。
財の価値も、歌の価値も知らぬ炎が」
アトラスが横目で見る。
「財ではない」
ギルガメッシュは笑った。
「今はな」
「今もだ」
「ならば後で聞こう」
「何を」
「貴様が何と分類するかをだ」
アトラスは、不快そうに目を細めた。
「戦闘中に雑談をするな」
「余裕の証だ」
「否定はしない」
ほんの一瞬だけ、立香は笑いそうになった。
だが、炎は止まらない。
赤い炉が、最後の焼却干渉を放つ。
星詠みの詩の旋律が、激しく揺らいだ。
音が痩せる。
青白い線が細くなる。
焼けた空白が、その隙間へ流れ込もうとする。
立香は叫ぶ。
「アトラス!」
アトラスは、門をさらに開いた。
紺碧の城塞が軋む。
王宮外壁が、炎の中で割れる。
閉ざすために作られた城が、外へ渡すために自分を広げる。
罅の奥から、青い光が漏れた。
痛みのように。
道のように。
アトラスの声が響いた。
「己は、沈めた王だ」
炎が迫る。
「沈めた王だから、残すものを選ぶ」
星詠みの詩が、青白く光る。
「己が残すと決めたものに、触れるな」
深海の門が、炎を裂いた。
星詠みの詩が、焼却炉の底を抜ける。
赤いノイズが剥がれ、旋律が澄んでいく。
空には星がない。
けれど、音が星を描いた。
焼けた空白の底に、青白い星図が浮かぶ。
立香は、それを見た。
遠き星より来た者たちが、この星の空を覚えるために作った歌。
それは、炎の手から抜けた。
まだ未来へ届ききったわけではない。
ダ・ヴィンチの声が震える。
『外部記録、焼却式から切断成功!
未来側保存領域へ経路接続……まだ不安定だけど、通った!』
マシュが盾を下ろしかけて、また構える。
「先輩、焼却式の本体反応はまだ健在です。
でも、星詠みの詩への干渉は弱まっています!」
立香は頷いた。
「うん。
ここから、届ける」
アトラスは、開いた城塞の前に立っていた。
炎を浴びても、退いていない。
罅の入った紺碧の鎧が、赤い空の下で鈍く光っている。
その光は傷ではなく、出口だった。
ギルガメッシュが、その横に並ぶ。
「焼かせなかったな、大洋王」
アトラスは答える。
「まだだ」
赤い空が軋む。
焼却炉の奥で、さらに大きな炎が動き始める。
アトラスは、三叉槍を握る。
「残すと決めた。
ならば、未来へ届くまでが裁定だ」
ギルガメッシュの笑みが深くなる。
「よかろう。
ならば、最後まで通せ」
立香は、星のない空を見上げた。
そこに、青白い星図が浮かんでいる。
焼却炉の底で、星はまだ歌っていた。
けれどその歌は、もうただ守られているだけではない。
未来へ向かって、進み始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日20時頃に更新予定です。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他