The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link
カルデアのシミュレーター室には、黒い海が広がっていた。
夜間訓練用に設定された仮想フィールド。
座標は存在しない。
地名もない。
ただ、海と岸がある。
波は低い。
荒れてはいない。
だが、凪いでもいない。
大洋王アトラスは、波打ち際に立っていた。
紺碧の鎧。
三叉槍。
淡い水青の髪。
血を海水に溶かしたような瞳。
すべて、元通りだった。
霊基状態、正常。
魔力循環、正常。
王宮防壁、正常。
火口封印、正常。
名称境界、正常。
裁定権限、正常。
戻った。
そう言われた。
戻ったのだと思う。
だが、波紋は残った。
――ここでは、決めなくてよい。
その声は消えた。
消えたが、完全には消えていない。
水面に一度落ちたものは、沈んでも、底に痕を残す。
アトラスは海を見る。
黒い水面。
夜の光を吸い込み、わずかに揺れている。
底も空もない白い凪ではない。
ここには、夜がある。
波がある。
そして、岸がある。
けれど、まだ波は低い。
アトラスは三叉槍を握った。
重い。
その重さは戻っている。
戻っているのに、内側の海はまだ荒れない。
波は、ただ海だけでは立たない。
ぶつかる境界が要る。
削るべき岸が要る。
だが。
「ならば、荒れればよかろう」
背後から声がした。
振り返らずとも分かる。
その声は、海を慰めない。
水面を撫でない。
ただ、岸のように立つ。
アトラスは目を細めた。
「英雄王」
「貴様の海が鈍い」
金色の王は、波打ち際の少し上に立っていた。
夜の中で、その姿だけが炎のように明るい。
鎧は黄金。
瞳は赤。
背後にまだ門は開いていない。
それでも、その男はすでに戦場だった。
「訓練中だ」
「見れば分かる」
「ならば退け」
「誰に向かって言っておる」
「お前だ」
ギルガメッシュは笑った。
愉快そうに。
不遜に。
容赦なく。
「凪に浮かされたか、大洋王」
アトラスの指が、三叉槍の柄を強く握る。
「浮いてはいない」
「沈んでもおらぬ」
「……」
「立ってもおらぬ」
アトラスは振り返った。
黒い海が、その足元で低く揺れた。
「見ていたのか」
「さてな」
「ダ・ヴィンチから聞いたか」
「さてな」
「記録を閲覧したか」
「我がそのような手間をかけると思うか」
「では何故知っている」
ギルガメッシュは、わずかに顎を上げる。
赤い瞳が、アトラスを見る。
観測する。
暴くのではない。
名づけるのでもない。
ただ、王を見る。
「貴様がそういう面をしておる」
「不正確だ」
「ならば証明してみせよ」
背後に、黄金の門がひとつ開いた。
夜の海に、金色の光が落ちる。
波が揺れた。
アトラスの内側でも、何かがわずかに動く。
ギルガメッシュは笑う。
「我は岸だ」
その声は、海に刺さった。
「削りに来い、大洋王」
次の瞬間、アトラスの三叉槍が振るわれた。
黒い海が跳ねる。
深海圧が仮想空間の空気を押し潰し、波打ち際の地形を歪める。
黄金の門が開く。
一つ。
三つ。
七つ。
幾本もの宝具が、夜の海へ射出された。
それは雨ではない。
裁定だった。
王が王へ投げる、観測の刃。
アトラスは槍を斜めに構えた。
「沈め」
海が立ち上がる。
宝具の群れが、水圧に叩かれ、速度を落とす。
一本は海へ沈む。
一本は軌道を曲げられる。
一本は水面ぎりぎりで方向を変え、アトラスの肩口を掠めた。
火花が散る。
紺碧の鎧に、浅い傷が走った。
アトラスは後退しない。
足元の海が重く鳴る。
「ほう」
ギルガメッシュの目が細まる。
「戻ったか」
「戻った、とは言っていない」
「では何だ」
「立っている」
「よい」
また門が開く。
今度は左右から。
宝具が交差する。
アトラスは深海圧でひとつを落とし、もうひとつを槍で弾いた。
弾ききれない刃が、鎧の側面を削る。
痛みはある。
重さもある。
衝撃もある。
空気が重い。
海が騒ぐ。
呼吸は、楽ではなかった。
胸は圧される。
肺の奥に、戦場の熱が入ってくる。
次に何が来るかを見なければならない。
裁定しなければならない。
沈めるか。
逸らすか。
受けるか。
踏み込むか。
選ばなければならない。
優しい声は、決めなくてよいと言った。
たしかに、楽だった。
楽だったからこそ、不快だった。
目の前の王は、決めろと言う。
荒れろと言う。
沈めに来いと言う。
逃げ道を与えない。
慰めない。
休ませない。
だが、不思議と息ができた。
「英雄王」
「何だ」
「お前は不快だ」
「知っておる」
「過剰だ」
「それも知っておる」
「不要な圧だ」
「必要な圧など、王が誰かに用意してもらうものではあるまい」
ギルガメッシュは笑い、さらに門を開く。
「自ら選べ。自ら沈めろ。自ら削れ」
「命令か」
「違う」
「では何だ」
「岸だ」
黄金の刃が降る。
アトラスは三叉槍を突き立てた。
海が円形に沈む。
深度が増す。
黒い水が重力を得たように落ち込み、宝具の軌道をまとめてねじ曲げる。
一本。
二本。
三本。
受け流す。
沈める。
裁く。
演算は遅れない。
だが、完璧ではない。
一本の短剣が、低く走った。
首筋を狙う軌道。
アトラスは身体を傾ける。
間に合う。
だが、遅い。
刃が鎧の縁を削り、喉元に浅い線を残した。
赤が一筋、冷たい海の色に混ざる。
ギルガメッシュが目を細めた。
「一拍、遅い」
「知っている」
「ならばどうする」
「近づく」
アトラスは踏み込んだ。
海が割れる。
距離が縮まる。
ギルガメッシュの背後に、鎖が走った。
天の鎖。
それは三叉槍へ向かう。
神性を縛るための鎖が、深海の王権へ伸びる。
アトラスは避けない。
むしろ、槍を前へ投げた。
鎖が三叉槍を絡め取る。
ギルガメッシュが笑った。
「得物を捨てたか」
「違う」
アトラスは短く言った。
「渡した」
海が反転した。
槍に絡みついた鎖ごと、深海圧が下から上へ跳ね上がる。
沈める力ではない。
押し返す力。
水底から噴き上がる、王宮外壁の反発。
鎖が鳴る。
黄金の王の姿勢が、一瞬だけ崩れた。
一瞬。
それで足りる。
アトラスは、槍を持っていなかった。
手は空いていた。
あの白い凪の海で、鎧も槍も王冠もなく、ただ身体だけが漂っていた。
あの時、身体はどこにも立っていなかった。
今は違う。
この身体で踏み込む距離がある。
アトラスは拳を握った。
紺碧の鎧に包まれた拳。
王宮外壁の重みを持つ拳。
それが、黄金の胸甲へ叩き込まれた。
鈍い音がした。
波が爆ぜる。
黒い海が、黄金の光を砕いて飛沫を上げる。
ギルガメッシュの胸甲に、小さな亀裂が走った。
そして。
英雄王の足が、半歩、退いた。
音が止まった。
シミュレーター室の警告音すら、一瞬だけ遠のいた。
アトラスは拳を引かない。
ギルガメッシュも倒れない。
ただ、二人の間に、半歩の距離が生まれていた。
ギルガメッシュは、自分の胸甲を見た。
亀裂。
小さい。
浅い。
だが、確かにそこにある。
ギルガメッシュは一瞬だけ、赤い瞳を細めた。
「防がせぬとはな」
その声に、怒りはない。
愉悦だけがある。
次の瞬間、英雄王は笑った。
「よい」
アトラスは息を吐いた。
今度は、楽ではなかった。
胸は苦しい。
腕は痛む。
喉元の傷が熱い。
鎧は重い。
槍は遠い。
海は荒れている。
だが、息ができた。
「半歩だ」
アトラスは言った。
「お前を半歩、退かせた」
「そうだ」
「勝っていない」
「そうだ」
「届いただけではない」
「そうだ」
ギルガメッシュは、愉快そうに笑った。
「貴様は我を退かせた」
アトラスの瞳が細くなる。
黒い海が、低くうねった。
それはもう凪ではなかった。
「次こそ膝だ」
ギルガメッシュは声を上げて笑った。
黄金の門が背後で震える。
「言うようになったな、大洋王」
「訂正が必要か」
「不要だ」
「ならば記録しろ」
「我に命じるか」
「お前ではない」
アトラスの視線が、シミュレーター室の外へ向いた。
管制室では、ダ・ヴィンチが頭を抱え、立香が通信を握り、マシュが盾を構えるかどうか迷っていた。
その横で、アンデルセンがいつの間にか端末に文字を打っている。
「童話作家」
「何だ、海底の面倒事」
「記録しろ」
「今している。止めるな」
ダ・ヴィンチが画面を叩く。
「二人とも、そこまで! 仮想フィールドの負荷が危ない!
夜間訓練用フィールドに王権衝突を持ち込まないでくれ!」
「英雄王だ」
「貴様だろう、大洋王」
「先に岸を名乗ったのはお前だ」
「削りに来いと言っただけだ。ここまで素直に来るとはな」
「要求に応じた」
「それを素直と言う」
「不快だ」
ニトクリスが青い顔で額を押さえた。
「止めてください。
シミュレーター室の安全基準と、私の胃が限界です」
アトラスの動きが止まる。
「王への損耗は許容範囲だが、無関係な神官への副次被害は非効率だ」
「お気遣いはありがたいのですが、胃を神官業務に含めないでください……」
アンデルセンの指だけが、端末の上を走り続けていた。
「止めるな。今いいところだ」
立香が小さく息を吐く。
「アトラス、いったん終了」
「不要だ。まだ半歩だ」
「半歩で十分すごいから」
「不十分だ」
「それは次回で」
アトラスは、少しだけ沈黙した。
「次回」
「うん。だから、今日はここまで」
アトラスは答えなかった。
否定もしなかった。
ギルガメッシュは胸甲の亀裂を指でなぞった。
その指先に、黄金の欠片がわずかに落ちる。
「大洋王」
「何だ」
「息はできたか」
アトラスは沈黙した。
黒い海が静かに揺れている。
荒れている。
だが、暴れてはいない。
波は岸に当たり、返り、また満ちる。
アトラスは、胸の奥に残っていた軽さを思い出す。
凪いだ海。
どこまでも均一で、何ひとつ要求しない安全海域。
苦しくなかった海。
痛くなかった海。
浮かびも沈みもせず、どこにも立っていなかった海。
あれは楽だった。
だが、息をしているとは思えなかった。
今は違う。
苦しい。
痛い。
重い。
選ばなければならない。
裁定しなければならない。
それでも。
「できた」
アトラスは答えた。
ギルガメッシュは、満足したように笑う。
「ならばよい」
「よくはない」
「何故だ」
「半歩だ」
「十分であろう」
「不十分だ」
「ほう」
「次こそ膝だと言った」
「聞いた」
「忘れるな」
「我に忘却を命じるとは、たいした海だ」
「命令ではない」
「では何だ」
「告知だ」
ギルガメッシュの目が、愉快そうに細くなる。
「告げたか、岸へ」
アトラスは一瞬だけ黙った。
それから、低く答えた。
「告げた」
黒い海が、静かに引いた。
シミュレーターの警告音が解除される。
黄金の門が閉じる。
天の鎖が消える。
三叉槍が海から戻り、アトラスの手に収まった。
仮想フィールドは、ゆっくりと白い床へ戻っていく。
最後に残ったのは、胸甲に小さな亀裂を残した黄金の王と、拳を握ったまま立つ大洋王だった。
「岸は、海を囲うためにあるのではない」
ギルガメッシュが言った。
アトラスは顔を上げる。
「では、何のためにある」
「海がどれほど広いかを、世界に知らしめるためにある」
アトラスは黙って、その言葉を聞いた。
慰めではない。
解釈でもない。
王が王へ投げる、不遜な定義。
閉じ込めるための境界ではない。
削られ、削り返し、なお広さを示すための境界。
その定義は過剰だった。
傲慢だった。
だが、凪いではいなかった。
アトラスはそれを否定しなかった。
「過剰だ」
「当然だ」
「不快だ」
「知っておる」
「だが」
アトラスは一度だけ、自分の拳を見る。
そこには痛みが残っている。
胸には重さがある。
海は、もう凪いでいない。
「外れてはいない」
ギルガメッシュは笑った。
「それでよい」
シミュレーター室の扉が開いた。
立香が駆け寄ってくる。
「アトラス、大丈夫?」
「問題ない」
「ギルガメッシュさんは?」
「問題あるように見えるか?」
「胸甲にヒビ入ってます」
「飾りだ」
「絶対違う」
ダ・ヴィンチがため息をついた。
「二人とも、あとで検査だよ。特にアトラス、今日はこれ以上シミュレーター禁止」
「妥当性を欠く」
「欠かない」
「訓練は途中だ」
「途中で終わらせることも訓練の一部だよ」
「不快だ」
「はいはい」
マシュが小さく微笑んだ。
「でも、アトラスさん。少し、顔色が戻ったように見えます」
「顔色は変化していない」
「そうでしょうか」
「数値で示せ」
「えっと……」
立香が笑った。
「でも、さっきより息しやすそう」
アトラスは立香を見た。
その言葉に、少しだけ沈黙する。
息。
できた。
そう答えたばかりだった。
「……不要な観測だ」
「そう?」
「不要だ」
否定はした。
だが、訂正はしなかった。
アンデルセンが端末を閉じる。
「まったく。王と王の殴り合いほど、記録者の手を酷使するものはないな」
アトラスがそちらを見る。
「童話作家」
「何だ」
「その記録は残せ」
アンデルセンのペンが止まった。
ニトクリスも驚いてアトラスを見る。
「……珍しいな。貴様から記録を要求するとは」
「次に必要だ」
「次?」
「次こそ膝だ」
ギルガメッシュが楽しげに笑う。
立香は額に手を当てる。
マシュは困ったように笑う。
ニトクリスは胃のあたりを押さえた。
「その次がある前提で話を進めないでください……」
「ある」
アトラスは即答した。
その声に迷いはなかった。
アンデルセンは、少しだけ口元を歪めた。
「承知した、大洋王」
端末に、最後の一文が打ち込まれる。
岸に告ぐ。
海は届くだけでは満足しなくなった。
それは危険で、厄介で、非常に王らしい進歩である。
お読みいただきありがとうございます。
しばらくは毎日20時頃に更新予定です。
前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も連載中です。
https://syosetu.org/novel/420096/
この作品の興味をもったところは?
-
アトラスのキャラクター性・内面
-
ギルガメッシュとの関係性
-
王としての在り方・王権のテーマ
-
ストーリーの展開
-
その他