The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』第3話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/文章生成AI補助あり。
詳しい注意事項・制作FAQは作品案内をご確認ください。
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link



第3話 戦場は演算を待たない

 カルデアの食堂は、朝からそれなりに騒がしい。

 

 騒がしい、と言っても人類史の最前線にしては穏やかなものだ。

 

 誰かが食器を鳴らし、誰かがコーヒーを淹れ、誰かが眠たげに席へ着く。

 

 管制室の緊張とは違う。

 シミュレーターの戦闘音とも違う。

 

 生きている者たちが、今日を始める音。

 

 藤丸立香は、その音が嫌いではなかった。

 

 マシュと並んで食堂へ入ると、厨房の方からエミヤが顔を上げた。

 

「来たか。朝食ならまだ温かい」

 

「ありがとう、エミヤさん」

 

「ありがとうございます」

 

 マシュが礼儀正しく頭を下げる。

 

 立香はいつもの席へ向かいかけて、ふと足を止めた。

 

 食堂の隅に、紺碧の鎧が座っていた。

 

 アトラスである。

 

 燃えるような輝きを湛えた紺碧の全身鎧。

 淡い水青の髪。

 血を薄く海水に溶かしたような冷たい血色の瞳。

 

 彼女は食堂の椅子に腰掛けている。

 

 だが、食事をしているわけではない。

 目を閉じているわけでもない。

 

 ただ、そこにいる。

 

 食堂の喧騒の中にあって、彼女の周囲だけが深海のように静かだった。

 

 エミヤが皿を置きながら言った。

 

「食堂は待機所ではないのだがな」

 

 アトラスは視線だけを向ける。

 

「食物摂取の必要性は低い」

 

「必要性だけで食事を語るなら、食堂に来る必要もない」

 

「騒がしい場所の観測だ」

 

「よりによって食堂でか」

 

「人が集まり、物資が移動し、会話が交差する。統治機構の末端観測には適している」

 

 エミヤは一瞬だけ黙った。

 

「……食堂をそう表現されたのは初めてだ」

 

 立香は思わず笑った。

 

「アトラス、食堂を観測してたんだ」

 

「そうだ」

 

「どう?」

 

「騒がしい」

 

「うん」

 

「だが、機能している」

 

 それは、彼女なりの高評価なのかもしれない。

 

 マシュが少し嬉しそうに言う。

 

「カルデアの食堂は、皆さんにとって大切な場所ですから」

 

「大切」

 

 アトラスはその言葉を繰り返した。

 

「栄養補給地点ではなく、結節点か」

 

 エミヤがため息を吐く。

 

「結節点でも構わんが、ここにいるなら何か口に入れろ。水でもいい」

 

「不要だ」

 

「肉体を持つなら、不要で済ませるな」

 

 その時、立香の通信端末が鳴った。

 

 ダ・ヴィンチの声が入る。

 

『おはよう、マスター、マシュ。アトラスもそこにいるね?』

 

「うん、いるよ」

 

『ちょうどいい。今日、アトラスの霊基運用について追加テストをしたいんだ。昨日までのデータを見ていて、少し確認しておきたい点があってね』

 

 アトラスが通信を見る。

 

「己の霊基に問題があるのか」

 

『問題というより、傾向だね。君は広域制御と構造把握に優れている。けれど、昨日のシミュレーター戦で、瞬間対応に一拍の遅れがあった』

 

 エミヤがわずかに眉を上げた。

 

「一拍の遅れ?」

 

 ダ・ヴィンチが続ける。

 

『そう。戦場全体を読む力が強すぎるせいで、至近距離の突発的な攻撃に反応が遅れる。だから今日は、その確認と調整をしたい』

 

 エミヤは少し考え、アトラスを見た。

 

「ならば、私が見る」

 

 立香が目を瞬かせる。

 

「エミヤさんが?」

 

「広域制御に偏る相手は、魔術師に多い。魔術師の悪癖を見るのは慣れている」

 

 アトラスの血色の瞳が細くなる。

 

「弓兵。己(おれ)を魔術師と同列に扱うな」

 

「ならば、王であろうと戦場では遅れるものとして扱う」

 

 食堂の空気が一瞬締まった。

 

 立香はエミヤを見る。

 

 言い方は相変わらず鋭い。

 

 だが、そこに悪意はない。

 

 エミヤは現実的に見ている。

 

 王でも、神性を持つ者でも、海底から来た異物でも。

 

 戦場で遅れるなら、そこに刃は入る。

 

 アトラスはしばらく沈黙した。

 

 そして、言った。

 

「記録した。訓練場へ向かう」

 

 エミヤは頷く。

 

「その前に水を飲め」

 

「不要だ」

 

「今言ったばかりだろう」

 

「訓練後に処理する」

 

「処理ではなく摂取だ」

 

「不快だ」

 

「それは結構。飲め」

 

 立香は小さく笑った。

 

 アトラスはしばらくエミヤを見ていたが、やがて差し出された水を受け取った。

 

 ただし、飲まずに持ったままだ。

 

 エミヤが言う。

 

「飲むところまで訓練だと思え」

 

「……不快だ」

 

 それでも、アトラスは水を飲んだ。

 

 訓練場は、いつも通り白く、無機質だった。

 

 ただし、シミュレーターの起動と同時に空間が変わる。

 

 今回は海底王宮ではない。

 暴走した記録層でもない。

 

 ダ・ヴィンチが用意した標準訓練フィールドだ。

 

 足場の広い廃墟。

 複数の遮蔽物。

 高低差のある通路。

 遠距離・近距離、どちらにも対応できるよう作られた模擬戦場。

 

 立香、マシュ、アトラスがフィールド内へ入る。

 

 エミヤは少し離れた位置に立ち、投影の準備をしていた。

 

 通信越しにダ・ヴィンチが告げる。

 

『まずは通常の敵性体で広域制御テスト。アトラス、昨日と同じくマスターとマシュの支援を頼む』

 

「承知した」

 

 敵性体が出現する。

 

 人型、獣型、飛行型。

 

 複数の方向から、立香たちを囲むように展開した。

 

 マシュが盾を構える。

 

「先輩、前方は私が!」

 

「お願い、マシュ!」

 

 アトラスが三叉槍を掲げる。

 

「沈め」

 

 その一言で、戦場が変わった。

 

 水はない。

 

 だが、足場が海底へ変わったように重くなる。

 

 敵性体の脚が鈍る。

 飛行型の軌道が沈む。

 遮蔽物の間を抜けようとした影が、見えない圧に押し戻される。

 

 深海圧。

 

 昨日見た力と同じだ。

 

 だが今日は、制御がさらに明確だった。

 

 アトラスは戦場全体を見ている。

 

 敵の動きではなく、敵が取り得る経路。

 マシュの防御範囲。

 立香の位置。

 遮蔽物の角度。

 魔力の流れ。

 

 すべてを盤面として捉え、その盤面ごと沈める。

 

「右方二。上層通路に一。後方は囮だ」

 

 アトラスが淡々と言う。

 

 立香はすぐに指示を出す。

 

「マシュ、右方! アトラス、上層を!」

 

「処理する」

 

 上層通路にいた敵性体が、一歩踏み出す前に潰れた。

 

 水圧に押し込まれ、床へ縫い止められる。

 

 マシュが右方の二体を盾で受け、アトラスの圧がその動きを鈍らせる。

 

 立香の支援術式が重なり、敵群は一気に崩れた。

 

 ダ・ヴィンチの声が明るくなる。

 

『やっぱり広域制御はすごいね。敵の進路を読むんじゃなくて、進路そのものを沈めている』

 

 エミヤも、腕を組んで見ていた。

 

「強いな」

 

 立香が思わず振り返る。

 

「エミヤさんが素直に褒めた」

 

「強いものを強いと言うくらいはする」

 

 アトラスが言う。

 

「当然だ」

 

 エミヤはすぐに続けた。

 

「だが、問題はそこではない」

 

 空気が変わる。

 

 ダ・ヴィンチが訓練設定を切り替えた。

 

『次は瞬間対応テスト。エミヤ、任せるよ』

 

「了解した」

 

 エミヤの手に、二振りの干将・莫耶が現れる。

 

 その次に、さらに短い投影剣が複数、彼の背後へ並んだ。

 

 アトラスが目を細める。

 

「弓兵が剣を持つのか」

 

「よく言われる」

 

「分類が不適切だ」

 

「私に言われても困る」

 

 エミヤは短く答え、構えた。

 

「マスター、マシュ。今からの攻撃は訓練用だ。直撃はさせない。だが、下手に庇うとデータが取れない」

 

 マシュが一瞬迷う。

 

「ですが、アトラスさんに危険が」

 

「防がなくていい。これは訓練だ」

 

 その言葉は、少し厳しかった。

 

 マシュは立香を見る。

 

 立香は頷いた。

 

「マシュ、大丈夫。見よう」

 

「……はい」

 

 エミヤが投影剣を放った。

 

 最初は正面。

 

 アトラスは動かない。

 

 深海圧が剣の速度を落とし、床へ叩き落とす。

 

 次は左右。

 

 アトラスは槍をわずかに動かし、圧の流れで弾いた。

 

 次は上方。

 

 それも処理する。

 

 ダ・ヴィンチの声が入る。

 

『広域防御は安定。反応も悪くない』

 

「今のところはな」

 

 エミヤが呟いた。

 

 次の一撃は、違った。

 

 投影剣は、直接アトラスへ向かわなかった。

 

 いったん床へ刺さり、跳ねた。

 

 折れた刃が二つに割れ、片方は囮として正面へ。

 

 もう片方が、死角から低く滑り込む。

 

 盤面ではなく、間合い。

 

 構造ではなく、一瞬。

 

 アトラスは敵群と魔力の流れを読んでいた。

 

 そのため、刃が足元から首元へ跳ね上がるまでの一拍が、遅れた。

 

 剣が紺碧の鎧の首元をかすめる。

 

 火花が散った。

 

 直撃ではない。

 

 エミヤが寸前で軌道を逸らしている。

 

 それでも、もし実戦なら。

 

 立香は背筋が冷えるのを感じた。

 

 エミヤは言った。

 

「今のが実戦なら、首を取られている」

 

 アトラスはかすめた鎧の痕を見ていた。

 

「広域制御を優先した」

 

「そうだ。だから遅れた」

 

「必要な処理だった」

 

「敵は、君の必要に合わせて動かない」

 

 短い沈黙。

 

 その言葉は、昨日ギルガメッシュが言ったものとよく似ていた。

 

 戦場は貴様の演算を待たぬ。

 

 アトラスは目を細めた。

 

「不快だ」

 

 エミヤは肩をすくめる。

 

「それで済むなら安い」

 

 その時、観覧側の扉が開いた。

 

 黄金の気配。

 

 ギルガメッシュが、いつの間にか訓練場に来ていた。

 

「聞いたか、大洋王。弓兵にも同じことを言われているぞ」

 

 アトラスが視線を向ける。

 

「英雄王。お前は暇なのか」

 

「貴様の遅さがどれほど改善されるか見物にな」

 

「不快だ」

 

 エミヤが眉間に皺を寄せる。

 

「私としても、英雄王と同意見なのは不快だ」

 

 ギルガメッシュの赤い瞳がエミヤを射抜いた。

 

「贋作者、貴様」

 

「事実だろう」

 

 立香は小声でマシュに言った。

 

「この三人、同じ空間に置いて大丈夫かな」

 

「ええと……訓練場ですので、まだ……」

 

「まだ」

 

 ダ・ヴィンチが通信越しに笑う。

 

『まあまあ、データは取れているから続けよう。エミヤ、診断を』

 

 エミヤはギルガメッシュから視線を外し、アトラスを見た。

 

「君は戦場を構造で見すぎる。敵の配置、地形、魔力の流れ、勝敗条件。それらを読む力は高い。だが、目の前に刃が来た時、身体が一拍遅れる」

 

「観測精度を下げろと?」

 

「違う。観測と反応を分けろ」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 エミヤは続ける。

 

「王として盤面を見る目は残せ。だが、刃を避ける時まで王でいる必要はない。その瞬間だけは、ただの兵でいい」

 

「己は兵ではない」

 

「知っている。だからこそ、兵の技術を借りろと言っている」

 

 アトラスの血色の瞳が、静かにエミヤを見た。

 

 王であることを捨てろと言われたなら、彼女は即座に拒絶しただろう。

 

 だが、エミヤの言葉は違った。

 

 王として見る目は残せ。

 刃を避ける瞬間だけ、兵の技術を借りろ。

 

 それは、王を否定していない。

 

 ただ、身体の運用を分けろと言っている。

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「大洋王。貴様、我の膝を欲したな」

 

 エミヤが固まった。

 

 立香も少し固まった。

 

 マシュが目を瞬かせる。

 

 アトラスは即座に言った。

 

「語弊がある」

 

 ギルガメッシュは愉快そうに続ける。

 

「山門の夜、届いただけでは不満だと言う。次は膝だそうだ」

 

 エミヤは数秒、沈黙した。

 

 そして、淡々と言った。

 

「……戦術目標としては分かりやすいが、会話としては物騒だな」

 

 立香はこらえきれずに笑いそうになった。

 

 マシュは真面目な顔で、笑っていいのか迷っている。

 

 アトラスは冷静に返す。

 

「勝敗を曖昧にする表現を訂正しただけだ」

 

「訂正した結果が膝か」

 

「そうだ」

 

「分かりやすいな。物騒だが」

 

 ギルガメッシュがさらに笑う。

 

「ならば尚更だ。我が膝を取る前に、投影剣一本で遅れるようでは話にならぬ」

 

「不快だ」

 

「ならば速くなれ」

 

 エミヤがため息を吐いた。

 

「腹立たしいが、そこだけは同意する」

 

「貴様、二度目だぞ贋作者」

 

「二度で済むよう努力する」

 

 立香がマシュへ囁く。

 

「エミヤさん、今日かなり強いね」

 

「はい。すごく落ち着いていらっしゃいます」

 

 ダ・ヴィンチが通信越しに楽しげに言う。

 

『じゃあ、再テストといこう。アトラス、次は広域制御を維持しつつ、身体だけで反応してみて』

 

「身体だけ」

 

『そう。海で沈める前に、半歩ずれる。槍で弾く。首を取られる前に動く。エミヤの言葉を借りれば、兵の技術だね』

 

 アトラスは三叉槍を構え直した。

 

「記録した」

 

 エミヤが再び投影剣を構える。

 

「行くぞ」

 

 剣が放たれる。

 

 今度も複雑な軌道だった。

 

 正面の一撃。

 上方からの囮。

 床で跳ねる刃。

 低く滑り込む短剣。

 

 アトラスは一瞬、戦場全体を見た。

 

 だが、次の瞬間。

 

 彼女は深海圧を展開しきる前に、半歩だけ身をずらした。

 

 刃が通る。

 

 首元を狙った軌道は外れた。

 

 続く短剣を、三叉槍の柄で弾く。

 

 金属音。

 

 アトラスの動きは華麗ではない。

 

 ギルガメッシュのような余裕もない。

 エミヤのような身体に染みついた反射でもない。

 

 だが、確かに一拍早くなった。

 

 エミヤが頷く。

 

「今のは悪くない」

 

 アトラスが言う。

 

「褒めているのか」

 

「評価だ」

 

「不快だ」

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「貴様、誰に褒められても不快なのか」

 

「だいたい不快だ」

 

 立香が思わず言う。

 

「だいたいなんだ」

 

 アトラスは立香を見る。

 

「マスターの返答は、稀に不快ではない」

 

「それは……ありがとう?」

 

「観測だ」

 

 マシュが微笑む。

 

「先輩、褒められています」

 

「褒められてるのかなあ」

 

 エミヤが淡々と言う。

 

「少なくとも、戦闘中にその程度の軽口が出るなら悪くない」

 

「弓兵」

 

「何だ」

 

「汝の評価も不快だ」

 

「それはもう聞いた」

 

 再訓練は、さらに何度か続いた。

 

 アトラスは失敗した。

 

 完全には避けられない。

 

 エミヤの投影剣は、角度を変え、速度を変え、時に立香やマシュへの牽制を装ってアトラスの意識をずらす。

 

 そのたびに、アトラスは一拍遅れた。

 

 だが、少しずつ変わっていく。

 

 広域制御を切らないまま、身体を動かす。

 

 深海圧で処理する前に、槍の柄で弾く。

 

 敵の配置を読む目を残したまま、足だけを半歩ずらす。

 

 それは、彼女にとって不快な学習なのだろう。

 

 王として盤面を沈めるのではなく、ただ刃を避ける。

 

 裁定ではなく、反応。

 処理ではなく、身体。

 

 立香はそれを見ていた。

 

 アトラスは、言葉ではほとんど認めない。

 

 不快だと言う。

 必要な処理だったと言う。

 記録した、とだけ答える。

 

 けれど、必要だと判断したものは、次の瞬間にはもう組み込んでいる。

 

 昨日もそうだった。

 

 ギルガメッシュに遅いと言われた後、彼女は立香とマシュの周囲に海流を作った。

 

 王宮の残響もそうだった。

 

 削除すると言いながら、最後には保全を選んだ。

 

 そして今も。

 

 不快だと言いながら、身体に記録している。

 

 それはたぶん、アトラスなりの誠実さだった。

 

 最後の投影剣を弾いたところで、エミヤが手を下ろす。

 

「今日はここまででいいだろう」

 

 ダ・ヴィンチも頷く。

 

『データは十分取れた。改善も確認できたよ。アトラス、お疲れさま』

 

「疲労は軽微だ」

 

 エミヤが言う。

 

「軽微でも休め。あと水を飲め」

 

「またか」

 

「訓練後に処理すると言ったのは君だ」

 

「処理ではなく摂取だったか」

 

「覚えているなら実行しろ」

 

 アトラスは少しだけ沈黙した。

 

 エミヤが水のボトルを投げる。

 

 アトラスはそれを受け取った。

 

「不要だ」

 

「必要性だけで食堂に来るなと言っただろう」

 

「ここは食堂ではない」

 

「訓練後に水を飲め。肉体を持つなら、肉体の管理をしろ」

 

「己の肉体は通常の人のそれとは異なる」

 

「だからこそだ。異なる肉体なら、なおさら運用を把握しろ」

 

 アトラスはボトルを見る。

 

 そして、飲んだ。

 

「記録した」

 

 エミヤは満足げに頷く。

 

「飲むところまで記録できて何よりだ」

 

「不快だ」

 

「それも記録しておけ」

 

 立香は笑った。

 

 マシュも小さく笑う。

 

 ギルガメッシュだけが、腕を組んで愉快そうに眺めていた。

 

「贋作者に身体の管理を説かれる大洋王か。見物に来た甲斐はあったな」

 

 エミヤが振り返る。

 

「君は見物以外にすることがないのか」

 

「あるとも。だが今はこれが面白い」

 

「相変わらず性格が悪い」

 

「今さら気づいたか」

 

 エミヤはため息を吐いた。

 

「王同士というのは面倒だな」

 

 ギルガメッシュが鼻で笑う。

 

「贋作者には縁のない話だ」

 

「そう願うよ」

 

 アトラスは二人を見ていた。

 

「弓兵」

 

「何だ」

 

「英雄王とは相性が悪いのか」

 

 エミヤが一瞬言葉に詰まった。

 

 ギルガメッシュは楽しげに笑う。

 

「悪いなどというものではない。この男は我を見るたびに胃を痛めている」

 

「胃か。内臓管理が必要だな」

 

 立香は耐えきれずに噴き出した。

 

 マシュも口元を押さえる。

 

 エミヤは眉間を押さえた。

 

「……君に悪気がないのは分かる」

 

「あるべきか」

 

「いや。ない方がいい」

 

 ギルガメッシュは肩を震わせて笑っていた。

 

「よいぞ、大洋王。贋作者の身体管理もしてやれ」

 

「己の管轄ではない」

 

「それは助かる」

 

 エミヤが即答する。

 

 訓練場の空気が、少し緩んだ。

 

 緊張と実務。

 指摘と反発。

 不快と記録。

 

 その全部を経て、アトラスはほんの少しだけ、カルデアの戦場に馴染み始めているように見えた。

 

 訓練を終え、食堂での短い休憩を挟んだその夜。

 

 訓練場の記録閲覧室に、青白い光が灯っていた。

 

 アトラスは一人で、今日の訓練ログを見ている。

 

 映像の中で、自分がエミヤの投影剣に一拍遅れる。

 

 次の映像で、半歩ずれる。

 

 さらに次で、槍の柄で弾く。

 

 淡々とした確認。

 

 だが、その視線は眠たげではない。

 

 深海の奥で、冷たい火が燃えているようだった。

 

 扉が開く。

 

 黄金の気配。

 

 ギルガメッシュが入ってきた。

 

「まだ見ているのか」

 

「記録確認だ」

 

「検品か」

 

「違う」

 

 アトラスは即答した。

 

 ギルガメッシュの口元が上がる。

 

「我の膝は遠いぞ、大洋王」

 

「遠いならば、近づけばよい」

 

「ほう」

 

 ギルガメッシュは楽しげに目を細める。

 

 アトラスは映像から目を逸らさない。

 

「戦場は演算を待たぬ。ならば、身体へ先に記録する」

 

 ギルガメッシュは少しだけ黙った。

 

 そして、笑う。

 

「よい。少しは見られる返答になった」

 

「お前の評価は不要だ」

 

「ならば聞き流せ」

 

 アトラスは返答しない。

 

 聞き流せばいい。

 

 けれど、聞き流せていない。

 

 ギルガメッシュはそれを知っている顔で笑った。

 

「次は届くだけでは済ませぬのだろう」

 

「そうだ」

 

「ならば励め。海が岸を削るには、波の数が要る」

 

 アトラスの血色の瞳が、ようやくギルガメッシュへ向く。

 

「己は波ではない」

 

「ならば何だ」

 

「王だ」

 

 ギルガメッシュの笑みが深くなる。

 

「よい。忘れてはおらぬな」

 

 その言葉は、召喚された日の廊下で交わされたものと同じ響きを持っていた。

 

 アトラスは静かに言う。

 

「忘れぬ。だが、身体には記録が足りぬ」

 

「ならば刻め」

 

「当然だ」

 

 記録映像が終わる。

 

 青白い光が消える。

 

 閲覧室に、短い沈黙が落ちる。

 

 ギルガメッシュは踵を返した。

 

「精々速くなれ、大洋王。我を退屈させるな」

 

「お前を楽しませるために訓練しているのではない」

 

「知っている。だからよいと言っている」

 

「不快だ」

 

「なおよい」

 

 ギルガメッシュは笑いながら去っていった。

 

 扉が閉じる。

 

 アトラスはしばらくそこに立っていた。

 

 そして、もう一度だけ訓練ログを再生する。

 

 エミヤの投影剣。

 

 遅れる自分。

 半歩ずれる自分。

 

 戦場を沈める王であっても、刃は王の裁定を待たない。

 

 刃は祈りより速く、死は演算より早い。

 

 それを知る弓兵がいて、それを笑う英雄王がいた。

 

 カルデアという不条理な戦場は、大洋王の演算にないものを次々と突きつけてくる。

 

 アトラスは不快だと言った。

 

 そして、不快なまま記録した。

 

 次に海が岸へ届く時、波は一拍、速くなる。

 




お読みいただきありがとうございます。
以降は1日1話ずつ更新予定です。
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