The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link
第一節 泳ぐ、とは何だ
夏季海洋特異点。
カルデアの管制室に表示されたその仮称を見て、藤丸立香はしばらく黙った。
南方海域。
局所的な人理定礎の揺らぎ。
聖杯反応に近い魔力濃度。
時間流の微細な乱れ。
潮流の停滞。
並んだ単語だけを拾えば、決して軽い案件ではない。
けれど、管制室に響いたダ・ヴィンチの声は、いつもの深刻なものより少しだけ明るかった。
「敵性反応は、今のところ確認されていない」
「敵性反応なし、ですか?」
マシュが端末を覗き込む。
「うん。少なくとも、即時戦闘に発展するような霊基反応はないね。ただし、海域全体に薄く異常が広がっている。放置すると、微小特異点として固定化する可能性はある」
「固定化」
アトラスが、短く繰り返した。
紺碧のランサー。
大洋王。
沈んだ王宮を霊基に抱く王は、表示された海域図を見ていた。
「海域の停滞か」
「そう。そこが少し妙なんだよね。海流のデータが、ほとんど動いていない。けれど、水が消えているわけでも、凍っているわけでもない」
「海は止まらぬ」
アトラスは言った。
それは知識というより、裁定に近かった。
ダ・ヴィンチは頷く。
「普通はね。だから、調査が必要だ」
その横で、ネモが腕を組んでいる。
船長の顔だった。
幼い外見に反して、その目は海図を見る者のものだ。
「潮が止まってるなら、航路に影響が出る。見に行く価値はあるよ」
「ネモくんがそう言うなら、間違いないね」
立香が言うと、ネモは少しだけ目を伏せた。
「僕は船長だからね。海の異常は見逃せない」
アトラスがネモを見る。
「船長」
「うん」
「海を進む者か」
「そうだよ。海は、進む場所でもある」
その言葉に、アトラスはしばらく沈黙した。
ギルガメッシュが、端末の光を横目で見ながら笑う。
「大洋王。貴様の海に、船長から苦情が出ておるぞ」
「己の海ではない」
「では、見に行けばよい。貴様の海ではない海をな」
アトラスは、ギルガメッシュへ視線を向けた。
「お前は同行するのか」
「当然だ。海とやらがどれほど騒がしいものか、見物してやる」
「見物」
「不服か」
「任務だ」
「任務であろうと、海辺であることに変わりはない」
アトラスは答えなかった。
立香は、その沈黙がいつもの否定ではなく、理解不能を処理している間だと判断した。
ダ・ヴィンチが手を叩く。
「ということで、調査班を編成する。立香ちゃん、マシュ、アトラス、ネモ、ニトクリス。あと現地環境への適応と安全確認を兼ねて、何人か同行してもらうよ」
「安全確認?」
「うん。海辺だからね。夏季霊基のテストも兼ねる」
管制室の空気が、一拍だけ変わった。
立香が言う。
「それって」
「そう」
ダ・ヴィンチは笑った。
「水着霊基だね」
アトラスの眉が、わずかに動いた。
「不要だ」
「早い」
「戦闘効率、耐久性、防御性能、いずれも通常霊基に劣る」
「いや、今回は海域調査だから。水辺活動に適した霊基は合理的だよ」
「水辺活動」
「うん」
ダ・ヴィンチはにこにこしている。
「それに、敵性反応は今のところなし。現地到着後、調査を継続しつつ、待機時間は環境適応訓練を行う」
立香はそっと要約した。
「つまり、海遊び?」
「海遊び」
ダ・ヴィンチは即答した。
マシュが少し困ったように笑う。
「先輩、任務ですので……」
「うん。任務として海遊び」
「任務中だ」
アトラスが言った。
ギルガメッシュが笑う。
「貴様の得意とする海底ではない。空があり、砂があり、くだらぬ遊具がある」
「不要な要素が多い」
「だから夏なのだろう」
「理解しがたい季節だ」
「理解する前に行け、大洋王」
「お前に命令権はない」
ダ・ヴィンチはその会話を流しながら、レイシフト準備を進めた。
管制室に、夏季海洋特異点の座標が表示される。
白い砂浜。
青い海。
揺れるはずの波。
その全てが、まだ遠い画面の向こうにあった。
レイシフトの光が解けた時、立香の足元には白い砂があった。
熱い。
靴底越しでも、太陽を吸った砂の温度が伝わってくる。
空は高く、雲は白い。
海は透き通るほど青い。
遠くでは、光が水面に砕けている。
だが、立香はすぐに気づいた。
波音が、少し静かすぎる。
海は動いている。
見た目には、穏やかに揺れている。
けれど、耳に届く音が足りない。
何かが来て、返っていく気配が薄い。
「綺麗な海ですね、先輩」
マシュが言った。
「うん。綺麗」
立香は頷いた。
綺麗すぎる、とも思った。
ネモはすでに海へ向かって歩き出している。
足元の砂を見て、潮の跡を見て、水面を見て、眉をひそめた。
「……流れが浅い」
「浅い?」
立香が聞き返す。
「危険というほどじゃない。でも、海なのに進む力が弱い」
「進む力」
「潮がものを運ぶ力。船を押す力。戻ってくる力。そういうものが、薄い」
アトラスが海を見た。
水青の長い髪が、夏の光を受けて静かに揺れている。
「水域としては存在している」
「うん。でも、海は水があるだけじゃない」
ネモは答えた。
「流れがある。揺れがある。深さがある。戻る場所がある。今のここは、全部あるように見えて、少し足りない」
アトラスは何も言わなかった。
記録している、とは言わない。
ただ、血色の瞳が、海を見ていた。
その横で、ダ・ヴィンチから通信が入る。
『現地状況はどうかな?』
「敵性反応はなし。海は綺麗。ちょっと静かすぎるくらい」
立香が答える。
『了解。こちらでもデータを継続監視する。今のところ戦闘警戒レベルは低い。調査班は予定通り、現地待機と環境適応訓練へ移行していいよ』
「つまり?」
『つまり、夏だね』
通信越しでも、ダ・ヴィンチの笑顔が見えるようだった。
ニトクリスが胸を張る。
「では、夏霊基の威厳を示す時ですね!」
彼女の装いは、夏の女王として十分に華やかだった。
砂浜の光にも負けない装飾。
涼しげでありながら、王としての誇りを崩さない姿。
「王たるもの、夏の装いであっても威厳を失ってはなりません」
「ニトクリス、楽しそう」
「た、楽しんでなどいません! これは厳粛な霊基適応確認です!」
マシュが微笑む。
「とてもお似合いです、ニトクリスさん」
「当然です。王たるもの、霊基の一つであっても雑に扱うわけにはいきません」
そこで、立香はアトラスを見た。
「そういえば、アトラスの水着霊基は?」
「水着ではない」
返答が早かった。
アトラスの姿は、確かに通常の全身鎧ではなかった。
だが、水着と呼ぶにはあまりにも堅かった。
紺碧と黒を基調とした、身体に沿う耐圧ウェットスーツ。
首元から足首までを覆い、肩や腰には薄い装甲に似た硬質パーツがある。
胸元と腕にはオレイカルコスの細い発光ライン。
背には、沈んだ王宮を思わせる波紋状の紋様。
鎧ではない。
しかし、軽装と呼ぶにはあまりにも王宮に近い。
立香はしばらく見てから言った。
「水着だね」
「水着ではない」
「じゃあ何?」
「水辺活動用耐圧軽装王権外装だ」
立香は頷いた。
「水着だね」
「分類に異議がある」
ニトクリスがアトラスの周囲を一周した。
「大洋王、たしかに威厳はあります。ありますが……夏霊基としては、少々防御が厚すぎるのではありませんか?」
「防御性能を削る理由がない」
「あります! 夏の装いには、夏の威厳というものが!」
「威厳は防御性能と両立可能だ」
「方向性が違います!」
アトラスは真顔だった。
「鎧ではない」
その一言は、彼女としてはかなりの譲歩だったらしい。
ギルガメッシュが、浜辺に据えた黄金の椅子からそれを見ていた。
いつの間に用意したのか、彼の背後には日除けまである。
果物を盛った皿と、冷えた飲み物。
夏の浜辺を、完全に王の観覧席へ変えていた。
「鎧でないなら十分だろう」
アトラスが視線を向ける。
「評価基準がおかしい」
「貴様の閉じ方は見飽きている。外壁でなければ進歩だ」
「見るな」
「見ておらねば分かるまい」
「ならば分からずともよい」
ギルガメッシュは笑った。
立香は、二人のやり取りを聞きながら思う。
普段のアトラスは、王宮を着ている。
今日は、少なくとも王宮そのものではない。
それだけで、ギルガメッシュには十分に見えているのだろう。
立香は海を振り返った。
ボイジャーが、浅瀬の手前で小さく跳ねている。
「うみ、きれい」
「ボイジャー、足元気をつけてね」
「うん」
ボイジャーは水面を覗き込んだ。
「きらきらしてる」
水面に、太陽の光が浮いている。
その光は、たしかに綺麗だった。
けれど、きらめきの動きが少し遅い。
ネモはその様子を見ている。
まだ何も言わない。
立香は、空気を変えるように手を叩いた。
「じゃあ、まずは水に入ってみようか」
「賛成です、先輩。現地環境への適応訓練ですね」
マシュが真面目に言う。
「うん。適応訓練」
ニトクリスも頷く。
「王たるもの、水辺でも慌ててはなりません。見ていなさい、マスター。私は泳法にも王の威厳を――」
そこで、立香はふと思った。
そして、何気なくアトラスへ尋ねた。
「アトラスって泳げる?」
アトラスは、少しも表情を変えずに答えた。
「海中行動は可能だ」
「泳げる?」
「水圧制御により、任意座標への移動は可能だ」
「泳げる?」
アトラスは沈黙した。
ほんの少しだけ、間が空いた。
「……定義を確認したい」
立香は「あ」と思った。
マシュも「あ」という顔をした。
ニトクリスが目を見開いた。
「大洋王!?」
アトラスはニトクリスを見る。
「何だ」
「あなた、大洋王でしょう!?」
「そうだ」
「海の王でしょう!?」
「大洋王だ」
「なのに泳げないのですか!?」
「大洋王であることと、泳法の習得に因果関係はない」
「あります! 一般印象として大いにあります!」
「一般印象は統治判断において低優先度だ」
「低優先度ではありません! 夏の海においては高優先度です!」
アトラスは不服そうだった。
「己は沈まぬ」
立香は言った。
「泳げない人ほどそう言う」
「己は沈まぬ」
ギルガメッシュが笑った。
「泳げぬのだな」
「沈めるぞ」
「泳げぬのだな」
「二度言うな」
ネモが冷静に口を挟む。
「念のため確認するけど、泳ぐというのは、身体の動きと浮力の釣り合いで水上または水中を移動する技能だよ。王権制御や水圧操作で座標を変えることとは違う」
アトラスはネモを見た。
「船長」
「うん」
「その定義は妥当か」
「妥当だと思う」
「……不快だ」
立香は笑いを堪えた。
「じゃあ練習しよう」
「必要性がない」
ギルガメッシュが言った。
「必要がないことを覚えるのが夏だ」
アトラスは岸を見た。
「お前の定義は採用していない」
「ならば採用しろ。どうせ暇だ」
「任務中だ」
「敵性反応はない」
「調査がある」
ネモが言う。
「調査は僕が見る。少しなら時間はあるよ」
「船長まで」
「泳げるに越したことはない。海に命令しないで浮く練習にもなる」
アトラスは黙った。
その言葉は、少しだけ刺さったらしい。
海に命令しない。
それは、彼女にとって単なる泳法の話ではない。
立香は明るく言う。
「まずは力を抜いて浮くところから」
「力を抜くと沈む」
「そういう話じゃなくて」
「己が沈む場合、周辺海域の重力均衡に異常が発生している」
「そういう話でもなくて」
マシュがそっと補足する。
「アトラスさん、今回は権能を使用せず、身体を水に預ける訓練かと」
「身体を、水に」
アトラスは水面を見た。
水は浅く揺れている。
だが、その揺れはやはり少し弱い。
立香は先に海へ入った。
「冷たくて気持ちいいよ」
ボイジャーも入る。
「つめたい。きらきら」
アトラスは一歩、水へ足を入れた。
その瞬間、周囲の水面が平らになった。
波が止まる。
浅瀬の水が、まるで王の前に頭を垂れるように静かになる。
立香は言った。
「アトラス」
「何だ」
「それ、もう制御してる」
「安全確保だ」
「泳ぐ練習じゃない」
「水域を安定化させた」
「それが泳ぐ練習じゃない」
ネモが頷く。
「海に命令しているだけだね」
アトラスは不服そうに水面を見る。
「海が乱れる理由がない」
「乱れるのが普通の海だよ」
ネモは言った。
「波は邪魔じゃない。海の動きだ」
アトラスは沈黙した。
立香は手を差し出す。
「ほら、まず浮いてみよう。背中を預けて」
「背中を」
「そう」
「水に」
「うん」
「防御姿勢として不適切だ」
「泳ぐ練習だからね」
アトラスは、極めて不本意そうに水へ身を横たえようとした。
その瞬間、彼女の身体が沈む前に、水が持ち上がった。
深海圧ではない。
けれど、明らかに不自然な補正が入っている。
水がアトラスを支える。
海が彼女の命令を待つ前に、王を沈めまいとしているようだった。
立香は額に手を当てた。
「アトラス、それ浮いてるんじゃなくて、海に持ち上げさせてる」
「沈んではいない」
「泳いでもいない」
「分類に異議がある」
ギルガメッシュが岸から声を投げる。
「大洋王。貴様、海は沈められるが水面は渡れぬのか」
「渡れる。水面を足場化すればよい」
「それは泳ぎではない」
「効率は上だ」
「効率で夏を測るな」
「不合理だ」
「当然だ。合理だけで済むなら、誰が浜辺などに来る」
「ますます理解しがたい」
ニトクリスがビート板を持ってきた。
「大洋王、まずはこれです!」
アトラスはそれを見た。
「王に板を持たせるな」
ギルガメッシュが笑う。
「持て、大洋王。王冠よりは軽かろう」
「お前は黙れ」
ボイジャーが、水面に浮きながら近づいてきた。
「おねえさん」
アトラスが見る。
「何だ」
「うく?」
「浮く」
「じゃあ、すいーってする?」
アトラスは止まった。
「……すいー」
「うん。すいー」
「すいー、とは」
「すいー、だよ」
アトラスは沈黙した。
立香は耐えきれずに笑った。
「アトラス、今ちょっと処理落ちした」
「していない」
「したよ」
「していない」
ネモが小さく息をつく。
「まず、海を平らにしない。波を消さない。沈む前に補正しない。呼吸のために酸素層を作らない」
「合理的ではない」
「泳ぐ練習だからね」
「泳法は不合理だ」
「でも、浮くには必要だ」
アトラスは、その言葉に反応した。
「沈まぬためではなく」
ネモは頷く。
「浮くため」
水面が、わずかに揺れた。
アトラスの制御が、一瞬だけ緩んだ。
ほんの一瞬だったが、立香には分かった。
彼女が、言葉を受け取ったのだと。
その時、ネモがふと海の向こうを見た。
表情が変わる。
「……待って」
「ネモ?」
立香が振り向く。
海の遠くに、薄い影が見えた。
島か、宮殿か。
蜃気楼のように、光の向こうに浮かんでいる。
いや、浮かんでいるように見える。
ネモは目を細めた。
「今の、見えた?」
マシュが頷く。
「はい。建造物のように見えました」
ニトクリスも海の向こうを見る。
「宮殿……でしょうか」
アトラスは水から上がり、濡れた髪を背に流した。
耐圧ウェットスーツのオレイカルコス線が、海水を受けて淡く光っている。
「宮」
彼女は短く言った。
ギルガメッシュも、黄金の椅子からその方向を見ている。
「ほう。夏の海に宮とは、いよいよ胡散臭くなってきたな」
ネモは端末を確認する。
「海流データが乱れた。いや、乱れたんじゃない。止まった場所がある」
「止まった?」
「うん。あの方向だけ、潮が流れていない」
ボイジャーが水面を見つめた。
「なみ、すくない」
立香は足元を見た。
さっき自分が歩いた砂浜の足跡が、まだ残っている。
波が届いているはずなのに。
消えていない。
ボイジャーが作りかけた小さな砂の山も、崩れていなかった。
水に触れているのに、形を保っている。
ネモの声が、少しだけ低くなる。
「やっぱり、この海は変だ」
アトラスは、海の向こうに見えた宮の影を見ていた。
その目は、もう泳げるかどうかを問われていた時のものではない。
深い海の底を知る王の目だった。
立香が尋ねる。
「アトラス、あれは何だと思う?」
アトラスはしばらく黙った。
波音が、静かすぎる海辺に落ちる。
やがて、彼女は答えた。
「海ではない」
「じゃあ?」
アトラスは、海の向こうを見たまま言った。
「宮だ」
そして、少しだけ声を落とした。
「……止まった宮だ」
この作品の興味をもったところは?
-
アトラスのキャラクター性・内面
-
ギルガメッシュとの関係性
-
王としての在り方・王権のテーマ
-
ストーリーの展開
-
その他