The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第二節 航海者、波を読む

 海の向こうに、宮が見えていた。

 

 白い砂浜から見れば、それは蜃気楼のようだった。

 青い水平線の少し上。

 光と熱で揺らぐ空気の中に、朱と金の輪郭が淡く浮かんでいる。

 

 柱がある。

 屋根がある。

 水面を渡る橋のようなものがある。

 

 けれど、どれもはっきりしない。

 

 近づこうと目を凝らすほど、遠ざかる。

 遠いものとして見ようとすれば、すぐそこにあるようにも思える。

 

 立香は目を細めた。

 

「竜宮城、みたい」

 

 その言葉に、ニトクリスが反応した。

 

「竜宮。海の底の宮、ということでしょうか」

 

「昔話のイメージだと、そうかな」

 

 マシュが端末を操作する。

 

「日本の竜宮伝承に類似する構造物、でしょうか。ただ、観測値が安定していません。距離も、座標も、何度測ってもずれています」

 

 ネモは海辺にしゃがみ込み、指先で砂を掬った。

 

 濡れた砂は、形を保っている。

 指で崩すと、崩れる。

 けれど、次の波が来ても、流れきらない。

 

 ネモは立ち上がった。

 

「近づいてみる。ここから見ていても分からない」

 

「船で?」

 

 立香が聞く。

 

「うん。小型艇を出せる。ノーチラス本体を呼ぶほどじゃないけど、海域観測用の艇ならすぐ使える」

 

 アトラスが海を見る。

 

「船」

 

「そう。海を進むためのものだよ」

 

「水面を足場化すればよい」

 

「それは進んでいるんじゃなくて、海を床にしているだけ」

 

 ネモは即答した。

 

 アトラスは、わずかに眉を動かす。

 

「差異があるのか」

 

「ある。大きいよ」

 

 ギルガメッシュが、黄金の椅子に座ったまま笑う。

 

「よかったな、大洋王。今日は海について講義を受ける日らしい」

 

「お前も受けろ」

 

「我が?」

 

「岸は海を知らぬ」

 

「岸だからこそ、海の騒がしさはよく見える」

 

「便利に使うな」

 

 ネモが軽く咳払いをした。

 

「二人とも、行くなら準備して」

 

 立香は頷く。

 

「全員で行ける?」

 

「全員は無理。小型艇だから、まずは調査班だけ。マスター、マシュ、アトラス、僕。あと、海域の異常が霊的なものならニトクリスがいた方がいい」

 

「私は同行します」

 

 ニトクリスはすぐに頷いた。

 

「宮であり、霊的な場であるならば、王として、また死者と祈りに関わる者として見過ごせません」

 

 ギルガメッシュがグラスを置く。

 

「我も行く」

 

 アトラスが見る。

 

「見物ではなかったのか」

 

「見物するために行くのだ」

 

「戦力過多だ」

 

「貴様が言うな」

 

 ネモは少しだけ考えた。

 

「重量と霊基反応の問題がある。英雄王、艇の上で宝物庫を開かないと約束できる?」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「船長風情が我に条件を出すか」

 

「船の上では僕が船長だ」

 

 ネモは淡々と言った。

 

「航海の安全を乱すなら、乗船は許可しない」

 

 空気が一瞬止まった。

 

 立香は思わずネモを見た。

 

 言った。

 英雄王に、普通に言った。

 

 ギルガメッシュはしばらくネモを見ていたが、やがて愉快そうに笑った。

 

「よい。船長を名乗るだけの口はあるか」

 

「ありがとう。では宝物庫の展開は禁止」

 

「必要なら開く」

 

「必要の定義が違いそうだから、事前申請制にする」

 

「面倒な船だ」

 

「安全な船だよ」

 

 アトラスが低く言う。

 

「規則拘束型船舶か」

 

「普通の安全基準だよ」

 

 ネモは即答した。

 

 小型艇は、すぐに用意された。

 

 白と青を基調とした、ノーチラス系列の観測艇。

 船体には小さくノーチラスの紋章があり、内部には最低限の観測機器と魔力測定装置が組み込まれている。

 

 ボイジャーは砂浜から手を振った。

 

「いってらっしゃい」

 

「ボイジャーはこっちで待っててね」

 

「うん。すなのおしろ、つくる」

 

 立香は少しだけ足元を見た。

 

 先ほどの砂山は、まだ崩れていない。

 波が届いているのに、その輪郭は残っている。

 

 そのことを言おうとした時、ボイジャーが首をかしげた。

 

「これ、こわれないね」

 

 ネモもそれを見た。

 

「……やっぱり変だ」

 

「あとで見よう」

 

 立香が言う。

 

 ネモは頷き、艇へ乗り込んだ。

 

 海へ出ると、違和感はさらに濃くなった。

 

 小型艇は問題なく進む。

 水面は青く、空は高い。

 

 だが、船体を押す力がない。

 

 普通なら、わずかな波でも船を揺らす。

 潮の流れが、艇の進行方向へ微細な抵抗を返す。

 水は、ただ受け入れるだけではない。

 押し、返し、揺らし、運ぶ。

 

 けれど、この海は違った。

 

 水はある。

 深さもある。

 光もある。

 

 だが、進んでいる感覚が薄い。

 

 ネモは舵を取りながら言った。

 

「船が軽すぎる」

 

「軽い?」

 

 マシュが聞く。

 

「水に乗っている感覚が弱い。抵抗がないんじゃない。反応が薄い」

 

「危険か」

 

 アトラスが問う。

 

「今のところは。ただ、このまま中心へ向かうと、帰り道の感覚も薄くなると思う」

 

「帰路が消えるのか」

 

「消えるというより、必要がなくなる感じかな」

 

 ネモは言葉を選んだ。

 

「進まなくてもいい場所に入っていく感じがする」

 

 立香はぞくりとした。

 

 進まなくてもいい場所。

 

 それは、楽園の説明にも聞こえる。

 けれど、同時に閉じた箱の説明にも聞こえた。

 

 ニトクリスが水面を見つめる。

 

「死者の国にも、似た静けさがあります」

 

 アトラスが彼女を見る。

 

「死者の国」

 

「はい。すべてが動かないわけではありません。けれど、戻る必要を失った場所には、独特の静けさがあります」

 

「墓か」

 

「墓であるとは、まだ言いません」

 

 ニトクリスは慎重に答えた。

 

「ですが、祈りの場にも、墓にも、宮にもなり得る静けさです」

 

 アトラスは黙った。

 

 彼女の視線は、海ではなく、遠くの宮へ向いていた。

 

 宮は近づいている。

 

 いや、近づいているように見える。

 

 小型艇は確かに進んでいる。

 ネモの手元の計器も、座標の移動を示している。

 

 けれど、宮との距離だけが曖昧だった。

 

 近づくほど、宮は遠い。

 遠いと思うほど、目の前にある。

 

 ギルガメッシュが言った。

 

「面白い。宝物庫の奥にしまい込まれた出来の悪い幻術よりは見応えがある」

 

 ネモが言う。

 

「宝物庫基準で評価しないで」

 

「では何を基準にしろと言う」

 

「航海基準」

 

「つまらんな」

 

「安全だよ」

 

 立香は少し笑いかけたが、その笑いは途中で消えた。

 

 水面に、宮が映っている。

 

 赤い柱。

 金の屋根。

 青い影。

 

 けれど、その映り方がおかしい。

 

 波があるなら、像は揺れる。

 水面に映るものは、崩れ、伸び、ちぎれ、また繋がる。

 

 だが、宮の影は揺れなかった。

 

 鏡のように、そこに貼り付いている。

 

「ネモくん」

 

「見えてる」

 

 ネモの声は低かった。

 

「あれ、浮いてるように見えるけど、違う」

 

 マシュが顔を上げる。

 

「違う、とは?」

 

「浮かぶものは、流れを受ける。揺れる。傾く。進む。戻る。少なくとも、海と釣り合っている」

 

 ネモは宮を見た。

 

「でも、あれは海に乗っていない」

 

 アトラスが短く問う。

 

「ならば、何だ」

 

「流れから外れている」

 

 ネモは答えた。

 

 その言葉を、アトラスは受け取った。

 

 彼女は宮を見る。

 

 朱の柱。

 金の屋根。

 揺れない灯。

 水面に貼り付く影。

 

「浮いてはいない」

 

 アトラスは言った。

 

 声は静かだった。

 

「沈んでいないだけだ」

 

 立香は水面を見た。

 

「沈んでいないだけ」

 

「波を受けていない。流れを許していない。海に身を預けていない」

 

 アトラスは、さらに低く言った。

 

「滞っている」

 

 ニトクリスが目を伏せる。

 

「動かぬ宮は、やがて墓に似ます」

 

 アトラスの瞳がわずかに細くなる。

 

「王宮であり、墓でもある」

 

「ええ」

 

 ニトクリスは頷いた。

 

「ですが、これは沈んだ墓ではありません」

 

 ネモが続ける。

 

「止まった海に残った宮だ」

 

 水面が、ほとんど揺れずに光を返している。

 

 立香は、その言葉を胸の中で繰り返した。

 

 止まった海に残った宮。

 

 アトラスの王宮は沈んでいた。

 深い水底にあり、墓であり、記録であり、王の裁定の跡だった。

 

 けれど目の前の宮は違う。

 

 沈んでいない。

 壊れてもいない。

 流れてもいない。

 

 ただ、そこに残っている。

 

 美しいまま。

 

 その美しさが、少し怖い。

 

 小型艇は、さらに近づいた。

 

 すると、海が変わった。

 

 音が消えた。

 

 完全な無音ではない。

 艇の駆動音は聞こえる。

 マシュの息遣いも、ネモの操作音も、ニトクリスの衣擦れも聞こえる。

 

 けれど、海の音がない。

 

 水が船体に当たる音。

 波が弾ける音。

 潮が引く音。

 

 それらが、急に遠ざかった。

 

 ネモが計器を見る。

 

「境界を越えた」

 

「境界?」

 

「外海と、あの宮の領域の境目」

 

 マシュが盾に手を添える。

 

「敵性反応は?」

 

「ない」

 

 ネモは眉をひそめた。

 

「それが逆に怖い。防衛反応も、迎撃反応もない。ただ、入ってくるものを止めるだけみたいだ」

 

「止める」

 

 アトラスが繰り返す。

 

 その声には、明らかな不快が混じっていた。

 

 ギルガメッシュが立ち上がる。

 

「招かれておるのか、閉じ込められておるのか。どちらだと思う、大洋王」

 

「同じことだ」

 

 アトラスは答えた。

 

「入る者に帰路を与えぬ宮は、招くとは言わぬ」

 

「ならば墓か」

 

「まだ、墓ではない」

 

 ニトクリスが言った。

 

「まだ?」

 

「墓は、終わったもののためにあります。けれど、ここは終わることを拒んでいる」

 

 その時、マシュの端末が反応した。

 

「微弱な聖杯反応、確認。方角は宮の中心部です。ただし、通常の聖杯反応とは波形が異なります」

 

 ネモがデータを覗き込む。

 

「箱みたいだ」

 

「箱?」

 

「魔力が器の中で循環している。外に流れない。中で回って、中で戻っている」

 

 立香は宮を見た。

 

「玉手箱」

 

 口に出してから、自分でも少し驚いた。

 

 けれど、その言葉は不思議なほど場に馴染んだ。

 

 ニトクリスが頷く。

 

「竜宮、玉手箱、止まった時間。伝承の重なりとしては自然です」

 

 アトラスは静かに言う。

 

「時間を閉じる箱か」

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「くだらん。時間まで蔵にしまう気か」

 

「お前が言うな」

 

 アトラスの返答は早かった。

 

 ギルガメッシュは愉快そうに目を細める。

 

「言うようになったな、大洋王」

 

「事実だ」

 

 ネモが宮の入口へ向けて艇を進めた。

 

 海面の上に、橋のようなものが現れる。

 最初からそこにあったのか、近づいたことで見えるようになったのか分からない。

 

 朱の欄干。

 貝殻のような飾り。

 波を模した文様。

 そのどれもが美しい。

 

 だが、波の文様は動いていなかった。

 

「接岸する」

 

 ネモが言った。

 

 艇が橋のたもとへ近づく。

 

 接岸、という言葉は少し奇妙だった。

 岸ではない。

 橋でもない。

 水面の上にある、止まった境界。

 

 それでも、船はそこで止まった。

 

 ネモは一度、艇の制御を確認する。

 

「戻りの座標は固定してある。けど、長居はしない方がいい」

 

「帰れなくなる?」

 

 立香が聞く。

 

「帰りたくなくなる可能性がある」

 

 その言葉に、マシュが息をのんだ。

 

 ネモは続ける。

 

「危険の種類が違うんだ。攻撃されるとか、沈められるとかじゃない。ここにいることを、正しいと思わされる」

 

 アトラスは橋を見る。

 

「宮とは、そういうものだ」

 

 ニトクリスが静かに言う。

 

「王宮は、人を留めます。祈りも、宴も、墓も」

 

「ならば、なおさら行く」

 

 立香は言った。

 

「止まってるなら、動かさないと」

 

 アトラスが立香を見る。

 

「沈まぬ娘」

 

「うん」

 

「今度は、止まらぬか」

 

 立香は少し笑った。

 

「止まらないよ」

 

 アトラスは目を伏せた。

 

「ならばよい」

 

 ギルガメッシュが橋へ足をかける。

 

「では行くぞ。終わらぬ宴とやら、我が退屈ならば即座に出る」

 

「宝物庫展開は事前申請」

 

 ネモが言う。

 

「まだ言うか、船長」

 

「言うよ。ここはまだ僕の船の管轄内だから」

 

「陸に上がるぞ」

 

「上陸するまでね」

 

 立香はそのやり取りに少しだけ笑ってから、宮を見上げた。

 

 美しい宮だった。

 

 赤い柱は鮮やかで、金の屋根は陽光を受けて輝いている。

 どこからか、かすかな楽の音も聞こえる。

 宴の気配がある。

 人の笑い声のようなものも、遠くにある。

 

 けれど、その音は近づいてこない。

 

 離れてもいかない。

 

 同じ場所に、同じ大きさで、同じ温度のまま鳴っている。

 

 アトラスが言った。

 

「やはり、浮かんでいるのではない」

 

 ネモが頷く。

 

「うん。海に乗っていない」

 

「海に支えられているのでもない」

 

 アトラスの声は、さらに冷たくなった。

 

「同じ瞬間に、留まり続けている」

 

 その時、橋の奥で灯がともった。

 

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 

 灯は揺れなかった。

 

 風はあるはずなのに。

 海はあるはずなのに。

 

 ギルガメッシュが、低く笑う。

 

「なるほど。胡散臭い宮だ」

 

 ニトクリスが杖を握る。

 

「招かれているようです」

 

 マシュが盾を構えた。

 

「先輩」

 

「うん」

 

 立香は頷き、橋の先を見た。

 

 そこには、終わらない夏の入口があった。

 

 波のない海に立つ宮。

 沈んではいない。

 浮かんでもいない。

 

 ただ、同じ時の中に閉じている。

 

 アトラスは一歩、橋へ踏み出した。

 

「行く」

 

 その声は静かだった。

 

 けれど、立香には分かった。

 

 大洋王はもう、この宮をただの異常とは見ていない。

 

 沈んだ王宮を知る者として。

 海を止めるものを、不快とする王として。

 

 彼女は、止まった宮へ向かっていた。

 




アトラスの水着イラスト描きました。

【挿絵表示】


前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も連載中です。
https://syosetu.org/novel/420096/

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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