The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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翌朝、海は普通だった。
波が寄せる。
波が返す。
ただそれだけのことが、昨日までとはまるで違って見えた。
白い砂浜には、夜のうちに潮が残した細い線がいくつも引かれている。
貝殻が転がり、小さな蟹が砂の上を歩き、波が来るたびに足跡を消していく。
消える。
けれど、それは怖いことではなかった。
立香は波打ち際にしゃがみ込み、自分の足跡が消えていくのを見ていた。
「消えた」
マシュが隣で微笑む。
「はい。普通の海ですね」
「うん。普通の海」
立香は、そう言って少し笑った。
昨日は、足跡が消えなかった。
砂の山は崩れず、波は届いているのに何も運ばず、何も連れていかなかった。
今は違う。
波が来れば、足跡は消える。
砂の城は崩れる。
置いておいた貝殻は、次に見た時には少し場所が変わっている。
それが、こんなにも安心できることだとは思わなかった。
ボイジャーが、昨日作った砂の城の跡を見ていた。
正確には、砂の城だったものの跡だ。
塔は崩れ、壁は半分流され、堀は波に埋まっている。
「おしろ、なくなった」
ボイジャーは言った。
寂しそうではあった。
けれど、泣きそうではなかった。
立香が聞く。
「もう一回作る?」
ボイジャーは頷いた。
「つくる」
そして、少し考えてから言う。
「こんどは、なみがくるところにつくる」
「崩れちゃうよ?」
「うん」
ボイジャーは笑った。
「くずれるの、みる」
その言葉に、立香は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
ネモは、浅瀬で小型艇の点検をしていた。
船体に異常はない。
計器も正常。
帰還座標も安定。
けれど、ネモは何度も海流データを確認していた。
「ネモくん、どう?」
立香が声をかける。
ネモは振り向き、少しだけ笑った。
「潮は戻ってる。ちゃんと進める海だよ」
「よかった」
「うん。昨日の海は綺麗だったけど、船には向かなかった」
「今日の海は?」
「少し騒がしい」
ネモは海を見た。
「でも、船はこういう海の方がいい」
アトラスが、その言葉を聞いていた。
水辺に立ち、海を見ている。
今の彼女は、第一再臨の耐圧ウェットスーツではなかった。
夏の霊基は、さらに開いている。
紺碧と白を基調とした、海洋祭祀の礼装。
薄い布が風を受け、金の装飾が朝日を受けて淡く光る。
波と星を思わせる意匠が、肌を飾りながらも王の威厳を損なわない。
鎧ではない。
王宮でもない。
けれど、王の装いだった。
ニトクリスが胸を張って頷く。
「ようやく夏霊基としての威厳が整いましたね、大洋王!」
アトラスは自分の装いを見下ろした。
「防御性能は著しく低下している」
「そこではありません!」
「実用性の低下は無視できない」
「美と威厳は実用です!」
ニトクリスはきっぱりと言った。
アトラスは少しだけ沈黙した。
「……その分類は否定しづらい」
立香は笑った。
「似合ってるよ、アトラス」
「似合うことと実用性は別だ」
「でも、不快ではない?」
アトラスは立香を見た。
少しだけ、言葉を選ぶ間があった。
「不快ではない」
ニトクリスは満足そうに頷く。
「それでこそ夏の王です」
「夏の王」
「はい。海辺であっても、王は王です」
アトラスは海を見た。
波が寄せて、彼女の足元を濡らす。
水は止まらない。
彼女の足元で平らにもならない。
ただ、来て、触れて、返っていく。
「沈めるための海ではない」
アトラスが言った。
ネモが頷く。
「うん」
「閉じるための海でもない」
「うん」
「進み、戻り、運ぶ」
アトラスは、波が砂をさらっていくのを見ていた。
「そして、崩す」
ボイジャーが砂の城を作りながら言う。
「くずして、またつくる」
アトラスはそちらを見る。
「合理性は低い」
「たのしいよ」
「……そうか」
ボイジャーは頷いた。
「たのしい」
アトラスは、しばらく黙っていた。
それから、静かに言う。
「記録した」
ギルガメッシュが、いつものようにいつの間にか用意されていた黄金の椅子に座っていた。
昨日よりも、さらに自然に浜辺を王の観覧席へ変えている。
「ほう。記録に値する夏になったではないか」
「見ていたのか」
アトラスが言う。
「当然だ」
「見るな」
「却下だ」
「その応答は聞き飽きた」
「ならば慣れろ」
「不快だ」
「不満か」
アトラスは答えなかった。
答えないことが、答えのようでもあった。
立香は、波打ち際に残された小さな貝殻を拾った。
昨夜、トヨタマヒメが手放したものと同じ形ではない。
けれど、よく似ていた。
貝の内側に、淡い金色の筋がある。
耳に当てると、波の音がした。
立香は目を閉じる。
聞こえるのは、ただの海音だ。
けれど、その中に、遠い宴の余韻が混じっているような気がした。
笛。
太鼓。
笑い声。
そして、遠ざかる足音。
「残ってるね」
立香が言う。
マシュが隣で頷く。
「はい。閉じ込められてはいません。けれど、消えてもいません」
ニトクリスが静かに言った。
「それが、祈りとして残るということかもしれません」
ネモは航海記録用の端末を閉じた。
「僕の方にも残したよ。夏季海洋特異点、アトランティス・フロート。竜宮伝承および豊玉姫霊基に関する観測記録」
立香が笑う。
「タイトル長い」
「記録は正確さが大事だから」
アトラスが言う。
「正確性は重要だ」
「ほら、アトラスも言ってる」
「でも、航海記録には余白も必要です」
マシュが言った。
ネモが少しだけ首を傾げる。
「余白?」
「その時、何を感じたのか。そういうものも、きっと記録になると思います」
ネモは少し考えた。
「……それは、プロフェッサーにも相談かな」
ギルガメッシュが笑う。
「面倒な船だ」
「安全で、正確で、余白のある船だよ」
「増えたな」
ネモは少しだけ得意げだった。
アトラスは、立香の持つ貝殻を見た。
「箱ではなく、貝殻」
「うん」
「閉じるためではなく、聞くためのもの」
「うん」
アトラスは、貝殻を受け取った。
耳に当てる。
しばらく、何も言わなかった。
波が寄せる。
波が返す。
アトラスは貝殻を下ろした。
「海の音だ」
立香は頷く。
「そうだね」
「だが、この海だけではない」
「うん」
「遠い海も、沈んだ宮も、止まった夕暮れも、混じっている」
「聞こえた?」
「聞こえた」
アトラスは、少しだけ目を伏せる。
「記録とは、閉じることではなかった」
ギルガメッシュが視線だけを向ける。
アトラスは続けた。
「残すとは、動かぬ形を固定することではない」
波が、彼女の足元を濡らす。
「届く余地を、残すことだ」
立香は何も言わなかった。
言葉にすると、壊れそうな気がした。
ギルガメッシュだけが、短く笑う。
「遅い」
「お前に言われると不快だ」
「不満か」
「……不満ではない」
その返答に、ギルガメッシュは満足そうに目を細めた。
ボイジャーが完成した砂の城を指さす。
「できた」
今度の砂の城は、波打ち際にあった。
小さな塔。
貝殻の門。
海藻の旗。
星の形に押した貝の跡。
ボイジャーは胸を張る。
「りゅうぐう」
ニトクリスが微笑む。
「とてもよくできています」
マシュも頷く。
「可愛い竜宮ですね」
ネモが言う。
「でも、そこだとすぐ波が来るよ」
「うん」
ボイジャーは待っていた。
皆も、なんとなくその場に集まった。
アトラスも見ていた。
ギルガメッシュも椅子から見ていた。
波が寄せる。
最初の波は、堀を満たした。
次の波は、壁を崩した。
三つ目の波で、塔が傾いた。
ボイジャーは「あ」と言った。
けれど、悲鳴ではなかった。
塔が崩れる。
貝殻の門が倒れる。
海藻の旗が水に流される。
星の跡が消える。
砂の竜宮は、波にほどけていった。
誰も止めなかった。
アトラスも、波を止めなかった。
最後に、貝殻だけが砂の上に残った。
ボイジャーはそれを拾う。
「のこった」
アトラスが言う。
「残ったな」
「また、つくる?」
立香が聞く。
ボイジャーは笑う。
「うん。あとで」
ネモが空を見上げる。
「そろそろ帰還準備かな。海域は安定したし、特異点反応も消えてる」
ダ・ヴィンチから通信が入った。
『お疲れさま、みんな。こちらでも特異点反応の消失を確認したよ。帰還はいつでも可能だ』
「了解です」
マシュが答える。
ダ・ヴィンチの声は少し弾んでいる。
『それにしても、今回はいい観測データが取れたね。時間停止型の疑似聖杯反応、竜宮伝承との混成霊基、海流固定化現象。それから……』
立香が聞く。
「それから?」
『アトラスちゃんの夏季霊基適応データ』
アトラスの視線が通信端末へ向いた。
「不要な記録だ」
『いやいや、重要だよ。泳法習得に関する貴重な進捗もあるし』
「削除しろ」
『しないよ』
ギルガメッシュが笑う。
「よいではないか。大洋王が浮いた記録だ。後世に残せ」
「残すな」
「届く余地を残すのではなかったか」
アトラスは沈黙した。
完全に言い返せなかった。
立香は吹き出した。
「アトラス、今のはギルの勝ちかも」
「勝敗の問題ではない」
「でも負けっぽい」
「分類に異議がある」
ダ・ヴィンチが通信越しに笑う。
『まあまあ。記録は厳重に管理するから安心して。さて、帰還前に最後の確認だ。現地に未回収の聖杯反応は?』
マシュが端末を確認する。
「ありません。玉手箱型疑似聖杯は機能を喪失。残滓は貝殻状の魔力片として自然拡散中です」
『了解。では、帰還準備に入ろう』
通信が一度切れる。
立香は海を見た。
帰る。
普通なら、それは寂しいことでもある。
楽しい夏の終わり。
海辺を離れる時間。
濡れた髪が乾き、砂を払い、カルデアへ戻る。
けれど、今回は少し違った。
帰ることが、終わらせることが、怖いだけではないと知っている。
終わるから、次へ流れる。
立香は、貝殻を手にしたボイジャーを見た。
小型艇を片づけるネモを見た。
砂を払うマシュを見た。
祈るように海を見るニトクリスを見た。
黄金の椅子を当然のように消すギルガメッシュを見た。
そして、波打ち際に立つアトラスを見た。
「アトラス」
「何だ」
「夏、どうだった?」
アトラスはすぐには答えなかった。
海を見る。
空を見る。
砂を見る。
崩れた砂の城を見る。
浮かんだ星の記憶を見るように、波間を見る。
「夏は」
アトラスは言った。
「不要な要素が多い」
立香は笑いかける。
けれど、アトラスは続けた。
「防御性能は低下する。衣装は非合理的だ。水域は安定しない。砂は崩れる。氷菓は溶ける。足跡は消える。城は波に壊される」
「うん」
「宴は終わる。夕暮れは夜になる。箱は開く」
「うん」
アトラスは、寄せる波を見た。
「だが」
少しだけ、間があった。
「残らぬわけではない」
立香は頷いた。
「うん」
「分類としては」
アトラスは、やや不本意そうに言った。
「夏だ」
ギルガメッシュが笑った。
「ようやく認めたか」
「お前の定義は採用していない」
「では誰の定義だ」
アトラスは、少しだけ沈黙した。
波が寄せる。
返す。
ボイジャーが貝殻を耳に当てている。
ネモが船体を撫でている。
ニトクリスが砂の竜宮の跡に小さく祈りを捧げている。
マシュが、立香の隣で海を見ている。
アトラスは言った。
「己の分類だ」
ギルガメッシュは、これ以上ないほど満足そうに笑った。
「ならばよい」
立香はその二人を見て、少しだけ笑った。
やがて、レイシフト帰還の光が降り始める。
浜辺の色が薄くなる。
海の音が遠くなる。
けれど、消えるのではない。
貝殻の奥に残るように。
航海記録に残るように。
祈りの中に残るように。
誰かの記憶に残るように。
波音は、たしかに届いていた。
ボイジャーが最後に空を指さす。
「ほし」
昼の空には、まだ星は見えない。
それでも、立香には分かった。
夜になれば、また星は出る。
そして海があれば、その星は水面に映る。
波に崩れ、伸び、また繋がりながら。
水底ではなく。
止まった鏡でもなく。
波間に。
アトラスも、同じ方向を見ていた。
帰還の光の中で、彼女が小さく呟く。
「星は」
立香は聞き返さなかった。
アトラスは続ける。
「波間に浮かぶ」
その声は、記録ではなく、裁定でもなく。
ただ、見たものを認める声だった。
次の瞬間、光が満ちた。
夏の海は遠ざかる。
けれど、波音は残っていた。
誰かが覚えている限り。
何度でも、耳を澄ませることができるように。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他