The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』第4話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/文章生成AI補助あり。
詳しい注意事項・制作FAQは作品案内をご確認ください。
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第4話 王は城を纏う

 傷は、鎧だけに残ったのではなかった。

 

 翌朝、ダ・ヴィンチがそう言った。

 

 カルデアの管制室。

 

 白い光の下で、昨日の訓練ログが複数の画面に並んでいる。

 

 エミヤの投影剣。

 

 それを一拍遅れて避けるアトラス。

 

 首元をかすめる刃。

 

 紺碧の鎧に走る、小さな火花。

 

 藤丸立香は、その映像を改めて見て、少しだけ背筋を伸ばした。

 

 昨日は訓練だった。

 

 エミヤは寸前で軌道を逸らしていた。

 

 直撃ではない。

 

 けれど、もし実戦なら。

 

 その仮定が、まだ胸の奥に残っている。

 

 マシュも同じ映像を見つめていた。

 

「鎧の損傷は、軽微……なのですよね?」

 

「見た目はね」

 

 ダ・ヴィンチは画面を切り替える。

 

 そこには、通常の損耗ログではなく、複雑な霊子波形が表示されていた。

 

「でも、おかしい。鎧に傷が入っただけのはずなのに、周辺の霊子空間まで反応している」

 

 立香は首を傾げる。

 

「鎧が壊れたから?」

 

「いや。壊れたというより……」

 

 ダ・ヴィンチは少し考え、言葉を選ぶように言った。

 

「門を叩いたみたいな反応なんだ」

 

 部屋の奥に立っていたアトラスが、静かに言った。

 

「当然だ」

 

 昨日と同じく、彼女は紺碧の全身鎧を纏っている。

 

 燃えるような輝きを湛えた青。

 

 既存のどの時代の武具とも異なる、時代を推測させない造形。

 

 肩から腕、胸甲、腰部、脚甲に至るまで、すべてが一つの構造物のように連なっている。

 

 鎧というには、あまりに重厚。

 

 城壁というには、あまりに人の形をしている。

 

 淡い水青の髪が、その冷たい輝きの上に流れていた。

 

 ダ・ヴィンチが振り返る。

 

「当然なんだ」

 

「己(おれ)の鎧だ」

 

 エミヤが腕を組んだまま言う。

 

「説明になっていない」

 

「説明の必要性を認めない」

 

「昨日、身体の運用を把握しろと言ったばかりだろう」

 

「鎧の機能は正常だ」

 

「正常に機能しているものほど、壊れた時に困る。どこまで耐えるのか、どこから危険なのか、マスターは知っておくべきだ」

 

 アトラスの血色の瞳が、エミヤを見る。

 

 不快だ、と言うかと思った。

 

 だが、彼女はすぐには言わなかった。

 

 立香は一歩前へ出る。

 

「私も知りたい」

 

 アトラスが立香を見る。

 

「汝もか」

 

「うん。アトラスを守っているものなら、なおさら」

 

「知る必要は低い」

 

「必要かどうかじゃなくて」

 

 そこで立香は、少しだけ言葉を止めた。

 

 王宮の残響。

 

 削除せよ、と言ったアトラス。

 

 それでも、消す前に知りたいと言った自分。

 

 あの時と同じだ。

 

 アトラスは、自分に関わるものを不要だと言う。

 

 危険だと言う。

 

 知る必要はないと言う。

 

 けれど、マスターとして隣に立つなら、知らないままではいられない。

 

「マスターだから、知りたい」

 

 アトラスはしばらく黙った。

 

 そして、低く言う。

 

「汝はよく知りたがる」

 

「うん」

 

「不快だ」

 

「うん。でも知りたい」

 

 ダ・ヴィンチが小さく笑った。

 

「決まりだね。アトラス、鎧の解析と防御テストをさせてもらうよ。もちろん無理に破壊するようなことはしない。損耗境界、霊基との接続、防御機構の種類を確認するだけだ」

 

「確認だけで済む保証は」

 

「私がいる」

 

 エミヤが言った。

 

「必要以上に踏み込むなら止める」

 

 アトラスの視線が動く。

 

「弓兵が己の城に口を出すか」

 

「城ならなおさらだ。壊れた時に中の者がどうなるか、確認しておく必要がある」

 

 マシュも静かに頷いた。

 

「私も、可能な範囲でお手伝いします。盾を扱う者として、アトラスさんの鎧がどのような守りなのか、見てみたいです」

 

 アトラスはマシュを見た。

 

 少しだけ沈黙する。

 

「盾の娘」

 

「はい」

 

「汝は守るものか」

 

 マシュは背筋を伸ばした。

 

「はい。少なくとも、そうありたいと思っています」

 

 アトラスは目を細める。

 

「よい返答だ」

 

 マシュが一瞬、驚いたように瞬きをした。

 

 立香も少し驚く。

 

 アトラスは褒めているつもりなのか、観測しているだけなのか分からない。

 

 でも、今の言葉はたぶん、少しだけ柔らかかった。

 

 ダ・ヴィンチが手を叩く。

 

「じゃあ、訓練場へ移動しよう。今日はアトラスの鎧――その紺碧の城塞を調べる」

 

 訓練場の白い空間に、解析用の術式陣が展開された。

 

 床に幾何学的な光が走る。

 

 中心にアトラスが立つ。

 

 その周囲を、ダ・ヴィンチの霊子スキャナーがゆっくりと回っていた。

 

 立香とマシュは少し離れた位置で見守っている。

 

 エミヤは攻撃側の試験役として待機していた。

 

 ダ・ヴィンチの声が通信越しに響く。

 

『まずは非破壊解析から。アトラス、動かないで』

 

「動いていない」

 

『うん。すごく動いていないね。彫像みたいだ』

 

「不要な揺れは精度を落とす」

 

 エミヤが呟く。

 

「そこは真面目なのだな」

 

「弓兵。汝は昨日から己を何だと思っている」

 

「訓練対象だ」

 

「不快だ」

 

「それも昨日から聞いている」

 

 立香は小さく笑った。

 

 その間にも、解析は進んでいく。

 

 画面に表示される数値が、次々と更新される。

 

 物理耐性。

 

 魔術耐性。

 

 神性反応。

 

 海洋権能との接続。

 

 そして、王権系統の概念防御。

 

 ダ・ヴィンチが途中で眉を上げた。

 

「これは……」

 

 立香が尋ねる。

 

「何か分かった?」

 

「分かった、というより、予想以上だね。アトラスの鎧は、単なる防具じゃない。材質としてはオリハルコン系統の反応がある。けれど、本質は素材じゃない」

 

 アトラスは何も言わない。

 

 ダ・ヴィンチは画面を拡大する。

 

「この鎧には、空間境界の情報が含まれている。城壁、門、そして玉座へ至る経路。そういう“王宮を守るための情報”が、人型の鎧に圧縮されている」

 

 マシュが小さく息を吸った。

 

「王宮を守るための情報……」

 

「うん。これは鎧というより、可搬型の城塞だ。いや、もっと言えば……王宮外壁の圧縮体」

 

 ダ・ヴィンチはアトラスを見た。

 

「アトラス。君は城を纏っている」

 

 立香は、アトラスの鎧を改めて見た。

 

 紺碧の全身鎧。

 

 今までもずっと見ていたはずだった。

 

 召喚された瞬間から。

 

 廊下でギルガメッシュと向かい合った時も。

 

 海底王宮で戦った時も。

 

 エミヤの投影剣を受けた時も。

 

 けれど、それが城だと思ったことはなかった。

 

 アトラスは静かに言った。

 

「比喩が過剰だ」

 

 ダ・ヴィンチはすぐに返す。

 

「外れてる?」

 

「……外れてはいない」

 

 そのやり取りに、立香は少しだけ笑った。

 

 ダ・ヴィンチは満足げに頷く。

 

「じゃあ次は防御反応を見よう。エミヤ、軽い投影剣から」

 

「了解した」

 

 エミヤの手に、短い投影剣が現れる。

 

 昨日の訓練よりもさらに軽い一撃。

 

 だが、軌道は鋭い。

 

 投影剣がアトラスへ向かう。

 

 アトラスは動かない。

 

 剣が紺碧の鎧に触れる直前、空気が震えた。

 

 金属音はほとんどなかった。

 

 剣は弾かれたのではない。

 

 届かなかった。

 

 まるで、そこへ入る資格を問われ、拒絶されたように軌道を逸らされる。

 

 エミヤが眉をひそめる。

 

「受け止めた感触がないな」

 

 ダ・ヴィンチが画面を見る。

 

「面白い。これは防御というより、拒絶だね。攻撃を受け止めているんじゃない。“そこに届く資格がない”と判定している」

 

「鎧が?」

 

「鎧というより、城塞概念が。攻撃を単なる衝撃としてではなく、王宮への侵入として処理している」

 

 エミヤは投影剣の消えた手を見た。

 

「つまり、鎧に触れることは城門を破ることに等しい」

 

 アトラスが頷く。

 

「そうだ」

 

「面倒な鎧だ」

 

「城とは面倒なものだ」

 

 エミヤは短く息を吐いた。

 

「それは否定しない」

 

 次に、マシュが前へ出た。

 

「アトラスさん。私も、よろしいでしょうか」

 

「盾の娘か」

 

「はい。攻撃というより、守りの感覚を確かめたいのです」

 

「許可する」

 

 マシュは盾を構える。

 

 攻撃ではない。

 

 盾で押すような、ゆっくりとした接触。

 

 マシュの盾が、アトラスの鎧へ近づく。

 

 その瞬間、マシュの表情がわずかに変わった。

 

 盾は弾かれない。

 

 拒まれもしない。

 

 だが、何かが違う。

 

 マシュはゆっくりと盾を下ろした。

 

「……不思議です」

 

 立香が尋ねる。

 

「どうだった?」

 

「守るためのもの、ではあると思います。ですが、私の盾とは違います」

 

 アトラスがマシュを見る。

 

 マシュは言葉を選びながら続けた。

 

「私の盾は、前に立つためのものです。誰かを守るために、外へ向けるものです。でも、アトラスさんの鎧は……内側へ向いている気がします」

 

 訓練場が静かになる。

 

 ダ・ヴィンチも、エミヤも、口を挟まない。

 

 アトラスはしばらくマシュを見ていた。

 

 そして言う。

 

「不正確だ」

 

 マシュの肩がわずかに動く。

 

「すみません」

 

「だが、外れてはいない」

 

 マシュが顔を上げる。

 

 アトラスの声は淡々としていた。

 

 だが、それは拒絶ではなかった。

 

「己の鎧は、外敵を退ける。同時に、内側のものを外へ漏らさぬ」

 

 立香は思い出した。

 

 沈んだ王宮。

 

 王を呼ぶ祈り。

 

 折れた王冠。

 

 青黒い残響。

 

 アトラスは、それらを海底に置いたと言った。

 

 けれど本当に、置いてきたのだろうか。

 

 それとも、この鎧の内側に、今も閉じているのだろうか。

 

 ダ・ヴィンチが解析結果をさらに表示する。

 

「宝具反応、確認。常時展開型の防御宝具。ただし、防具というより城塞概念だ。物理防御、魔術防御、概念防御、いずれも極めて高い」

 

 アトラスが、静かに三叉槍を立てた。

 

「不可侵なりし紺碧の城塞」

 

 その声は、訓練場の白い空間に沈むように響いた。

 

「オレイカルコス・アダマンティノス」

 

 宝具の名。

 

 立香は、その言葉を胸の内で繰り返した。

 

 不可侵なりし紺碧の城塞。

 

 オレイカルコス・アダマンティノス。

 

 アトラスの纏う城。

 

 ダ・ヴィンチが頷く。

 

「やっぱりそうか。アトランティス系統のオリハルコン概念と、王宮防壁の圧縮。この鎧はアトラス自身を守るだけじゃない。王宮へ至るすべての侵入経路を、彼女の霊基上で封じている」

 

 エミヤが言う。

 

「だが、それほどのものを常時展開しているなら、身体運用に影響が出るはずだ」

 

 アトラスの視線がエミヤへ向く。

 

「続けよ」

 

「強すぎる防御は、身体の反応を鈍らせる。避ける前に、鎧が守ると判断してしまう」

 

「鎧の防御機構は正常だ」

 

「正常だから問題なんだ。守られることに慣れると、避ける前に受ける」

 

 昨日見た一拍の遅れ。

 

 立香は、その理由の一端が見えた気がした。

 

 アトラスは戦場全体を読む。

 

 その上、鎧は攻撃を王宮への侵入として判定し、拒絶する。

 

 だから、刃が来た時。

 

 身体が避けるより先に、城が閉じる。

 

 それが強さであり、遅れでもある。

 

 その時、訓練場の扉が開いた。

 

 黄金の気配が入ってくる。

 

 ギルガメッシュだった。

 

 彼はゆっくりと歩み寄り、アトラスの鎧を見た。

 

「王が城を纏うか」

 

 その赤い瞳は、面白がるようでいて、ただの嘲笑ではなかった。

 

「雑種ならば笑うところだが、貴様ならば似合いはするな、大洋王」

 

 アトラスが言う。

 

「英雄王。お前は暇なのか」

 

「昨日も同じ問いをしたな」

 

「昨日と同じ疑義が生じている」

 

「よい。貴様の鎧の正体を見物に来た」

 

 エミヤが横から言った。

 

「本当に見物しかしていないな」

 

「黙れ、贋作者」

 

 アトラスはギルガメッシュを見た。

 

「似合うとは、褒めているのか」

 

「評価だ」

 

 エミヤがすかさず言う。

 

「さっき私が言った時は不快と言っていたな」

 

「今も不快だ」

 

 ギルガメッシュが笑った。

 

「クハハハハ! よいぞ、大洋王。評価を不快と受け取る、その偏屈さも含めてな」

 

「重ねて不快だ」

 

 立香は思わず笑ってしまった。

 

 マシュも少し困ったように微笑んでいる。

 

 だが、ギルガメッシュはすぐに笑みを薄めた。

 

 彼はアトラスの鎧を見ている。

 

 その視線は、表面の紺碧だけを見てはいない。

 

 もっと奥。

 

 鎧の内側にあるもの。

 

 城壁の中に閉じているもの。

 

「だが、随分と重い衣だ」

 

 アトラスは答えない。

 

 ギルガメッシュは続けた。

 

「身を守るためではない。国を背から下ろさぬための鎧か」

 

 訓練場の空気が、わずかに沈む。

 

 アトラスは静かに言った。

 

「己の背に国はない。海底に置いた」

 

「では、なぜそれほど重い」

 

 問いは、刃のように短かった。

 

 アトラスは即答しなかった。

 

 その沈黙に、立香は気づく。

 

 いつものアトラスなら、もっと早く答えていたはずだ。

 

 不快だ、と切ることもできた。

 

 比喩が過剰だ、と流すこともできた。

 

 でも、アトラスは答えなかった。

 

 立香は、紺碧の鎧を見る。

 

 守るもの。

 

 閉じるもの。

 

 王宮の外壁。

 

 海底へ置いたはずの国の境界。

 

 そして、その内側にいるアトラス。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

 立香は、少しだけ迷ってから聞いた。

 

「その鎧、アトラスを守ってるの? それとも、アトラスを閉じ込めてるの?」

 

 エミヤが目を細めた。

 

 マシュが少し息を止める。

 

 ダ・ヴィンチも画面から目を上げた。

 

 ギルガメッシュだけが、笑みを浮かべたまま黙っている。

 

 アトラスは、立香を見た。

 

 冷たい血色の瞳。

 

 血を海水に溶かしたような、遠い赤。

 

 そして、答えた。

 

「両方だ」

 

 立香は何も言えなかった。

 

 その答えは、あまりにもまっすぐだった。

 

 逃げも、否定も、分類の訂正もない。

 

 両方だ。

 

 アトラスは、そう言った。

 

「己は王だ。王宮を離れた王は、王宮を持ち歩く必要がある」

 

 マシュが静かに言う。

 

「ですが、それは……重くはありませんか」

 

 短い沈黙。

 

 アトラスは、マシュを見た。

 

 それから、ほんの少しだけ目を伏せる。

 

「重い」

 

 その一語は、とても静かだった。

 

 訓練場の空気が、変わる。

 

 重い。

 

 アトラスが、自分の負荷を認めた。

 

 国ではないと言った。

 

 海底に置いたと言った。

 

 己は墓守ではないと言った。

 

 祈りは届かなかったと言った。

 

 それでも、重いと。

 

 ギルガメッシュが低く笑う。

 

「ようやく言ったか」

 

 アトラスはすぐに顔を上げる。

 

「重量の話だ」

 

「そういうことにしておこう」

 

 ダ・ヴィンチが小さく息を吐いた。

 

「アトラス。鎧を脱げとは言わない。たぶん、君にとってこれは霊基そのものに近い。無理に外せば、むしろ危険だ」

 

「当然だ」

 

「防具を外す、というより、霊基の外壁を壊す処理に近い。城壁だけを剥がすつもりでも、内側に固定されている王宮記録や境界まで、一緒に傷つける可能性がある」

 

 アトラスは黙って聞いていた。

 

 ダ・ヴィンチは続ける。

 

「でも、防御機構の強度を一時的に落とすことはできるはずだ。城門を閉ざしっぱなしにするんじゃなく、状況に応じて開閉する。そうすれば、昨日の訓練で見えた一拍の遅れを少し減らせるかもしれない」

 

 ダ・ヴィンチは画面に表示された模式図を指で弾いた。

 

「閉じている時は、君自身の防御が高い。けれど、そのぶん城壁の判定が先に立つ。開けば、その判定は薄くなる。本人の防御は落ちるけれど、身体の反応と、外へ向ける魔力の自由度は上がる」

 

 アトラスの瞳が、わずかに細くなる。

 

「防御効率を落とし、運用自由度を上げる」

 

「そう。単純な強化じゃない。切り替えだね」

 

 アトラスは無言で画面を見る。

 

 エミヤが言う。

 

「防御効率は下がる。だが、選択肢は増える。守ることと、閉じることは違う」

 

 マシュがその言葉を受けて、静かに続けた。

 

「私も、そう思います。守るために閉じることは必要です。でも、閉じたままでは、誰かの前に立つことができません」

 

 アトラスはマシュを見た。

 

「盾の娘。汝は開くのか」

 

 マシュは少し考える。

 

「はい。盾を構える時、私は前に出ます。外へ向けます。誰かに届く攻撃を止めるために」

 

「己の鎧は、前へ出るものではない」

 

「はい。ですが、アトラスさん自身は、前へ出ることができます」

 

 アトラスの瞳が、わずかに揺れた。

 

 立香は、一歩近づく。

 

「大丈夫?」

 

「何がだ」

 

「鎧の防御を緩めるの、怖くない?」

 

「恐怖はない」

 

「そっか」

 

「ただし、効率は落ちる」

 

 エミヤが言う。

 

「効率の話ではないと言ったはずだ」

 

「記録している」

 

「なら実行しろ」

 

 アトラスは目を閉じた。

 

 訓練場に、低い音が響く。

 

 波音ではない。

 

 石の門が、遠くで軋むような音。

 

 紺碧の鎧の表面に走っていた炎のような輝きが、わずかに抑えられる。

 

 肩、胸甲、腕部、腰部。

 

 各所に刻まれていた見えない境界が、一段だけ浅くなる。

 

 紺碧の肩装甲の一部が、硬い音を立ててわずかに浮いた。

 

 完全に外れたのではない。

 

 閉ざされた城門が、指一本分だけ隙間を作るような動きだった。

 

 背に落ちていた黒い布の内側で、白波に似た裏地が一瞬だけ覗く。

 

 ダ・ヴィンチが画面を見る。

 

「防御判定、低下。概念拒絶層を一枚落としたね。すごい、手動でできるんだ」

 

「己の城だ」

 

「そうだったね」

 

 エミヤが投影剣を構える。

 

「もう一度行く。今度は鎧に守らせる前に、身体で避けろ」

 

「承知した」

 

 投影剣が放たれる。

 

 昨日より軽い。

 

 けれど、軌道は鋭く、低い。

 

 アトラスの鎧が反応する。

 

 紺碧の表面に、閉ざされた城門のような光が走る。

 

 外敵を拒むための防壁。

 

 王宮へ至る道を塞ぐための境界。

 

 それが完全に閉じる、その前に。

 

 アトラスの足が、半歩だけ位置を変えた。

 

 剣は、彼女が先ほどまでいた場所を抜ける。

 

 鎧は侵入を拒む必要すらなく、ただ遅れて静かに光を収めた。

 

 続く二撃目に対し、アトラスは槍を振るわない。

 

 柄をわずかに傾け、刃の軌道だけを外へ流す。

 

 金属音は小さかった。

 

 防いだ、というより、通る場所を変えた。

 

 アトラスの動きは、まだ硬い。

 

 ギルガメッシュのような圧倒的な余裕もない。

 

 エミヤのような戦場に染みついた反射でもない。

 

 だが、確かに自分で動いた。

 

 城壁が閉じるより先に、王が一歩動いた。

 

 エミヤが頷く。

 

「今のは間に合った」

 

 アトラスは、少しだけ息を吐いた。

 

「評価か」

 

「事実だ」

 

「不快ではない」

 

 エミヤがわずかに眉を上げる。

 

「そうか」

 

 ギルガメッシュが愉快そうに笑った。

 

「贋作者、よかったな。今度は不快ではないそうだ」

 

「君に言われると不快だな」

 

「クハハハハ!」

 

 立香は笑いをこらえながら、アトラスを見る。

 

 アトラスは鎧の防御を元に戻していない。

 

 まだ、一段だけ開いている。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

「今の、少し軽かった?」

 

 アトラスは立香を見る。

 

「機能重量は変化していない」

 

「そうじゃなくて」

 

「不快な問いだ」

 

「うん」

 

「……だが」

 

 アトラスは、紺碧の鎧に視線を落とした。

 

「城門の開閉は、記録した」

 

 立香は頷く。

 

「そっか」

 

 マシュも微笑んだ。

 

「お疲れさまでした、アトラスさん」

 

「疲労は軽微だ」

 

 エミヤがすかさず言う。

 

「訓練後は水を飲め」

 

「またか」

 

「肉体の管理だ」

 

「鎧の話ではなかったのか」

 

「鎧を着ている肉体の話でもある」

 

 アトラスは少しだけ黙った。

 

「汝はしつこい」

 

「よく言われる」

 

 立香が笑う。

 

「エミヤさん、アトラスの身体管理担当みたいになってきたね」

 

 エミヤは渋い顔をした。

 

「不本意だ」

 

 ギルガメッシュが即座に言う。

 

「雑務が似合うぞ、贋作者」

 

「黙れ、英雄王」

 

 アトラスは二人を見比べる。

 

「汝らは会話のたびに敵対するのか」

 

 エミヤが疲れたように言った。

 

「できれば避けたい」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「不可能だな」

 

「不快だ」

 

 アトラスが言った。

 

 立香は一瞬きょとんとした。

 

「今のはどっちに?」

 

「両方だ」

 

 マシュが口元を押さえた。

 

 エミヤは眉間を押さえ、ギルガメッシュはさらに笑った。

 

 訓練場の空気は、少しだけ柔らかくなっていた。

 

 その日の夕方。

 

 立香は、記録保管区画の近くでアトラスを見かけた。

 

 彼女は一人で立っていた。

 

 壁に映る訓練ログを見ている。

 

 エミヤの投影剣。

 

 鎧の概念拒絶。

 

 防御を一段落とした瞬間。

 

 半歩動いた自分。

 

 アトラスは、その場面を何度か繰り返していた。

 

「アトラス」

 

 声をかけると、彼女は振り返った。

 

「マスターか」

 

「また記録確認?」

 

「そうだ」

 

「検品?」

 

「違う」

 

 即答だった。

 

 立香は笑う。

 

 アトラスは不服そうに目を細める。

 

「何がおかしい」

 

「いや、なんでもない」

 

「不正確な返答だ」

 

「うん。ちょっとだけおかしかった」

 

「不快だ」

 

 それでも、アトラスはログを止めなかった。

 

 立香は隣に立つ。

 

 画面の中で、アトラスの鎧が光を抑える。

 

 城門が一段だけ開く。

 

 刃が届く前に、身体が半歩動く。

 

「鎧、脱がなくてもいいと思う」

 

 立香は言った。

 

 アトラスは画面を見たまま答える。

 

「脱げぬ」

 

「うん。だから、脱がなくていい」

 

「ならば何を言いたい」

 

「開けたり閉めたりできるなら、それでいいのかなって」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 立香は続ける。

 

「アトラスの城なんでしょう。だったら、ずっと閉めっぱなしじゃなくてもいい。でも、開けたくない時は閉めてもいい」

 

「軽い言葉だ」

 

「そうかな」

 

「城門の開閉は、統治判断だ」

 

「うん」

 

「誤れば、侵入を許す。誤れば、内側のものが外へ流れる」

 

「うん」

 

「それでも、開けろと言うのか」

 

 立香は少し考えた。

 

 そして、首を横に振った。

 

「開けろ、じゃないよ」

 

 アトラスが立香を見る。

 

「開けるか閉めるか、アトラスが決めればいいと思う。私は、アトラスが開けた時に、沈まないでそこにいる」

 

 アトラスの瞳が、静かに立香を映した。

 

 沈まない。

 

 最初に交わした約束。

 

 王宮の残響を前にした時にも、立香が返した言葉。

 

 アトラスは、低く言った。

 

「汝は、その返答を多用する」

 

「大事だから」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 短い沈黙。

 

 アトラスはもう一度、訓練ログを見る。

 

 そして、言った。

 

「鎧は重い」

 

 立香は黙って聞いた。

 

「だが、重いことは欠陥ではない。城は軽くあるべきではない。王宮は、風で動くものではない」

 

「うん」

 

「ただし」

 

 アトラスは画面の中の自分を見る。

 

 半歩動く自分。

 

「王が動けぬほど重いなら、運用に問題がある」

 

 立香は少し笑った。

 

「アトラスらしいね」

 

「何がだ」

 

「重いって認めたあとに、すぐ運用の話にするところ」

 

「妥当な整理だ」

 

「うん。そういうことにしておく」

 

 アトラスはわずかに目を細める。

 

「汝はそれを気に入ったのか」

 

「うん。たぶん」

 

「不快だ」

 

 でも、その声は少しだけ穏やかだった。

 

 その後、立香は管制室へ戻り、アトラスはもう少しだけ記録を見ていた。

 

 画面の中で、紺碧の鎧が光を抑える。

 

 城門が、一段だけ開く。

 

 王は城を纏う。

 

 守るために。

 

 閉じるために。

 

 失ったものを、二度と外へこぼさぬために。

 

 けれど、その城壁の内側にいるのは、国だけではない。

 

 王自身もまた、そこにいる。

 

 アトラスは鎧を脱がなかった。

 

 脱ぐことはできなかった。

 

 脱ぐ必要も、まだなかった。

 

 ただ、その城門をほんの少しだけ開けることを記録した。

 

 深海の王宮は、紺碧の鎧となって彼女を守る。

 

 同時に、彼女を閉じ込める。

 

 その重さを、アトラスは知っている。

 

 知っていてなお、纏うと決めている。

 

 王は城を纏う。

 

 そしていつか、城を纏ったまま、戦場へ一歩踏み出す。

 




お読みいただきありがとうございます。

こちらはアトラスの第一段階開城時のビジュアルです。

【挿絵表示】


しばらくは毎日20時頃に更新予定です。
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