The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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黒い糸が、紺碧の外装へ沈んだ。
刺さったのではない。
貫いたのでもない。
触れた。
ただ、それだけだった。
けれど、その瞬間、アトラスの城塞が音を立てた。
破砕音ではない。
金属の軋みでもない。
門の内側で、知らない手が錠を探る音。
立香は、反射的に息を呑んだ。
「アトラス!」
アトラスは答えなかった。
黒い糸は、紺碧の外装の表面を滑っている。
傷をつけるためではない。
割るためでもない。
外壁と肉体の境界を探している。
鎧の縁。
肩口の曲線。
腕へ続く装甲の下。
呼吸に合わせて、ほんのわずかに動く接合部。
そこへ、黒い糸が入り込む。
「っ……」
アトラスの肩が、わずかに跳ねた。
それは悲鳴ではなかった。
だが、彼女の身体が先に反応した。
ネモが端末を見て、顔を青ざめさせる。
「違う……これ、ダメだ。外から壊してるんじゃない!」
「ネモくん?」
マシュが盾を構えたまま問う。
「外装と霊基本体の接続値が、無理やり書き換えられてる。剥がしてるんだ。鎧をじゃない。鎧である部分と、身体である部分の境界を!」
立香の喉が詰まる。
「それ、鎧じゃない……!」
言った瞬間、自分の声が震えたのが分かった。
鎧ではない。
いや、鎧でもある。
城塞でもある。
王宮外壁でもある。
霊基の一部でもある。
アトラスが世界と己を分けるために持っている、境界そのもの。
それを、レヴィアタンは外から切り離そうとしている。
ダ・ヴィンチの通信が乱れる。
『アトラス、すぐに城塞出力を下げて! いや、違う、下げないで! 出力を変えると接合面が開く! ネモくん、航路維持! マシュ、直接防御じゃなくて周囲の回収針を潰して!』
「了解です!」
マシュが盾を叩きつける。
衝撃が黒い海を割る。
だが、割れた海は流れない。
裂け目のまま止まり、そこからまた黒い糸が生える。
ギルガメッシュの鎖が走った。
何本もの黒い糸を絡め取り、引き裂く。
しかし、糸は切られた先から沈み、別の場所で結び直される。
「ちっ」
ギルガメッシュが舌打ちした。
「切断を異常として巻き戻しているか」
「保管状態を維持してるんだ!」
ネモが叫ぶ。
「壊れた結果を認めない。切れた糸も、折れた針も、流れた血も、全部“正しい形”に戻そうとしてる!」
「正しい形など」
アトラスが、ようやく声を出した。
低く、硬い声。
「己(おれ)が決める」
槍が黒い海を裂く。
紺碧の軌跡が、アトラスの足元へ集まった糸をまとめて断った。
一瞬、黒い海が退く。
だが、レヴィアタン・ノクスは揺らがない。
深淵の奥で、珊瑚の王冠が鈍く光る。
「抵抗を確認」
「境界維持反応」
「未整理構造の自己防衛」
淡々とした診断。
怒りはない。
嘲りもない。
それが、かえってひどく恐ろしかった。
「脱がせているのではない」
レヴィアタンが告げる。
「分離している」
黒い糸が、またアトラスの肩へ伸びる。
「王宮外壁と個体肉体の接合面に欠落を確認」
「補完前処理を継続する」
「それは補完ではない」
アトラスが槍を返す。
「剥離だ」
槍の刃が黒い糸を断つ。
しかし、別の糸がその隙間を縫った。
紺碧の外装の表面に傷はつかない。
なのに、赤が滲んだ。
肩口から。
脇腹から。
腕の付け根から。
城塞の継ぎ目など存在しないはずの場所から、血が流れた。
立香は理解したくなかった。
鎧が裂けたから血が出ているのではない。
鎧を通して、内側が傷つけられているのでもない。
鎧と身体の間を、内側からめくられている。
「やめて……!」
立香の声が漏れた。
命令ではなかった。
指示でもなかった。
ただ、人間の声だった。
アトラスは振り返らない。
「マスター」
声は、まだ平静に近い。
「撤回しろ」
「え」
「敵に対する懇願は、撤回しろ」
立香は唇を噛んだ。
それでも、すぐに息を吸う。
「ごめん。撤回する」
彼女は顔を上げた。
「マシュ、左側の針! ネモ、流路をアトラスの後ろへ! ボイジャーは下がって、星の光を切らさないで!」
「はい、マスター!」
「了解!」
「うん!」
アトラスの肩が、わずかに下がった。
それが安堵かどうか、立香には分からない。
だが、アトラスはまだ立っている。
ギルガメッシュが赤い目でその背を見ていた。
助け起こすための視線ではなかった。
代わりに前へ出ることもない。
ただ、見ている。
何を。
戻るかどうかを。
立つかどうかを。
己の境界を、己で裁定できるかを。
「大洋王」
ギルガメッシュが言った。
「まだ門は貴様のものか」
アトラスの瞳が、深淵を睨む。
「当然だ」
「ならば閉じろ」
「命令するな」
「できぬなら、そう言え」
黒い糸が脇腹にかかった。
紺碧の外装が、また軋む。
アトラスの指が槍の柄を強く握った。
「……侵食深度、三」
声が途切れた。
分析ではない。
痛みが、言葉を追い越した。
アトラスの膝が、わずかに沈む。
黒い海は受け止めない。
支えない。
ただ、深さだけを増やす。
マシュが叫ぶ。
「アトラスさん!」
盾が黒い糸を叩き潰す。
だが、その防御は遅れた。
潰された糸の先端が、すでに紺碧の外装の内側から何かを掬い取っていた。
小さな光。
青とも、黒ともつかない、城塞の欠片。
それが黒い海へ落ちる。
落ちた瞬間、流れずに王冠へ吸い寄せられた。
レヴィアタンの珊瑚の王冠に、紺碧の光が灯る。
続けて、赤い光。
血だ。
さらに、音のない光。
ボイジャーが顔を上げる。
「いまの」
ネモが端末を見て、息を呑む。
「星詠みの詩のログが、一拍分欠けた……いや、違う。欠けたんじゃない。回収された!」
レヴィアタンの王冠の奥で、音のない星が瞬く。
星詠みの詩の、一拍分の沈黙。
アトラスの瞳が見開かれる。
「返せ」
その声は低かった。
先ほどまでよりも、ずっと低い。
「汝が手にしてよいものではない」
「欠落情報を保管」
「返せ」
「保管対象は返却されない」
ギルガメッシュの鎖が、王冠へ向かって走る。
だが、黒い海が深く沈み、鎖の到達を遅らせた。
ギルガメッシュの表情が冷える。
「貴様」
その声に、管制室から届くノイズすら止まったように思えた。
「集めているつもりか」
レヴィアタンは答える。
「欠落情報を回収している」
「ならば違うな」
黄金の王が、黒い海の上で笑った。
笑みではある。
だが、そこに愉悦はなかった。
「集めるとは、価値を見定めることだ」
レヴィアタンの王冠が、わずかに傾く。
「価値」
「照合不能」
「当然だ」
ギルガメッシュの目が、深紅に光る。
「貴様のそれは収蔵ではない。削り取りだ」
黒い海が、鈍く震える。
アトラスは一瞬だけ、ギルガメッシュを見た。
コレクター。
収める王。
蔵を持つ王。
あらゆる原典を己が宝物庫へ収める、最古の英雄王。
その王が、レヴィアタンの回収を否定している。
所有の否定ではない。
収集の否定でもない。
由来を読まぬ手つきへの否定。
「由来を読めぬ保管者が、王冠など戴くな」
ギルガメッシュは言った。
レヴィアタンの診断が返る。
「由来は補完精度に寄与しない」
「だから貴様は雑種なのだ」
黄金の鎖が、再び黒い海へ突き立つ。
その瞬間、ネモの航路がわずかに持ち直した。
「今だ、アトラス!」
立香が叫ぶ。
「取り返して!」
アトラスは槍を握る。
痛みはまだある。
境界の内側に、黒い糸の感触が残っている。
己の城門に、他者の指がかかったままの感覚。
不快。
その分類では足りない。
だが、足りないまま動く。
「オレイカルコス・アダマンティノス」
紺碧の城塞が、再び展開する。
今度は完全な壁ではない。
壁の内側から、無数の水路が走る。
一拍を城門として定義した境界。
ネモの航路。
ギルガメッシュの鎖が打ち込んだ固定点。
それらを、アトラスは一瞬だけ繋いだ。
「返還経路、形成」
紺碧の光が、黒い王冠へ伸びる。
レヴィアタンの王冠に灯った赤と青と、音のない光が揺らいだ。
「保管物への外部干渉を確認」
「汝が奪ったものだ」
アトラスの声が響く。
「保管物ではない」
紺碧の水路が、王冠の光を掬い上げる。
一拍分の沈黙が、外へ流れ出す。
ボイジャーが反射的に口を開いた。
歌ではない。
音未満の、小さな呼吸。
それでも、回収された一拍が、黒い王冠から離れる。
赤い光も、紺碧の欠片も、完全には戻らない。
だが、流れた。
保管庫の内側で止まっていたものが、外へ出た。
レヴィアタンの影が、初めてわずかに歪む。
「回収物の流出を確認」
「保管状態、不安定」
「流れぬからだ」
アトラスは言った。
「海でないものが、海を模した罰だ」
黒い海が、深く震えた。
次の瞬間、レヴィアタンの王冠から、無数の黒い糸が放たれる。
先ほどまでのような探索ではない。
明確な回収。
アトラスの境界へ。
城塞の接合面へ。
血の流れる肩へ。
星詠みの詩が反響する霊基の奥へ。
ネモが叫ぶ。
「来る! さっきより深い!」
マシュが盾を構える。
「防ぎます!」
だが、黒い糸は盾を避ける。
正面衝突を選ばない。
強い防御を迂回し、定義の隙間へ入る。
アトラスが城塞を閉じる。
一拍の城門を定義する。
ネモが航路を回す。
ギルガメッシュが鎖を打ち込む。
それでも、一本が届いた。
肩ではない。
脇腹でもない。
胸元。
王宮外壁の中心に近い場所。
そこへ、黒い糸が静かに触れる。
「深淵回収、第二層へ移行」
レヴィアタンが告げた。
「王宮外壁、開城処理を開始」
アトラスの表情が変わった。
ごくわずかに。
だが、立香には分かった。
それは怒りだった。
「開城ではない」
アトラスの声が、黒い海の上を低く渡る。
「城門を壊すことを、開城とは呼ばぬ」
黒い糸が、胸元の外装の内側へ沈む。
熱ではなかった。
冷たさでもない。
城門の裏側を、許可なく測られている。
錠の位置を数えられ、蝶番の向きを記録され、どこを押せば開くかを知られていく。
不快。
その分類では足りない。
許可していない。
紺碧の城塞が、内側から軋む。
血が滲む。
だが今度は、肩ではない。
王宮そのものが痛む場所。
アトラスが、初めて大きく息を乱した。
立香の足が一歩出る。
ギルガメッシュの声が飛ぶ。
「動くな、マスター」
「でも!」
「踏み込めば、境界が増える。奴の餌だ」
立香は止まった。
拳を握りしめる。
マシュが盾で周囲の針を弾く。
ボイジャーが小さく震えながら、星の光を途切れさせない。
ネモが航路を維持する。
ギルガメッシュは岸のように立っている。
そしてアトラスは、黒い糸を受けたまま、槍を握っていた。
「……補完、前処理」
アトラスの声が、かすかに掠れる。
「分類を、訂正する」
黒い糸が深く沈む。
紺碧の外装の表面に傷はない。
なのに、血が流れる。
王宮外壁は砕けていない。
なのに、城門が痛む。
レヴィアタンの診断が響く。
「苦痛は補完前の反応である」
アトラスの指が槍から一瞬だけ滑った。
立香の息が止まる。
だが、アトラスは槍を落とさなかった。
握り直す。
血に濡れた手で。
「否」
海水に血を溶かしたような瞳が、深淵を睨む。
「汝の補完は」
一拍。
言葉が遅れる。
痛みが、また先に来る。
それでも、今度は追い越された言葉を、己で引き戻した。
「城門を壊すだけだ」
紺碧の城塞が、内側から光った。
閉じるためではない。
押し返すために。
黒い糸が焼き切れる。
レヴィアタンの王冠が一瞬、暗くなる。
黒い海に、初めて波が立った。
小さな波。
流れと呼ぶには、あまりに弱い。
だが、動いた。
ネモが叫ぶ。
「動いた! 海面が流れた!」
「海ではない」
アトラスは息を整えながら言う。
「だが、流れは作れる」
レヴィアタンの影が、深淵の奥で沈黙する。
その沈黙は、先ほどまでの診断とは違っていた。
わずかな停止。
わずかな遅延。
保管者が、初めて処理に迷ったような間。
だが、それは長く続かなかった。
「境界抵抗を確認」
「外壁破損、軽微」
「個体肉体損耗、進行」
「王名接合部、照合可能」
ギルガメッシュの目が細くなる。
アトラスも、その言葉を聞いた。
王名接合部。
アトラス。
エウメロス。
その継ぎ目。
まだレヴィアタンは、そこへ手を伸ばしていない。
だが、見つけた。
アトラスの背後で、沈んだ王宮の輪郭が一瞬だけ揺らいだ。
玉座。
王冠。
沈めた国。
継いだ名。
黒い海の底から、それらの影がゆっくりと浮かび上がる。
立香が青ざめる。
「今の……」
ネモが端末を握る。
「次、来る。もっと深いところに」
ボイジャーが小さく言った。
「アトラス」
アトラスは答えない。
答えないまま、槍を構え直す。
肩から血が流れている。
脇腹にも、胸元にも、赤が滲んでいる。
紺碧の外装は砕けていない。
砕けていないのに、傷ついている。
それが、最もひどい。
レヴィアタン・ノクスの王冠に、赤と紺碧と音のない光が、まだわずかに残っている。
アトラスはそれを見た。
「記録する」
彼女は言った。
「汝は、保管者ではない」
レヴィアタンが答える。
「照合不能」
「略奪者だ」
黒い海が、深く沈んだ。
侵食深度三の痛みが、まだ残っている。
だが、アトラスは立っていた。
岸のない海の上で。
流れぬ保管庫の中心で。
剥離された王宮外壁を抱えたまま。
城門は、まだ己のものだった。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他