The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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黒い海が、声を押し潰そうとしていた。
深さだけが増していく。
流れはない。
岸もない。
戻る方角もない。
王名は玉座へ引かれ、個体名は黒い海へ沈められる。
アトラス。
エウメロス。
その二つを、レヴィアタン・ノクスは分けようとしていた。
接合不全。
未整理境界。
補完対象。
診断は冷たく、正確な顔をしていた。
正確ではない。
だが、正確なふりをしていた。
アトラスの膝は黒い海に触れている。
肩から血が落ちる。
胸元の外装から赤が滲む。
紺碧の城塞は砕けていない。
砕けていないまま、傷ついている。
黒い糸はまだ彼女の内側にある。
王宮外壁の裏側を測り、王名と個体名の間へ入り込み、どちらをどちらへ保管すべきかを数えている。
アトラスの槍は、彼女の手から離れていた。
三叉槍は黒い海の上に落ちている。
音もなく。
波も立てず。
落ちたという結果すら、深淵に保管されたように。
立香は叫びそうになった。
けれど、叫ばなかった。
敵に対する懇願は、撤回した。
今、必要なのは声を上げることではない。
届く声を、届かせること。
その時、岸から声がした。
「エウメロス!」
黄金の声が、黒い海を裂いた。
海を割ったのではない。
深淵へ潜ったのでもない。
ただ、岸のようにそこに立ち、戻る方角を示す声だった。
その名は、黒い水圧に一度押し潰されかけた。
だが、消えなかった。
ギルガメッシュの声は、深さを測らせなかった。
保管されることを拒んだ。
診断に変換される前に、名として届いた。
アトラスの瞳が、かすかに揺れる。
海水に血を溶かしたような瞳の奥に、薄れていた星の反射が、一瞬だけ戻った。
レヴィアタンが反応する。
「エウメロス」
「個体名を確認」
「脆弱な識別情報」
「補完前の断片」
ギルガメッシュの赤い目が冷えた。
「その名は、貴様の保管対象ではない」
「識別情報は保管可能である」
「違うと言った」
黄金の門が、ギルガメッシュの背後で開く。
だが、彼は宝具を放たなかった。
この瞬間に必要なのは、破壊ではない。
名を通すこと。
名を、本人へ返すこと。
「名を剥がされるな」
ギルガメッシュが言った。
「貴様が名乗れ」
その声は、命令だった。
だが、代行ではなかった。
引き上げる手ではない。
肩を支える腕でもない。
傷を覆う布でもない。
岸から響く声。
帰る場所を示すための、冷酷で、正確な声。
アトラスの唇が動いた。
黒い糸が、それを遮ろうとする。
「個体名エウメロス、保管準備」
「王名アトラス、補完準備」
「分離後、安定化」
レヴィアタンの王冠に、名になりきらない薄い光が灯る。
立香はその光を見た。
あれは名前ではない。
名前だったものを、部品に落とされた光。
怒りで、視界が白くなりかける。
それでも、立香は指示を出した。
「マシュ、アトラスの周囲の糸を切って! ネモ、航路をギルの声に合わせて! ボイジャー、もう一度!」
「はい!」
「やる!」
「うん!」
マシュの盾が、黒い糸を叩き潰す。
ネモの端末から細い航路が伸びる。
それは水路ではなく、声の通り道だった。
黒い海の中で、音が保管される前に進むための、わずかな流れ。
ボイジャーが息を吸う。
歌おうとして、少しだけ迷った。
アトラスの許可を待つ癖が、そこにあった。
立香は短く言った。
「歌って」
ボイジャーは頷いた。
星詠みの詩が、再び流れる。
小さな声。
変奏した旋律。
終わるはずの音が少しだけ長く、沈むはずの音が浮いて揺れる歌。
それでも歌。
遠くへ行ったから、少し変わった歌。
レヴィアタンの黒い王冠が、その音を捕えようと輝く。
「変奏音源を確認」
「欠落を確認」
「補完対象」
「まちがってないよ」
ボイジャーが歌の合間に言った。
小さい。
だが、通った。
「とおくへいくと、すこし、かわる」
アトラスの指が動く。
黒い海に落ちた三叉槍へ、血に濡れた手が伸びる。
届かない。
黒い海が深さを増す。
槍までの距離が伸びる。
ネモが叫ぶ。
「距離を固定する! マシュ!」
「はい!」
マシュの盾が、三叉槍とアトラスの間へ打ち込まれる。
盾は防御ではなく、基準点になった。
ギルガメッシュの鎖が、その基準点へ絡む。
黄金の鎖が黒い海に杭を打つ。
「落としたものを、拾えぬ王にするな」
ギルガメッシュが言った。
「貴様の槍だろう」
アトラスの指が、槍の柄に触れる。
黒い糸が胸元で締まった。
血が流れる。
霊基反応が跳ねる。
アトラスの身体が一度、深く沈んだ。
それでも、指は離れなかった。
槍を握る。
握り直す。
血に濡れた手で。
黒い海に、ほんのわずか波が立った。
レヴィアタンの診断が響く。
「王名アトラス、抽出抵抗」
「個体名エウメロス、保管抵抗」
「統合状態、不安定」
「補完必要性、上昇」
「必要ではない」
アトラスの声が戻った。
まだ掠れている。
まだ遅い。
だが、声だった。
「汝の補完は、不要だ」
「拒絶は未整理境界の反応である」
「否」
アトラスは片膝をついたまま、槍を支えにして顔を上げた。
王宮の幻視が揺れる。
黒い玉座。
黒い王冠。
二つに裂かれようとする名。
その間に、紺碧の光が差す。
「己(おれ)は」
黒い糸が喉へ絡む。
言葉の出口を測る。
どの名を先に出すか。
どちらを主とするか。
どちらを補助として安定させるか。
そのように、レヴィアタンは待っている。
アトラスは、その測定を拒んだ。
「己は……エウメロス」
黒い海が、ひときわ深く沈んだ。
王冠が反応する。
「個体名、発話」
「保管対象、自認」
「違う」
ギルガメッシュが、その診断を即座に斬った。
「続けろ」
アトラスは息を吸う。
痛みがある。
城門の裏側を測られた感覚が、まだ残っている。
名の輪郭を、許可なく数えられた感覚が、まだ残っている。
不快。
屈辱。
未分類。
それでも、続ける。
「兄の名を継ぎし、大洋王アトラス」
その言葉が、黒い海の上に立った。
王名が、玉座へ引かれるのを止めた。
個体名が、黒い海へ沈むのを止めた。
完全に戻ったわけではない。
だが、分離は止まった。
ほんの一瞬。
その一瞬を、アトラスは逃さなかった。
「王名と個体名は、分離対象ではない」
槍の穂先が、黒い海を指す。
「王名は、個体名を補完する蓋ではない」
「個体名は、王名から剥がすべき残滓ではない」
レヴィアタンの王冠が軋む。
「照合不能」
「統合条件、不明」
「継承だ」
アトラスは言った。
声はまだ細い。
だが、もう途切れない。
「己は、エウメロス」
「兄の名を継ぎし、大洋王アトラス」
黒い王宮の玉座が、揺らいだ。
誰も座っていないはずの玉座が、紺碧の光に照らされる。
黒い王冠が傾く。
エウメロスの影と、アトラスの王名の輪郭が、再び重なる。
重なるのではない。
立つ。
ひとつの存在として、王宮の前に立つ。
レヴィアタンの黒い糸が、震えた。
「分離失敗」
「保管精度、低下」
「補完経路、再計算」
黒い海の底で、深淵そのものが軋んだ。
流れぬはずの水面に、割れた鏡のような線が走る。
「再計算するな」
アトラスは槍を振るった。
紺碧の光が、黒い糸を焼き切る。
王名と個体名の間に入り込んでいた糸が、まとめて裂ける。
黒い海に、波が立った。
今度は小さくない。
足元から外へ、はっきりと流れた。
ネモが叫ぶ。
「航路、戻る!」
マシュが盾を構え直す。
「アトラスさんの霊基反応、再接続しています!」
立香は息を吐いた。
まだ安心ではない。
傷は深い。
血は止まっていない。
黒い王冠には、まだ奪われた光が残っている。
それでも、アトラスは立とうとしている。
片膝を上げる。
槍を支えに、黒い海から身を起こす。
黒い糸が足元に絡みつく。
レヴィアタンの診断が響く。
「損耗を確認」
「肉体安定度、低下」
「外壁破損」
「王名接合部、不安定」
「補完推奨」
アトラスは立ち上がった。
完全ではない。
肩から血が流れている。
胸元の外装は赤く濡れている。
紺碧の城塞はまだ軋んでいる。
だが、立った。
「推奨を棄却する」
ギルガメッシュが、ほんのわずか目を細めた。
満足ではない。
安堵でもない。
王が王として立ったことを、当然のように見届ける目だった。
「遅い」
ギルガメッシュが言った。
「おのれの名を名乗るのに、どれだけ手間をかける」
アトラスは横目で見る。
「妨害があった」
「言い訳か」
「事実だ」
「ならば記録しておけ」
「既に記録した」
その応酬が、黒い海の上でかすかに戻った。
立香は、それだけで呼吸が戻るのを感じた。
レヴィアタンは沈黙している。
だが、その沈黙は撤退ではない。
黒い王冠の内側で、赤い光と紺碧の光、そして音のない光がまだ揺れている。
さらに、名になりきらない薄い光。
完全には取り戻せていない。
アトラスも、それを見ている。
「返せ」
彼女は言った。
「個体名断片は保管中」
「返せと言った」
「保管対象は返却されない」
ギルガメッシュが低く笑う。
「学ばぬ保管庫だ」
黄金の門が開く。
だが、アトラスが片手で制した。
「己の欠片だ」
ギルガメッシュは止まった。
アトラスは槍を構える。
「己が取り戻す」
「ならば行け」
「命令するな」
「激励だ」
「不要だ」
「ならば聞き流せ」
アトラスは答えない。
だが、槍の穂先が少しだけ上がった。
ネモが航路を示す。
「王冠まで一本だけ流路を作れる。短い。長くは持たない」
「十分だ」
マシュが盾を構える。
「周囲の回収糸は防ぎます」
「任せる」
ボイジャーがアトラスを見る。
「うたう?」
アトラスは一瞬だけ沈黙した。
原型ではない歌。
変奏した歌。
欠落と診断された歌。
だが、届いた歌。
「歌え」
ボイジャーの顔が明るくなる。
「うん」
「ただし、己の後方で」
「うん」
「接近するな」
「うん」
「三度目の返答が軽い」
「うん」
ネモが、ほんの少しだけ笑った。
その刹那、黒い王冠が激しく輝く。
レヴィアタンの診断が、再び深く沈む。
「正常化拒絶を確認」
「補完不能ではない」
「不完全状態、継続」
「修正優先度、上昇」
「修正ではない」
アトラスが言った。
「汝はまだ、読んでいない」
黒い海がうねる。
レヴィアタン・ノクスの影が、初めて深淵の奥から大きく身を起こした。
蛇のように。
鯨のように。
王冠を戴く、岸なき滞留そのもののように。
「不完全を確認」
「損傷を確認」
「欠落を確認」
その診断は、今までより重い。
アトラスだけではない。
立香の傷。
マシュの疲弊。
ネモの航路の揺らぎ。
ボイジャーの変奏。
ギルガメッシュの届かない鎖。
すべてを見ている。
すべてを、欠落として処理しようとしている。
「補完を続行する」
黒い海が、全員の足元で沈む。
アトラスは槍を構えた。
血は止まらない。
城塞は完全ではない。
王名接合部には、まだ剥離の痕が残っている。
けれど、名は戻った。
完全にではない。
それでも、己で名乗った。
「レヴィアタン」
アトラスの声が、黒い海を渡る。
「己を裂いて、完成を名乗るな」
深淵が震える。
レヴィアタンの王冠に灯った光が、またいくつも瞬いた。
赤。
紺碧。
音のない星。
名になりきらない薄い光。
取り戻すべきものが、そこにある。
そして、まだ来るべき裁定がある。
アトラスは一歩踏み出した。
岸のない海に、己の足で。
その背後で、ギルガメッシュは立っている。
岸として。
沈まぬ王として。
名を呼んだ者として。
だが、歩くのはアトラスだった。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他