The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

45 / 46
FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第七節 星は回収されない

 黒い海が、世界を閉じた。

 

 岸も、航路も、声も、名も、歌も。

 

 すべてが同じ深さへ落とされる。

 

 見上げているのに、沈んでいる。

 立っているのに、落ちている。

 

 方向は消えた。

 距離は沈降量へ変換された。

 声は、届く前に回収される。

 

 マシュの盾が鳴った。

 

 防御した、という事実ごと、黒い底へ引き込まれていく。

 

「くっ……! 防御結果が、固定できません!」

 

 盾はそこにある。

 

 けれど、守ったという結果が、深度として記録され、底へ落とされる。

 

 ネモの端末が警告音を吐き続ける。

 

「航路が深度に変換されてる……! 右へ進む、左へ避ける、前へ抜ける、全部が“沈む”に置き換えられてる!」

 

 ボイジャーの歌が震える。

 

 音になる前に、黒い糸が絡む。

 

「変奏音源」

「原型逸脱」

「誤差登録」

「保管対象」

 

「ちがう……!」

 

 ボイジャーが声を張る。

 

 けれど、その声もまた、深さへ落ちる。

 

 ギルガメッシュの鎖が走った。

 

 黄金の鎖は黒い海を貫く。

 だが、到達という結果が、王冠の目録へ落とされる。

 

 届く前に、届いたことを保管される。

 

 ギルガメッシュの目が細くなる。

 

「我の声まで棚に置く気か、雑種」

 

 レヴィアタンの王冠が軋む。

 

「由来は補完精度に寄与しない」

「到達は保管可能」

「抵抗は未整理境界の反応である」

 

「ほう」

 

 ギルガメッシュの声が低くなる。

 

「由来も読めぬ保管者気どりが、まだ王冠を被るつもりと見える」

 

 黒い糸が、さらに噴き出す。

 

 立香の指示も。

 マシュの防御も。

 ネモの航路も。

 ボイジャーの歌も。

 ギルガメッシュの鎖も。

 アトラスの名も。

 

 すべてが、同じ深さへ落とされる。

 

 分類され、番号を振られ、棚へ戻される。

 

 流れが消える。

 

 変化が止まる。

 

 未来へ届く前に、保管される。

 

 アトラスはその中心で、槍を握っていた。

 

 血は止まっていない。

 城塞は軋んでいる。

 王宮外壁の剥離痕は、痛みではなく記録として残っている。

 

 それでも、彼女は立っている。

 

「回収そのものを棄却する」

 

 その裁定は、まだ黒い水圧に沈んでいない。

 

 だが、レヴィアタンの宝具はその裁定ごと、底へ落とそうとしていた。

 

「保管条件、拡大」

「対象、全流路」

「対象、全変奏」

「対象、全未整理境界」

「深淵回収、継続」

 

 アトラスは、黒い深さを見た。

 

 防ぐことも。

 届くことも。

 歌うことも。

 

 すべて、沈む。

 

 壁では、足りない。

 

 その判断に、ネモの声が重なった。

 

「アトラス! このまま防ぐのは無理だ! 壁にすると、壁ごと深さに変換される!」

 

「ならば、どうする」

 

「流す!」

 

 ネモの声が、黒い海を切る。

 

「回収された欠片を、壊さずに外へ逃がせる? 城塞を壁じゃなくて、水路として使うんだ!」

 

 アトラスの目が、わずかに細くなる。

 

「水路」

 

「そう! 防ぐんじゃない。止めるんじゃない。流して! この深淵は全部を底にする。でも流路ができれば、深度だけの世界に“方向”を戻せる!」

 

 マシュが盾を構える。

 

「流路を作れれば、私が入口を守ります!」

 

 黒い糸がマシュへ伸びる。

 

 彼女は盾で受けるのではなく、入口の位置を固定するように立った。

 

「守るのは壁ではありません。通す場所です!」

 

 立香が顔を上げる。

 

「ボイジャー、歌える?」

 

 黒い水圧の中で、小さな星が息を吸う。

 

「うたう」

 

 声は震えている。

 

 けれど、消えない。

 

「まちがってないよ」

 

 黒い糸が、その音を掴もうとする。

 

 ボイジャーは続けた。

 

「とおくへいくと、すこし、かわる」

「でも、うた」

 

 アトラスは、ボイジャーを見た。

 

 変奏した星詠みの詩。

 

 原型と異なる音。

 

 レヴィアタンが欠落と呼んだもの。

 

 アトラスが変奏と仮分類したもの。

 

 その歌が、黒い深さの中でまだ消えずにいる。

 

「了解した」

 

 アトラスは槍を下げた。

 

 攻撃ではない。

 

 開くために。

 

「オレイカルコス・アダマンティノス」

 

 紺碧の城塞が展開する。

 

 だが、それは壁ではなかった。

 

 閉じない。

 城門を落とさない。

 王宮を封じない。

 

 城塞の継ぎ目が、傷ついたまま開く。

 

 開城ではない。

 

 破壊でもない。

 

 水門。

 

 紺碧の外壁に、細い流路が走る。

 

 傷跡を塞がず、隠さず、そのまま水路へ変える。

 

 レヴィアタンの王冠が光った。

 

「城塞形態、異常」

「防壁機能、低下」

「補完対象」

 

「防壁ではない」

 

 アトラスは告げた。

 

「水路だ」

 

 ネモの端末が、わずかに安定する。

 

「流路、確認! 深度の中に一本だけ、航路が戻ってる!」

 

 ボイジャーの歌が、その細い水路へ触れた。

 

 黒い海が、音を誤差として記録しようとする。

 

 だが、音は沈まない。

 

 水路を通って、わずかに横へ流れる。

 

 上でも下でもない。

 

 前でも後ろでもない。

 

 流れ。

 

 深さしかなかった世界に、初めて深さ以外の方向が生まれた。

 

 ボイジャーが叫ぶ。

 

「まちがってない!」

「とおくへいくと、すこし、かわる!」

「でも、うた!」

「うたは、しまうものじゃない!」

「とどくもの!」

 

 黒い王冠が軋む。

 

「変奏音源、保管不能」

「流路干渉」

「正常化、遅延」

 

「遅延ではない」

 

 アトラスは言った。

 

「流れだ」

 

 紺碧の水路が、王冠の亀裂へ伸びる。

 

 赤い光が震えた。

 

 紺碧の欠片が、水路に触れる。

 

 名になりきらない薄い光が、わずかに外へ動く。

 

 だが、黒い深淵はまだ底を広げ続けていた。

 

 水路は開いた。

 

 欠片は流れ始めた。

 

 けれど、それだけでは足りない。

 

 レヴィアタンの宝具そのものは、まだ世界を深さへ落としている。

 

 火の気配が、紺碧の城塞の奥で目覚める。

 

 終末の炎。

 

 水底の火。

 

 火天八紘。

 

 それを開けば、深淵ごと焼けるかもしれない。

 

 レヴィアタンも。

 王冠も。

 黒い海も。

 回収された欠片も。

 星詠みの詩も。

 

 開けば、終わる。

 

 終われば、回収も止まる。

 

 だが、その終わりは、歌が届く先ごと焼く。

 

 レヴィアタンの王冠が、火の気配へ反応する。

 

「未開放宝具、反応」

「終末火力、検出」

「開放により、深淵領域破壊可能」

 

 黒い糸が、火天八紘の奥へ伸びる。

 

「開放せよ」

「未完了を補完せよ」

 

 アトラスは動かない。

 

 ギルガメッシュが見ている。

 

 命令しない。

 止めない。

 

 ただ、見ている。

 

 立香も言わない。

 

 マシュも。

 ネモも。

 ボイジャーも。

 

 誰も代わりに裁定しない。

 

 水路は、流れを返すための手段だった。

 

 だが、何を流し、何を沈めず、何を終わらせないかを決めるのは、手段ではない。

 

 裁定だ。

 

 アトラスは、黒い深淵の中心で息を吸った。

 

「火天八紘」

 

 レヴィアタンが応答する。

 

「宝具開放準備」

「終末条件、成立」

「深淵破壊、可能」

 

「否」

 

 火が、開かない。

 

 城塞の奥で、燃えたまま留まる。

 

「開かぬ」

 

「未開放」

「未完了」

「補完対象」

 

「開かぬことも、裁定だ」

 

 黒い海が、大きく揺れた。

 

「汝は、終わらせる力を完全性と誤認している」

 

 アトラスの瞳が、血を溶かした海の色に光る。

 

「己(おれ)は、終わらせるために終末を持つのではない」

「終わらせないために、終末を裁定する」

 

 火は燃えている。

 

 だが、開かない。

 

 アトラスは、続けた。

 

「星詠みの詩を巻き込む裁定は、棄却する」

「変奏を焼く裁定は、棄却する」

「欠片ごと深淵を滅ぼす裁定は、棄却する」

 

 レヴィアタンの声が乱れる。

 

「未完了」

「未完了」

「未完了」

 

「未完了ではない」

 

 アトラスは告げた。

 

 紺碧の水路が、黒い深淵を裂く。

 

「不実行だ」

 

 その言葉が、黒い海を裂いた。

 

 深淵の目録が、一瞬だけ止まった。

 

 開放でも、破壊でもない選択を、分類できなかった。

 

 ネモが叫ぶ。

 

「水路、開通!」

 

 マシュが盾を叩き込む。

 

「入口、固定します!」

 

 ボイジャーの歌が、水路へ重なる。

 

 変奏した星詠みの詩。

 

 遠くへ行くほど少し変わる歌。

 

 それでも、歌。

 

 立香が指揮を飛ばす。

 

「マシュ、左の糸! ネモ、ボイジャーの歌に航路を重ねて! ギルガメッシュ、王冠の上部!」

 

 ギルガメッシュが赤い目で立香を見る。

 

「命令か、雑種」

 

「指揮です!」

 

 沈まない娘の声が、黒い海を切る。

 

 ギルガメッシュは口元を歪めた。

 

「よかろう」

 

 黄金の門が開く。

 

 だが、宝具は王冠を直接砕かない。

 

 水路の外側へ。

 

 流れが深淵へ戻らない位置へ。

 

 黄金の武具が、杭のように突き立った。

 

 大洋王の開いた水路の両岸を、黄金が標として固定する。

 

 到達を保管しようとした黒い海が、その杭に阻まれる。

 

 ギルガメッシュの声が響く。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「流したものを沈めるな」

 

「言われずとも」

 

「ならば言わせるな」

 

「勝手に言ったのはお前だ」

 

 紺碧の水路が広がる。

 

 王冠の亀裂から、欠片が流れ出す。

 

 赤い光。

 

 紺碧の欠片。

 

 音のない星。

 

 名になりきらない薄い光。

 

 それらは完全ではない。

 

 整ってもいない。

 

 欠けたまま。

 揺らいだまま。

 変奏したまま。

 

 それでも、流れる。

 

 レヴィアタンの診断が乱れる。

 

「欠落、流出」

「保管不能」

「補完不能」

「正常化不能」

 

 黒い海の底で、深淵が割れる。

 

 割れた鏡のような線が、空になった底まで走る。

 

「補完不能」

「補完不能」

「補完不能」

 

「レヴィアタン・ノクス」

 

 アトラスは、槍を構えた。

 

 火天八紘ではない。

 

 終末ではない。

 

 開かぬ火を内側に留めたまま、彼女は王権を刃にする。

 

「汝の宝具を裁定する」

 

 黒い王冠が震える。

 

「一つ。由来を読まぬ」

「一つ。変奏を欠落と誤認する」

「一つ。不完全を否定理由とする」

「一つ。未来へ届く流れを保管と混同する」

 

 紺碧の城塞から伸びる水路が、槍の穂先へ収束する。

 

「以上により」

 

 アトラスの声が、深淵の底へ届く。

 

「汝の回収を、王権の名において棄却する」

 

 アトラスは槍を振るった。

 

 火ではない。

 

 終末ではない。

 

 紺碧の城塞から流れた水路そのものが、刃になった。

 

 回収された欠片を壊さず、保管棚を砕き、黒い海の底へ落ちる前に外へ逃がす刃。

 

 それは破壊ではない。

 

 流出。

 

 解放。

 

 返還。

 

 黒い王冠が砕けた。

 

 音はなかった。

 

 ただ、底が割れる。

 

 赤い光が、アトラスの肩へ戻る。

 

 痛みが消えるわけではない。

 

 だが、血の由来が戻る。

 

 紺碧の欠片が、王宮外壁へ戻る。

 

 剥離痕は残る。

 

 だが、城門は再び己のものになる。

 

 名になりきらない薄い光が、胸元へ戻る。

 

 完全な名ではない。

 

 だが、失われた識別情報ではない。

 

 己の中へ戻る光だ。

 

 音のない星は、ボイジャーの歌に触れたまま空へ流れる。

 

 原型ではない。

 

 保管物でもない。

 

 未来へ届く変奏。

 

 レヴィアタンの影が、黒い海の奥で崩れていく。

 

 王冠は砕けた。

 

 けれど、完全には消えない。

 

 深淵は、まだ深淵として残っている。

 

「回収不能を確認」

「保管条件、不成立」

「欠落は残存」

「不完全状態、継続」

「再接続可能性を保持する」

 

「保持するな」

 

 アトラスは即座に言った。

 

 槍の穂先を、沈みかける深淵へ向ける。

 

「己は、汝の棚ではない」

 

 黒い海が軋む。

 

「この歌も」

 

 ボイジャーの歌が、静かに続いている。

 

「この名も」

 

 エウメロス。

 

 兄の名を継ぎし、大洋王アトラス。

 

「この傷も」

 

 肩の痛み。

 胸元の痕。

 城塞の継ぎ目。

 

「この記録も」

 

 沈めなかった歌。

 終わる都市。

 水路になった城塞。

 開かれなかった終末。

 

「汝の保管物ではない」

 

 レヴィアタンの王冠の残骸が、黒い海へ沈む。

 

「欠落は残る」

「損傷は残る」

「不完全は残る」

 

「残る」

 

 アトラスは認めた。

 

 血を流したまま。

 

 傷を隠さず。

 

 不完全なまま。

 

「だが、回収はされない」

 

 黒い深淵が、遠ざかっていく。

 

 完全には消えない。

 

 いつかまた、どこかで欠落を探すのかもしれない。

 

 それでも、今ここにある歌は、もう棚には戻らない。

 

 ボイジャーが、アトラスを見上げた。

 

「うた、まちがってなかった?」

 

 アトラスは少しだけ沈黙した。

 

「原型と異なる」

 

「うん」

 

「だが」

 

 ボイジャーの星が、静かに瞬く。

 

「欠落ではない」

 

「うん!」

 

「変奏だ」

 

「うん!」

 

「三度目の返答は」

 

「うん!」

 

「……軽い」

 

 ネモが、疲れたように笑った。

 

 マシュも、盾を下ろして息を吐く。

 

 立香はその場に膝をつきそうになりながら、どうにか踏みとどまった。

 

 ギルガメッシュがアトラスを見る。

 

「終末を開かなんだか」

 

「開けば、歌を巻き込んだ」

 

「当然の裁定か」

 

「そうだ」

 

「つまらぬ」

 

 アトラスが、わずかに目を細める。

 

「不満か」

 

「否」

 

 ギルガメッシュは短く言った。

 

「よい。貴様らしい」

 

「分類不能だ」

 

「ならば記録しておけ」

 

「既にした」

 

 黒い海は退いていく。

 

 だが、消えたわけではない。

 

 深淵の残響が、最後に告げる。

 

「不完全は残る」

 

 アトラスは、深淵の消えた先を見ていた。

 

「歌われぬ歌を、己は未来とは呼ばぬ」

 

 星詠みの詩が、微かに響く。

 

 ボイジャーの変奏を含んだ音。

 

 原型ではない。

 

 だが、届く音。

 

「星は回収されない」

 

 アトラスは立っていた。

 

 血を流し、傷を残し、不完全なまま。

 

 けれど、己の名で。

 

 己の城で。

 

 己の裁定で。

 

 回収されなかった星の下に。

 




前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も連載中です。
https://syosetu.org/novel/420096/

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。