The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


エピローグ 未来の声

 白い天井だった。

 

 カルデアの医療室の天井は、海ではない。

 

 上は上であり、下は下である。

 

 足元が沈むこともない。

 声が目録に変わることもない。

 名が保管棚へ戻されることもない。

 

 それだけで、異常終了した深淵領域から帰還した証明になる。

 

 アトラスは寝台の上で、半身を起こしていた。

 

 紺碧の外装は一部解除されている。

 

 解除といっても、鎧を脱いでいるわけではない。

 ダ・ヴィンチが「外部検査用に、霊基外壁の表層だけを観測可能にしている」と説明した状態だった。

 

 王宮外壁と肉体の接合部。

 

 レヴィアタンに測られ、剥がされ、分けられかけた境界。

 

 そこにはまだ、薄い痕が残っている。

 

 傷ではある。

 

 だが、欠落ではない。

 

 アトラスはそれを見下ろし、静かに言った。

 

「接合部の再同期率は」

 

「七十八パーセント。悪くないよ」

 

 ダ・ヴィンチが端末を操作しながら答える。

 

「ただし、悪くないだけ。しばらく戦闘行為は禁止。宝具展開も禁止。城塞の全面展開はもちろん、部分展開もなるべく控えてほしい」

 

「却下する」

 

「却下しないで」

 

「戦闘不能状態ではない」

 

「治療対象状態ではある」

 

 ダ・ヴィンチはにっこり笑った。

 

「それと、今回に限っては君の分類より、医療班の判断が優先される」

 

「不快だ」

 

「うん。分類機能は戻っているね」

 

 横から声がした。

 

「よいことだ」

 

 アトラスは視線を向ける。

 

 医療室の壁際に、黄金の王が立っていた。

 

 誰も呼んでいない。

 

 誰も座れと言っていない。

 

 そもそも、入室許可が出ていたのかも怪しい。

 

 ギルガメッシュは当然のようにそこにいた。

 

「退室を要求する」

 

「却下だ」

 

「ここは治療室だ」

 

「見ればわかる」

 

「ならば退室しろ」

 

「我が立つ場所を、何故貴様が決める」

 

 ダ・ヴィンチが笑顔のまま、二人の間へ割り込む。

 

「英雄王。治療室では医療班の決定が優先されると言ったばかりなんだけど」

 

「聞いた覚えはない」

 

「今言ったよ?」

 

「却下した」

 

「却下できるものじゃないね」

 

「ならば聞き流した」

 

 ダ・ヴィンチは一拍置いて、ため息を吐いた。

 

「いいかい。立っているだけならまだ許可する。ただし、検査範囲には入らないこと。霊基外壁に触れないこと。本人の許可なく魔力を流さないこと。勝手に宝物庫から薬らしきものを出さないこと」

 

「我を何だと思っている」

 

「前科のある王様」

 

 ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

「雑種の薬など使わぬ」

 

「いや、君の宝物庫の中身の方が怖いんだよ」

 

 アトラスは二人のやり取りを聞きながら、沈黙した。

 

 ギルガメッシュは壁際に立っている。

 

 距離は近すぎない。

 

 検査線の内側には入っていない。

 

 触れない。

 

 魔力も流さない。

 

 視線だけが、こちらにある。

 

 レヴィアタンは越えた。

 

 城門の裏側へ手を入れた。

 境界を測った。

 名を分けた。

 傷を欠落と呼んだ。

 

 英雄王は越えない。

 

 誰に言われずとも、境界の前で止まっている。

 

 その差異を、アトラスはまだ分類しなかった。

 

「何を見ている」

 

 アトラスが問う。

 

「戻ったかを確認している」

 

「何が」

 

「貴様がだ」

 

 短い答えだった。

 

 慰めではない。

 心配とも違う。

 医療確認でもない。

 

 観測。

 

 岸に立つ者の確認。

 

 アトラスは、わずかに目を細めた。

 

「己(おれ)は回収されていない」

 

「知っている」

 

「名も残存している」

 

「聞いた」

 

「王名接合部は完全ではない」

 

「見ればわかる」

 

「ならば確認は完了している」

 

「否」

 

 ギルガメッシュの赤い目が、静かにアトラスを見る。

 

「貴様がそれをおのれの言葉で言えるかを見ていた」

 

 医療室が一瞬、静かになった。

 

 ダ・ヴィンチは端末を操作する手を止めない。

 だが、何も言わなかった。

 

 アトラスは、自分の胸元に残る薄い痕へ視線を落とす。

 

 剥離の痕。

 

 欠落ではない。

 

 傷。

 

 記録。

 

 まだ分類途上のもの。

 

「己は、エウメロス」

 

 アトラスは言った。

 

「兄の名を継ぎし、大洋王アトラス」

 

 ギルガメッシュは笑わなかった。

 

 ただ、当然のように聞いた。

 

「遅い」

 

「毎回言う必要はない」

 

「剥がされかけた後ならば、必要だ」

 

「不快だ」

 

「よい。戻っている」

 

 ダ・ヴィンチが肩をすくめる。

 

「英雄王式の診断、雑だけど精度はあるんだよね」

 

「診断ではない」

 

 ギルガメッシュが言う。

 

「裁定だ」

 

「医療室で裁定を増やさないで」

 

 アトラスは黙っていた。

 

 不快。

 

 その分類は戻っている。

 

 だが、不快だけでは足りない。

 

 レヴィアタンに対する不快とは違う。

 ギルガメッシュに対する不快とも違う。

 

 境界を越えられた記憶。

 

 境界の前で止まられている現在。

 

 その差異を、身体がまだ測っている。

 

 アトラスは静かに言った。

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

「境界を越えない理由を述べろ」

 

 ダ・ヴィンチが目を上げた。

 

 ギルガメッシュは、少しだけ口元を歪める。

 

「理由が要るか」

 

「要る」

 

「貴様の城門だろう」

 

 即答だった。

 

 アトラスは沈黙する。

 

「王の城門を、王の許可なく越える理由がどこにある」

 

 ギルガメッシュの声は平坦だった。

 

 特別な優しさはない。

 熱もない。

 

 ただ、筋が通っていた。

 

「レヴィアタンは越えた」

 

「だから砕いた」

 

「汝は越えない」

 

「越える理由がない」

 

「命令されてもか」

 

「誰にだ」

 

「仮定だ」

 

「くだらぬ仮定だ」

 

 ギルガメッシュは冷たく言った。

 

「貴様が許可せぬ城門を、我が何故くぐる」

 

 アトラスは、その言葉を記録した。

 

 救済ではない。

 

 慰撫ではない。

 

 所有でもない。

 

 だが、境界の承認だった。

 

「分類不能だ」

 

「ならば残せ」

 

 ギルガメッシュは言った。

 

「分類を急ぐな」

 

 アトラスは目を細める。

 

「お前がそれを言うか」

 

「我が言うから価値がある」

 

「不快だ」

 

「結構」

 

 ダ・ヴィンチが小さく咳払いをした。

 

「はい、そこまで。アトラス、検査再開。英雄王は壁際から一歩も動かない。いいね?」

 

「命令か」

 

「医療指示だね」

 

「ならば聞き流す」

 

「動いたら本当に追い出させてもらうよ」

 

 ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

 だが、動かなかった。

 

 アトラスはそのことを、何も言わずに記録した。

 

 数日後。

 

 カルデアの夜は静かだった。

 

 宇宙の中に浮かぶ白い箱舟は、昼も夜も本来は持たない。

 それでも、人は時間を区切る。

 

 眠るために。

 起きるために。

 今日を終え、明日へ渡すために。

 

 アトラスは展望区画にいた。

 

 外には星がある。

 

 遠い。

 

 届かない。

 

 だが、光っている。

 

 海ではない。

 けれど、深さがある。

 

 沈むための深さではなく、届くための遠さ。

 

 アトラスは、窓の前に立ち、低く息を吐いた。

 

 霊基外壁の接合は安定しつつある。

 

 痕は残っている。

 

 肩口にも、胸元にも。

 王宮外壁の内側にも。

 名の輪郭にも。

 

 消えてはいない。

 

 だが、回収されてもいない。

 

 欠落として補完される必要もない。

 

 アトラスは目を閉じた。

 

 そして、小さく口ずさんだ。

 

 星詠みの詩。

 

 遠き星から来た者たちが、この星の空を覚えるために作った歌。

 

 ガイアの一員となるための歌。

 

 兵器ではない。

 王権記録でもない。

 沈めなかった、ただひとつの歌。

 

 旋律は、原型から始まった。

 

 正確に。

 

 記録通りに。

 

 だが、ひとつの音が、わずかに長い。

 

 沈むはずの音が、浮いて揺れる。

 

 ボイジャーの変奏だった。

 

 アトラスは、その一音を通した。

 

 歌は崩れない。

 

 原型を失わない。

 

 けれど、同じではない。

 

 遠くへ行った音が、少し変わって戻ってきた。

 

 背後で、黄金の気配がした。

 

 振り返らなくてもわかる。

 

「覗き見か」

 

「貴様の歌に覗く価値があると思うな」

 

「では何故いる」

 

「通りかかった」

 

「不自然な通行経路だ」

 

「カルデアの通路は狭い」

 

「虚偽だ」

 

 ギルガメッシュが短く笑った。

 

 アトラスは窓の外へ視線を戻す。

 

「それは、原曲か」

 

 ギルガメッシュが問うた。

 

「違う」

 

「では、欠落か」

 

「違う」

 

「ならば何だ」

 

 アトラスは少し沈黙した。

 

 星の光が、窓の向こうで瞬く。

 

 遠い。

 

 けれど、届いている。

 

 原型のままではない。

 

 だが、消えていない。

 

 保管されていない。

 

 歌われている。

 

「未来の声だ」

 

 ギルガメッシュは何も言わなかった。

 

 一拍。

 

 それから、口元だけで笑う。

 

「ようやく分類したか」

 

「仮分類だ」

 

「よい」

 

 彼は言った。

 

「未来とは、そういうものだ」

 

 アトラスは視線だけを横へ向ける。

 

「知っていたように言う」

 

「知っている」

 

「根拠は」

 

「我を誰だと思っている」

 

「面倒な王」

 

「不敬だな、大洋王」

 

「事実だ」

 

「ならば記録しておけ」

 

「既にした」

 

 二人の間に、短い沈黙が落ちた。

 

 重くはない。

 

 沈むものではない。

 

 ただ、残るものだった。

 

 アトラスは再び歌う。

 

 今度は、原型に戻す。

 

 そして最後の終止部だけ、わずかに揺らす。

 

 ボイジャーの歌とも違う。

 

 己の揺らぎ。

 

 己の変奏。

 

 まだ分類途上の一音。

 

 ギルガメッシュは黙って聞いていた。

 

 口を挟まない。

 訂正しない。

 褒めない。

 

 ただ、聞いている。

 

 アトラスは歌を終えた。

 

「原型と異なる」

 

 自分で言った。

 

「だが、欠落ではない」

 

 ギルガメッシュが答える。

 

「当然だ」

 

「何故」

 

「貴様が歌った」

 

 短い言葉だった。

 

 アトラスは黙る。

 

 歌は記録ではある。

 だが、記録だけではない。

 

 誰が歌うか。

 どこへ届くか。

 どう変わるか。

 

 それらを含めて、歌になる。

 

 レヴィアタンには読めなかったもの。

 

 ボイジャーが知っていたもの。

 

 ネモが流したもの。

 

 マシュが守ったもの。

 

 立香が指揮したもの。

 

 ギルガメッシュが見届けたもの。

 

 己が、裁定したもの。

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

「ウルクの記録は、有効だった」

 

 ギルガメッシュの視線が、わずかに動いた。

 

 アトラスは続ける。

 

「終わるものが、終わる瞬間まで己であること」

「損耗が、尊厳の取消ではないこと」

「不完全が、否定理由ではないこと」

「あの記録は、レヴィアタンへの反証として機能した」

 

「そうか」

 

 ギルガメッシュは、それだけ言った。

 

 アトラスは目を細める。

 

「反応が薄い」

 

「何を期待した」

 

「期待ではない。観測との差異だ」

 

「ならば修正しておけ」

 

「お前は喜ばないのか」

 

 言った瞬間、空気がわずかに止まった。

 

 ギルガメッシュの赤い目が、アトラスを見る。

 

 アトラスは視線を逸らさない。

 

 問いは、慰撫ではない。

 探りでもない。

 

 分類のための質問だった。

 

 ギルガメッシュは、短く笑った。

 

「くだらぬ」

 

「回答になっていない」

 

「あの都市の終わりが、王の刃になった」

 

 彼は、星を見た。

 

「当然だ」

 

 それ以上は言わない。

 

 我の都市が貴様を支えた、とは言わない。

 嬉しい、とは言わない。

 誇らしい、とも言わない。

 

 ただ、当然だと言う。

 

 だが、その当然は、いつもの当然とは違った。

 

 アトラスはそれを観測した。

 

「分類上、通常の当然ではない」

 

「ほう」

 

「未分類だ」

 

「ならば残せ」

 

 ギルガメッシュは、先ほどと同じ言葉を返した。

 

「分類を急ぐな」

 

 アトラスは黙った。

 

 不快ではない。

 

 いや、不快ではある。

 

 だが、不快だけでは足りない。

 

 この王は、境界を越えない。

 だが、岸として立つ。

 所有しない。

 だが、見届ける。

 嬉しいとは言わない。

 だが、都市の終わりが未来で刃になったことを、当然として受け取る。

 

 そのすべてを、すぐに分類する必要はない。

 

 アトラスは星を見る。

 

 遠い。

 

 深い。

 

 だが、沈むための深さではない。

 

「未来の声」

 

 アトラスは、もう一度呟いた。

 

「仮分類を更新するか」

 

 ギルガメッシュが問う。

 

「否」

 

 アトラスは答える。

 

「保留する」

 

「よい」

 

「ただし、記録する」

 

「当然だ」

 

 星詠みの詩が、まだ口の奥に残っている。

 

 原型。

 

 変奏。

 

 未来の声。

 

 どれも、回収されない。

 

 歌われるかぎり。

 

 流れるかぎり。

 

 届くかぎり。

 

 アトラスは窓に映る己の姿を見た。

 

 紺碧の外装。

 傷の痕。

 血を溶かした海のような瞳。

 

 完全ではない。

 

 損耗は残る。

 傷も残る。

 欠落と呼ばれたものも、完全には戻らない。

 

 けれど、それは存在の取消ではない。

 

 アトラスは静かに息を吸う。

 

 そして、もう一度だけ歌った。

 

 原型から始まり。

 

 変奏を通り。

 

 最後に、まだ名のない一音を置く。

 

 それは、保管されるための音ではなかった。

 

 正しい形へ戻るための音でもなかった。

 

 遠くへ行くための音だった。

 

 ギルガメッシュは黙って聞いている。

 

 立っている。

 

 岸として。

 

 だが、歌うのはアトラスだった。

 

 星は回収されない。

 

 そして未来は、まだ分類されない声で、静かに始まっていた。




前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も連載中です。
https://syosetu.org/novel/420096/

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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