The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


幕間 正位置の星

 カルデアの霊基診断室は、いつもより静かだった。

 

 機器の駆動音だけが、低く、規則正しく響いている。

 白い壁。白い照明。無機質なベッド。

 その中央に座る大洋王アトラスは、診断用の外装を左肩から外した状態で、動かずにいた。

 

 紺碧の鎧は、王宮外壁である。

 

 そう説明されたのは、もう少し前のことだった。

 ただの防具ではない。彼女の霊基と深く結びついた、可搬型の王宮外壁。沈んだアトランティスを、人間の輪郭にまで圧縮したもの。

 

 だから、そこに傷が入るということは、身体が傷つくのとは少し違う。

 王宮記録が露出する。

 王座の奥が見えてしまう。

 沈められたものが、沈めたままでいられなくなる。

 

 レヴィアタンとの戦いは、そういう傷を残した。

 

「痛みは?」

 

 立香が訊ねる。

 

「許容範囲だ」

 

 アトラスは短く答えた。

 

「それ、痛くないって意味じゃないよね」

 

「痛覚反応はある。だが、機能障害としては軽微だ」

 

「うん。やっぱり痛いんだね」

 

 アトラスは答えなかった。

 

 マシュは端末の表示を確認しながら、少しだけ眉を寄せた。

 

 壁際には、ニトクリスも立っていた。

 

「霊基の安定率は回復しています。ただ、王宮記録層にまだ乱れがあります。レヴィアタン戦で水門として開いた部分が、完全には閉じきっていないようです」

 

「閉じる必要があるなら閉じる」

 

「いえ。無理に閉じ直すのは負荷が大きいです。しばらくは、自然に馴染ませた方がよいかと」

 

 マシュの声は慎重だった。

 

 踏み込みすぎないようにしている。

 けれど、見なかったことにもできない。

 

 その気遣いを、アトラスは理解しているようだった。

 

「見たのだろう」

 

 ぽつりと言った。

 

 立香とマシュが顔を上げる。

 

「治療時、王宮記録の深層が一部露出した。そこに保存された残響を、汝らは見た」

 

「……ごめん」

 

 立香が言う。

 

「覗くつもりはなかった」

 

「謝罪は不要だ」

 

 アトラスは首を横に振った。

 

「侵入ではない。治療行為に伴う副次的観測だ。責任は、レヴィアタンの侵食と、己(おれ)の水門判断にある」

 

「それでも、見てしまったことには変わりありません」

 

 マシュが静かに言った。

 

「アトラスさんが話したくないことなら、私たちは――」

 

「秘匿する意味は薄い」

 

 アトラスは言葉を遮った。

 

 感情を切っているような声だった。

 けれど、まったく感情がないわけではない。

 

 むしろ、慎重に扱っている。

 

 そう見えた。

 

「すでに傷として視認された。ならば、記録の一部を開示する」

 

 ニトクリスが、ほんの少し背筋を伸ばした。

 

 彼女は王として、そして死者の領域に近い者として、この沈黙の重みを理解しているようだった。

 

「無理に語る必要はありません、大洋王」

 

「無理ではない」

 

 アトラスは言う。

 

「己が裁定した」

 

 その時、診断室の扉が開いた。

 

「やあ。まだ診断中だったかな?」

 

 花の魔術師が、いつものように軽い足取りで入ってくる。

 

 マーリンだった。

 

 立香が振り返る。

 

「マーリン」

 

「さっきの体育祭ではお疲れ様。いやあ、王様たちの運動会は実に見応えがあったね。審判役の胃には悪そうだったけれど」

 

「エミヤがしばらく審判笛を見たくないって言ってた」

 

「だろうね」

 

 マーリンは笑う。

 

 だが、その視線がアトラスに向いた時、笑みは少しだけ薄くなった。

 

「それで、あの札の話かな」

 

 アトラスは血色の瞳で彼を見た。

 

「汝は、余分に見すぎる」

 

「夢魔だからね」

 

「理由になっていない」

 

「よく言われる」

 

 軽口はそこで途切れた。

 

 アトラスはしばらく沈黙した後、診断台から足を下ろした。

 

「場所を変える」

 

 誰も反対しなかった。

 

 シミュレーターには、人工の夜が展開されていた。

 

 体育祭で使われた競技場は消え、代わりに静かな丘陵が広がっている。

 空には満天の星があった。

 

 カルデアの空であり、カルデアの空ではない。

 データで作られた夜。

 だが、その模倣された星々は、静かに瞬いていた。

 

 アトラスは丘の上に立った。

 

 鎧の一部はまだ修復中で、いつもより輪郭が少しだけ軽い。

 そのせいか、彼女の輪郭は普段より小さく見えた。

 

 ニトクリスが、その横顔を見て言った。

 

「正位置の星、という言葉を聞きました」

 

「マーリンが余計な比喩を口にした」

 

「比喩ではあります。けれど、王を語る言葉として、間違ってはいないようにも思えます」

 

 アトラスは夜空を見上げた。

 

「至高王アトラス」

 

 その名を口にした時、空気がわずかに変わった。

 

 見上げたものの名。

 失ったものの名。

 そして、いまなお重く残る王名。

 

「己の兄だ」

 

 立香は、何も言わなかった。

 マシュもまた、ただ聞いていた。

 

「アトランティスには十の王がいた。至高王は、その頂点に立つ王だった。王たちを支配する王ではない。ほかの王たちが見上げるための王だ」

 

 アトラスは静かに続ける。

 

「民は見上げた。王たちも見上げた。己もまた、その背を見ていた」

 

 ニトクリスが小さく息を呑んだ。

 

「見上げられる王……」

 

「そうだ」

 

 アトラスは認めた。

 

「あの札に該当する王は、己にとっては彼のみだ」

 

 星明かりが、淡い水青の髪に落ちる。

 

「あれは命じる王ではなかった。力で従わせる王でも、恐怖で静める王でもない。そこに在ることで、方角を与える王だった」

 

 マーリンは黙っていた。

 

 珍しいことだった。

 

「至高王は、民の声を聴いた。王たちの報告を受け、神々の意志を受け、海と星の運行を読み、国の行く先を定めた。港の民が嵐を恐れれば、彼は海路を示した。王たちが異なる裁定を下せば、彼は争いではなく方角を与えた。誰もが、彼ならば誤らないと思っていた」

 

「アトラスさんも、ですか」

 

 マシュの問いは、細く、丁寧だった。

 

 アトラスは頷いた。

 

「己も、そう思っていた」

 

 それは、告白のように聞こえた。

 

「兄は理想の王だった」

 

 夜風の音がした。

 シミュレーターの作る風だ。けれどその一瞬だけ、本物の海風のようにも感じられた。

 

「正位置の星、か」

 

 マーリンがようやく口を開いた。

 

「見上げれば方角をくれるもの。夜の中にあって、遠くから人を導くもの。うん。確かに、そういう王だったんだろうね」

 

「汝の比喩は過剰だ」

 

「でも、外れてはいない」

 

 アトラスは否定しなかった。

 

 ニトクリスは、胸元に手を添える。

 

「王冠とは、戴く者だけのものではありません。民が見上げるためにも、王はそこに在らねばならない。ファラオもまた、民にとっては地上に立つ天のしるし。王威とは、時に民を安心させるものでもあります」

 

 その声には、ファラオとしての重みがあった。

 

「ですが……その重さは、時に首を折る」

 

 アトラスの睫毛が、わずかに伏せられる。

 

「至高王は、折れた」

 

 短い言葉だった。

 

 けれど、その中にどれだけの海が沈んでいるのか、立香には分からなかった。

 

「弱かったのではない」

 

 アトラスは言った。

 

「彼は弱くなかった。王として不足していたのでもない。むしろ、過剰だった」

 

「過剰?」

 

「すべてを受けた」

 

 アトラスの声は低い。

 

「民の祈り。王たちの期待。神々の声。国の未来。沈まぬはずの大陸という信仰。アトランティスは続くべきだという願い。誰もが彼を見上げた。己も見上げた」

 

 マーリンは、星空を見ている。

 

「正位置の星というのはね」

 

 彼は静かに言った。

 

「見上げる者が多いほど、星自身の夜を失うんだ」

 

「花の魔術師」

 

 アトラスの声に、少しだけ警告が混じる。

 

「汝は、美談にするな」

 

「しないよ」

 

 マーリンは珍しく、すぐに答えた。

 

「これは美談じゃない。希望であることを許された王が、希望であり続けるために削られていく話だ」

 

 ニトクリスが目を伏せる。

 

「王は、時に民の希望であることを求められます。けれど、希望そのものであり続けることは……」

 

「不可能だ」

 

 アトラスが言った。

 

 それは断定だった。

 

「王は誤る。疲弊する。判断を違える。怒り、恐れ、迷う。だが、至高王はそれを許されなかった。少なくとも、己は許していなかった」

 

 立香が、ゆっくりと口を開いた。

 

「アトラスも?」

 

「そうだ」

 

 迷いはなかった。

 

「己は兄を見上げた。兄ならば支えられると思った。兄ならば、天が落ちても支えると思った」

 

 その言葉で、マシュは気づいた。

 

 アトラスという名。

 耐える者。

 支える者。

 

 至高王が背負っていたものは、ただ王冠だけではなかったのだ。

 

「だが、天は落ちた」

 

 アトラスは夜空を見上げたまま言う。

 

「国は沈んだ。王冠は折れた。正位置の星は、空から失われた」

 

 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

 アトラスの声は、冷静だった。

 冷静すぎるほどだった。

 

 だからこそ、痛かった。

 

「折れた王を、己は見た」

 

 彼女は続ける。

 

「見上げていた背が、背ではなくなる瞬間を見た。方角を与えていた星が、光を失う瞬間を見た」

 

 死ではない。

 呼びかけへ、応答が返らなくなった。

 

「それで、あなたが」

 

 立香は言いかけて、言葉を止めた。

 

 それで、あなたが王になったのか。

 

 そう訊くには、あまりにも重い。

 

 だが、アトラスは問いを受け取ったようだった。

 

「王座が空いた」

 

 彼女は言った。

 

「ならば、誰かが座る必要があった。己は王になりたかったのではない。だが、王座が空いたままでは、民も、王国も、記録も、沈むべきものすら沈められなかった」

 

 ニトクリスが静かに頷く。

 

「王座とは、望んだ者だけが座る場所ではありません」

 

「そうだ」

 

 アトラスは言う。

 

「己は、兄の名を継いだ」

 

 その一言は、とても重かった。

 

「アトラスという名を?」

 

 マシュが訊ねる。

 

「そうだ」

 

「それは……」

 

 マシュは慎重に言葉を選ぶ。

 

「重かった、のですね」

 

 アトラスはすぐには答えなかった。

 

 代わりに、夜空の一つの星を見た。

 

「名は重い。王名はさらに重い。兄の名なら、なお重い」

 

 そして、少しだけ息を吐く。

 

「だが、軽ければ継ぐ意味がない」

 

 マーリンが微かに笑った。

 

「君らしいね」

 

「茶化すな」

 

「茶化していないよ。評価だ」

 

 マーリンはそう言ってから、どこか遠くを見る。

 

「正位置の星は、空にある。見上げる者のために。けれど、空にある星は、地上の泥を踏まない」

 

「兄を侮辱するな」

 

「していない」

 

 マーリンは穏やかだった。

 

「君の兄は、きっと見事な王だった。けれど、君とは違う王だった。彼は見上げられる王だった。君は、沈んだもののそばに立つ王だ」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 立香は、その横顔を見ていた。

 

 大洋王。

 沈んだ国を背負う王。

 星詠みの詩を沈めなかった王。

 折れた王冠のあとに、名を継いだ王。

 

 正位置の星ではない。

 

 けれど、星でないわけではない。

 

「至高王は」

 

 アトラスは再び口を開いた。

 

「折れた。だが、折れたから星ではなかった、とは言わぬ」

 

 声に迷いはなかった。

 

「折れるまで、星であった」

 

 ニトクリスの表情が静かに引き締まる。

 

「はい」

 

 彼女は言った。

 

「そのような王だったのですね」

 

「そうだ」

 

 アトラスは頷いた。

 

「己は、それを覚えている」

 

 その時だった。

 

 丘の少し下、人工の夜の端から、黄金の気配が近づいてきた。

 

「なるほどな」

 

 声だけで誰か分かる。

 

 ギルガメッシュだった。

 

 いつからいたのか。

 おそらく、かなり前からいたのだろう。

 だが、彼は会話へ割り込まず、ただ最後の一言を拾ったようだった。

 

「英雄王」

 

 アトラスの声が少しだけ硬くなる。

 

「盗み聞きか」

 

「聞こえた」

 

「同義だ」

 

「王の記録が空へ漏れていた。それだけよ」

 

 アトラスは不快そうに目を細めたが、それ以上は咎めなかった。

 

 ギルガメッシュは夜空を見上げた。

 

「折れるまで見上げられたなら、見事な王であったのだろうよ」

 

 その声に、嘲りはなかった。

 

 意外なほど静かな評価だった。

 

 アトラスは少しだけ沈黙した。

 

「……そうだ」

 

 短い肯定だった。

 

「見事な王だった」

 

 ギルガメッシュはその返答を聞いて、わずかに笑った。

 

「ならば、貴様がそれを覚えていればよい」

 

「それだけか」

 

「それだけだ」

 

 黄金の王は、アトラスを見た。

 

「星は、見上げる者がいてこそ星となる。貴様が覚えている限り、その王は折れた後も、見上げられた王として残る」

 

 マーリンが、少しだけ目を細める。

 

 ギルガメッシュは続けた。

 

「だが、大洋王」

 

 その呼び名に、アトラスの瞳がかすかに揺れる。

 

「貴様は、その星になろうとするな」

 

 空気が止まった。

 

「貴様が見上げた王は、貴様ではない」

 

 ギルは言う。

 

「折れた星の後を継いだなら、同じ空へ戻る必要はない。貴様には貴様の王座がある」

 

 アトラスは答えない。

 

 だが、目を逸らさなかった。

 

「己は、至高王ではない」

 

「知っている」

 

「ならば、何を今さら」

 

 ギルガメッシュは、アトラスの手の中の札を見た。

 

 見上げられる王。

 

 その紙片を、彼女がまだ返せずにいることを見た。

 

「貴様が知らぬ顔をしたからだ」

 

 ギルは笑う。

 

「兄の名でおのれを沈めるな。貴様が戴いたのは、折れた星の残骸ではない。王名だ」

 

 その言葉は、乱暴だった。

 だが、奇妙に正確だった。

 

 アトラスはしばらく黙っていた。

 

 やがて、手にしていた札を取り出す。

 体育祭の借り物競走で引いた、あの札だった。

 

 見上げられる王。

 

「この語に該当する王は、現在ここにいない」

 

 アトラスは言った。

 

「だが、記録としては存在する」

 

「うん」

 

 マーリンが頷く。

 

「正位置の星だね」

 

「過剰な比喩だ」

 

「でも、外れてはいない」

 

 アトラスは札を見た。

 

 そして、静かに告げる。

 

「至高王アトラスは、正位置の星だった」

 

 その言葉が、人工の夜に落ちる。

 

「民は見上げた。王たちも見上げた。己も見上げた」

 

 彼女は続ける。

 

「そして、その星は折れた」

 

 誰も遮らなかった。

 

「だが、折れたから星ではなかったとは言わぬ。折れるまで、星であった。己は、それを記録する」

 

 アトラスは札を、そっと指で挟んだ。

 

「以上だ」

 

「以上、か」

 

 マーリンが呟く。

 

「君は本当に、記録という形で愛するんだね」

 

 アトラスは即座に睨んだ。

 

「不適切な分類だ」

 

「そうかな」

 

「そうだ」

 

「では、敬意?」

 

「記録だ」

 

「うん。君にとっては、たぶんそれが一番近い」

 

 立香は、小さく笑った。

 

 マシュも、少しだけ表情を緩める。

 

 ニトクリスは深く一礼した。

 

「至高王アトラス。見上げられる王。正位置の星。確かに、記録いたしました」

 

「不要だ」

 

「いいえ。王の話を聞いた者として、敬意を払います」

 

 アトラスは何か言い返そうとして、やめた。

 

 人工の星空は、静かに瞬いている。

 

 空にあった星。

 折れた星。

 それでも、星であったもの。

 

 そしてその下に、水底のような瞳をした王が立っている。

 

 ギルガメッシュはそれを見て、退屈そうに、けれどどこか満足げに言った。

 

「話は済んだな」

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

「己は、その星にはならない」

 

 ギルガメッシュの笑みが、少しだけ深くなる。

 

「当然だ」

 

 アトラスは夜空を見上げた。

 

「己は、己の王座にいる」

 

 マーリンが、誰にも聞こえないほど小さく言った。

 

「なら、次の話もできそうだ」

 

 立香が振り返る。

 

「次?」

 

「いや、こちらの話さ」

 

 花の魔術師は笑ってごまかした。

 

 けれど、その目は人工の星空ではなく、アトラスの背を見ていた。

 

 正位置の星は、かつて空にあった。

 それは折れた。

 けれど、折れるまで星であった。

 

 そして逆位置の星は、空へ戻らない。

 戻らないまま、沈んだ場所で光り続ける。

 

 アトラスは、手の中の札を見た。

 

 見上げられる王。

 

 それは、返却すべき競技備品だった。

 ただの紙片だった。

 

 だが、彼女はもう少しだけ、それを持っていることにした。

 




前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も連載中です。
https://syosetu.org/novel/420096/

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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