The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

49 / 49
FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


カルデア小話 その3
誤れる王座


 最初に異常を拾ったのは、シバだった。

 

 カルデアの管制室に、低い警告音が走る。

 それは敵性反応を示す鋭い警報ではなかった。

 もっと静かで、もっと不穏な音だった。

 

 観測値のずれ。

 霊基反応の微細な揺らぎ。

 人理修復後の特異点残響に、何かが触れている。

 

 ダ・ヴィンチは端末を叩きながら、眉を寄せた。

 

「妙だね。これは外からの侵入じゃない。どちらかと言えば、内部に残っていたものが、どこかへ接続し直されている」

 

「内部、ですか?」

 

 マシュが訊ねる。

 

「第一部で修復した七つの特異点。その残響は完全にゼロにはならない。傷跡みたいなものだよ。普段は人理の上に薄く馴染んでいるだけだけど……今、その残響が、何かの律動に合わせて揺れている」

 

 立香は、モニターを見た。

 

 揺らぎを示す波形が、ゆっくりと上下している。

 それは警告というより、歌に近かった。

 

「これ、もしかして」

 

「うん」

 

 ダ・ヴィンチは短く頷く。

 

「星詠みの詩だ」

 

 その名が出た瞬間、管制室の空気が変わった。

 

 星詠みの詩。

 沈んだアトランティスから、アトラスが未来へ渡した歌。

 レヴィアタンが回収しようとし、アトラスが回収を棄却したもの。

 

 それが今、人理修復の残響と共鳴している。

 

「汚染ですか?」

 

 マシュの声が硬くなる。

 

「汚染、とは言い切れない。少なくとも、今のところ魔力的な腐食反応はない。むしろ、数値だけを見れば安定している」

 

「安定しているなら、危険ではないんですか?」

 

「そこが問題なんだ」

 

 ダ・ヴィンチは、別の画面を開く。

 

 そこには、複数の旋律パターンが重なって表示されていた。

 原型。

 変奏。

 未来側の歌唱反応。

 それらが、人理の残響と細く絡み合っている。

 

「星詠みの詩の未来変奏が、七特異点の修復痕を経由して、神代由来の王権反応と接続しかけている。危険経路になり得る」

 

 ダ・ヴィンチは、そこで一度言葉を切った。

 

「……いや。接続、というより再定義に近い」

 

「再定義?」

 

「修復されたはずの七つの特異点の残響を、神代海洋王権の版図として読み替えようとしている。まだ表層化はしていないけど、このまま進めば、人理修復の傷跡そのものが、古い王権の領域として上書きされる可能性がある」

 

 マシュの表情が強張る。

 

「それは、人理が……」

 

「神代の海へ沈み直す、ということだね。静かに、正しく、誰かの王権の下へ」

 

「王権反応……」

 

 その言葉に、ニトクリスが静かに顔を上げた。

 

 彼女はこの場に呼ばれていた。

 王権、死者、古き神代に関わる観測には、彼女の感覚が助けになることがある。

 

 その少し後ろでは、誰にも呼ばれていないマーリンが、いつものように壁へ寄りかかっていた。

 

 ニトクリスが疑問を口にする。

 

「それは、王が何かを命じている反応なのですか?」

 

「命令というより、認証に近いかな。歌が歌としてではなく、何かの鍵として読まれかけている」

 

「鍵……」

 

 立香は画面を見る。

 

 星詠みの詩は、遠き星より来た者たちが、この星の空を覚えるために作った歌だった。

 この星の一員になるための歌。

 王権の証明でも、兵器でもない。

 

 けれど今、その歌は別の意味を持たされかけている。

 

「これは攻撃じゃない。だからこそ厄介だ」

 

 ダ・ヴィンチは、画面に表示された旋律パターンを指でなぞった。

 

「誰かが歌を壊そうとしているわけじゃない。けれど、歌われた声が、特定の王権反応へ収束するように読まれている」

 

「それは……兵器化、ということでしょうか」

 

 マシュが訊ねる。

 

「広い意味ではね。兵器っていうのは、壊すためのものだけじゃない。誰かの自由な応答を、特定の結果へ収束させるものも兵器なんだ」

 

 ダ・ヴィンチの声は、いつもより少しだけ硬かった。

 

「カルデアは一度、それを食らっている。観測のための仕組みに、別の意図が仕込まれていた。記録し、見るためのシステムが、別の目的へ接続されていた。だから、これは見逃せない」

 

 立香は黙って頷いた。

 

 カルデアは、観測するための場所だった。

 けれど、その観測さえ、誰かの意図に使われることがある。

 その怖さを、彼らは知っている。

 

「アトラスは?」

 

 立香が訊ねる。

 

「もう呼んでいる」

 

 ダ・ヴィンチが答えた直後、管制室の扉が開いた。

 

 大洋王アトラスが入ってくる。

 

 紺碧の鎧。

 淡い水青の髪。

 海水に薄く血を溶かしたような瞳。

 

 彼女は一度だけ画面を見て、すぐに状況を理解したようだった。

 

「星詠みの詩か」

 

「うん。未来側の変奏反応が、人理修復痕と共鳴している。王権反応もある。まだ干渉源は特定できていない」

 

「王権の逆流による、人理修復痕の再定義か」

 

 アトラスは言った。

 

「未来からの歌唱を媒介にした、過去の版図拡大。許容できぬ」

 

 その声に迷いはなかった。

 

「まず経路を閉じる」

 

「閉じる?」

 

 立香が聞き返す。

 

「星詠みの詩の変奏経路を一時封鎖する。原型を王宮記録へ退避。未来側への伝播を停止。危険経路を遮断する」

 

 ダ・ヴィンチは画面を見る。

 

「理屈としては分かる。危険経路を切れば、少なくとも王権反応の表層接続は止められる」

 

「ならば実行する」

 

 アトラスの判断は早かった。

 

 早すぎるほどだった。

 

 マシュが少しだけ眉を寄せる。

 

「ですが、星詠みの詩は未来へ渡したものでは……」

 

「一時的な回収だ」

 

 アトラスは答えた。

 

「保管ではない。危険経路遮断のための封鎖措置である」

 

 その言葉は整っていた。

 

 あまりにも整っていた。

 

 立香は、それが少しだけ気になった。

 

 だが、モニター上の数値は悪化している。

 人理修復痕。

 星詠みの詩。

 神代王権反応。

 それらが結びつけば、人理の傷跡そのものが、神代の海へ沈み直す。

 

「ダ・ヴィンチちゃん」

 

「封鎖術式の補助は可能だよ。ただし、星詠みの詩の自由な変奏経路にも触れることになる。慎重に――」

 

「慎重に行う」

 

 アトラスが遮った。

 

「己(おれ)が裁定する」

 

 管制室が一瞬だけ静かになる。

 

 その静寂を破ったのは、金色の光だった。

 

 空間が裂ける。

 黄金の波紋が開く。

 そこから、一本の剣が射出された。

 

 それはアトラスの足元、術式起動用の仮設陣を正確に撃ち抜いた。

 

「なっ……!」

 

 マシュが盾を構える。

 

 立香が振り返る。

 

 黄金の王が、管制室の入口に立っていた。

 

「ギルガメッシュ王……!」

 

 ギルガメッシュは、薄く笑っていた。

 

「やめておけ、大洋王」

 

 その声は低い。

 

「歌が止まってからでは遅い。その裁定は、貴様の王座を沈める」

 

 アトラスの血色の瞳が細くなる。

 

「英雄王。妨害と判断する」

 

「好きに判断するがよい」

 

「退け」

 

「退かぬ」

 

 黄金の波紋が、彼の背後にいくつも開く。

 

「貴様が閉じようとしているものは、貴様のものではない」

 

 立香は一瞬、息を呑んだ。

 

 状況は明らかだった。

 ギルガメッシュがアトラスの封鎖術式を妨害している。

 理由を説明する気はない。

 王の財宝まで開いている。

 

 マシュが立香を見る。

 

「先輩」

 

 立香は判断した。

 

「マシュ、アトラスを守って。ダ・ヴィンチちゃん、封鎖術式の補助を継続!」

 

「了解です!」

 

 マシュが盾を構え、アトラスの前に立つ。

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「雑種。そちらにつくか」

 

「アトラスは危険経路を止めようとしてる。理由があるなら話して」

 

「話して止まる王ならば、我が出るまでもない」

 

 ギルの指が動く。

 

 宝具が降る。

 

 マシュが盾を構えた。

 鋼の音が管制室に響く。

 宝具の雨はマシュを貫かなかった。

 だが、彼女の背後にある術式補助端末だけを、正確に削っていく。

 

「ギルガメッシュさん、こちらを直接狙っているわけではありません!」

 

 マシュが叫ぶ。

 

「支援系統を……支援系統だけを壊しています!」

 

「当然だ」

 

 ギルは言った。

 

「雑種どもを殺して何になる。邪魔な道具を壊すだけよ」

 

「道具扱いするな!」

 

 ダ・ヴィンチが端末を切り替える。

 

「補助系統を第二ラインへ回す! アトラス、そちらで王宮外壁を展開できる?」

 

「可能だ」

 

 アトラスは三叉槍を床へ立てた。

 

 水の気配が管制室に満ちる。

 王宮外壁が薄く展開され、星詠みの詩の波形を囲うように輪郭を作った。

 

 封鎖術式が動き始める。

 

 同時に、ギルガメッシュの王の財宝がさらに開いた。

 

 剣。

 槍。

 鎖。

 斧。

 盾。

 属性も用途も違う宝具が、次々と戦場に選ばれていく。

 

 ギルの戦いは、可能性の洪水だった。

 

 次に何が来るのか分からない。

 どの角度から来るのか分からない。

 何を狙っているのか、寸前まで見えない。

 

 それでもアトラスは読んだ。

 

 右。対城。水を裂くもの。

 

 王宮外壁が開き、軌道を逸らす。

 

 左。鎖。神性を縛るもの。

 

「マシュ、下がれ」

 

「はい!」

 

 マシュが一歩下がる。

 

 上方。支援端末。

 

 三叉槍が水膜を張る。

 剣は角度を失い、床へ落ちた。

 

 ギルガメッシュの目が細くなる。

 

「ほう」

 

 アトラスは淡々と告げた。

 

「出現角度、宝具属性、射出間隔、王権反応の偏り。予測は可能だ」

 

「ならば読んでみせよ」

 

 黄金の波紋が増える。

 

 十、二十、三十。

 

 マシュの顔色が変わった。

 

「数が……!」

 

 宝具の雨が降る。

 

 アトラスは読む。

 来る前に潰す。

 軌道を閉じる。

 危険な経路を封じる。

 

 その戦い方は、あまりにも封鎖術式に似ていた。

 

 未来の危険を予測し、来る前に閉じる。

 まだ起きていないものを、起きるものとして裁く。

 

 ダ・ヴィンチは端末を見ながら、低く呟いた。

 

「干渉率、低下。王権反応も収束している。封鎖は効いてる……」

 

 その声が止まった。

 

「いや。待って」

 

「ダ・ヴィンチちゃん?」

 

「変奏反応も落ちてる」

 

 立香が振り向く。

 

「変奏反応?」

 

「未来側の星詠みの詩だ。汚染だけじゃない。歌唱経路そのものが閉じ始めてる」

 

 モニターの波形が整っていく。

 

 原曲へ。

 より正確に。

 より乱れなく。

 より静かに。

 

 だが、その静けさは、生命の静けさではなかった。

 

 マシュが息を呑む。

 

「歌が……揺らがなくなっている?」

 

「そうだ」

 

 ギルガメッシュが言った。

 

「ようやく聞こえたか、雑種」

 

 アトラスは動じなかった。

 

「未来側の経路に危険がある。封鎖は妥当だ」

 

「妥当だろうな」

 

 ギルが笑う。

 

「保管者ならば」

 

 その一言に、アトラスの瞳がわずかに鋭くなる。

 

「己を、レヴィアタンと同列に置くか」

 

「同列ではない」

 

 ギルの背後で、さらに宝具が開く。

 

「同じ方角を向いているだけだ」

 

 空気が軋む。

 

 アトラスの王宮外壁が広がった。

 閉じるために、城が開かれる。

 守るために、壁が外へ出る。

 

 ギルはその様を見て、喉の奥で笑った。

 

「城を開かねば我に届かぬ王が、歌には閉じろと言うか」

 

「戦術と裁定は別だ」

 

「別ではない」

 

 黄金の王は即座に切った。

 

「貴様の王座から出たものだ」

 

 アトラスの槍の軌道が、一瞬だけ遅れる。

 

 その遅れを、ギルは見逃さない。

 宝具が走る。

 マシュが盾で受ける。

 衝撃で床が割れた。

 

「マシュ!」

 

「大丈夫です!」

 

 マシュは歯を食いしばる。

 

 だが、その背後でアトラスの封鎖術式はさらに深く進んでいた。

 

 青い光が、王宮外壁の奥に灯る。

 

 それは水ではなかった。

 火だった。

 海の底で燃える、青い火。

 

 ダ・ヴィンチの顔色が変わる。

 

「待って。別系統の神代出力が混ざってる」

 

「別系統?」

 

「これは封鎖術式じゃない。対界級の終末概念……アトラス、火天八紘が反応してる!」

 

 空気が重くなる。

 

 アトラスの足元に、海底のような影が広がる。

 青い火が、詩の波形を包み込もうとしていた。

 

 マシュが叫ぶ。

 

「アトラスさん、宝具を使うつもりなんですか!?」

 

「違う」

 

 アトラスの声は硬い。

 

「これは封鎖だ」

 

 ギルガメッシュの目が、赤く光った。

 

「同じことよ」

 

 黄金の波紋の奥、ひときわ異質な気配が揺れる。

 

 世界を裂く剣の気配。

 乖離剣。

 エア。

 

 立香は、息を止めた。

 

 青い火。

 水中の炎。

 大地母神の夫としての海神の終末。

 火天八紘。

 

 もしここで、二つの対界が向き合えば。

 

 誰もが、一瞬だけその構図を見た。

 

 エヌマ・エリシュ。

 アパム・ナパート。

 

 山門では見られなかった終末の対峙。

 英雄王と大洋王、それぞれの世界を終わらせる力。

 

 だが、ギルガメッシュは乖離剣を抜かなかった。

 

 アトラスも、火を完全には開かなかった。

 

 それでも火口は開きかけている。

 未来を閉じる裁定が、終末を呼び込んでいる。

 

「アトラス!」

 

 立香が叫んだ。

 

「それで閉じたら、守ったことにならない!」

 

 青い火が、一拍だけ止まる。

 

 アトラスの血色の瞳が、立香へ向いた。

 

 終末を開けば、危険経路ごと未来の歌唱領域を沈めることになる。

 それは回収ではない。

 保管でもない。

 だが、未来を残さないという一点において、レヴィアタンの結論と同じ場所へ落ちる。

 

 立香は言葉を探した。

 命令では駄目だ。

 代わりに決めてはいけない。

 

 ギルが言った。

 

「終わらせる力で、未来を守るか。大洋王」

 

 沈黙。

 

 アトラスの手が、三叉槍を握り直す。

 

「火天八紘、閉鎖」

 

 青い火が沈む。

 

 アトラスの指が、三叉槍の柄を一度だけ強く押さえた。

 

 完全に消えたわけではない。

 だが、火口は閉じた。

 

 ダ・ヴィンチが息を吐く。

 

「対界出力、沈静化……」

 

 しかし、封鎖術式はまだ止まっていない。

 

 星詠みの詩の未来側反応は、さらに弱くなっている。

 

 立香はモニターを見た。

 それから、アトラスを見た。

 ギルを見た。

 

 最初は、ギルが突然敵対したように見えた。

 今も、彼は何も説明していない。

 けれど彼が壊しているのは、カルデアの支援網だけだった。

 マシュを殺そうとはしていない。

 立香を狙わない。

 アトラスの裁定だけを、まっすぐに撃っている。

 

 一方で、アトラスの封鎖は効いている。

 効いているからこそ、歌が止まっている。

 

 支援を切るということは、アトラスを助けないということではない。

 

 けれど、助け続ければ、彼女の裁定をカルデアが補強してしまう。

 

 立香は、ゆっくりと息を吸った。

 

「マシュ、下がって」

 

「先輩?」

 

「ダ・ヴィンチちゃん、補助術式を切って」

 

「立香ちゃん」

 

 ダ・ヴィンチの声が慎重になる。

 

「いいのかい?」

 

「うん」

 

 立香はアトラスを見る。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

「代わりに決めない」

 

 アトラスの瞳がわずかに揺れた。

 

「私たちは、あなたの裁定を肩代わりしない」

 

 マシュが盾を下げる。

 

 ダ・ヴィンチが、補助術式を切る。

 

 ニトクリスは胸元に手を添え、静かに告げた。

 

「王の裁定は、民の声を消すためにあるものではありません」

 

 マーリンは何も言わなかった。

 

 ただ、人工の星空を見る時のような目で、戦場を見ていた。

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「ようやく場が整ったな」

 

 アトラスは三叉槍を構える。

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

「己は、退かぬ」

 

「知っている」

 

「ならば、通す」

 

「通してみせよ」

 

 王の財宝が開いた。

 

 そこから先は、王と王の戦いだった。

 

 ギルガメッシュは可能性を開き続ける。

 王の蔵は、未来の分岐そのもののように広がる。

 

 剣が来る。

 槍が来る。

 盾が来る。

 鎖が鳴る。

 見たことのある宝具も、知らない宝具も、アトラスの知識にある原型も、十王の叡智にすら該当しない応用も、次々に戦場へ現れる。

 

 すべては読めない。

 

 アトラスは理解した。

 

 王の財宝は、分類を超える。

 蔵そのものは原典の集積でありながら、英雄王の選択によって無数の現在を開く。

 どの宝具が来るかではない。

 どの瞬間に、何を選ぶか。

 

 それは、封鎖できる未来ではなかった。

 

 だが、ひとつだけ読めるものがあった。

 

 ギルガメッシュという王。

 

 山門で刃を交わした。

 カルデアで戦列を並べた。

 沈んだ歌を財ではないと知りながら守った。

 至高王の名を、折れた星の残骸ではなく王名だと言った。

 己を、王座から降ろさなかった。

 

 この王は、己を見限っていない。

 

 ならば、最後の一手は読める。

 

 黄金の波紋が静まる。

 

 その奥から、鎖の音がした。

 

 天の鎖。

 

 神を縛る鎖。

 神性を持つアトラスにとって、それはもっとも危険な一手だった。

 

 鎖は完全だった。

 逃げ場を潰している。

 水流を読まれている。

 王宮外壁の展開角度も塞がれている。

 三叉槍の返しも間に合わない。

 

 読めなければ、ここで終わる。

 

 だが、完全ではなかった。

 

 ほんの一点。

 アトラスが、ギルガメッシュという王の選択を読めるならば通れる一点だけが、残されている。

 

 見逃しではない。

 誘いでもない。

 

 問いだった。

 

 読めるなら、来い。

 

 アトラスは踏み込んだ。

 

 鎖が、まつろわぬ神を縛るために鳴る。

 

 神性が縛られる。

 王宮外壁が軋む。

 霊基が悲鳴を上げる。

 

 それでも一拍。

 

 まつろわぬ者として、たった一拍だけ、アトラスは抗った。

 

 その一拍で、城が開く。

 

 閉じるためではない。

 守るためでもない。

 届くために。

 

 王宮外壁の外縁が、戦場へ広がる。

 水が流れる。

 足場が揺らぐ。

 ギルガメッシュの重心が、ほんのわずかにずれる。

 

 そこへ、三叉槍が入った。

 

 槍は王の身体を貫かなかった。

 鎧を砕かなかった。

 黄金を汚さなかった。

 

 ただ、膝を取った。

 

 ギルガメッシュの膝が、わずかに落ちる。

 

 石段ではない。

 山門でもない。

 けれど、あの日届かなかった場所に、今度こそ届いた。

 

「……届いたぞ、英雄王」

 

 アトラスは言った。

 

 声は荒れていなかった。

 勝利を誇る声でもなかった。

 

 ただ、記録を告げる声だった。

 

 ギルガメッシュは膝をついたまま、笑った。

 

「読んだか」

 

「読めた」

 

「何をだ」

 

 アトラスは、わずかに息を吐いた。

 

「お前が、己を王座から降ろす一手を選ばぬことを」

 

 黄金の王は、愉快そうに目を細めた。

 

「ならば届くわけだ、大洋王」

 

 彼は膝をついたまま、なお王だった。

 

「見事だ。貴様の読みは当たった」

 

 アトラスは答えない。

 

 ギルガメッシュは続けた。

 

「だが、読めた相手を、未来と取り違えるな」

 

 その言葉が、戦場の中央に落ちる。

 

 アトラスは動かなかった。

 

 勝った。

 

 膝を取った。

 山門で届かなかった場所へ届いた。

 英雄王は、己を王として見たまま膝をついた。

 

 だが、歌は戻らない。

 

 モニター上の未来側反応は、細く、弱い。

 変奏の揺らぎは失われたままだ。

 封鎖術式は安定している。

 危険経路は閉じている。

 王権反応は抑え込まれている。

 

 なのに、何も残っていない。

 

 勝利は、歌を通さなかった。

 到達は、未来を開かなかった。

 正しい読みは、正しい裁定を保証しなかった。

 

 アトラスは、自分の手を見る。

 

 英霊である己。

 過去に刻まれた王。

 それでも変わった。

 

 鎧を脱げとは言われなかった。

 閉じた城は、開くことを覚えた。

 記録として守るしかなかった歌を、未来へ渡すと裁定した。

 至高王の名を、傷としてではなく記録として語った。

 

 届いたのは、閉じたからではない。

 

 開いたからだ。

 

 閉じるしかなかった城が、開いたから、あの膝へ届いた。

 

 変化した。

 

 変化できたから、星詠みの詩を未来へ託すことができた。

 

 ならば、未来で変わる歌を、己が閉じることはできない。

 

 アトラスは三叉槍を下ろした。

 

「封鎖裁定を、撤回する」

 

 管制室に、誰かの息を呑む音がした。

 

 立香が一歩前に出る。

 

「アトラス」

 

「己は、誤った」

 

 その言葉は、重かった。

 

 けれど、崩れてはいなかった。

 

 誤りを認めた王が、王座から落ちるのではない。

 誤りを背負ったまま、王座に座り直すための声だった。

 

 ダ・ヴィンチが端末を操作する。

 

「封鎖解除。未来側変奏反応、回復を確認……ゆっくりだけど、戻ってきてる」

 

 マシュの表情が緩む。

 

「歌が……」

 

 モニター上で、細い波形が揺れた。

 

 原曲ではない。

 完全でもない。

 遠く、乱れ、かすかな声だった。

 

 だが、歌われていた。

 

 アトラスは、それを見た。

 

「星詠みの詩は、未来へ通す」

 

 彼女は言った。

 

「危険経路は監視する。悪用するものは、別途裁定する。だが、歌を閉じることはしない」

 

 ギルガメッシュが立ち上がる。

 

「ようやくか」

 

「遅延は認める」

 

「誤差にしては大きいな」

 

「棄却しない」

 

 ギルは笑った。

 

 立香は、そのやり取りを聞いて、ようやく息を吐いた。

 

 戦いは終わった。

 

 だが、すべてが終わったわけではなかった。

 

 そのことを、まだ誰も知らないふりをしていた。

 

 解析結果が出たのは、戦闘後しばらくしてからだった。

 

 管制室には、戦闘の余波が残っている。

 壊れた端末の代替機が並び、床の亀裂には応急処置が施されていた。

 マシュは盾を傍らに置き、立香はダ・ヴィンチの横でモニターを見ている。

 

 アトラスは少し離れた場所に立っていた。

 ギルガメッシュは壁際に腕を組んでいる。

 マーリンは何も言わず、ニトクリスは静かに目を伏せていた。

 

「解析結果が出たよ」

 

 ダ・ヴィンチの声は、いつもより少しだけ低かった。

 

「干渉源そのものは、まだ特定できない。けれど、使用された王権署名の階層だけは分かった」

 

「階層?」

 

 立香が訊ねる。

 

「大洋王権限とは、別の階層。十王権限の第一座――王冠側の署名に近い」

 

 マシュが息を呑んだ。

 

「王冠……」

 

 アトラスは答えなかった。

 

 驚いていない沈黙だった。

 否定もしない沈黙だった。

 

「可能性としては、棄却していなかった」

 

 アトラスは、ようやくそう言った。

 

 立香は、アトラスの横顔を見た。

 

「でも、言わなかった」

 

「応答はなかった。ゆえに、報告対象ではないと裁定していた」

 

 ギルガメッシュが低く笑った。

 

「違うな」

 

 黄金の王は、モニターの片隅に残る解析不能の署名を見た。

 それから、アトラスを見た。

 

「貴様の傷を知る者が、貴様の傷に似せて未来を置いた」

 

 アトラスの指が、わずかに止まる。

 

「読まぬのか、大洋王」

 

 片隅の署名は、まだそこにある。

 

 その名を、彼女は読まなかった。

 




前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も掲載しています。
https://syosetu.org/novel/420096/

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

紙芝居をしただけなのに(作者:何処にでもある)(原作:Fate/)

 昔々、蛮族の集団で悠々自適に過ごす為の芸が巡り巡って無辜の怪物になった男がおったそうな。▼ その者腕っこきはからっきし、童話を紙芝居で読むのだけは上手く、ペラ回し一本で英霊に立ち向かわざる得なくなって途方に暮れたそうな。▼ この者の本名を亀男、英霊としての名前をカルメン。▼ 無辜の怪物で周囲から理想のタイプの女に見える、しがない一般サーヴァントである。


総合評価:6000/評価:7.83/完結:27話/更新日時:2026年07月01日(水) 23:00 小説情報

Fate/世界で超絶美形と魅了:EXになって転生したった(作者:プル山門左衛門)(原作:Fate/)

尚、転生先は神代ギリシャに加えて男にも女にもなれる身体な模様。▼そんな主人公が様々な冒険をしたり求婚を断ったり、女神に愛されたりする話。▼ボーイズラブ、ガールズラブのタグはギリシャ神話だから念の為入れてます。


総合評価:3641/評価:8.22/連載:6話/更新日時:2026年08月15日(土) 07:01 小説情報

いや、死神とか聞いてないし(作者:おおは)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

死神少女にTS転生してしまった一般人。▼本人はただの下っ端役職だと思っている。▼だがそんなはずもなく。▼8月中に更新いたします▼(カクヨムにも載せてます)


総合評価:3665/評価:7.8/連載:11話/更新日時:2026年06月21日(日) 20:03 小説情報

厩所の安息処(ボクマダネムイヨ)(作者:Doro)(原作:HUNTER×HUNTER)

転生者アマチュアハンターが死亡フラグ満載の原作イベントに介入する話。▼続くかも▼08/03 続きました


総合評価:5430/評価:7.88/短編:2話/更新日時:2026年08月03日(月) 20:00 小説情報

ダンジョンに魔虚羅がいるのは絶対に間違っている(作者:パクチーダンス)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

深夜に思いついたネタ▼呪術廻戦とのマコラとは一部乖離がある。▼


総合評価:4886/評価:8.52/連載:4話/更新日時:2026年05月18日(月) 08:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>