The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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第一章 読まれなかった名
「王名を返せ、エウメロス」
その声が響いた瞬間、カルデアの管制室の空気が変わった。
警告音が鳴る。
霊基グラフが揺らぎ、観測画面の片隅に、読み取れない文字列が走った。
それはノイズではなかった。
ノイズに見えるほど古い、王権署名だった。
立香は、その声を聞いていた。
初めて聞く声だった。
けれど、まったく知らないもののようには思えない。
知っていると言うには、あまりにも遠すぎる。
水底の奥から、星の裏側を通って、ようやく届いた声。
かつてアトラスが読まなかった名が、今度は向こうから彼女を呼んでいる。
王名を返せ。
エウメロス。
管制室の端で、紺碧の鎧が動かない。
名を呼ばれた王は、応えなかった。
その斜め後ろで、黄金の王だけが目を細めた。
マシュが息を呑んだ。
「先輩、今の声は……」
立香は、すぐには答えられなかった。
少し離れた場所では、ニトクリスが杖を手に観測画面を見つめていた。
その後ろ、壁際にはマーリンがいる。珍しく、まだ何も言わない。
モニターの前で、ダ・ヴィンチが指を走らせる。
普段なら軽く跳ねるような声が、今は低い。
「前回の解析不能署名と一致。いや、一致というより、あちら側から接続を開いてきた」
「星の裏側から、ですか?」
「そう見るのが妥当だね。表層人理に直接現れたわけじゃない。だけど、星詠みの詩の流路を足場にして、こちらの観測へ干渉している」
画面に、いくつもの波形が重なる。
星詠みの詩。
七特異点の修復痕。
神代海洋王権。
そして、大洋王権限とは別の階層にある、十王第一座――王冠側の王権署名。
マシュが震える声で言った。
「王冠……至高王アトラス、ですか」
その名を口にした瞬間、管制室の照明が一段暗くなった。
足元に水の感触が広がる。
現実の床ではない。
観測が、記録に呑まれていく感覚。
立香は、その冷たさを知っていた。
「王宮記録層……」
呟いた途端、観測座標が二つに分かれた。
管制室側にはダ・ヴィンチとマーリンが残り、接続と観測を維持する。
ニトクリスが立香とマシュの隣へ進んだ。
アトラスとギルガメッシュもまた、開いた観測経路の先へ踏み込む。
立香の視界が沈んだ。
白い管制室の壁が、水底の青へ変わる。
機材の光が遠のき、代わりに、沈んだ王宮の柱が立ち上がった。
海底に沈んだはずの広間。
星図を抱えた天井。
水面のように揺れる床。
そこは、かつて見た場所だった。
沈んだものを、沈んだまま残す場所。
忘れないための場所。
アトラスが沈め、なお沈めきれなかったものを抱える場所。
そして今、そこは、残したことそのものを問う場所になっていた。
アトラスは、すでに王宮の中央へ進んでいた。
紺碧の鎧をまとい、三叉槍を手に、水底の王宮の中央に立っている。
長い水青の髪が、海流もないのに静かに揺れていた。
血色の瞳は、天井の星図ではなく、その奥に開いた暗い空を見ている。
ギルガメッシュもまた、その少し後ろにいた。
黄金の王は、何も言わない。
ただ、王宮記録層に浮かぶ王冠側署名と、アトラスの横顔とを、赤い瞳で見比べていた。
立香は彼の沈黙に気づく。
あの王は、知らぬ顔をしてはいなかった。
けれど、まだ言わない。
知っていて、言わない。
アトラスが、静かに口を開いた。
「応答はなかった」
その声は低い。
誰に向けたものでもないようで、しかし、誰もが聞くべきものだった。
「ゆえに、報告対象ではないと裁定していた」
ギルガメッシュが、わずかに目を細める。
それは前にも聞いた言葉だった。
けれど、今は違う重さを持っている。
応答はなかった。
ならば、存在しないのか。
ならば、王座は空いたのか。
その問いが、水底の王宮に沈んでいる。
天井の星図がゆっくりと回転した。
青い星々の間に、白い光が走る。
それは星詠みの詩の旋律だった。
遠き星より来た者たちが、この星の空を覚えるために作った歌。
けれど、その旋律は、どこかおかしかった。
立香は眉を寄せる。
「歌が……戻ってる?」
「戻っている、という表現はかなり近い」
ダ・ヴィンチの声が、通信越しに響く。
「未来側の変奏が、原曲へ引き戻されている。前回は危険経路を遮断するかどうかが問題だった。今回は違う。外へ渡った詩そのものが、王権署名を経由して原典へ帰されている」
マシュが、目の前を流れる旋律を追う。
「それは……星詠みの詩が、壊されているということですか?」
「壊されてはいない」
ダ・ヴィンチは即答した。
「むしろ、きれいになっている。ノイズは減っているし、旋律の揺らぎも消えている。原曲との一致率は上がっている」
それを聞いて、マシュの表情が一瞬だけ迷う。
きれいになっている。
壊れていない。
原曲へ戻っている。
ならば、それは悪いことなのか。
答えの前に、水底の王宮へ声が降りた。
「失われぬように」
至高王の声だった。
姿はまだ見えない。
だが、王宮全体がその声を受けている。
「歌は時を越えれば揺らぐ。声は変わり、旋律は乱れ、意味は遠ざかる。原型を失えば、もはやそれはアトランティスではない」
星図の奥に、正位置の星が灯る。
「ゆえに、帰る道を与える」
穏やかな声だった。
怒りではない。
脅迫でもない。
けれど、その穏やかさには温度がなかった。
それは、救済を告げる王の声だった。
「変わることを、己(おれ)は禁じぬ。歌われることも、時代を越えることも禁じぬ。だが、帰れぬものは漂流する。漂流は、やがて忘却となる」
星詠みの詩が、水路の奥で震えた。
「王は、帰還先を示す。原典へ戻る道を絶やさぬ。それが、失われぬということだ」
立香は、言葉を失った。
その理屈は、あまりにも正しく聞こえた。
残したものが変わっていく。
原型から遠ざかっていく。
いつか誰も、最初の歌を知らなくなる。
それは、たしかに喪失だった。
だから帰る場所を用意する。
いつでも戻れるようにする。
忘れないようにする。
それは、守ることに似ている。
通信の向こうで、ダ・ヴィンチが低く息を吐いた。
「……なるほどね」
「ダ・ヴィンチちゃん?」
「これは停止じゃない。帰還だ」
水面に、未来側の旋律が映る。
違う時代。
違う声。
違う音階。
それらが歌として立ち上がりかけるたび、見えない水路に引かれて原曲へ巻き戻されていく。
「どれだけ変わっても、最後には原典へ戻る。戻れる限り、失われない。そういう思想だ」
マシュが小さく呟く。
「救済、なのですね」
「かなり強い救済だよ。救済である限りはね」
立香は、水面に映る旋律を見る。
「救済じゃなくなるのは?」
ダ・ヴィンチは、静かに答えた。
「戻ることが、選択じゃなくなった時だ」
その言葉に、アトラスの指がわずかに動いた。
王宮記録層の水路が鳴る。
星詠みの詩の変奏が、また一つ原曲へ巻き戻された。
揺らぎが消える。
個体差が消える。
未来の誰かが歌った声が、正しい旋律へ帰されていく。
それは美しかった。
美しいからこそ、立香は喉の奥が冷えるのを感じた。
アトラスが言った。
「原型は、消してはならぬ」
その声は、至高王に向けたものだった。
「星詠みの詩がどこから来たのかを、忘れてよいとは言わぬ。王宮記録層に残した原曲を、己(おれ)は棄却せぬ」
天井の星図が応えるように淡く光る。
「だが」
アトラスは三叉槍を握る。
「帰ることを命じるな」
正位置の星が、静かに揺れた。
アトラスは顔を上げる。
「戻れることと、戻らねばならぬことは違う」
水底の王宮に、星詠みの詩の変奏が流れた。
しかし、すぐに巻き戻される。
違う声が、同じ旋律へ帰される。
違う時代が、同じ原型へ畳まれる。
幾度も。
幾度も。
「戻ることを命じられた声は、未来の声ではない」
その裁定に、王宮記録層が軋んだ。
至高王の声が、静かに降りる。
「ならば、汝は失われることを許すのか」
アトラスは答えない。
その問いを、アトラスは棄却できなかった。
かつて己もまた、失われぬために沈めた王だったからだ。
その沈黙を、ギルガメッシュは見ていた。
黄金の王はまだ動かない。
まだ言わない。
ただ、大洋王の背を見ている。
管制室で、ダ・ヴィンチの端末に新たな警告が浮かぶ。
『第一封鎖層、展開』
『原型水門、起動』
『未来変奏、原典帰還処理開始』
星詠みの詩の流路が三つに分かれた。
「三つに……!」
マシュが盾を握り直す。
ひとつは、原型へ。
ひとつは、王名へ。
ひとつは、未来へ。
通信越しのダ・ヴィンチの声が、わずかに低くなる。
「封鎖層が三つ。いやなほど整理されてるね」
マシュが盾を構える。
「来ます、先輩!」
立香は頷いた。
王宮記録層の水門が、開く。
いや、閉じるために開いた。
星詠みの詩を、正しい場所へ帰すために。
アトラスは、天井の星図を見上げた。
戻れる道は、あってよい。
だが、戻ることを命じるなら。
それは、未来の声ではない。
第一の水門が、原型の名を掲げて起動した。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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