The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第二章 原型の水門

 第一の水門が、王宮記録層の奥で開いた。

 

 開いた、というよりは、立ち上がったと言うべきだった。

 

 水底の床から、巨大な門扉が浮上する。

 青黒い水に濡れた石造りの扉。

 その表面には、星図と楽譜が重なるように刻まれていた。

 

 星詠みの詩。

 

 その原曲を記した、最も古い星図音響記録。

 

 扉の中央には、王宮文字が浮かび上がっている。

 

『第一封鎖層:原型』

 

『未来変奏、原典照合開始』

 

『損耗判定、実行』

 

 マシュが盾を構える。

 

「損耗……!」

 

 その言葉に、アトラスの血色の瞳がわずかに細くなった。

 

「変奏を、損耗と読むか」

 

 水門が応えるように鳴る。

 

 王宮記録層の水路を、星詠みの詩が流れていく。

 けれど、その旋律は自由に広がらない。

 歌われるたび、声の癖が削られ、土地の音階が削られ、時代の訛りが削られていく。

 

 違うはずの声が、正しい形へ直されていく。

 

 ひとつ。

 また、ひとつ。

 

 高すぎた音が削られる。

 揺れていた拍が均される。

 歌った者の息継ぎまでも、正しい位置へ戻される。

 

 未来側から届いた旋律が、原曲へ帰される。

 

 マシュが小さく首を振った。

 

「これは……攻撃ではありません。けれど、歌が……」

 

「うん。壊されているわけじゃない」

 

 ダ・ヴィンチの声が通信越しに返る。

 

「むしろ損傷率は下がってる。問題は、その一致率が上がっていくことの方だ」

 

 立香は、水門の奥を流れる旋律を見る。

 

「きれいに戻されてる」

 

「そう。きれいに、正しく、原典へ戻されている」

 

 水門の奥で、未来の声がまたひとつ巻き戻された。

 

 どこかの時代で、誰かが歌ったはずの旋律。

 その声には、原曲にはない揺れがあった。

 幼い声だったのかもしれない。

 遠い土地の言葉だったのかもしれない。

 星の名前を、別の呼び方で覚えた人間の歌だったのかもしれない。

 

 けれど、水門を通った瞬間、その揺れは消えた。

 

 正しい旋律が残る。

 

 正しい音階が残る。

 

 正しい星図が残る。

 

 立香は息を呑む。

 

 間違っているようには見えなかった。

 だからこそ、怖かった。

 

 ニトクリスが杖を掲げる。

 

「原典を守ること自体は、悪ではありません」

 

 その声は、静かだった。

 

「墓に刻まれた名を消さぬこと。王の事績を歪めぬこと。祈りの始まりを忘れぬこと。それは、王たる者が担うべき責務です」

 

 星図の光が、彼女の白い衣を照らす。

 

「ですが」

 

 ニトクリスの目が、水門を見据えた。

 

「墓は、死者の名を永遠に縛るためのものではありません。まして、未来の声を過去へ連れ戻すための鎖ではない」

 

 冥界の術式が床へ広がる。

 

 水底に、黒い砂のような影が走った。

 それは墓の術式だった。

 王の名を保存し、死者と生者の境界を守るためのもの。

 

 ニトクリスは水門へ向けて、それを打ち込む。

 

「原型の保存と、原型への強制帰還を分離します!」

 

 術式が水門に触れた瞬間、門扉の星図が揺れた。

 

『外部術式、接続』

 

『墓制権限、照合』

 

『原型保護、承認』

 

『帰還強制、継続』

 

 ニトクリスが眉を寄せる。

 

「保護は通りました。ですが、帰還処理が止まりません」

 

「外部術式だから、王命の優先照合には掛からない。原型保護だけなら、王冠側署名と競合しない」

 

 ダ・ヴィンチは即座に続けた。

 

「水門が原型そのものと帰還命令を同一視してる。原曲を守ることと、原曲へ戻すことが同じ処理になっている。まずいね。これを無理に壊すと、原曲の記録ごと傷つける」

 

 マシュが盾を握り直す。

 

「では、破壊はできないのですね」

 

「少なくとも、今はね。第一水門は敵だけど、全部が敵じゃない」

 

 ダ・ヴィンチは苦い声で言う。

 

「ニトクリスの言う通りだ。問題は原型じゃない。そこへ必ず戻れという命令の方だ」

 

 アトラスが一歩進んだ。

 

 水底の床に、鎧の音が響く。

 

「王宮外壁、開城」

 

 紺碧の鎧が鳴る。

 

 だが、いつものように即座には開かなかった。

 

 城壁の幻影が、アトラスの背後で揺らぐ。

 門扉が開きかけ、しかし、何かに照合されるように止まる。

 

『大洋王権限、照合』

 

『王冠側署名、優先』

 

『王命、保留』

 

 マシュが目を見開く。

 

「アトラスさんの王命が……!」

 

「弾かれてはいない」

 

 アトラスは淡々と言った。

 

「保留されている」

 

「それは、それでかなりまずいね」

 

 ダ・ヴィンチの声が硬くなる。

 

「王宮記録層が、アトラスの命令を王冠側署名に照合している。つまり、水門が彼女を王として即時承認していない」

 

 ギルガメッシュは、壁際で低く笑った。

 

「ほう。ずいぶんと礼を欠く城だ」

 

 アトラスは振り返らない。

 

「城ではない。水門だ」

 

「同じことよ。王命を待たせるとはな」

 

 ギルガメッシュの背後に、黄金の光が一つだけ灯る。

 

 だが、彼はまだ撃たない。

 

 黄金の王の赤い瞳が、水門と、血色の瞳を細める大洋王とを見比べている。

 

 立香は、その視線の意味を知っていた。

 

 まだだ。

 

 ここでギルが開けてしまえば、それはアトラスの水門ではなくなる。

 ここでカルデアが代わりに入力すれば、それはアトラスの裁定ではなくなる。

 

 だから、立香も命じない。

 

 ただ、マシュへ視線を向ける。

 

「マシュ、歌の流路を守って」

 

「はい!」

 

 マシュが前へ出る。

 

 盾が、未来側から流れてくる旋律の前に立った。

 

 水門から無数の光糸が伸びる。

 それは刃ではなかった。

 音を直すための糸。

 揺らぎを削り、訛りを整え、未来の声を原曲へ戻すための細い水路。

 

 マシュの盾に、その糸が触れる。

 

「くっ……!」

 

 盾の表面に、星図が浮かぶ。

 そこに、未来の旋律が映し出された。

 

 違う声。

 違う時代。

 違う歌い方。

 

 それらが盾の上で震えている。

 

「先輩……この声、消えようとしているのではありません」

 

 マシュは歯を食いしばる。

 

「戻されようとしています。自分の形を残したままでは、ここを通れない……!」

 

 立香は頷く。

 

「守って」

 

「はい。未来の声を、ここで止めます!」

 

「止めるのではない」

 

 アトラスが言った。

 

 マシュが振り返る。

 

 アトラスは、水門を見たまま続けた。

 

「通せ」

 

 一瞬、マシュの表情が変わる。

 

 止めるのではない。

 守って閉じるのでもない。

 

 通す。

 

 沈んだ王宮の奥で、かつて外へ渡すと裁定したものを、もう一度、外へ向けるために。

 

「はい!」

 

 マシュは盾を構え直す。

 

「通します!」

 

 盾の前に防壁が生まれる。

 それは閉じる壁ではなかった。

 光糸を受け流し、未来の旋律が削られずに進むための道を作る。

 

 しかし水門の力は強い。

 

 未来の声は、少しずつ原曲へ引かれていく。

 

 管制室で、ダ・ヴィンチが端末を操作する。

 

「マシュ、君の盾に仮設流路を作る。ニトクリス、墓制術式で原曲記録の保護を固定して!」

 

「承知しました!」

 

「立香ちゃん、アトラスへの魔力供給は維持。ただし、裁定入力はしない」

 

「分かった」

 

 立香は短く答える。

 

 支援する。

 けれど、代わりに決めない。

 

 前に出すぎれば、裁定を肩代わりしてしまう。

 退きすぎれば、未来の声が削られる。

 

 だから立香は、手を伸ばす場所を選ぶ。

 

 アトラスの三叉槍が、水底の床を叩いた。

 

「第一水門へ命じる」

 

 血色の瞳が、門扉の星図を射抜く。

 

「原型記録を保護せよ。未来変奏への損耗判定を停止せよ」

 

『命令、照合』

 

『原型記録保護、承認済』

 

『未来変奏、損耗判定継続』

 

『王冠側署名、優先』

 

 王宮記録層が拒んだ。

 

 アトラスの指が、三叉槍を握り込む。

 

 青い水流が、槍の先から広がった。

 それは扉を破壊するための水ではない。

 門扉に刻まれた星図をなぞり、原曲と帰還命令の接合面を探るための水だった。

 

 アトラスは目を細める。

 

「接合が深い」

 

「分離できる?」

 

 立香が問う。

 

「今は、完全にはできぬ」

 

 アトラスは即答した。

 

 迷いはない。

 だが、悔しさもないわけではなかった。

 

「原型と帰還命令が、王冠側署名によって束ねられている。ここで断てば、原曲記録も傷む」

 

「なら、どうするの?」

 

「一時的に開く」

 

 ギルガメッシュが、そこで初めて楽しげに口元を上げた。

 

「壊さず、従わず、通すか」

 

「記録した」

 

「よい。つまらぬ破壊よりは、見る価値がある」

 

 黄金の門が、ひとつだけ開いた。

 

 放たれたのは、剣ではなかった。

 

 細い杭のような宝具。

 王宮記録層の水路へ突き立つと、門扉の星図にわずかな隙間を作る。

 

 アトラスは振り返らない。

 

「手出しを求めてはいない」

 

「勘違いするな」

 

 ギルガメッシュは笑う。

 

「我は扉を壊しておらぬ。見えにくい継ぎ目を照らしただけよ」

 

 その言葉通り、黄金の光は水門を破らない。

 ただ、原曲記録と帰還命令が縫い合わされた場所を浮かび上がらせる。

 

 アトラスは、その継ぎ目を見た。

 

 王命を待たせる水門。

 王冠側署名を優先する王宮記録層。

 原型を守る名目で、未来の声を原曲へ帰し続ける処理。

 

 壊すことはできる。

 

 だが、それでは原型を傷つける。

 

 従えば、未来が戻される。

 

 ならば。

 

 保留。

 

 かつてなら、それは閉じるための言葉だった。

 正しい裁定が出るまで、王宮を開かぬための猶予だった。

 

 だが今、アトラスはその猶予を、未来の声を通すために使う。

 

「大洋王権、部分開城」

 

 鎧の内側で、城門が軋む。

 

『王命、保留』

 

 ログが走る。

 

 アトラスは言った。

 

「保留を許可する」

 

 通信の向こうで、ダ・ヴィンチが息を呑んだ。

 

「え?」

 

「第一水門は、己(おれ)の王命を即時承認せぬ。ならば、それを利用する」

 

 アトラスは三叉槍を水門へ向ける。

 

「王命は保留でよい。だが、保留中の処理は停止する。照合中の命令に、実行権限は発生せぬ」

 

 アトラスは、槍の穂先を水門に浮かぶ『照合中』の文字へ合わせた。

 

「照合とは、保留だ。確定しておらぬ水門に、実行権限はない」

 

 王宮ログが乱れた。

 

『命令照合中』

 

『実行権限、未確定』

 

『未来変奏、損耗判定――』

 

「未確定の王命で、未来を裁くな」

 

 アトラスの声が、水門を貫いた。

 

「第一水門、保留状態へ移行せよ」

 

 血色の瞳が、冷たく光る。

 

「王命だ」

 

 水門が震えた。

 

『王命、受領不能』

 

『王命、照合中』

 

『照合中』

 

『照合中』

 

 その一瞬、原典帰還処理が止まった。

 

 完全に止まったわけではない。

 水門は閉じている。

 原型はそこにある。

 帰還命令も消えていない。

 

 だが、処理が保留された。

 

 マシュが叫ぶ。

 

「今です!」

 

 盾の前に、仮設流路が開く。

 

 ニトクリスの墓制術式が原曲記録を包み込み、ダ・ヴィンチの観測が未来側の旋律を固定する。

 

 そして、アトラスの水が、ギルガメッシュの黄金の杭が照らした継ぎ目へ滑り込んだ。

 

 第一水門が、わずかに開く。

 

 原曲はそこに残った。

 

 けれど、未来の声が、原曲へ戻されずに通る隙間が生まれた。

 

 水底の王宮に、短い旋律が響く。

 

 それは原曲ではなかった。

 

 完全でもなかった。

 正しくもなかった。

 けれど、誰かが歌った声だった。

 

 立香は、その音を聞いた。

 

 遠い未来の誰かが、星の名前を少し違う音で歌っている。

 星図の意味を、ほんの少し違う言葉で覚えている。

 それでも、歌だった。

 

 マシュが息を吐く。

 

「通りました……!」

 

 通信の向こうで、ダ・ヴィンチが結果を確認する。

 

「第一水門、処理保留。未来変奏、限定的に通過。原曲記録、保護継続」

 

「突破、ですか?」

 

「仮突破だね」

 

 管制室で、ダ・ヴィンチは画面を見つめる。

 

「今だけは通した。完全に解決するには、もっと深いところで王権署名を切り離す必要がある」

 

 ニトクリスが静かに言う。

 

「墓を壊さず、墓へ戻ることを命じる鎖だけを緩めた。今は、それで十分です」

 

 アトラスは水門を見る。

 

 第一水門は、まだそこにある。

 

 原型の名を掲げたまま。

 星詠みの詩の始まりを抱えたまま。

 未来を原典へ戻す命令を、いまだ内側に残したまま。

 

 アトラスは、三叉槍を下ろした。

 

「原型は残す」

 

 その声は、水門への裁定だった。

 

「だが、原型を未来の檻にはしない」

 

 水門の奥で、白い光が揺れる。

 

 至高王の声が、静かに響いた。

 

「原型を檻と呼ぶか」

 

「違う」

 

 アトラスは即座に答えた。

 

「帰還の義務を、檻と呼ぶ」

 

 通信の向こうで、マーリンが何かを言いかけた。

 

 けれど、花の魔術師は口を閉じる。

 

「マーリン?」

 

 立香が呼ぶ。

 

「……いや」

 

 マーリンは、いつものようには笑わなかった。

 

「ここから先は、王の名の話だ。僕が先に物語にしてしまう場面じゃない」

 

 だから彼は黙った。

 

 ただ、観測越しに、王宮記録層の奥に灯る正位置の星を見ていた。

 

 水底の空が暗くなる。

 

 第一水門の奥で、第二の水路が開いた。

 

 王宮文字が浮かび上がる。

 

『第二封鎖層:王名』

 

『王名アトラス、返還請求を受理』

 

『現保持者:エウメロス』

 

『原権限者:至高王アトラス』

 

『王名返還処理、開始』

 

 立香の心臓が、強く鳴った。

 

 マシュが、息を呑む。

 

「王名返還……!」

 

 アトラスは、動かなかった。

 

 ただ、血色の瞳だけが、さらに冷たく細められる。

 

 水底の王宮に、至高王の声が降りる。

 

「では問おう」

 

 その声は、変わらず穏やかだった。

 温度のない救済の声だった。

 

「誤れる王よ」

 

 王宮記録層が、アトラスの名を照合し始める。

 

「その名を、なお戴くか」

 




前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も掲載しています。
https://syosetu.org/novel/420096/

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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