The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第三章 返還処理

『第二封鎖層:王名』

 

『王名アトラス、返還請求を受理』

 

『現保持者:エウメロス』

 

『原権限者:至高王アトラス』

 

『王名返還処理、開始』

 

 水底の王宮に、冷たい文字が浮かんだ。

 

 それは宣告ではなかった。

 怒りでも、呪いでもなかった。

 

 処理。

 

 ただ、処理だった。

 

 王の名が、誰かの人生や傷や裁定ではなく、返すべき権限として読み上げられている。

 

 立香は喉の奥が冷えるのを感じた。

 

「王名、返還……」

 

 マシュの声が震える。

 

 アトラスは動かなかった。

 

 紺碧の鎧をまとったまま、第二の水門の前に立っている。

 血色の瞳は、揺れていない。

 けれど、王宮記録層の水が、彼女の足元でわずかに逆流していた。

 

 水門が、アトラスの名を読んでいる。

 

 いや。

 

 読み替えようとしている。

 

『霊基登録名、照合』

 

『アトラス』

 

『同名・王冠側権限、検出』

 

『登録優先度、再計算』

 

 管制室で、ダ・ヴィンチの端末が激しく明滅した。

 

「まずい」

 

「ダ・ヴィンチちゃん?」

 

「霊基名に干渉している。人格そのものを書き換えているわけじゃない。だけど、サーヴァントとしての登録名、宝具真名、王権命令系統が揺らいでる」

 

 マシュが息を呑む。

 

「それは……アトラスさんが、アトラスさんでなくなるということですか?」

 

「そこまでは行かせない」

 

 ダ・ヴィンチは即答した。

 

「でも、王名を鍵にしている以上、彼女の権限は削られる。王として命じるたびに、王冠側署名へ照合される。さっきの保留より、さらに深い」

 

 第二の水門が開いた。

 

 その向こうにあったのは、ただの水路ではなかった。

 

 王座があった。

 

 高く、遠く、星図の真下に置かれた白い王座。

 その背後に、正位置の星が灯っている。

 

 王座の前には、階段がある。

 

 一段ごとに王宮文字が刻まれていた。

 港。

 穀倉。

 水路。

 避難路。

 記録。

 民の名。

 沈没裁定。

 星詠みの詩。

 大洋王。

 そして、アトラス。

 

 水底の王宮は、いつの間にか形を変えていた。

 

 柱は高く、壁は遠い。

 床は水のままなのに、そこには境界線が引かれている。

 

 王宮であり、記録庫であり、そして今は、水底の法廷だった。

 

 ニトクリスも、杖を手に王座を見上げていた。

 

 そこでは、記録が証言となり、沈黙さえ証拠として水面に保存される。

 

 至高王の声が降りる。

 

「誤れる王よ」

 

 その声は穏やかだった。

 やはり温度がなかった。

 

「汝は、未来へ渡した歌を閉じようとした」

 

 水面に映像が浮かぶ。

 

 封鎖されかけた星詠みの詩。

 未来側の変奏が弱まり、正しい流路だけが残りかけた瞬間。

 アトラスが自らの王命で、歌を王宮記録へ戻そうとした記録。

 

 立香は、思わず拳を握った。

 

 それは、確かにあったことだった。

 

 危険があった。

 干渉経路もあった。

 放置すれば、人理修復痕が神代海洋王権に再定義される可能性もあった。

 

 けれど、アトラスは一度、未来を閉じようとした。

 

「星詠みの詩を未来へ渡すと裁定した王が、危険ゆえに未来を封じようとした」

 

 至高王の声が、ただ事実を読んでいく。

 

「裁定は揺らいだ」

 

 王宮文字が赤く光る。

 

『誤裁定記録、提出』

 

『封鎖裁定』

 

『撤回済』

 

『返還条件、再照合』

 

 マシュが前へ出る。

 

「撤回されました! アトラスさんは、自分の誤りを認めて、星詠みの詩を未来へ通しました!」

 

「撤回は、誤りがあったことを消さぬ」

 

 至高王の声は静かだった。

 

 マシュが言葉を失う。

 

 アトラスは、まだ何も言わない。

 

 ギルガメッシュは、王座の脇に立っていた。

 

 腕を組み、黄金の王は水底の法廷を見ている。

 彼は笑っていなかった。

 だが、怒ってもいなかった。

 

 裁定を奪う者の顔ではない。

 証人の顔だった。

 

 立香は、ギルガメッシュを見た。

 

 彼は何も言わない。

 

 言えることはあるはずだった。

 アトラスが撤回したことを知っている。

 自ら膝を取らせた。

 あの誤りを突きつけ、なお王座から降ろさなかった。

 

 けれど、言わない。

 

 これはアトラスの審問だからだ。

 

 至高王の声が続く。

 

「汝は、兄が誤ることを許さなかった」

 

 空気が変わった。

 

 水底の王宮に、もっと古い記録が浮かび上がる。

 

 正位置の星。

 見上げる民。

 見上げる王たち。

 その中に、小さな影がある。

 

 エウメロス。

 

 王座の最も下、地に近い場所から、天頂の星を見上げていた者。

 

 立香は息を止めた。

 

 その記録は、星詠みの詩ではない。

 沈没裁定でもない。

 

 もっと前の記録だった。

 

 至高王が、まだ正位置の星だった頃の記録。

 

「王は誤る」

 

 至高王の声が言う。

 

「疲弊する。判断を違える。怒り、恐れ、迷う」

 

 それは、どこかで聞いた言葉だった。

 

 かつて、アトラスが自分の口で至高王について語った時。

 理想の王は、それを許されなかったと。

 

 今、その言葉が、水底の法廷で証拠として返ってくる。

 

「だが、汝は至高王だけは例外だと裁定した」

 

 アトラスの指が、三叉槍の柄に沈む。

 

「兄は誤らぬもの。折れぬもの。見上げられるべきもの。王たちの王。民の星」

 

 正位置の星が、王座の背後で揺らぐ。

 

「その祈りを、汝もまた捧げた」

 

 アトラスの血色の瞳が、わずかに伏せられた。

 

 マシュが小さく息を呑む。

 

 通信の向こうで、マーリンが沈黙している。

 

 いつもの軽口はない。

 花の魔術師は、水底の法廷に浮かぶ正位置の星を、ただ見ていた。

 

 至高王の声が降りる。

 

「ならば問う」

 

 王座の光が強くなる。

 

「誤った王に、なお王名を戴く資格はあるか」

 

『王名返還処理、進行』

 

『霊基登録名、再照合』

 

『アトラス』

 

『エウメロス』

 

『アトラス』

 

『エウメロス』

 

 文字が水面を走る。

 

 アトラスの鎧が軋んだ。

 

 紺碧の外壁に、細い亀裂のような光が走る。

 傷ではない。

 剥がれているのでもない。

 

 認証が揺らいでいる。

 

 王宮外壁が、王名の照合を待たされている。

 

 アトラスが口を開いた。

 

「己(おれ)は――」

 

 声が止まった。

 

 短い沈黙が、水底に落ちる。

 

 マシュが目を見開く。

 

「アトラスさん……?」

 

 アトラスは、もう一度言おうとした。

 

「己、は――」

 

 出ない。

 

 王として自らを指す、その一語が、喉の奥で水に沈んだ。

 

 霊基登録名の揺らぎが、一人称にまで届いている。

 

 人格を奪われたわけではない。

 記憶を消されたわけでもない。

 

 だが、王として自分を名指す権限が、凍っている。

 

『自己指示権限、照合』

 

『王名保持意思、未確定』

 

『自己指示、保留』

 

 通信の向こうで、ダ・ヴィンチの声が険しくなる。

 

「そこまでやるか……!」

 

 マシュが盾を構え直す。

 

「先輩、支援を――」

 

「待って」

 

 立香は、声を絞った。

 

 助けたい。

 

 手を伸ばしたい。

 

 けれど、ここで代わりに名前を呼べば、それは立香がアトラスを定義することになる。

 ここでカルデアが答えを置けば、アトラスの返答ではなくなる。

 

 支援はする。

 けれど、答えは渡せない。

 

 立香は、魔力供給だけを維持した。

 

 アトラスの足元に、青い光が細く残る。

 

 それは王座ではない。

 答えでもない。

 

 ただ、彼女が自分の声で言うまで、立っていられるだけの足場だった。

 

 ギルガメッシュの赤い瞳が、わずかに細くなる。

 

 彼の背後に、王の財宝の光が一瞬だけ揺れた。

 

 けれど、黄金の王はそれを閉じた。

 

 今、鎖を投げる時ではない。

 今、宝を抜く時でもない。

 

 水底の法廷で、問われているのは名だった。

 

 奪えば、審問そのものが壊れる。

 助ければ、裁定を代行する。

 

 だから、王は見ている。

 

 至高王が言う。

 

「言えぬか」

 

 穏やかな声だった。

 

「ならば、返せ。エウメロス」

 

 その名が、水底の王宮に響いた。

 

 エウメロス。

 

 王座の最も下にいた者。

 港を見た者。

 穀倉を見た者。

 水路を見た者。

 民の足を見た者。

 

 至高王を見上げていた妹。

 

 兄の名を戴いた王。

 

 アトラスは、目を伏せた。

 

 長い水青の髪が、鎧の肩を滑る。

 

 そして、彼女は言った。

 

「……誤った」

 

 一人称はなかった。

 

 けれど、それは逃げではなかった。

 

 王名が揺らぎ、自己指示が凍り、己と名乗れないまま、それでもアトラスは誤りを認めた。

 

「未来へ渡した歌を、危険ゆえに閉じようとした」

 

 水底の法廷が静まる。

 

「兄が誤ることを、許さなかった」

 

 正位置の星が、かすかに震えた。

 

「王は誤る。疲弊する。判断を違える。怒り、恐れ、迷う」

 

 声は低い。

 

 だが、途切れない。

 

「それを知りながら、至高王だけは例外だと裁定していた」

 

 マシュが唇を噛んだ。

 

 アトラスは、王座を見上げる。

 

「その裁定もまた、誤りだった」

 

 水面の文字が乱れる。

 

『誤裁定申告、受理』

 

『返還条件、更新』

 

『返還処理、進行』

 

 至高王の声が降りる。

 

「ならば、返せ」

 

 静かな声だった。

 

「誤った王よ。おのれが誤りを認めるならば、王名を返せ」

 

 王座の光が強くなる。

 

「エウメロス」

 

 その名が、やさしく呼ばれた。

 

 やさしいからこそ、逃げ道のように聞こえた。

 

 返せばいい。

 

 アトラスではなくなればいい。

 至高王の名を本来の持ち主へ返し、エウメロスに戻ればいい。

 兄の背を見上げ、ただ、その星が折れぬことだけを祈っていた者へ戻ればいい。

 誤った裁定も、沈めた王の責任も、兄の名で背負った矛盾も、王名とともに返してしまえばいい。

 

 立香は、その誘惑に気づいた。

 

 それは断罪ではない。

 

 救済だった。

 

 至高王は、罰として名を奪おうとしているのではない。

 誤った妹を、王名の重さから解放しようとしている。

 

 だからこそ、残酷だった。

 

 アトラスの指が、三叉槍から一度離れた。

 

 水底の王宮に、白い光が広がる。

 

『返還承認待機』

 

『現保持者応答待機』

 

『エウメロス』

 

 アトラスは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「だが、返さぬ」

 

 その瞬間、水底の空気が変わった。

 

 凍っていた自己指示が、わずかに動く。

 白い王座の光に薄れていた紺碧の鎧が、深い海の色を取り戻していく。

 

『応答、検出』

 

『王名保持意思、検出』

 

『照合』

 

 アトラスは顔を上げた。

 

 血色の瞳が、王座を射抜く。

 

「己は、この名で誤った」

 

 己。

 

 その一語が戻った。

 

 マシュが息を呑む。

 

 立香は、知らず胸に手を当てていた。

 

 アトラスの声は、静かだった。

 だが、水底の法廷にまっすぐ届いた。

 

「己は、この名で沈めた」

 

 王宮記録層に、沈没裁定の文字が浮かぶ。

 

「この名で残した」

 

 星詠みの詩の原曲が、遠くで淡く光る。

 

「この名で誤った」

 

 封鎖裁定の記録が、赤く浮かぶ。

 

「この名で撤回した」

 

 封鎖解除の記録が、青く重なる。

 

「この名で、未来へ通した」

 

 第一水門の向こうで、原曲ではない誰かの歌が、微かに響いた。

 

 アトラスは、三叉槍を握り直す。

 

「誤らぬ王であるから戴くのではない」

 

 王座の光が揺れる。

 

「誤った時、その誤りを己の裁定として記録し、撤回し、なお次を裁くために戴く」

 

 至高王は、しばらく応えなかった。

 

 水底の法廷に、星図の光だけが落ちる。

 

 ギルガメッシュが低く笑った。

 

 それは嘲笑ではなかった。

 

「ようやく、まともな答弁になったな、大洋王」

 

 アトラスは振り返らない。

 

「黙せ、英雄王」

 

「黙っておるとも。今のところはな」

 

 黄金の王の赤い瞳が、わずかに愉悦を帯びる。

 

「続けよ」

 

 アトラスは、第二水門へ向き直る。

 

「至高王アトラス」

 

 その呼びかけに、水底が震えた。

 

 初めて、アトラスは兄の王名を正面から呼んだ。

 

「汝は王だった」

 

 正位置の星が、静かに灯る。

 

「折れるまで、星だった」

 

 水底に、見上げる民の影が揺れる。

 

「だが、王座は生存によって保持されるものではない」

 

 アトラスは一歩進む。

 

「応答なき王座を、己は空位と裁定した」

 

 王宮文字が浮かぶ。

 

『空位裁定』

 

『異議申立』

 

『王冠側署名』

 

 至高王の声が降りる。

 

「その裁定もまた、誤りであったなら」

 

「誤りではない」

 

 アトラスは即答した。

 

 初めて、声に刃が宿った。

 

「兄上が存在していたことと、王であり続けたことは同義ではない」

 

 ギルガメッシュの目が、わずかに細くなる。

 

 それは、彼が言うはずだった言葉にも近かった。

 

 だが今、それを言ったのはアトラスだった。

 

「方角を示さぬ星を、己は王とは認めなかった」

 

 正位置の星が揺れる。

 

「それが誤りだと言うならば、証拠を出せ」

 

 水底の法廷に、沈黙が落ちた。

 

 その沈黙は重かった。

 

 至高王の声が、すぐには返らない。

 

 アトラスは続ける。

 

「王名を返せと言うならば、示せ」

 

 血色の瞳が冷たく光る。

 

「汝が今も、星詠みの詩の未来を王座へ戻さず、民を原型へ縛らず、誤りを誤りとして引き受ける王であると」

 

 王座の光が強まる。

 

「示せぬならば」

 

 アトラスは、三叉槍を第二水門へ向ける。

 

「この王名は返されない」

 

『王名返還処理、反証要求』

 

『原権限者応答待機』

 

『応答不能』

 

『返還処理、停滞』

 

 声はある。

 だが、裁定がない。

 

 第二水門が軋んだ。

 

 至高王の声が、わずかに低くなる。

 

「汝は、己(おれ)を棄却するのか」

 

「違う」

 

 アトラスは答えた。

 

「棄却せぬ」

 

 至高王アトラスを。

 己が見上げた兄を。

 民が方角を求めた王を。

 折れるまで、正位置の星であった者を。

 折れたのちも、なお在った者を。

 そして、その王を見上げ、その名を継いだ己も。

 

「棄却せぬから、返さぬ」

 

 王宮記録層に、青い光が走った。

 

『現保持者応答、成立』

 

『王名保持意思、確定』

 

『返還異議、成立』

 

『返還処理、継続不能』

 

『第二封鎖層、解除』

 

 第二水門が開く。

 

 砕けはしなかった。

 焼けもしなかった。

 ただ、返還のために閉じていた道が、音もなく開いた。

 

 アトラスは、しばらくその門を見ていた。

 

 そして、低く言う。

 

「王名返還処理を、棄却する」

 

 水底の王宮に、その裁定が記録された。

 

 正位置の星は、まだ消えていない。

 

 至高王も、まだ退いていない。

 

 だが、第二の水門は開いた。

 

 王名は返されなかった。

 

 通信の向こうで、マーリンが小さく息を吐く。

 

 けれど、まだ語らない。

 

 王の名の審問は終わった。

 だが、星の夜は、まだ開かれていない。

 

 その時、王宮記録層の奥で、第三の水路が動いた。

 

 未来側の流路が震える。

 

 第一水門を抜けたはずの変奏が、遠くでまた揺らぐ。

 今度は原型へ戻されるのではない。

 

 未来そのものが、王権の輪郭に沿って折り畳まれようとしていた。

 

 管制室で、ダ・ヴィンチの端末に新たな警告が走る。

 

『第三封鎖層:未来』

 

『未来変奏、王権帰属処理開始』

 

『変奏先、原典回帰路へ再接続』

 

 マシュが盾を構える。

 

「第三水門……!」

 

 アトラスは、三叉槍を握った。

 

 その手は、もう震えていない。

 

 至高王の声が、遠くから降りる。

 

「ならば見よ、エウメロス」

 

 水底の空に、正位置の星が大きく開いた。

 

「王が、なぜ帰る道を必要としたのかを」

 

 王宮記録層の奥で、古い夜が開く。

 

 見上げられ続けた星の、失われた夜が。

 




前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も掲載しています。
https://syosetu.org/novel/420096/

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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