The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第五章 未来の水門

 第三水門が開いた。

 

 音は、門のものではなかった。

 

 それは、海が割れる音に似ていた。

 あるいは、星図が折り畳まれる音に似ていた。

 

 王宮記録層の奥で、未来の声が引かれていく。

 

 原曲へ戻されるのではない。

 旋律を直されるのでもない。

 

 もっと深い場所。

 

 歌がどこで歌われたか。

 誰の声で響いたか。

 どの時代の空を見上げたか。

 

 そのすべてが、王冠の下へ結び直されようとしていた。

 

『第三封鎖層:未来』

 

『未来変奏、王権帰属処理加速』

 

『帰属先:至高王冠座標』

 

『未来側自由応答、低下』

 

 管制室で、ダ・ヴィンチの端末が赤い警告を吐き続ける。

 

「まずいね。形の固定じゃない。これは権利の固定だ」

 

「権利……?」

 

 立香が聞き返す。

 

 管制室で、ダ・ヴィンチは画面を睨んだまま答えた。

 

「歌われた未来そのものの帰属先を、至高王の王権へ上書きしている。歌は残る。変奏も残る。けれど、それがどこへ属するかは、すべて王座が決める」

 

 マシュが盾を構え直す。

 

「つまり、未来で歌われても、未来のものにはならない……?」

 

「そういうことだ」

 

 ニトクリスが唇を引き結ぶ。

 

「墓に名を刻むことと、名の行き先を縛ることは違います。これは、死者の名を守る術式ではありません。生きた声に、王座への帰還を命じ続ける術式です」

 

 未来の声が、細くなる。

 

 遠い時代の誰かが歌った星詠みの詩。

 原曲とは違う節回し。

 見知らぬ土地の言葉。

 子どもが間違えた拍。

 老いた声が伸ばしきれなかった音。

 旅人が海ではなく砂漠の星を見て歌った旋律。

 

 そのすべてが、同じ座標へ引かれていく。

 

 王冠へ。

 

 正位置の星へ。

 

 帰るべき場所へ。

 

 アトラスは、第三水門を見据えていた。

 

 紺碧の鎧は、白い光を受けて淡く沈んでいる。

 その指先で、三叉槍が微かに鳴った。

 

 だが、青い火はまだ開かない。

 

 開けないのではない。

 

 開かない。

 

 王として、その時ではないと裁定している。

 

 その隣で、黄金の王が笑った。

 

 水底に生まれた岸の気配は、いっそう濃くなる。

 至高王の白と、大洋王の紺碧のあいだに立った黄金の境界線は、もう揺らがない。

 

「さて」

 

 ギルガメッシュは、第三水門を見上げた。

 

「未来をひとつの王座へ収めるか。つくづく、几帳面な王よ」

 

 アトラスは横目で見る。

 

「兄上を侮るな」

 

「侮っておらぬ。むしろ褒めておる」

 

 黄金の門が、背後に開く。

 

 ひとつ。

 ふたつ。

 数えきれないほどに。

 

 王の財宝。

 

 その光が、水底の夜を照らした。

 

 だが、それは第三水門を砕くための一斉射ではなかった。

 宝具の刃は、水門へ向いていない。

 

 黄金の蔵は、攻撃ではなく、展開として開いていた。

 

 無数の宝。

 無数の時代。

 無数の国。

 無数の手へ渡り、名を変え、意味を変えていった――その、すべての始まり。

 

 王の財宝は、原典の蔵である。

 

 原典でありながら、無数の未来を孕む蔵。

 

 至高王の王冠が、未来をひとつの帰還先へ収束させるなら。

 

 英雄王の蔵は、未来の枝を水底へ並べる。

 

 通信の向こうで、ダ・ヴィンチが息を呑んだ。

 

「……なるほど。帰属先を一つに縛る術式に、別系統の原典群をぶつけるのか」

 

 立香が見上げる。

 

「それで止められる?」

 

「完全には無理だ。けれど、収束を乱せる。王冠座標へ引かれる未来に、別の参照点を無数に発生させるんだ」

 

 ギルガメッシュは、聞こえていたのか、薄く笑った。

 

「説明が長いぞ、雑種」

 

「分かりやすく言っただけだよ」

 

「ならば、こう言え」

 

 黄金の王は、第三水門へ向かって手を掲げた。

 

「王冠が一本の帰路を命じるなら、我が蔵は千の出口を開く」

 

 その瞬間、王の財宝が輝いた。

 

 刃が放たれる。

 

 だが、敵を穿つためではない。

 

 水底の空間に、黄金の線が走る。

 いくつもの道が開く。

 宝具の軌跡が、未来側へ届く細い橋となる。

 

 星詠みの詩の変奏が、王冠へ引かれながらも、一瞬だけ別の方向へ震えた。

 

『未来側自由応答、微弱回復』

 

『帰属処理、干渉発生』

 

『参照座標、多数発生』

 

 マシュが顔を上げる。

 

「未来の声が……戻っています!」

 

「戻っているのではない」

 

 アトラスが言った。

 

「逸れている」

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「不服か、大洋王」

 

「不服ではない」

 

 アトラスは三叉槍を構える。

 

「逸れることを許さぬものを、己(おれ)は未来とは呼ばぬ」

 

 至高王の声が降りる。

 

「逸れた先が、失われる道であってもか」

 

 その声は責めていない。

 

 むしろ、静かだった。

 帰還先を示す王の声。

 迷う者を港へ返そうとする星の声。

 

 アトラスは答えない。

 

 答えの前に、第三水門が動く。

 

 王冠の光が、黄金の参照座標を呑もうとする。

 開かれた千の出口が、ひとつずつ白へ塗り潰されていく。

 

 王の財宝から放たれた宝具たちが、未来側の声を支えようとする。

 

 だが、第三水門は広い。

 

 未来そのものを王座へ結び直す水門。

 原型でも、名でもない。

 行き先の裁定。

 

 白い光が、黄金の枝を絡め取る。

 

 マシュが叫ぶ。

 

「宝具の軌道が、王冠座標へ引かれています!」

 

 管制室で、ダ・ヴィンチが端末を叩く。

 

「相手は王冠側署名だ。単なる物量だけじゃ押し切れない!」

 

「物量ではない」

 

 ギルガメッシュの声が低くなる。

 

 笑みは消えていない。

 だが、赤い瞳の奥に、王の裁定がある。

 

「我が蔵を、数で測るな」

 

 黄金の門がさらに開く。

 

 今度は刃だけではない。

 杯。

 楔。

 船の舳先。

 星図。

 古い都市の礎石。

 まだ名を持たぬ時代の道具。

 神の手を離れ、人の手に渡ったものたち。

 

 水底に、無数の記録が並ぶ。

 

 宝とは、ただ保存されるものではない。

 

 使われる。

 奪われる。

 受け継がれる。

 壊れる。

 名を変える。

 意味を増やす。

 

 それでも、宝である。

 

 ギルガメッシュは、王冠の星を見据えた。

 

「聞け、正位置の星」

 

 その呼びかけに、白い王冠が震える。

 

「原典とは、墓標ではない」

 

 王の財宝が、いっせいに輝く。

 

「我が蔵は宝を収める。墓ではない」

 

 空気が止まった。

 

 水底の王宮に、その言葉だけが重く落ちる。

 

 アトラスの指が、三叉槍の柄を握り直した。

 

 至高王の声が返る。

 

「原典へ帰れぬものは、やがて名を失う」

 

「名を失うことと、意味まで失うことを見紛うな」

 

 ギルガメッシュは即答した。

 

「宝は人の手に渡り、名を変え、姿を変え、時に価値すら知られず土に埋もれる。それでも、我が目が宝と認めたなら宝よ」

 

 赤い瞳が細くなる。

 

「貴様の王冠に戻らねば失われるなど、片腹痛い」

 

 第三水門が軋む。

 

 至高王の白い光が強まる。

 

「汝は、なぜその名を知る」

 

 白い王冠の声が、黄金の王へ向いた。

 

「エウメロスの名を」

 

 ギルガメッシュは、わずかに笑った。

 

「山門の夜、王座の下に沈めた名が浮いた」

 

 アトラスの指が、三叉槍の柄にかかる。

 

「隠したつもりの名ほど、よく光る。ことに、王の目の前ではな」

 

 そこで、黄金の王は一度だけ言葉を切った。

 

「否」

 

 赤い瞳が、紺碧の王を見る。

 

「貴様が隠したからではない。貴様が、その名ごと王座に座っていたからだ」

 

 水底に、短い沈黙が落ちた。

 

 アトラスは否定しなかった。

 

 至高王の声が、静かに問う。

 

「では、すべてを王の目に委ねるか、英雄王」

 

「違うな」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「我は裁定を奪わぬ」

 

 その視線が、アトラスへ向く。

 

「ここに、海を統べる王がいる」

 

 アトラスは、黙ってその視線を受けた。

 

 その目は、答えを与えなかった。

 

 ただ、王が王を見る目だった。

 

 ギルガメッシュの赤い瞳は、紺碧の鎧の奥にある血色の瞳を射抜いている。

 

 そして、彼は言った。

 

「選べ、大洋王」

 

 黄金の門が、未来へ向かって開く。

 

 ひとつではない。

 

 十でもない。

 

 王冠へ収束する一本の帰路を囲むように、黄金の軌跡が幾重にも走った。

 

「我の財を踏み台にする栄誉、貴様にだけは許してやる」

 

 立香は、一瞬だけ呼吸を忘れた。

 

 マシュも目を見開いている。

 

 通信の向こうで、ダ・ヴィンチが思わず乾いた笑いを漏らした。

 

「……本当に、あの王は」

 

 アトラスは、ギルガメッシュを見る。

 

 血色の瞳が、わずかに細くなった。

 

「沈むなよ、英雄王」

 

「誰に向かって言っておる」

 

「足場にするのだろう」

 

「ほう」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「よい。踏み抜いてみせろ、大洋王」

 

 アトラスが動いた。

 

 その動きは、速さではなかった。

 

 裁定だった。

 

 紺碧の足が、最初の黄金を踏む。

 

 その瞬間。

 

 王冠へ引かれていた未来の声が、ひとつ、横へ震えた。

 

『参照座標、接続』

 

『未来側流路、発生』

 

 立香が息を呑む。

 

「流れが……」

 

「変わった!」

 

 ダ・ヴィンチの声が飛ぶ。

 

「ギルガメッシュが作ったのは出口の候補だ。アトラスがそこへ王権を通したことで、初めて未来側へ抜ける流路になった!」

 

 アトラスは次の黄金を踏む。

 

『参照座標、接続』

 

 もう一本。

 

 白へ引かれていた旋律が、王冠の手前で分かれる。

 

 子どもの歌が逸れた。

 

 異国の発音が逸れた。

 

 老いた声が、原曲とは違う長さで星の名を呼び、そのまま白い流れから外れていく。

 

 アトラスは止まらない。

 

 宝具の刃の背に乗る。

 古い船首を蹴る。

 都市の礎石へ着地する。

 星図の縁を踏み越える。

 

 踏むたびに、黄金の点が線になる。

 

 線が、流路になる。

 

 流路を得た未来の声が、王冠以外の方向へ流れ始める。

 

 ギルガメッシュが置いたのは、出口だった。

 

 そこへ水を通しているのは、大洋王の裁定だった。

 

 だが、その先まで決めているわけではない。

 

 王冠へ戻る以外の余地だけが、ひとつずつ開いていく。

 

 それを見下ろす英雄王の赤い瞳には、怒りではなく、深い愉悦があった。

 

 至高王の声が降る。

 

「その声は、原型を失う」

 

 アトラスは答えない。

 

 次の黄金を踏む。

 

『未来側流路、拡張』

 

 未来側へ、また一本の流れが開く。

 

「その声は、いつか星詠みの詩であったことを忘れる」

 

 白い光が強まった。

 

 開いたばかりの流路を、王冠が再び絡め取ろうとする。

 

 黄金の線が軋む。

 

 アトラスは、その上を進む。

 

 第三水門の中心へ。

 

 そこは、すべての未来を王冠へ結び直そうとする場所だった。

 

 流路が集まる。

 

 帰属が定められる。

 

 逸れたものさえ、最後にはひとつの座標へ戻される。

 

 外から出口を開くだけでは、王冠は何度でも流れを回収する。

 

 帰属そのものを裁くなら、その中心へ立たねばならない。

 

 アトラスは黄金を踏み越える。

 

 白と黄金の境界を越え、第三水門の中心へ降り立った。

 

「それでも、汝は通すのか」

 

 アトラスは三叉槍を構える。

 

「通す」

 

 水底が震えた。

 

「原型は残す。記録も残す。帰る道も残す」

 

 白い流れのただ中で、紺碧の王が立つ。

 

「だが、未来の声に、原型であり続ける義務を課さぬ」

 

 至高王の光が強まった。

 

「星詠みの詩が、星詠みの詩でなくなるとしてもか」

 

 立香は息を呑んだ。

 

 それは、これまでで最も深い問いだった。

 

 変わることを許す。

 戻らないことを許す。

 だが、変わり続けた果てに、元の名すら失うなら。

 

 それでも、残したと言えるのか。

 

 アトラスは、わずかに沈黙した。

 

 ギルガメッシュは口を出さない。

 

 マシュも、ニトクリスも、立香も、何も言わない。

 通信の向こうのダ・ヴィンチも、答えを置かなかった。

 

 正位置の星は、帰還を命じている。

 

 黄金の王は、出口だけを開いている。

 

 そして大洋王だけが、その流れの中心に立っている。

 

 アトラスは言った。

 

「名を忘れた声を、己はただちに星詠みの詩とは呼ばぬ」

 

 王冠の光が、勝利を得たように強まる。

 

 だが、アトラスは続けた。

 

「だが、星を見上げる声を、失敗とも呼ばぬ」

 

 白い光が止まる。

 

「遠き星より来た者たちが、この星の空を覚えるために作った歌。それが星詠みの詩の原型であるなら」

 

 アトラスは、開かれた流路の向こうを見る。

 

 どこへ届くかは分からない。

 

 誰が歌うかも分からない。

 

 名が残るかさえ、分からない。

 

「この星に生きる者が、己の空を覚えるために歌う声を、己は棄却せぬ」

 

 黄金の流路が、一斉に脈打った。

 

『未来側自由応答、上昇』

 

『王権帰属処理、干渉拡大』

 

『至高王冠座標、収束失敗』

 

 未来の声が、王冠から離れる。

 

 だが。

 

 白い光が再び膨れ上がった。

 

 開いた流路が、根元から王冠へ引き戻される。

 

『王冠側署名、優先』

 

『未来変奏、王権帰属処理継続』

 

 ダ・ヴィンチが叫ぶ。

 

「まだだ! 流路は開いたけど、帰属処理そのものが止まってない!」

 

 ニトクリスが杖を掲げる。

 

「帰還路は消えていません。揺らいでいるのは、帰還を命じる方だけです……!」

 

 アトラスは三叉槍を水底へ突き立てた。

 

「第三水門へ命ずる」

 

 紺碧の光が、中心から水門全体へ走る。

 

「未来変奏の王権帰属処理を停止せよ」

 

『大洋王権限、照合』

 

『照合中』

 

『照合中』

 

『照合中』

 

 白が、押し返す。

 

 王冠へ帰れ。

 

 原典へ帰れ。

 

 王座へ帰れ。

 

 失われる前に。

 

 忘れられる前に。

 

 漂流する前に。

 

 先ほどまで開いていた黄金の流路が、一本ずつ白へ呑まれていく。

 

 アトラスは動かない。

 

 ここまで踏んできた。

 

 ひとつずつ。

 

 出口を。

 

 流路を。

 

 未来へ通る余地を。

 

 そして今、そのすべてが再び王座へ戻されようとしている。

 

 血色の瞳が、真正面から王冠を見た。

 

 もう、出口の問題ではなかった。

 

 流路の問題でもない。

 

 未来が最後にはどこへ属するものとして処理されるのか。

 

 その一点だった。

 

 アトラスは、三叉槍を握る。

 

「未来は、王座へ返さぬ」

 

 その一言で、水底の夜が割れた。

 

『異議、検出』

 

『未来側自由応答、回復』

 

『王権帰属処理、停止不能』

 

『停止不能』

 

『停止不能』

 

 白い王冠の光が、強引に未来の声を引き戻す。

 

 第三水門はまだ閉じない。

 

 王冠側署名が、処理を継続している。

 

 ギルガメッシュの赤い瞳が、奥を見た。

 

「本体ではないな」

 

 通信の向こうで、ダ・ヴィンチが息を呑む。

 

「え?」

 

「この水門は術式だ。命令ではあるが、命じる者そのものではない」

 

 ギルガメッシュは、開いた王の財宝の奥を見ている。

 

「署名が奥へ退いておる」

 

 アトラスも気づいた。

 

 第三水門の中心。

 王冠の光のさらに奥。

 未来の声を王座へ引くその根元に、王冠側署名がある。

 

 だが、それは水底にはない。

 

 表層にはない。

 

 星の裏側へ退いた、折れた星の署名。

 

 存在は残った。

 王冠も、署名も、祈りも残った。

 応答だけが返らなくなった王。

 

 その署名が、今、王命だけを表層へ伸ばしている。

 

 アトラスは、低く言った。

 

「兄上」

 

 至高王の声は返る。

 

「帰還先を失えば、未来は漂流する」

 

「違う」

 

 アトラスは言った。

 

「未来は、漂流する権利を持つ」

 

 マシュが、はっと息を呑んだ。

 

 その言葉は、無責任な放任ではなかった。

 

 海を知る王の裁定だった。

 

 港を知る王。

 穀倉を見た王。

 水路を引いた王。

 沈めることを知った王。

 

 だからこそ、漂流をただの失敗とは呼ばない。

 

「帰る場所を失った者に、帰還先を示すことは救済であろう」

 

 アトラスの声は静かだった。

 

「だが、帰らぬ者へ帰還を命じ続けることは、救済ではない」

 

 王冠の光が軋む。

 

「星詠みの詩は、王座へ返さぬ」

 

 未来の声が広がる。

 

「原型へ返さぬ」

 

 黄金の足場が、さらに開く。

 

「兄上の失意へ返さぬ」

 

 その瞬間、第三水門の一部が砕けた。

 

 完全ではない。

 

 水門全体ではない。

 

 だが、未来側の流路が開いた。

 

 王冠へ収束しかけていた変奏が、水底の外へ、まだ見ぬ時代へ向かって散っていく。

 

 遠い未来の誰かの声が、星を呼ぶ。

 

 原曲ではない。

 完全ではない。

 正しくもない。

 

 けれど、歌われていた。

 

 アトラスは、その声を聞いた。

 

 ギルガメッシュは、その横顔を見ていた。

 

 手を伸ばすこともなかった。

 

 ただ、赤い瞳の奥で、愉悦が深く燃えている。

 

 この海がどこへ届くのか。

 

 その問いの答えを、誰より近くで見ている王の目だった。

 

 アトラスは、三叉槍を下ろす。

 

『第三封鎖層:未来』

 

『未来変奏、限定通過』

 

『王権帰属処理、一部破損』

 

『帰還命令、継続』

 

 通信の向こうで、ダ・ヴィンチの声が低くなる。

 

「……突破した。でも、終わってない」

 

「水門は開いたのではありませんか?」

 

 マシュが問う。

 

「流路は開いた。未来側の声も通った。でも、帰還命令の根元が残ってる」

 

 ニトクリスが、白い王冠の奥を見る。

 

「王冠側署名……」

 

「そう」

 

 通信越しに、ダ・ヴィンチは低く言った。

 

「第三水門は壊れかけている。けれど、命令を出している署名そのものは、星の裏側へ退こうとしている」

 

 王冠の光が、水底の奥へ沈む。

 

 違う。

 

 奥ではない。

 

 裏側だ。

 

 表層では届かない場所へ。

 

 人理の手が届かない場所へ。

 

 折れた星が退いた場所へ。

 

 アトラスの三叉槍が青く震えた。

 

 火天八紘の火口が、一瞬だけ開きかける。

 

 水底に、青い火の気配が灯る。

 

 だが、アトラスはまだ火口を開かない。

 

 対象が定まっていない。

 

 帰還路を焼いてはならない。

 原型を焼いてはならない。

 未来の声を焼いてはならない。

 至高王の記録を焼いてはならない。

 

 焼くべきものは、ただひとつ。

 

 原典回帰を義務づける王命。

 

 その署名だけを、終わらせねばならない。

 

 ギルガメッシュが、白い王冠の奥を見た。

 

 赤い瞳が、星の裏側へ退こうとする王冠側署名を捉える。

 

「逃がすと思うか」

 

 その声は、低かった。

 

 王の財宝の奥で、鎖の音がした。

 

 まだ放たれてはいない。

 

 けれど、至高王の署名が、初めて逃げ場を失ったように震えた。

 

 アトラスが、隣に立つ黄金の王を見る。

 

「英雄王」

 

「次は、逃げ道を縛る」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「火口を開くなら、その時にせよ。大洋王」

 

 アトラスは、青い火を閉じたまま答えた。

 

「承知した」

 

 未来は、王座へ返らなかった。

 

 だが、王命はまだ終わっていない。

 

 王冠の奥で、王冠側署名が星の裏側へ退こうとしている。

 

 水底には、岸と海があった。

 

 黄金の門の奥で、天の鎖が鳴る。

 

 青い火は、まだ灯らない。

 

 終末は、まだ開かれない。

 

 だが、焼くべきものの名は、もう定まっていた。

 




前日譚の『The Reaching Shore――届かせるもの――』も掲載しています。
https://syosetu.org/novel/420096/

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  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
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