The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
本作は『The Reversed Star』山門戦から分岐する、救済のないダークIFです。
★全五話ですが、本編の理解に必要な内容はありません。読まずに次の章へ進んでいただいて問題ありません★
監禁、身体拘束、本人の同意によらない受肉・婚姻および所有の主張、衣食・治療を含む身体と生活の強制的な管理、継続的な暴力と恐怖反応、心理的虐待、オリジナル人物の処刑・死別を含みます。
本作では、原作キャラクターであるギルガメッシュが明確な加害者として描写されます。救出、改心、和解、恋愛的成就、監禁からの脱出はありません。
性的暴行や露骨な性描写はありませんが、強制的な「花嫁」扱いと非同意の関係性を扱います。また、加害行為を愛情として肯定・免責する内容ではありません。
以上の要素が苦手な方は、閲覧をお控えください。
57.判決のあと
英雄王は、あの判決へ答えなかった。
否定する言葉を持たなかったのではない。言葉を並べることはできた。王道の優劣を説き、命へ背いた者の末路を語り、自らの領域で下した裁定だと押し切ることもできた。
だが、何を言おうと変わらない事実が残った。
ミオを捕らえたのは彼だ。
殺すと決め、命じたのも彼だった。
アトラスは自分の関与を一つも捨てず、その事実だけを英雄王へ返した。
英雄王は監禁室を去った。
それからも、蔵の時間は止まらなかった。
灯りが変わり、食事と水が運ばれる。薬が補充され、室温が調整され、傷を覆う布が取り替えられる。
黄金の人形は、告げない。
問わない。
返答も待たない。
その手が届く前に、アトラスが自分から腕を差し出すことがあった。
処置の必要を確かめ、呼吸を整え、震える指を開いて腕を上げる。動きは遅くても、自分で選んだ後に身体を渡す。
毎回ではなかった。
足音だけで肩が固まり、腕を上げる前に手首を取られることもある。疲労で身体を起こせず、衣服をずらされた後も、しばらく元の姿勢へ戻れない時もあった。
黄金の手は、その違いを見ない。
必要な作業だけを終え、配置を乱したまま去っていく。
人形が出た後、アトラスは水を右側へ戻した。
薬を用途ごとに分け、清潔な布を使用済みの布から離す。
広げた記録には、ミオの筆跡が残っていた。
その末尾に、別の手で書かれた名がある。
ミオ。
アトラスは、外から運ばれてくる水の状態を確かめ、観測できたことだけを石炭で書き足した。
濁りは、以前より少ない。
誰が維持口を開いたのかは分からない。病人がどうなったのかも、新たな死者の名も届かない。
それでも水は動いている。
アトラスは推測を加えず、分からないものを不明のまま残した。
希望と書くことも、救済と書くこともなかった。
水の状態。
届いた時刻。
匂い。
濁り。
観測できた事実を置き、記録を広げたまま石炭を置いた。
英雄王の蔵の底で、王の手順だけが続いていた。
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58.完成した外形
室内は作り替えられていた。
石の壁には織物が掛けられ、床には厚い敷物が置かれている。灯りは柔らかく調整され、食器も水差しも、蔵から選び出された華美なものへ替えられていた。
アトラスのためではない。
英雄王が花嫁へ与える部屋として整えられたものだった。
新たな人間は置かれなかった。
問う者を配置すれば、また判断が生じる。
拒否を受け取り、待つ者がいれば、その者自身の裁定が育つ。
英雄王は同じ過ちを繰り返さない。
黄金の人形が水青の髪を梳き、衣服を替え、宝飾を加えた。
触れる前の声はない。
アトラスの身体が強張っても手は止まらず、指が衣を掴んでも、必要な形へ整えられるまで作業は続いた。
金糸を織り込んだ衣が、小さな身体を覆う。
首と腕には金の飾りが置かれ、鎖さえ装いの一部に見えるよう位置を整えられた。
髪へ新たな飾りを加えようとした手が、一輪の黄金へ触れた。
アトラスの指が動く。
落ちかけた花を受け止め、胸元へ引き寄せた。
黄金の人形は、別の飾りを選び直した。
しばらくして、アトラスは受け止めた花を自分の手で水青の髪へ戻した。
ミオが差した位置とは、わずかに違っていた。
それでも、その一輪だけは残った。
英雄王は完成した姿を見た。
望んだ外形がそこにある。
傷は覆われ、髪は整い、黄金は水青と白い肌の上で美しく映えていた。身体が震えていなければ、誰もそれが強制によって作られた姿だとは思わなかったかもしれない。
「貴様は美しい」
虚偽ではなかった。
慰めでも、皮肉でもない。
ギルガメッシュは真作へ向けるのと同じ正確さで、目の前の美を評価していた。
アトラスはすぐには答えなかった。
肩に残る緊張を解けないまま、何度か浅い呼吸を繰り返す。
血色の瞳が上がるまで、長い間があった。
「それは、汝の評価だ」
声は掠れていた。
一度、息を継ぐ。
「己(おれ)の裁定ではない」
英雄王の評価を否定しない。
美しくないとも、黄金が似合わないとも言わない。
ただ、その評価が誰に属するものかを戻した。
外形は完成していた。
そこへ英雄王が与えた意味だけが、アトラスの内側へ届かなかった。
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59.証拠にならないもの
アトラスは食事を取る。
水を飲み、必要な薬を選び、傷の処置を受ける。
英雄王が与えた衣服を身につけ、英雄王が決めた部屋から出ず、灯りが落とされれば身体を横たえる。
呼びかけへ返答することもある。
命じれば顔を上げ、鎖を引けば姿勢を変え、接近すれば呼吸を止める。
すべて、英雄王が得ている反応だった。
それでも、彼自身の鑑定に耐えるものは一つもない。
逃げられない者が留まることは、選択ではない。
生命を維持するために食べることも、彼を望んだ証拠にはならない。
強制される前に処置を採るのは、支配への同意ではなく、自分の身体を可能な限り自分の裁定へ戻すための手順だった。
「顔を上げよ」
英雄王が命じる。
アトラスの指が震えた。
呼吸を整えた後、血色の瞳がゆっくりと上がる。
命令には従った。
だが、その瞳に肯定はなかった。
ギルガメッシュは見誤らない。
命じられて上げた顔を、自分を見たいと望んだ証拠として数えることはできない。
恐怖によって身体が近づいたとしても、それを親愛とは呼べない。
彼が自ら作った反応は、彼が欲した回答ではなかった。
偽物を真作として受け取るほど、英雄王の目は鈍くない。
だからこそ、積み上げた支配の事実は、彼自身の鑑定によって一つずつ退けられた。
身体は従う。
生活は続く。
それでも、選ばれてはいない。
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60.唯一の真正品
命じられなくても、アトラスが行うことはあった。
水を右側へ戻す。
薬を分類する。
記録を広げる。
ミオの名が擦れないよう、布へ触れる位置を選ぶ。
運ばれてきた水を確かめ、分かる範囲だけを書き加える。
誤った責任を置かれれば訂正し、身体へ起きたことと、それを誰が選んだかを分ける。
そして、英雄王が与えた呼称を認めない。
それらは、誰にも命じられていない。
恐怖が消えた時だけ行われるものでもなかった。
手が震え、呼吸が乱れ、声が途切れても、同じ結論が提出される。
拒絶。
訂正。
英雄王の蔵で、アトラスから自発的に差し出されるものは、それだけだった。
肯定は得られない。
花嫁として英雄王を選ぶ言葉は、一度も生じない。
彼の誤りを分け、返し、採用しないという答えだけが、その都度新しく生成される。
それは、英雄王がアトラスを得ていない証拠だった。
同時に、彼が山門で見出した王が、今も失われていない証拠でもある。
拒絶を消せばよい。
その一つを壊せば、静かな身体だけが残る。
だが、拒絶できる裁定主体を消した時、英雄王が欲したものも消える。
王でなくなった器を蔵へ置くことに、意味はなかった。
だから彼は、拒絶を憎みながら、その拒絶が真正であることを誰より正確に見続けていた。
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61.呼べない王
英雄王の足音が近づくと、アトラスの肩が固まった。
扉が開く前から、指が布の端を掴む。
呼吸が浅くなり、顔を上げるまでの時間が長くなる。
それでも、扉から視線を完全には逸らさなかった。
ギルガメッシュは室内へ入り、アトラスを見た。
水青の髪。
血色の瞳。
黄金の花。
彼が与えた衣と宝飾。
彼がつけた傷を覆う布。
王であることを疑う余地はない。
自分の領域へ別の裁定を発生させ、外の現実を動かした者が誰であるかも知っている。
それでも、その王号は口にしなかった。
本人へ向けて発すれば、アトラスが自分とは別の裁定主体であることを、もう一度自分の声で認めることになる。
代わりに、所属を示す名を選ぶ。
「花嫁」
アトラスの指に力が入った。
呼びかけへ返事はない。
「聞こえぬか」
「聞こえている」
長い間の後、掠れた声が返った。
「ならば応じよ」
血色の瞳が英雄王を見る。
「呼ばれた身分を採用していない」
ギルガメッシュは笑わなかった。
正確な返答だった。
彼が口にできなかった王号の代わりに投げた名を、アトラスはまた彼の側へ戻した。
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62.見られている
アトラスは英雄王を見ていた。
責めるために目を見開くことも、憎悪を示すために表情を歪めることもない。
ただ、観測する。
自分を泥へ沈めた者。
身体を縛り、生活を閉じた者。
ミオを捕らえ、殺すと決めた者。
その死を、アトラスの王道が支払うべき代価として渡そうとした者。
それでもアトラスを殺せず、王性を壊せず、自分の呼称への肯定だけを得られない者。
血色の瞳は、見たものを大きくも小さくもしなかった。
その正確さも、アトラスから隠すことはできなかった。
その正確さを保ったまま、支配を選んだことも見ている。
英雄王にとって耐え難いのは、拒絶されることだけではなかった。
自分が見出した真作から、自分もまた見抜かれている。
何も言わずとも、その視線は、彼の所業を誰のものにも取り違えなかった。
英雄王がどれほど黄金を重ねても、衣を替えても、呼称を与えても、彼女が見た行為の主体は変わらない。
ギルガメッシュの指が動いた。
視線を退けるように、空を払う。
それでも血色の瞳はそこにあった。
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63.一拍
「我を見るな、女」
声が室内を打った。
アトラスの視線が落ちた。
一拍だった。
肩が強張り、呼吸が止まり、身体が命令と恐怖へ反応した。
ギルガメッシュは、その違いを正確に知った。
アトラスが見ないと裁定したのではない。
肉体が先に逸れただけだ。
命令が通ったという満足は生じなかった。
彼が求めているのは、恐怖によって伏せられた目ではない。
アトラスは細く息を吐いた。
震える指を一度開き、布の上へ置き直す。
それから、自分の意思で顔を上げた。
血色の瞳が、もう一度英雄王を捉える。
「汝が、己をここへ置いた」
見られたくないなら、扉を開ければよい。
鎖を解き、外へ出せば、アトラスの視線は彼を追わない。
だが、それだけは選べない。
自分の前へ閉じ込めた者へ、見るなと命じる。
その矛盾まで、アトラスは見ていた。
ギルガメッシュの赤い瞳が細くなる。
「恐怖に伏した目を、自ら戻したか。……よい」
肉体の恐怖を、服従とは数えない。
彼が肯定したのは、恐怖の中で戻された視線だった。
その正確さもまた、アトラスから隠すことはできなかった。
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64.遮られた視界
言葉で止まらないなら、力で遮ることはできる。
ギルガメッシュはアトラスの顎へ手を掛けた。
身体が大きく強張る。
顔を横へ向け、血色の瞳が自分を捉えない位置へ固定する。
鎖の位置を変えれば、小さな身体は逆らえない。
肩が震え、指から力が抜けた。
布の端を掴んでいた手が床へ落ちる。
呼吸が止まり、口が開いても声は出なかった。
黄金の遮りが視界を塞ぐ。
アトラスから英雄王は見えなくなった。
「これで見えまい」
返答はない。
見えないことと、知らないことは同じではなかった。
視線を塞いでも、ミオを殺した者は変わらない。
顔を背けさせても、アトラスがすでに下した裁定は消えない。
英雄王の手の中で身体が震えている。
その反応は本物だった。
それでも、彼が止めたかったものは身体の奥に残っていた。
見られていない間も、自分が何をしたかは変わらない。
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65.越えない一線
英雄王の力が強くなった。
鎖が張り、アトラスの胸と喉の動きを狭める。
呼吸が戻らない。
肩の震えが次第に弱くなり、床へ落ちた指が動かなくなる。
血色の瞳は遮られたままだった。
あと一歩。
力を緩めずにいれば、二度と見られることはない。
訂正も、拒絶も、判決も止まる。
アトラスの身体から、最後の力が抜けかけた。
そこで、英雄王の手が止まった。
鎖が緩む。
細い呼吸が、途切れながら戻った。
失いたくない。
自ら鑑定した真作を消せない。
ここで死なせれば、得られなかったという事実だけが永久に残る。
生きていれば、選ばれる可能性は消えない。
どれほど自分の行為がその可能性を損なっていても、完全な喪失よりはましだった。
「処置せよ」
黄金の人形が入ってくる。
英雄王が傷つけた身体へ、薬と水を与える。
乱れた呼吸を戻し、傷を確かめ、布を巻き直す。
アトラスは自分から腕を差し出せなかった。
黄金の手が手首を取り、必要な処置を続ける。
傷つける。
維持する。
拒絶を止めたい。
だが、拒絶する王は失いたくない。
英雄王の矛盾が、同じ身体の上へ順番に刻まれていった。
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66.消せないもの
処置が終わっても、アトラスは話せなかった。
壁へ身体を預け、浅い呼吸を繰り返す。
黄金の人形が去り、扉が閉じた後も、指は動かなかった。
英雄王は待った。
待つことを慈悲とは思わない。
発語が戻らなければ、欲した回答も得られない。ただ、それだけの理由で時間を置く。
長い沈黙の後、アトラスの唇が動いた。
「汝は……それを、望まない」
声は途切れていた。
「何をだ」
アトラスは呼吸を整えようとした。
一度では足りず、何度も息を継ぐ。
「己が、消えることを」
英雄王は否定しない。
アトラスの血色の瞳は、まだ完全には焦点を戻していなかった。それでも声を作る。
「肉を傷つけ、星だけは消せずにいる」
英雄王が彼女に見出したものを、彼女自身が引用して返した。
山門の夜から、彼が彼女へ重ねてきた言葉だった。
消したいのは、アトラスの存在ではない。
自分を拒む裁定。
自分の行為を正確に返す判断。
だが、それらを失えば、彼が欲した王も失われる。
英雄王は、その診断を誤りとは言えなかった。
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67.同じ場所へ
英雄王が近づけば、アトラスの身体は強張る。
呼吸が浅くなり、発語が遅れ、時には命令へ反射的に従う。
その反応によって、彼は支配の実効を確認できる。
だが、裁定は変わらない。
アトラスが拒絶すれば、英雄王の苛立ちは強くなる。
さらに命じ、さらに近づき、身体を動かす。
身体への支配が深まるほど、そこから生じる肯定は真正ではなくなる。
彼自身が、その来歴を見抜いてしまう。
傷つけるほど、拒絶には理由が増える。
傍に置くほど、自分の失敗は明らかになる。
アトラスが生き続ければ、得られていない事実を確認し続けることになる。
だが、死なせれば失う。
服従させても、王でなくなれば意味がない。
アトラスの側にも出口はなかった。
英雄王には、それも分かっている。
彼が接近すれば、この王の身体は恐怖へ閉じ込められる。声が途切れ、自分から腕を差し出すこともできなくなる。
それでも、この王は偽った肯定を差し出さない。死も選ばない。記録と観測が残っている限り、己の裁定を止めることもない。
偽った肯定を差し出せば、アトラス自身の裁定ではなくなる。
死を選べば、ミオの記録も、外へ届いたものの観測も続けられない。
英雄王は恐怖を相手へ出力する。
アトラスは、そこから作られた身分を受け取らない。
二人は同じ場所へ戻り続けた。
殺せないほど失い難く、得られないほど傷つけ、傍に置くほど裁かれる。
閉じた場所で、同じ答えだけが繰り返し生成された。
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68.離れても解けない
英雄王は、監禁室へ行くことをやめた。
数日か、それ以上か。
アトラスには日付を確かめる術がない。
管理は黄金の人形へ任せ、食事も水も薬も途切れさせなかった。灯りは決められた周期で変わり、傷は処置され、身体は維持された。
彼女を見なければ、裁かれている感覚も薄れるはずだった。
アトラスは英雄王を呼ばなかった。
不在を尋ねず、帰還を待つための手順も作らない。
花嫁として夫の帰りを待つ姿は、一度も生じなかった。
水を戻し、薬を分け、記録を続ける。
外から届く水の濁りを確かめ、観測できたことだけを書き足す。
英雄王がいない時間は、彼への欠落として記録されなかった。
やがて、彼は監禁室へ戻った。
足音が近づいた時、アトラスの身体は以前と同じように強張った。
扉が開く。
指が震え、呼吸が浅くなり、血色の瞳が上がるまでに時間がかかる。
その反応を、会いたかったからとは読めない。
不在が執着を育てたのでもない。
時間を与えても、関係は成立しなかった。
傍に置けば見られる。
離れれば選ばれない。
戻れば恐怖される。
英雄王は、何も解けていない部屋へ帰ってきただけだった。
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69.身体と条件
ギルガメッシュは、室内を見渡した。
衣も食事も水も、すべて彼の蔵から供給されている。
灯りが変わる時刻も、治療の手順も、アトラスが眠る場所も彼が決めた。
逃走できる道はなく、外から入る情報も彼の管理を通る。
「貴様の身体も、生も、時も、我が蔵にある」
アトラスの指が止まった。
記録の上へ置いていた石炭を、ゆっくりと脇へ戻す。
「なお、我がものではないと言うか」
アトラスはすぐには答えなかった。
長い間があった。
身体は蔵にある。
生きるための水も食事も、英雄王の支配下にある。
時間も場所も、逃げる可能性も奪われている。
その現実を、アトラスは偽らなかった。
「汝が保持しているのは、身体と条件だ」
血色の瞳が上がる。
「己ではない」
英雄王が得たものを、何もないとは言わない。
身体。
空間。
時間。
衣食。
治療。
外へ出る可能性。
すべて彼の手にある。
だが、それらを積み上げても、アトラス自身が英雄王へ属するという結論には届かない。
英雄王は何も得なかったのではない。
得たものと、得られなかったものを混ぜていた。
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70.苦しみの管轄
「貴様は、我が何を失うところだったか知ってなお、拒むか」
怒りとして放たれた声だった。
哀願ではない。
理解を求める者の弱さも見せない。
それでも、その問いはアトラスの裁定を求めていた。
アトラスは英雄王を見る。
彼が失うことを恐れているもの。
一度見出した唯一が消えること。
自分の鑑定が届かずに終わること。
王であるアトラスから、ついに選ばれないこと。
理解していないわけではなかった。
「知っている」
短い返答だった。
ギルガメッシュの赤い瞳が細くなる。
「なお、我を拒むか」
アトラスの呼吸が浅くなった。
「汝の苦しみは、汝のものだ」
一度、声が途切れる。
アトラスは息を整え、もう一度つないだ。
「己へ押しつけるな」
苦しみを嘲笑しない。
小さなものとして扱わない。
ただ、それを理由に他者の身体と裁定を奪うことは認めない。
理解することと、免責することは別だった。
英雄王の恐怖は英雄王へ属する。
アトラスが引き受けるものではない。
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71.花嫁という名
「貴様は我が蔵にある」
ギルガメッシュは言った。
「我が衣をまとい、我が与える生を生きる」
黄金の衣。
黄金の装飾。
彼の管理によって維持される身体。
外から見れば、所有の外形は完成している。
「何を棄却しようと、世界は動かぬ。貴様は我が花嫁だ」
アトラスの肩が強張った。
水青の髪に残る一輪の花が、呼吸に合わせてわずかに揺れる。
「汝が己をそう呼ぶことと、己がそれを採用することは別だ」
英雄王は、いつか呼称を信じ込ませられると単純に考えているわけではなかった。
時間を重ねても、アトラスが承認しない可能性をすでに知っている。
それでも呼ぶことをやめられない。
やめれば、自分の口で認めることになる。
身体を得ても、花嫁としてのアトラスは得ていない。
彼の言う「まつろわぬ」は、王性が残っているという鑑定だった。
彼の言う「花嫁」は、その王性ごと自分へ属するという主張だった。
拒絶まで花嫁らしさとして取り込み、抗うことさえ関係の一部として蔵へ収めようとする。
アトラスは、その意味を採用しなかった。
英雄王は、それも知っていた。
抗うのは花嫁だからではない。
花嫁ではないから、抗っている。
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72.残った答え
英雄王は、今後もアトラスが承認しないことを理解していた。
殺せない。
解放できない。
王性を壊せない。
強制から自発的な肯定を作ることもできない。
拒絶を消せば、欲した真作が消える。
アトラスも理解していた。
呼称は続く。
監禁も終わらない。
身体は英雄王の接近を恐れ続ける。
拒絶しても、彼は手を止めない。
どちらも、相手の次の答えを知っている。
それでも英雄王は所有の主張を撤回せず、アトラスは誤った身分を採用しない。
ギルガメッシュは、血色の瞳を見た。
恐怖が残っている。
傷も、途切れる呼吸も、ミオを失った後の空白も消えていない。
それでも、アトラスが自分から差し出す最も真正な答えは、今も拒絶だった。
英雄王が得た唯一の真正品。
それは、彼が最も得たくなかった回答だった。
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73.失われた言葉
山門の夜、アトラスは同じ呼称を棄却しようとした。
身体を泥へ沈められ、鎖に縫い留められ、呼吸と発語を損なわれた後においてもだった。
「……その、呼称も……」
言葉はそこで途切れた。
続くはずだった言葉へ、身体が届かなかった。
今も、アトラスの身体は震えている。
声も完全には戻っていない。
英雄王の接近へ呼吸を乱し、力で視界を塞がれれば言葉を失う。
損害が消えたわけではない。
恐怖を克服したのでもない。
ミオを忘れたのでもなかった。
彼女はすでに悲嘆した。
名を記録した。
自分の責任を引き受け、英雄王の責任を返した。
身体と身分を分け、英雄王の苦しみを正しい場所へ戻した。
水青の髪に、一輪の花が残っている。
血色の瞳は乾いていた。
ギルガメッシュは、その瞳が次に返す答えを知っていた。
アトラスも、彼が呼称を撤回しないことを知っている。
その上で、二人は向き合った。
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74.何度でも
「ならば抗え、まつろわぬ花嫁」
「その呼称も棄却する」
「何度でも呼んでやる」
「何度でも棄却する」
次の章まで数日制作期間を置かせてもらうつもりです。
詳しくは以下の記事をご覧ください。
第三部は章ごとの連載になりそうです
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=344407&uid=332978
活動報告は更新しますので、次回更新までの暇つぶしにしていただければと思います。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=332978
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他