The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』第6話と第7話の幕間です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/文章生成AI補助あり。
詳しい注意事項・制作FAQは作品案内をご確認ください。
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


幕間 鎧を脱いでも王だ

 カルデアには、時折、理解しがたい部屋が発生する。

 

 それは、特異点の残滓であったり、シミュレーターの誤作動であったり、誰かの悪戯であったり、あるいはそのすべてが絶妙に混ざった事故であったりする。

 

 少なくとも、ギルガメッシュはそれを事故とは認めなかった。

 

「これは事故ではない」

 

 黄金の王は、閉ざされた白い部屋の中央で不愉快そうに言った。

 

「悪意だ」

 

 その隣で、アトラスは壁面を見ている。

 

 紺碧の鎧。

 三叉槍。

 淡い水青の髪。

 冷たい血色の瞳。

 

 普段と変わらない姿だった。

 

 ただし、彼女の周囲に漂う空気は、普段よりいっそう硬い。

 

「悪意ではない」

 

 アトラスは淡々と答えた。

 

「構造上の欠陥、もしくは不適切な条件設定だ」

 

「同じことよ」

 

「違う。悪意には意思がある。欠陥には設計不良がある」

 

「ならば設計者を処刑する」

 

「カルデアの規則上、処刑は許可されていない」

 

「知るか」

 

 ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

 白い部屋は、どこまでも白かった。

 壁も床も天井も継ぎ目がなく、扉はない。

 窓もない。

 魔術的な脱出口も見当たらない。

 

 あるのは、壁面に浮かんでいる赤い文字だけだった。

 

『退出条件:対象二名による一定時間以上の身体的接触』

 

 アトラスはそれを読んだ。

 

 読んだ上で、言った。

 

「不快だ」

 

「同感だ」

 

 ギルガメッシュは即答した。

 

 珍しく、二人の意見は一致していた。

 

 ただし、次の瞬間には分かれた。

 

「破壊する」

 

「待て」

 

 アトラスが止めるより早く、ギルガメッシュの背後に黄金の門が開きかけた。

 

 しかし、門は開ききらなかった。

 

 空間が硬質な音を立て、宝物庫への接続を弾く。

 

 白い壁面に、警告表示が浮かんだ。

 

『強制破壊行為は条件未達成とみなされます。退出条件を満たしてください』

 

 ギルガメッシュの目が細くなる。

 

「ほう」

 

 それは、笑っているようでまったく笑っていない声だった。

 

 アトラスは表示を見たまま言う。

 

「破壊耐性あり。内部からの高出力干渉を退出条件外として拒絶している」

 

「我の蔵を弾いたか」

 

「弾いたのではない。出力先を封じた」

 

「なお悪い」

 

「同意する」

 

 アトラスは壁へ手を伸ばした。

 

 紺碧の指先が、白い壁面に触れる。

 

 次の瞬間、彼女の鎧が反応した。

 

 王宮防壁。

 

 不可侵なりし紺碧の城塞――オレイカルコス・アダマンティノス。

 

 それは外敵を拒む。

 侵入を拒む。

 王宮へ至る資格なきものを、門前で退ける。

 

 白い部屋の術式は、その鎧に触れようとして、拒絶された。

 

 壁面の文字が変化する。

 

『接触判定不能。障壁が対象間の直接接触を遮断しています』

 

 アトラスは沈黙した。

 

 ギルガメッシュは、その表示を見てから、ゆっくりとアトラスを見る。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「貴様の城が、邪魔だそうだ」

 

「当然だ」

 

「当然ではない」

 

「外部術式による不適切な接触判定を拒絶している。防御機構として正常だ」

 

「その正常な鎧のせいで出られぬのだがな」

 

「不快だ」

 

「それは我の台詞だ」

 

 二人の間に沈黙が落ちた。

 

 壁面には、律儀に条件が表示され続けている。

 

『対象二名による一定時間以上の身体的接触が必要です。障壁を解除、または接触判定を可能にしてください』

 

 アトラスはその文字を見つめる。

 

「接触判定を可能にするためには、概念拒絶層を一段以上落とす必要がある」

 

「ならば落とせ」

 

「却下する」

 

「出られぬぞ」

 

「破壊を再試行する」

 

「我の蔵で無理なら貴様の鎧でも無理だ。条件を組まれている」

 

「ならばこの部屋を海底に沈める」

 

「室内で沈むな」

 

「火口を開く」

 

「部屋ごと消す気か」

 

「選択肢としては存在する」

 

「却下だ」

 

 ギルガメッシュの声が、少しだけ低くなった。

 

 アトラスは彼を見た。

 

「英雄王。汝が却下する理由は」

 

「くだらぬ密室ごときに、終末の火を開く王があるか」

 

 アトラスは短く沈黙した。

 

「妥当な判断だ」

 

「当然だ」

 

「不快ではない」

 

「褒められても嬉しくないわ」

 

「評価だ」

 

「ますます嬉しくない」

 

 白い部屋の空気は、相変わらず冷たい。

 

 だが、その中央に立つ二人の間だけ、妙に温度があった。

 

 もちろん、それは穏やかなものではない。

 

 火花に近い。

 

 王と王が、互いの面倒さを見ている温度だった。

 

 アトラスは三叉槍の柄を床に立てた。

 

「接触判定のため、概念拒絶層を一段落とす。

 ただし、これは城門の全面開放ではない。外郭判定の一時的な調整だ」

 

「誰に説明している」

 

「己(おれ)だ」

 

 ギルガメッシュは、少しだけ笑った。

 

「よい。ならば己に命じろ」

 

 アトラスは目を伏せる。

 

 紺碧の鎧が、低く鳴った。

 

 それは金属音ではない。

 

 遠い王宮の門が、海底で軋むような音だった。

 

 鎧の炎のような輝きが、ほんの少しだけ抑えられる。

 

 外敵を拒む概念の層が、一段浅くなる。

 

 城門が、わずかに開く。

 

 ギルガメッシュはそれを見ていた。

 

 からかう言葉はなかった。

 

 その赤い瞳は、退屈な玩具を見るものではない。

 

 珍しい宝を見るものでもない。

 

 王が、自分の城門を開く瞬間を見届ける目だった。

 

 アトラスは目を開けた。

 

「これで接触判定は可能になる」

 

「そうか」

 

「ただし、不要な干渉は拒絶する」

 

「我を何だと思っている」

 

「英雄王」

 

「ならば十分だ」

 

「十分ではない」

 

 その時、壁面の文字がまた変わった。

 

『接触判定可能。対象二名は一定時間以上、正面から抱擁してください』

 

 沈黙。

 

 今度の沈黙は、先ほどより長かった。

 

 ギルガメッシュが、ゆっくりと壁を見る。

 

「……抱擁」

 

 アトラスも壁を見る。

 

「抱擁」

 

 もう一度、沈黙。

 

 そして同時に言った。

 

「不快だ」

 

「不快だ」

 

 白い部屋は無慈悲だった。

 

 表示は変わらない。

 

 アトラスは淡々と言う。

 

「身体的接触の形式指定が追加された。

 条件の後出しだ。欠陥が大きい」

 

「設計者を殺す」

 

「だから処刑は許可されていない」

 

「では財産を没収する」

 

「カルデアにおける所有権の扱いは複雑だ」

 

「面倒な施設よ」

 

 ギルガメッシュは、アトラスの方へ一歩近づいた。

 

 アトラスは動かない。

 

 ただし、鎧の光がわずかに強まった。

 

 ギルガメッシュはそれを見逃さなかった。

 

「また閉じる気か」

 

「自動反応だ」

 

「自動で閉じるなら、玉座が仕事をしていないな」

 

 アトラスの瞳が、ギルガメッシュを射た。

 

 冷たい血色の瞳。

 

 そこに、一瞬だけ火が混じる。

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

「不快だ」

 

「よい。ならば不快なまま、己で開け」

 

 ギルガメッシュは、一歩も退かない。

 

「鎧に王を代行させるな。

 城門を閉じるのも開くのも、貴様の裁定だろう、大洋王」

 

 アトラスは黙った。

 

 白い部屋に、空調の音はない。

 外の気配もない。

 

 あるのは、互いの呼吸だけだった。

 

 アトラスは、ゆっくりと自分の鎧に手を置く。

 

「城門の開閉は、統治判断だ」

 

「知っている」

 

「誤れば、侵入を許す」

 

「我を侵入者と判定するか」

 

「部屋の条件はそう判定していない」

 

「貴様はどうだ」

 

 アトラスは答えなかった。

 

 問いが、術式の条件よりも厄介だったからだ。

 

 ギルガメッシュは、笑わなかった。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「貴様は、我の前で鎧を脱いでも王だ」

 

 アトラスの手が止まった。

 

 白い部屋が、少し遠のいたような気がした。

 

 その言葉は、からかいではなかった。

 慰めでもなかった。

 施しでも、譲歩でもない。

 

 裁定だった。

 

 英雄王ギルガメッシュが、目の前の王を見て言った言葉だった。

 

「鎧が王なのではない。

 城壁が玉座に座るのではない。

 オレイカルコスの防壁が貴様を王にしているのでもない」

 

 ギルガメッシュは続ける。

 

「貴様が座っているから、そこが玉座になる。

 背負った名が、いかなる来歴を持とうとな。

 貴様が開くと決めるなら、それは敗北ではない。

 貴様が閉じると決めるなら、それもまた逃避ではない」

 

 アトラスの瞳が、わずかに細くなった。

 

 名。

 

 その一語だけが、白い部屋の中で、ほかの言葉より深く沈む。

 

 だが、ギルガメッシュは問いを許さなかった。

 

「鎧を脱いでも、貴様は王だ。

 国を海底に置いていようと、己で裁定するならば王だ」

 

 アトラスは黙って聞いている。

 

「……英雄王」

 

「何だ」

 

「汝は、余計なところまで見る」

 

「当然だ。我の目だぞ」

 

「不快だ」

 

「聞き飽きた」

 

「だが」

 

 アトラスは、一度だけ目を伏せた。

 

「外れてはいない」

 

 紺碧の鎧が、再び低く鳴った。

 

 今度の音は、先ほどより深い。

 

 鎧そのものを脱ぐわけではない。

 

 だが、王宮防壁の一部が、明確に王の裁定で開かれる。

 

 接触を拒む層が、静かに下がった。

 

 ギルガメッシュはそれを見届ける。

 

 アトラスは顔を上げた。

 

「接触判定を許可する。

 ただし、これは術式への屈服ではない」

 

「分かっている」

 

「処置だ」

 

「分かっている」

 

「不要な解釈をするな」

 

「するに決まっているだろう」

 

「訂正を要求する」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

 ようやく、いつもの笑みが戻った。

 

「来い、大洋王」

 

「命令するな」

 

「では、我が行く」

 

「それも不快だ」

 

「注文が多い」

 

「正確な運用には条件整理が必要だ」

 

「この期に及んで運用の話をするか」

 

「当然だ」

 

 二人は向き合った。

 

 壁面には、無情にも秒数カウントらしきものが点滅し始めている。

 

『抱擁開始後、十秒間の継続が必要です』

 

 ギルガメッシュが片眉を上げた。

 

「十秒だそうだ」

 

「長い」

 

「王の忍耐を見せろ」

 

「汝もだ」

 

「我に忍耐を求めるとは、不敬にも程がある」

 

「条件達成のためだ」

 

「その理屈は腹立たしい」

 

「合理的だ」

 

「小賢しい」

 

 ギルガメッシュが腕を伸ばした。

 

 アトラスは一瞬、身体を固くした。

 

 それは拒絶ではない。

 

 自動で閉じかけた城門を、王自身が止めた硬さだった。

 

 ギルガメッシュの手が、アトラスの背へ回る。

 

 紺碧の鎧越しではある。

 

 けれど、先ほどまでとは違う。

 

 城壁は接触を拒まない。

 

 アトラスもまた、ぎこちなく腕を上げた。

 

 黄金の王の背へ、紺碧の腕が回る。

 

 抱擁。

 

 言葉にすると、あまりに不似合いだった。

 

 けれど実際には、それは甘いものではなかった。

 

 王と王が、互いの境界を確認する行為だった。

 

 どこまで通すか。

 どこから拒むか。

 何を内側へ入れるか。

 何を外に留めるか。

 

 ギルガメッシュの体温は高い。

 黄金の火のようだった。

 

 アトラスの鎧は冷たい。

 深海の城壁のようだった。

 

 火と海。

 

 岸と波。

 

 触れれば、互いを壊しかねないもの同士が、十秒だけ、壊さずにそこにいる。

 

『一』

 

 壁面の数字が進む。

 

 アトラスは目を閉じていない。

 

 ギルガメッシュも、彼女を見ている。

 

『二』

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「息を止めるな」

 

「止めていない」

 

「嘘をつけ」

 

「不要な観測だ」

 

「必要だ」

 

『三』

 

 アトラスは、小さく息を吸った。

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「よい」

 

「評価するな」

 

「命令するな」

 

『四』

 

 アトラスの腕に、ほんのわずか力が入った。

 

 城門の内側に、他者の体温がある。

 

 ギルガメッシュはそれを見逃さない。

 

「重いか」

 

「重量の話なら、変化はない」

 

「そういうことにしておこう」

 

「不快だ」

 

『五』

 

 白い部屋のどこかで、不可視の術式が二人を観測している。

 

 接触判定。

 魔力干渉。

 境界層。

 心拍。

 霊基の微細な揺れ。

 

 すべてが、数字へ変換されている。

 

『六』

 

 アトラスが言った。

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

「己は、鎧を脱いではいない」

 

「知っている」

 

「城門を開けただけだ」

 

「知っている」

 

「王宮は、まだ己のものだ」

 

「当然だ」

 

『七』

 

 ギルガメッシュの声が低くなる。

 

「だから言った。

 貴様は、鎧を脱いでも王だとな」

 

 アトラスは答えなかった。

 

 ただ、その言葉を聞いた。

 

 記録した。

 

『八』

 

「……記録した」

 

 小さな声だった。

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「それは光栄だな」

 

「光栄ではない。記録だ」

 

「同じことよ」

 

「違う」

 

『九』

 

 あと一秒。

 

 アトラスは、なぜかその一秒を長く感じた。

 

 不快だった。

 

 だが、不快だけではなかった。

 

 それがさらに不快だった。

 

『十』

 

『条件達成。退出を許可します』

 

 部屋の壁が音もなく開いた。

 

 白い空間に、カルデアの廊下が現れる。

 

 同時に、二人は離れた。

 

 あまりにも同時だった。

 

 まるで、最初からそういう手順だったかのように。

 

 ギルガメッシュは腕を組む。

 

 アトラスは三叉槍を取り直す。

 

 どちらも、何事もなかった顔をしていた。

 

 少なくとも、本人たちはそのつもりだった。

 

 廊下の向こうには、藤丸立香とマシュ、ダ・ヴィンチ、エミヤがいた。

 

 さらに少し離れたところで、アンデルセンが手帳を持っていた。

 

 異様な速度でペンが動いている。

 

「……見ていたのか」

 

 アトラスの声が低くなる。

 

 立香は慌てて首を振った。

 

「途中から! 途中からです!」

 

 マシュも赤くなりながら言う。

 

「救助対応のため、位置を確認していました。決して、その、観測目的では……!」

 

 ダ・ヴィンチは目を逸らした。

 

「いやあ、原因究明は大事だからね」

 

 エミヤは疲れた顔をしている。

 

「私は扉が開いたら即時保護するために待機していただけだ」

 

 アンデルセンが笑った。

 

「ハハハハハ! 王と王の抱擁、十秒間の統治判断! これは傑作だ!」

 

 アトラスの鎧が、低く鳴った。

 

「童話作家」

 

「何だ、大洋王」

 

「その記録を破棄せよ」

 

「断る。作家に向かって素材を捨てろとは、暴君もいいところだ」

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「よいではないか、大洋王。後世に残るぞ」

 

「沈める」

 

「どちらをだ」

 

「部屋と作家だ」

 

「俺までか!」

 

 アンデルセンが叫ぶ。

 

 エミヤが溜息をついた。

 

「やめておけ。沈めるなら、せめて報告書を書いてからにしてくれ」

 

「弓兵。汝も沈める対象に追加する」

 

「理不尽だな」

 

 立香は、アトラスを見る。

 

 アトラスは不快そうだった。

 

 明らかに不快そうだった。

 

 けれど、どこかが違う。

 

 城門を閉じきってはいない。

 

 少なくとも、立香にはそう見えた。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

「大丈夫?」

 

「問題ない」

 

「本当に?」

 

「身体機能、霊基状態、鎧の防御機構、すべて正常範囲だ」

 

「そっちじゃなくて」

 

 アトラスは立香を見た。

 

 少しだけ沈黙する。

 

「……問題ない」

 

 今度の返答は、少しだけ違っていた。

 

 立香は頷いた。

 

「そっか」

 

 ギルガメッシュは、そのやり取りを横目で見てから、踵を返した。

 

「興が削がれた。戻るぞ」

 

 アトラスも歩き出す。

 

 その横へ並ぶように、ギルガメッシュが言った。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「刻み終えたか」

 

 アトラスは足を止めなかった。

 

 けれど、冷たい血色の瞳の奥で、先ほどの言葉がもう一度沈む。

 

 貴様は、我の前で鎧を脱いでも王だ。

 

 アトラスは、まっすぐ前を見据えたまま、短く言った。

 

「……忘れぬ」

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「よい」

 

「だが、鎧は脱がぬ」

 

「好きにしろ」

 

「抱擁も不要だ」

 

「次の部屋に言え」

 

「次があるのか」

 

「カルデアならあるだろうな」

 

「条件設定が劣悪だ」

 

 ギルガメッシュは楽しそうに笑った。

 

 アトラスは本当に不快そうにしていた。

 

 アンデルセンのペンは止まらなかった。

 

 マシュは赤い顔で目を逸らし、ダ・ヴィンチは原因究明という名の記録保存を始め、エミヤはすでに関係者全員分の温かい飲み物を用意するべきか考えている。

 

 立香は、その背中を見ていた。

 

 黄金の王と、紺碧の王。

 

 火と海。

 岸と波。

 

 互いに近づけば、削り、焼き、沈めかねないもの同士。

 

 それでも、十秒だけ触れていた。

 

 それは、恋と呼ぶには硬すぎた。

 友情と呼ぶには傲慢すぎた。

 信頼と呼ぶには、まだ少し不穏だった。

 

 けれど、何もなかったわけではない。

 

 アトラスは鎧を脱がなかった。

 

 城門をすべて開いたわけでもない。

 

 名の奥に沈めたものを、すべて見せたわけでもない。

 

 ただ、一段だけ通した。

 

 そして英雄王は、その一段の奥にいる王を見た。

 

 貴様は、我の前で鎧を脱いでも王だ。

 

 その言葉は、アトラスの中に沈んだ。

 

 消えたのではない。

 

 忘れられたのでもない。

 

 深い海の底で、静かに記録された。

 

 いつか、必要な時に浮かび上がるために。

 




お読みいただきありがとうございます。

しばらくは毎日20時頃に更新予定です。

本作は、序盤〜中盤は王性・関係性・神話解釈を中心に進行します。
終盤にはバトル展開があります。それまでの静けさは、そのための積み上げです

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  • アトラス
  • ギルガメッシュ
  • アトラスとギルガメッシュの関係性
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