The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


己を除くな

 帰還報告の最後の欄を埋めて、立香は椅子の背へ少しだけ体を預けた。

 

 目標達成。味方の損耗は予測を下回り、帰還後の霊基の検査も問題なし。

 昼過ぎの報告室には、立香とアトラスの二人が残っている。

 

 英雄王が敵の主力を押さえている間、アトラスは一行の進路を確保した。途中で指示を継ぎ足す場面も少なく、立香自身、いつもより周囲を見る余裕があった。二人が事前に詰めた案は、現場でもよく機能していた。

 

 向かいのアトラスが、報告の末尾から顔を上げる。

 

「記録に相違はない」

「ありがとう。あと一つ、相談していい?」

 

 頷きを受けて、立香は画面を次の任務案へ送った。討伐対象の画像と、その生息域を示す地図が並ぶ。

 

「次の素材回収も、王様と一緒にお願いしていい? 今日の連携、かなりよかったし。二人とも、消耗は少ないって聞いたから」

「対象の規模は」

「大型の魔獣が一体。場所はこの盆地で、回収班は南から入る予定。王様に討伐をお願いして、アトラスには周りの警戒と、回収班の通り道を確保してもらいたいんだ」

 

 アトラスの指先が、地図の南側から目標の印までを辿った。続いて、隣に並ぶ戦力配置と損耗の予測へ目が移る。

 確認は短かった。

 

「妥当だ。己(おれ)に異存はない」

「ありがとう。王様にも聞いて、明日の編成会議に出すね。……また『つまらん』って言われないように、誘い方を考えなきゃ」

 

 立香は少し笑って、編成候補の欄を開いた。先ほどの任務と同じ二つの名が、そこにも並んでいる。

 

 次も、この二人が揃えば心強い。

 今日のやり取りを思い返して、立香はアトラスへ目を戻した。

 

「アトラスと一緒だと、王様の機嫌がいいよね」

「把握している」

 

 返事があまりに早くて、立香は笑ってしまった。

 今日もそうだった。アトラスが何か言い返すたび、英雄王の口元が上がっていた。任務が終わってからも、二人の話はしばらく続いていた。

 

「アトラスも、そう見える」

 

 血色の瞳が、立香へ向いた。

 

「……連携は成立していた」

「うん。それもだけど。王様と話してる時、楽しそうだったから」

 

 今度は、返事がなかった。

 

 立香は少し待った。否定か、訂正か。何か返ってくると思ったが、アトラスは黙ったままだった。

 余計なことを言っただろうか。顔を見ても、怒らせたのかどうかさえ分からない。

 

 アトラスの視線が画面へ落ちた。

 閉じかけていた任務資料を開き直し、編成候補の欄から地図へ戻る。指先が戦力配置を表示させ、その隣に損耗の予測を呼び出した。どちらも、つい先ほど目を通した項目だった。

 

「次の出撃については、返答を保留する」

 

 立香は画面とアトラスの顔を見比べた。

 

「さっきは、それでいいって言ってたよね?」

「案に不備はない」

「じゃあ……」

 

 何を変えればいいのか、と尋ねかけた。

 アトラスは資料を閉じずに、立香を見た。

 

「少し、考える時間を寄越せ」

 

 いつもなら、必要な修正がそのまま返ってくる。

 けれど今は、続きを待っても言葉が足されなかった。

 

 立香は端末から手を離した。明日の会議までは、まだ時間がある。

 

「……うん。決まったら教えて」

「承知した」

 

 アトラスが椅子を引く。立ち上がる拍子に、鎧が小さく鳴った。

 立香は扉が閉じるまで、その背を見送った。

 

 手元には、同じ任務案が残っている。

 討伐対象も、回収経路も、配置も変わっていない。

 

 立香は編成候補の欄へ戻り、アトラスの名の横に保留と入れた。

 

     *

 

 自室の扉が閉じた。

 アトラスはしばらく、その場に立っていた。

 

 楽しそうだった、と立香は言った。

 

 英雄王が己の判断へ及ぼす影響なら、既に把握している。用件を終えても席を立たず、次の話を持ち出したのは己だ。不利と知っても、そこに残った。

 離れる理由はなかった。

 

 では、残る理由は。

 

 今日も、任務を終えてなお話を続けていた。あの男が何を言うか、聞きたかった。こちらが返せば、どんな顔をするかも。

 立香から次の編成を示された時には、またあのやり取りが続くと、そう思った。

 配置を考えながら、その先を待っていた。

 

 卓上には、英雄王から贈られた人形が座っている。

 

 アトラスは歩み寄り、いつものように手を伸ばした。両手で持ち上げると、指に支えられた胴がわずかにたわむ。

 金色の髪。小さな衣装。丸くなっても、尊大そうな顔。

 よく出来ている。

 そう思うのは、今も変わらなかった。

 

 気づけば、少し長く持っていた。

 戻す場所はすぐ目の前にある。それでも、もう少し、このまま手の中に置いておきたかった。

 

 受け取った後、部屋のどこへ置くかを決めたのは己だ。こうして手に取り、大事に扱うことも、己が選んでいる。

 この品を、手元に置いておきたい。

 その望みには、既に従っていた。

 

 あの夜、ラウンジへ足を運んだ自分もいる。

 今日、話を切り上げずにいた自分もいる。

 次を待つこの気持ちは、連携の成否だけでは説明がつかなかった。

 

 己は、あの男とまた共に行きたい。

 

 そう言葉にしても、訂正するところはなかった。

 

 人形を支える紺碧の手甲へ、視線が落ちた。

 この手で下した裁定も、引き受けたものも、消えてはいない。

 

 その己の望みを、選ぶ理由に加えてよいのか。

 

 指は、柔らかな胴を支えたままだった。

 

 やがて、アトラスは人形をいつもの場所へ戻した。少し傾いた座りを整え、手を離す。

 

 帰還後に済ませるつもりだった、保管区画の状態確認が残っている。

 返答は、まだ保留のままだ。

 

 アトラスは端末を手に、記録保管領域へ向かった。

 

     *

 

 白い壁も、乾いた床も、均一な光の下にあった。

 記録保管領域の奥には、低い空調音が続いている。

 

 王宮区画の扉の前で、アトラスは保管状態の確認を終えた。

 記録に欠損はない。区画外への漏出もない。

 確認結果を保存し、端末の画面を閉じる。

 

 用件は済んだ。

 それでも、端末を下ろしたまま、その場に立っていた。

 

 この扉の向こうには、己の霊基から漏れ出した王宮の記録がある。破棄せず、外へも流さず、ここに留めたものだ。

 国を沈めたと立香へ告げたのも、この場所だった。

 

 兄の名を取り、その下に己の名を沈めた。

 空いた王座に座り、やがて国を沈めた。

 どれも、取り消すつもりはない。

 

 王座が空いたゆえ座った者が、己の満足を求めるのか。

 

 己の勝敗を欲した時にも、あった問いだ。

 今は、次もあの男と共に行きたいという望みの前にある。

 

 出撃案に不備はなかった。確認し直しても、それは変わらなかった。

 妥当だと答えた案を、今は保留にしている。

 

 扉から目を離せずにいるうち、廊下に足音が響いた。

 

「アトラス」

 

 顔を向けると、立香がいた。数歩離れたところで足を止め、こちらを見ている。

 

「部屋をノックしたんだけど、返事がなくて」

 

 立香の視線が、一度、扉へ移った。

 

「考え事をしてるなら、ここかもしれないと思ったんだ」

 

 アトラスは下ろした端末へ目を落とした。画面は閉じたままだ。ここでの確認を終えてから、随分と時間が経ったように思えた。

 

 立香はまだ、隣へは来なかった。

 

「少し、話してもいい?」

「構わぬ」

 

 頷きを返して、立香が歩み寄る。

 

 アトラスは扉へ視線を戻した。

 隣に立った立香も、しばらく同じ扉を見ていた。

 

「さっきのこと、私が何か見間違えた?」

「いや」

 

 否定してから、アトラスは手元へ目を落とした。端末を支える指に、先ほどの人形の柔らかさを思い出す。

 

「己が、あの男との次の出撃を望んでいる。それは否定せぬ」

 

 立香は頷いた。返事を急がず、こちらを見ている。

 

「だが、それを選ぶ理由に含めてよいかは、別だ」

 

 アトラスは扉を見た。

 

「己が国を沈めたことも、兄の名を取ったことも、終わった話ではない」

 

 今も、その名で立っている。その王権で道を開き、皆を通して帰ってきた。

 同じ己が、役目を果たすことのほかに、あの男との時間を欲している。

 

「うん。私は、もう見せてもらったから」

 

 横を向くと、立香の目も扉へ向いていた。

 

「お兄さんのことも、国のことも。そのまま、王様に勝ちたいって思ったことも」

「汝が見届けたことで、己の責が変わるわけではない」

「変わったとは言ってないよ」

 

 声は静かだった。

 立香はそこで一度、口を閉じた。アトラスへ目を戻してから、続きを言う。

 

「でも、望んでいたアトラスを、見なかったことにはできない」

「望みがあることは認めている。裁定に含めぬだけだ」

 

 答えは、すぐに出た。

 あると知っている。そのうえで、選ぶ理由には用いない。今までそうしてきた区別が、自分の声になって耳へ戻る。

 

「……片方だけを、なかったことにはしたくない」

 

 立香は少し黙った。

 アトラスも、続きを促さなかった。

 

「私は、帰れなくても誰も困らないって言った。自分が帰りたいかどうかも、ちゃんと考えないで」

 

 水瓶を握っていた手が、記憶に戻った。

 迷っていた娘の隣を歩いた。帰る者たちを先へ届けようとする己が、その娘へ何を告げたか。

 

「……自分を勘定から外すなと、己が汝へ告げた」

「うん。私も今は、そうだって思う」

 

 立香は一度、自分の手元へ目を落とした。

 

「次に迷った時も、今度はそれを抜かずに考えたい」

 

 そこまで言って、黙った。

 次に迷う時のことを、この娘は自分の言葉で話している。

 

 己と立香では、背負っているものが違う。

 その言葉はすぐに浮かんだ。だが、違うと告げたところで、己の望みを除いてよい理由まで示せたことにはならない。

 

 アトラスは端末の縁へ指を置いた。

 立香はしばらく待ち、それから尋ねた。

 

「次の出撃のこと、何が分かれば決められそう?」

 

 任務資料を開こうとして、指が止まる。

 

 対象の規模。戦力配置。回収経路。見込まれる損耗。

 必要な確認は済ませていた。立香の言葉を聞いて、先の承諾を確かめ直した。それ自体に誤りはない。

 

 新たに分かったのは、己が次を楽しみにしていたことだけだ。

 

 何が分かれば、と問われている。

 己の望みを理由に含めてよいと、何をもって判断する。

 

 答えようとして、口が開かなかった。

 視線が扉へ戻る。

 

 過去を消すつもりはない。引き受けた責を、己のものではなくするつもりもない。

 その事実が変わらねば含められぬというのなら、条件を満たす日は来ない。

 

 では、いつになったら。

 

 その日を、定めたことはなかった。

 己の満足を理由に数えるたび、まだ含められぬと退ける。次も、その次も。同じ責を負っている限り、同じところへ戻る。

 永久に除くという扱いを、裁定しないまま続けていた。

 

 しかも今、そのために、妥当だと認めた案を選べなくなっている。

 

 端末の縁から、指を離した。

 

 己が望むならば、それを選ぶ理由にはできぬ。その禁制が、案の扱いを変えていた。

 

 望みを除けば、公正に決められると思っていた。

 だが、己を除いたつもりの判断を動かしていたのもまた、己だけへ科した禁制だった。

 案そのものを正確に測ることから、離れていた。

 

 誰かを先へ届けたいという願いなら、己は裁定へ置いた。

 あの男との時間を、己が得たい。

 その分だけは、初めから選ぶ理由にならぬものとしていた。

 

「……己の望みだけを、勘定から外していた」

 

 立香は小さく頷いた。

 

 アトラスは言葉を続けようとした。

 扱いに誤りがあるなら、改める。除いていたものを戻し、そのうえで決める。

 そこまで考えても、次の言葉はすぐには出なかった。

 

 あの男と行きたい己を、裁定の場へ戻す。

 その一つを行おうとすると、胸の内に抵抗が残る。

 

 扉は閉じていた。

 

 国を沈めたのは、悲しむためではなかった。悔いるためでもなかった。

 沈めねばならぬと裁定し、沈めた。その責を負う。

 そこへ、己の満足を裁定から除き続けることまで加えていた。その扱いも、己が続けてきたものだった。

 

 誤りが分かれば、欲することへの痛みまで消えるわけではない。

 今、同行を選んでも、次にあの男と顔を合わせれば、また同じ問いが立つかもしれぬ。次の出撃でも、その次でも。

 そのたびに迷うのだとして、迷わなくなるまで、返答を留めておくのか。

 

 アトラスはゆっくりと息を吐いた。

 

 役目を果たす己も、あの男と行きたい己も、この鎧の内にいる。

 国を沈めた己が、次の任務に赴く。兄の名を取った己が、あの男へ言葉を返す。

 どちらかを置いていける場所はない。

 

 また、あの男の声を聞きたい。

 何を言うか。それに何を返すか。任務を終えてからも続く、その時間を望んでいる。

 己が、そうしたい。

 

 この望みも、裁定に含める。

 責を負っている己が、他の条件とともに、選ぶ理由に数える。

 迷いが残るなら、そのまま決める。

 

「望んだからといって、すべてを採るとは限らぬ」

「うん」

「だが、初めから除いて決めることは、せぬ」

 

 鎧の重さは、変わらなかった。

 アトラスは扉から視線を戻し、隣の立香へ向き直った。

 

「次の出撃についてだ」

「うん」

 

 立香が端末を開いた。差し向けられた画面に、報告室で見た編成案が映る。

 大型魔獣の討伐と素材の回収。英雄王が主目標を討ち、己が周辺の安全と回収経路を保つ。

 アトラスは配置を確かめ、画面から顔を上げた。

 

 引き受ける役割は果たせる。

 そのうえで、あの男と共に行くことを望んでいる。

 今は、その両方を含めて答える。

 

「先の編成案で構わぬ。己は、英雄王との同行を承諾する」

 

 一度、言葉を切った。

 返答としては、それで足りる。立香が次の準備へ進むために必要な承諾は、もう渡した。

 

 アトラスは短く息を継いだ。

 胸の内に残っている言葉を、自分から付け加える。

 

「己も、あの男と行きたい」

 

 立香は一拍置いて、頷いた。口元が、少しだけ緩む。

 

「分かった。その案で進めるね」

 

 指が画面を動き、己の名の横から、保留の表示が消えた。

 承諾へ変わったことを見届けて、アトラスは端末から目を離す。

 

 立香はそのまま編成案を保存した。明日の会議へ持っていく案に、今の返答が加わった。

 あの男へ確認することも、残る準備もある。立香の手の中で、任務の話が再び先へ進んでいく。

 

 アトラスは、もう一度だけ扉を見た。

 

 記録は、この奥に保たれている。

 兄の名も、沈めた国も、己が今日何を望んだかによって変わりはしない。

 その責を引き受ける己が、今の返答をした。

 

 扉から視線を戻し、来た道へ一歩を踏み出した。

 鎧が鳴る。

 立香が端末を下ろして、隣に並んだ。

 

 二人の足音が重なり、閉じた扉から離れていった。

 

 




活動報告で、制作裏話や本編に採用する場所のなかった掌編などを公開しています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=332978

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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