The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


検算の日

 金色の裂け目が、擬似市街の空を埋めた。

 次いで降ってきた剣が石造りの街路を砕き、建物の外壁を抉っていく。崩れた石の向こうから、さらに六振りが退避経路へ向かっていた。

 

「右上段、六」

 

 アトラスは足を止めず、屋上へ目を向けた。

 

「弓兵、右から二番目を落とせ。マシュは南西側を維持。最後尾を急がせろ」

「了解した」

 

 赤い外套が翻り、弓弦が鳴った。

 矢が宝具の側面を叩く。一振りが外へ弾かれるのを確かめ、アトラスは残る五振りへ深海圧をかけた。水のない街路の上で、剣の切っ先が揃って沈む。

 一本は石畳へ突き刺さり、二本は青い光壁を掠めた。残る二本も退避列の後方へ届く前に落ち、砕けた石を跳ね上げた。

 

 アトラスの肩と腰からは、既に王宮外装が切り離されていた。

 一枚は主退避路を覆い、もう一枚は側面から通る射線を遮っている。その分、彼女自身に残る装甲は薄い。槍を持ち直す腕にも、閉城時の重なりはなかった。

 

 保護対象は、あと三名。

 南西側の防壁は二十一パーセントを損耗しているが、マシュの出力にはまだ余力がある。弓兵も二本の射線を維持していた。立香は最後尾について、退避区域へ近づいている。

 そこまで確かめて、アトラスは市街の中央を見た。

 

 崩れた塔の上に、ギルガメッシュが立っていた。

 

「よく保たせたものだ」

 

 赤い瞳は、街路を走る人々ではなくアトラスへ向いている。彼女が見返すと、その口元が上がった。

 

「だが、まだ終わってはおらぬぞ」

 

 背後の空間が開いた。今度は十二。

 正面と上段から退避路へ向かうものに加え、防壁の根元を狙うものがある。マシュを退かせ、弓兵の射線を塞ぐ宝具も、それぞれ別の角度から顔を覗かせた。

 守るべき場所を増やし、手数を割かせる配置だった。どこを残し、何を捨てるか。こちらが選ぶところまで、あの男は見ている。

 

「北側経路を閉鎖」

 

 アトラスは三叉槍を振るい、穂先を石畳へ触れさせた。

 青い光が走る。破損した建物の間に短い壁が立ち、北へ続いていた道を塞いだ。

 

「マスター、南へ回れ」

「でも、そっちは――」

「三秒保つ」

 

 宝具が降り、一枚目の壁が軋んだ。

 青い光に亀裂が走る。深海圧で勢いを削がれた刃を、王宮外装が受け止めていた。亀裂は広がったが、まだ割れない。

 

「走れ」

 

 立香が最後の保護対象の手を引いた。マシュが盾を押し出し、開いた経路へ斜めに侵入しかけた宝具を弓兵の矢が射抜く。

 一人、二人。最後の一人の足が、退避区域へ入った。

 

『全保護対象の退避を確認!』

 

 ダ・ヴィンチの声とともに、視界の端へ表示が灯った。

 

『味方側の損耗も規定値以下。残り三秒』

 

 勝利条件は成立している。

 

『ここで離脱しても、こちらの勝利は変わらないよ』

 

 アトラスは二枚の防壁を確かめた。どちらも終了時刻まで保つ。マシュは既に安全圏へ下がり始め、弓兵にも離脱の経路があった。

 追加の防護は要らない。

 

 その判断を終えた時、塔の上で黄金の光が動いた。

 ギルガメッシュの背後に並ぶ宝具が、一斉に向きを変える。退避路から外れ、アトラスと塔を結ぶ正面へ切っ先が揃った。

 まだ、彼女はそちらへ足を向けていない。

 

 赤い瞳が細められた。

 待っている。

 

 なぜわかったのかを、今、検算している時間はなかった。

 

 己は、お前に勝ちたい。

 

 残り三秒。アトラスは踵を返した。

 

「弓兵。上段右、一本だけ空けろ」

「承知した」

 

 背後で弓弦が鳴った。

 アトラスの肩に残っていた最後の王宮外装が開く。いつもなら、二枚の壁の外へ重ねるために送る一枚だった。

 青い光は後方へは向かわず、彼女の足元から斜め前へ伸びた。

 

 アトラスは、その光を蹴った。

 足場にした外装が大きく撓み、小さな身体を空へ押し上げる。地上の道が足の下へ遠ざかるのと同時に、黄金の宝具が放たれた。

 

 あと二秒。

 すべてを防ぐ必要はない。ギルガメッシュへ届く道を、一本だけ通せばよかった。

 

 上段の二振りを沈め、左の三振りを外へ逸らす。正面から来る一振りは、一拍分だけ到達を遅らせた。深海圧を移すたび、それまで抑えていた刃が速度を取り戻していく。

 一振りが死角へ回った。そこへ矢が飛来し、横腹を射抜いた。

 アトラスは振り返らなかった。塔の上の、赤い瞳だけを見ていた。

 

「来たか、大洋王!」

 

 笑い声とともに、黄金の長剣が引き出された。

 突き出した三叉槍の中央刃が受け止められる。衝撃が手甲を通り、肩まで響いた。

 

 残り一秒。

 力だけでは押し切れないことは、初めからわかっていた。

 

 アトラスは後方に残した王宮外装の角度を変えた。青い足場が身体を押し、槍へさらに重さが乗る。同時に、黄金の長剣へ深海圧を集中させた。

 剣が僅かに沈んだ。

 中央の刃は止められたままだったが、その脇を外刃が抜けた。

 

 ギルガメッシュの目が、愉快そうに見開かれる。

 三叉槍が胸甲を横切り、光が弾けた。浅い。戦闘能力を奪うには遠い傷だった。

 それでも、防御を抜いた。

 

『終了時刻――訓練終了!』

『有効打判定、成立!』

 

 視界が白く反転した。

 建物も街路も光の粒に崩れ、空に並んでいた宝具と青い壁が消えていく。足の下には、訓練場の白い床が戻っていた。

 

 アトラスは三叉槍を下ろした。

 正面に立つギルガメッシュの胸甲には、一本の傷が残っている。本人もそこへ一度目を落とし、それからエミヤを見た。

 

「我は立っておるぞ。これで勝利を名乗るか、贋作者」

「退避対象は全員帰還。損耗も規定値以下だ」

 

 エミヤは弓を消した。

 

「事前条件どおりなら、こちらの勝利だ」

「撃破は勝利条件に含まれていない」

 

 アトラスも槍を消し、ギルガメッシュへ顔を向けた。

 

「終了後に条件を改訂するな。不快だ」

「不満か」

「……」

 

 赤い瞳がこちらを見る。ギルガメッシュが笑い、アトラスが口を開きかけたところで、エミヤが二人の間へ入った。

 

「反省会へ移るぞ」

 

 彼は一方へだけでなく、二人を順に見た。

 

「勝敗を、もう一戦始める口実にするな」

 

 *

 

 管制室の大型画面には、終了直前の戦闘ログが映っていた。

 退避経路に宝具の射線が重なり、脇には損耗率と防壁の稼働時間が並んでいる。ダ・ヴィンチが表示を送ると、エミヤの支援射撃が街路を横切った。

 

「勝利条件の成立は、この時点」

 

 最後の保護対象が退避区域へ入るところで、画面が止まった。ダ・ヴィンチの指が、その外側に残る二枚の防壁を示す。

 

「一枚目と二枚目の防壁は、終了時刻まで維持可能だった。アトラスが追加防護を置く必要はなかったよ」

「必要がなかったことと、実行可能だったことは別だ」

「うん。だから、そこを確認している」

 

 ダ・ヴィンチは頷き、記録を僅かに進めた。

 アトラスの前方へ、青い光が開いた。腕を組んでそれを見ていたエミヤが口を開く。

 

「以前の君なら、最後の三秒は退避路の再確認へ使っていた」

「否定しない」

「最後の一枚も、退避路へ回していただろう」

「可能性は高い」

「あの時点で下がっても、作戦上はこちらの勝利だった」

 

 アトラスは画面の足元を見た。

 斜めに開いた一枚は、誰の退避路も覆っていない。自分が塔へ跳ぶためだけの足場になっていた。

 

「それでも君は戻った」

「承知している」

 

 記録の中の自分から目を離さず、アトラスは答えた。

 

「今回は、己が勝利を取りに行った」

 

 ダ・ヴィンチが別の記録を重ねた。三叉槍が胸甲へ触れる瞬間が、大きく映し出される。

 

「それと、ギルガメッシュへの有効打が記録されたのは、今回が初めてだ」

 

 アトラスは胸甲を横切る刃の軌道を辿った。

 

「記録した」

 

 隣で立香が笑い、マシュが小さく頷いた。

 ギルガメッシュは何も言わない。アトラスが目を向けると、赤い瞳が満足げに細められた。

 

「戦術上の問題はない」

 

 エミヤの声に、視線を戻す。

 

「先に任務を終えている。味方へ無理な追随も要求していない。支援要請も必要な一本だけだ」

「有効打そのものも、偶然じゃないね」

 

 ダ・ヴィンチが射線の表示を戻した。いくつもの軌道の間に、アトラスが通った道が残されている。

 

「三枚目の王宮外装、深海圧による射線制御、エミヤの支援、三叉槍。全部が一本の進路へ接続されている」

「だが、結果だけでは説明できぬ項目がある」

 

 アトラスは手元の操作で記録を巻き戻した。

 進路を変える直前まで戻す。足場はまだ開いていない。その頭上で、ギルガメッシュの宝具だけが向きを変えていた。

 

「お前は、己が正面へ戻る前から対応を開始していた」

「当然だ」

「現行記録からは、その予測は成立しない」

「古い貴様しか見ておらぬからだ」

 

 アトラスは画面を止め、ギルガメッシュを見た。

 

「何を参照した」

「おのれで検算せよ」

「公開記録にない資料を用いたのか」

「さてな」

 

 返ってきたのは、答える気のない笑みだった。

 脇でエミヤが息を吐いた。

 

「ここから先は、集団戦術の検討ではなさそうだ」

 

 彼は手元の端末を閉じた。

 

「こちらの検討は終わった。残りは当人同士でやってくれ」

「端末は朝まで使えるよ」

 

 ダ・ヴィンチも立ち上がり、椅子を戻した。

 

「壊さないでね。物理的にも、議論的にも」

「保証はできない」

「そこは保証してほしいなあ」

 

 立香とマシュが扉へ向かい、エミヤとダ・ヴィンチもその後に続いた。

 扉が閉まると、照明が一段落ちた。大型画面の光が、先ほどまで皆のいた管制卓を照らしている。

 

 アトラスはもう一度、最後の三秒へ目を戻した。

 自分が進路を選ぶ前に、あの男だけが迎撃を始めていた。

 

 *

 

「汝は、己が来ると知っていた」

「見れば分かる」

「現在の戦績だけでは不足している」

「ならば全記録を使え、大洋王」

 

 アトラスは静止した画面を見た。

 最後に槍が届いたことは、もう確認した。問題は、あの男が何をもとに、自分が戻ると判断したかだった。

 

 これまでの訓練では、保護対象を逃がし、味方の損耗を抑え、経路を維持してきた。任務目標を達成したあとも、余った手は安全のために使った。

 今日だけが違う。二枚の壁で足りると判断し、残る一枚を使って、自分の勝敗を取りに戻った。

 

 過去の戦績だけを見ていれば、予測しにくい行動だったはずだ。

 挑発を受けた時の応答や、評価されたあとの変化。用がなくても彼のもとへ赴き、彼にだけ接触を許したこと。感情勾配について本人へ申告し、その後も判断に彼を含め続けていたこと。

 それらを別々に見ていたのでは、今日の選択へは繋がらない。

 

「……その予測を成立させるには、汝は己の変化を継続的に、この解像度で記録している必要がある」

「今さら何を言う」

 

 否定は返ってこなかった。

 ギルガメッシュは説明を足すこともなく、こちらが続けるのを待っている。

 

 アトラスは、まず戦術的な関心を考えた。

 敵にも共闘相手にもなり得る者の変化を見ておく。それ自体に不自然なところはない。だが、それだけなら、戦闘のない時の訪問や接触まで、同じ変化として追う必要はなかった。

 

 では、同格の王としての評価か。

 裁定と統治の能力を見ていたのならば、それも説明にはなる。けれど、彼へ勝ちたいという個人的な欲や、感情勾配の申告まで含めれば、王権の鑑定だけでは足りない。

 

 画面の中で、黄金の宝具がこちらを向いていた。

 山門から届いた海を、その後も岸が見届けていた。そう考えれば、観測の長さは説明できる。

 しかし、なぜ一つ一つの変化を、これほど細かく覚えているのか。

 岸だから見ていたのではない。見続ける理由があったから、岸としてそこにいたのではないか。

 

 アトラスは画面から視線を上げた。

 ギルガメッシュは、まだ口元に薄い笑みを残していた。急かす様子もなく、目が合う。

 

 戦い方を見ていたことも、王として評価したことも、触れた時の応答を覚え、危機へ手を出したことも。

 別々の理由を探す必要はなかった。同じ感情が、その時々に違う形を取っていた。

 

 そこまで考えて、アトラスは口を閉じた。

 同じ基準で判断するなら、自分の側も確かめなければならない。

 

 必要がなくても彼のもとへ行き、彼の評価を気にしていた。彼がいないところでその選択を考え、接触を許す相手には彼だけを選んだ。感情の非対称を本人へ告げたこともある。

 そして今日は、あの男へ勝ちたいと思った。

 皆を守る壁は残した。そのうえで最後の一枚を、自分が彼へ届くために使った。

 

 アトラスは、画面を操作していた手を止めた。

 誤りを見つけたのではない。彼へ適用した基準が、自分にも同じ答えを返していた。

 

「……訂正する」

「何をだ」

「感情勾配では、己の方が不利であるという以前の評価を」

「ようやくか」

「汝の感情は、山門の夜から継続していた」

「遅い」

 

 即座に返され、アトラスは血色の瞳を細めた。

 

「以前、否定しなかった」

「貴様の観測範囲では正しかったからな」

「情報を秘匿した側が言うことではない」

「問われておらぬ」

 

 それまでに交わした言葉を、アトラスは辿り直した。

 施しではない。救済でも、憐れみでもない。あの男は、そのたびに違うものを違うと答えていた。

 そこに嘘はなかった。

 

「……汝は、正解を言わなかったのではない」

「ほう」

「施しでも、救済でも、憐れみでもないと、誤った関係だけを棄却した」

「それで」

「己が名を与える前に、汝が関係を定義しなかった」

「見れば分かることだ」

 

 ギルガメッシュはそこで言葉を止めた。

 黙っていた理由を、自分の功績として付け足しはしない。その態度も、今までに見てきた彼と変わらなかった。

 

 ただ、ここまでの判断はアトラスの推測だった。

 目の前に本人がいる。その申告を得ずに、確定させるつもりはない。

 

「回答を求める」

「何をだ」

「汝が何を見、何を記録していたのか。開示しろ」

「よかろう」

 

 ギルガメッシュが画面から身体を向け直した。

 前置きも、躊躇いもなかった。宝の鑑定を告げる時と変わらない声で、彼は口を開いた。

 

「貴様が己の劣勢を正しく測りながら、我へ裁定を譲らなかった時だ」

 

 山門の夜を思い出した。

 届かないことは、わかっていた。それでも、進むことを選んだ。

 

「終末を勝利の道具へ貶めず、それでも勝利を捨てなかった」

 

 終わらせる力を使わなかったことと、負けを受け入れることは違っていた。

 

「届いた後も、我に認められることを己の務めより上へ置かなかった」

 

 彼が何と評そうと、王としての裁定を譲る理由にはならなかった。そのことも、あの男は見ていた。

 

「我はそこで、貴様を王と裁定した」

 

 そこまでは、聞いたまま受け取れた。

 王として認められた。その理由が、今、明かされている。

 

「再び現れ、我を忘れながら同じ裁定を出した」

 

 ギルガメッシュの言葉は続いた。

 

「鎧を開いても王性を失わず、他者を従属させず一つの戦場へ編んだ」

 

 今日も、二枚の壁は残してきた。

 最後の一枚を開き、自分のための道を作った。味方には無理に続くことを求めず、それぞれが仕事を終えられるようにした。

 

「我の挑発を、借り物の命令ではなく、貴様自身の判断として採用した。弱った時にも、王であることを手放さなかった。我にのみ許した接触を、恩義でも服従でもなく、貴様の例外として定めた」

 

 アトラスは顔を上げた。

 王としての評価を聞くだけでは、もう済まなかった。

 

「……待て」

「今は我が話す番だ」

 

 ギルガメッシュが一歩近づいた。アトラスはその場に留まり、見上げたまま彼を迎えた。

 

「手を取るぞ、大洋王」

「……承知した」

 

 指先が触れ、大きな手がアトラスの手を取った。

 握り込む力はなかった。返事をしたとおりに手を取り、それ以上は動かずにいる。

 

「頬へ触れるぞ」

「承知した」

 

 もう一方の手が上がった。

 頬に触れた指が水青の髪を払い、耳の後ろへ送る。遮るものがなくなって、赤い瞳と正面から目が合った。

 

「我は貴様の王性のみを見ていたのではない」

 

 アトラスは視線を外さなかった。次に何を言うか、聞き逃すわけにはいかなかった。

 

「鎧の下の脆い身体も、その身体でなお王座へ立つ傲慢さも、感情を隠し損ねる未熟な波も、すべて見ていた」

 

 誤認であれば訂正できた。

 けれど、挙げられたもののどれにも、違うとは言えなかった。

 

「重い。暗い。面倒だ。小さく、脆く、愛い」

 

 アトラスは、彼の顔を見た。

 評価が多い。普段ならば欠点として数えられる語も混じっていたのに、声には少しも減点の響きがなかった。

 

「そのいずれも、貴様が王であることと矛盾せぬ」

 

 赤い瞳が僅かに細まった。

 

「ゆえに我は、貴様を美しいと思っている。王としても、女としてもな」

 

 返答が出なかった。

 立ってはいられる。手も、顔も、動かしていない。だが、聞いた言葉へ何を返せばよいか、考えが先へ進まなかった。

 

「……開示量が、事前申告と異なる」

「貴様は全記録を求めた」

「要約を想定していた」

「我が何故、貴様のために評価を削る」

「処理に時間を要する」

「待ってやろう。今度はな」

 

 手は離れなかった。次の言葉を催促する声もない。

 アトラスは触れられたまま、知らされたことを一つずつ確かめ直した。

 

 四度の再生。攻撃を退け、防衛線を築き、周囲を整えたこと。岸として待ち続けていた時間。

 そのどれにも、返礼の要求はついていなかった。彼はその時々に、自分で選び、実行していた。アトラスが知らなかったからといって、済んだ選択が債務に変わるわけではない。

 

「汝の感情を、債務とは裁定しない」

「当然だ。我が選んだことを、何故貴様の債務へ落とす」

 

 考える間もなく返ってきた。

 待った時間も、守った回数も、返すべきものとして差し出されてはいない。彼が何を感じ、選び続けていたかを、アトラスは今ようやく知った。

 

「……把握した」

「それだけか」

「誤認は訂正する」

「ほう」

「加えて、己の感情についても再評価が必要になった」

「結果は」

 

 アトラスは、取られていた手を握り返した。

 もう一方の手を伸ばし、黄金の胸甲へ置く。指先の下には、今日、自分の槍が刻んだ傷があった。

 そこへ手を添えたまま、一歩近づいた。

 

「……言語化より、こちらが正確だ」

 

 ギルガメッシュは動かなかった。

 手を受け止めているのに、残る距離を詰めようとはしない。アトラスは彼を見上げた。

 

「……接触を、拒否しない」

「拒否しない、では足りぬ」

「何故だ」

「貴様が望むかを問うている」

 

 赤い瞳は、返答を待っていた。

 恩義を返したいのではない。長く待たせたことに報いようとしているのでもない。すべてを知った今、自分がどうしたいかを問われていた。

 

 握り返した手を、アトラスは離さなかった。

 言葉を選ぶより先に、自分で近づいていた。その結果を、もう一度確かめる。

 

「…………望む」

「よい」

 

 低く、短い。

 正式な裁定を受理した声だった。

 次の瞬間、距離が消えた。

 

 ギルガメッシュの腕が、アトラスの背へ回る。

 抱き寄せられる。

 

 強い。

 

 だが、閉じ込める力ではない。

 彼女が自分で詰めた距離を、そのまま受け止める力だった。

 

 唇が触れた。

 短く。

 

 一度離れ、赤い瞳がアトラスを確認する。

 

 アトラスは退かなかった。

 自分から、もう一度距離を詰めた。

 

 黄金の胸甲へ置いた手を肩へ回す。

 抱き返す。

 

 今度は、自分から口づけを返した。

 

 ギルガメッシュの身体が止まった。

 完全に。

 

 アトラスは顔を離し、見上げた。

 

「……どうした」

「…………」

「演算に異常があるのか」

「黙れ」

「汝が先ほど、全量を受け取れと言った」

「それとこれとは別だ」

「別ではない。己も現物回答を提出した」

「貴様……」

「査定は」

「――よいに決まっておろうが!」

 

 照明の落ちた管制室に声が響いた。

 アトラスは一度目を瞬き、それから尋ねた。

 

「ならば、受領は完了したのか」

「今は我が演算中だ」

「承知した。完了まで待つ」

 

 肩へ回した手は、そのままにしていた。

 アトラスは少し間を置いて、もう一つ確かめた。

 

「接触は解除するか」

「するな」

「承知した」

 

 腕を解かなかった。

 ギルガメッシュも離さない。

 その向こうの大型画面には、進路を変える直前の三秒が残っていた。

 青い光はまだ足場になっていないのに、黄金の宝具は彼女の来る方を向いている。

 

 遠くで空調が鳴る。

 機器の駆動音が、一定の間隔で続く。

 管制卓の時計が一度だけ明滅し、次の分へ切り替わった。

 アトラスはその表示から目を戻し、彼の肩へ添えた手を落ち着けた。

 

 結論を求める必要はなかった。黙っていることを、拒絶と受け取る理由もない。

 岸が海を待った時間を、返しているのではなかった。今、目の前の相手が受け取り終えるまで、自分が待つと決めた。

 それだけだった。

 

 やがて、頭上から声が落ちた。

 

「……得たとも」

「遅い」

 

 返事が途切れた。

 アトラスが顔を上げると、赤い瞳がゆっくりと細められた。

 

「ほう」

「汝の語彙だ。使用に問題があるか」

「ない。よく使った、大洋王」

 

 *

 

「先輩、端末はこちらではありませんか?」

 

 マシュが管制室の扉の前で足を止めた。

 立香も立ち止まり、空いた手元を見た。

 

「あ」

 

 先ほど座っていたところを思い出す。

 

「たぶん、中だ」

「取りに戻りましょう」

 

 立香は扉を少しだけ開いた。

 照明の落ちた管制室で、大型画面だけが先ほどの記録を映している。その前に、ギルガメッシュとアトラスがいた。

 抱き合ったままだった。

 

 二人とも、こちらに気づいていた。けれど、隠れる様子も、腕を解く気配もない。

 立香はそっと扉を閉めた。

 

「先輩、端末は……」

「明日の朝でいいと思う」

 

 マシュは一度、閉じた扉を見た。

 

「……はい」

 

 扉の向こうでは、検算が終わったあとにも、海と岸がそこに残っていた。

 




活動報告で、制作裏話や本編に採用する場所のなかった掌編などを公開しています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=332978

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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