The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


カルデア小話 その8
鎧の代わりに


 音がしなかった。

 

 ギルガメッシュがそれに気づいたのは、大洋王が二杯目の茶を注いだ時だった。

 

 白い器が卓へ戻る。

 

 陶器と木が触れる、軽い音。

 

 それだけだ。

 

 いつもなら、もう一つある。

 

 腕を動かすたび、椅子へ座るたび、どこかで低く鳴る金属の音が。

 

 赤い瞳が、卓の向こうへ向いた。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

 アトラスが顔を上げる。

 

 水青の髪が肩から流れた。

 大きな肩部装甲がない。背後へ張り出していた王宮外装もない。外套もなく、細い身体の輪郭がそのまま椅子の中へ収まっている。

 

 三叉槍だけは、いつでも取れる位置へ立て掛けてあった。

 

 ギルガメッシュは一度、上から下まで眺めた。

 

「今日は随分と小さいな」

 

 アトラスも自分を見る。

 

「……非武装時の身長に変化はない」

 

「知っておる」

 

「ならば何故言った」

 

「小さいものを小さいと言ったまでよ」

 

「以前から同じだ」

 

「鎧がなくなれば目立つ」

 

 アトラスは数秒考えた後、それ以上の反論を棄却したらしい。

 

 茶を飲んだ。

 

 ギルガメッシュも飲む。

 

 話は、それで終わった。

 

 少なくとも、アトラスがそう判断している間は。

 

「それで」

 

 杯を置きながら、ギルガメッシュが言った。

 

「何故今日は解いておる」

 

「必要性がない」

 

 即答だった。

 

 特別な申告でも、許可を求める言葉でもない。

 

 アトラスはこれまでにも、少しずつ王宮外装を減らしていた。

 最初は背後の大規模構造。

 次は外套。

 肩部。

 

 身体から遠い区画から、順に。

 

 そのたびに何が起きるかを見た。

 

 触れる前には告げられた。

 拒めば止まった。

 許した範囲より先へ進まなかった。

 途中で外装を戻しても、理由を要求されなかった。

 

 そして何より。

 

 外装が減ったからといって、ギルガメッシュが彼女を王でないものとして扱うことはなかった。

 

「現在、この区画に敵性反応はない。退出経路にも問題はない。三叉槍は使用可能。王宮外装も必要なら再展開できる」

 

 アトラスが指を折るように条件を並べる。

 

「これまでの接触運用に、手続き違反も確認されていない」

 

「ほう」

 

「したがって、現条件下で常時外装を維持する必要性は低いと裁定した」

 

 ギルガメッシュの口元が、わずかに上がった。

 

「我の前だから、ではないのか」

 

 アトラスが止まった。

 

 一拍。

 

「……条件の一つだ」

 

 否定しなかった。

 

 その代わり、血色の瞳がまっすぐに向く。

 

「お前個人への無条件通行権を認めたわけではない」

 

「言われずとも分かっておる」

 

「承知した」

 

「条件が崩れれば、また閉じるであろう」

 

「そうだ」

 

 今度は間がない。

 

 ギルガメッシュはそれを聞いて、短く言った。

 

「よい」

 

 アトラスは杯へ視線を戻した。

 

 それ以上、何も言わなかった。

 

 ギルガメッシュも、開いたことを褒めなかった。

 

 茶席は続いた。

 

 いつもと同じように。

 

 それが一番大きな違いだった。

 

 鎧のないアトラスは、椅子へ座ると驚くほど小さく見えた。

 背もたれが高い。

 肩は細い。

 大きな外装に遮られていた水青の髪は、そのまま身体の線へ落ちている。

 

 小さな手が茶器を持つ。

 

「第三演習区画は、明朝から使用を再開する」

 

「早いな。夜間の残留値を取っておらぬ」

 

「現在値は基準以下だ」

 

「ならばなおさら、もう一度測れ。一度下がっただけで終了条件とするな」

 

 アトラスは一拍考えた。

 

「……再計測する」

 

 ギルガメッシュは鼻を鳴らした。

 

 鎧がなくても、何も変わらない。

 

 アトラスが何かを決めれば、それは王の裁定として届く。

 

 以前、彼は言った。

 

 鎧が王なのではない、と。

 

 今は、それを言わなかった。

 

 ただ、その言葉の通りに振る舞っていた。

 

 記録は、そういう形でも積み上がる。

 

 話題が一つ終わったところで、アトラスが顔を傾けた。

 

 長い髪が一房、頬へ落ちる。

 

 ギルガメッシュの手が上がった。

 

 途中で止まる。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「頬へ触れるぞ」

 

 一拍。

 

「承知した」

 

 言葉は、あの日と同じだった。

 

 違うのは、その言葉を受ける場所に、もう城壁がないことだけ。

 

 指先が、頬へ直接触れた。

 

 アトラスの身体が、ごくわずかに硬くなる。

 

 ギルガメッシュは髪を払った。

 耳の後ろへ送る。

 

 頬へ触れると言った。

 だから、頬へだけ触れた。

 首へは行かない。

 肩へも触れない。

 身体を引き寄せない。

 もう一方の手も動かさない。

 用が済めば、離す。

 

 アトラスは動かなかった。

 王宮外装を展開することはできる。

 しなかった。

 

 拘束されていない。

 退出経路も塞がれていない。

 停止を告げれば止まる。

 そして、その必要が生じる前に接触は終わった。

 

 アトラスが、自分の頬へ指を置いた。

 

「……問題ない」

 

「何がだ」

 

「接触時の拒絶反応は許容域内だった」

 

「我を実験台にするな」

 

「触れたのはお前だ」

 

「許したのは貴様だ」

 

「その通りだ」

 

 ギルガメッシュは杯を持ち上げた。

 

「冷めるぞ」

 

 アトラスも茶へ戻った。

 

 よくできた、とは言われなかった。

 信用できるようになったか、とも問われなかった。

 

 褒められたなら、次も同じことをする理由の中へ、それが混ざる。

 

 今日は違う。

 

 開いているのは、アトラス自身の裁定だった。

 閉じることもできる。

 そのどちらも、彼女の側に残っていた。

 

 しばらくして。

 

「外装を展開していなくとも、境界管理に支障はない」

 

 アトラスが言った。

 

「当然であろう」

 

「当然ではない。以前は外装が執行していた」

 

 ギルガメッシュは彼女を見る。

 

「執行を、我にも読める形式へ移しただけであろう」

 

 アトラスの視線が上がった。

 

 以前から、城門を開閉すると決めていたのは彼女だ。

 王宮外装は、それを形にしていただけだった。

 

 拒む。

 遮る。

 通す。

 

 今は、別の形を取る。

 

 触れるぞ。

 承知した。

 

 その一往復で、どこまで開くかが外へ届く。

 

 ギルガメッシュは読んだ範囲を越えない。

 

 王宮外装が消えたからといって、境界が消えたわけではない。

 鎧の代わりに、手続きが置かれた。

 ギルガメッシュが鎧になったのでもない。

 岸が海を守るのではない。

 海自身の裁定が、岸にも読める形になった。

 

 アトラスはしばらく黙っていた。

 

 やがて、卓の上へ目を落とす。

 

 ギルガメッシュの片手が置かれている。

 見る。

 少し考える。

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

「手を出せ」

 

「命令か?」

 

「確認だ」

 

 ギルガメッシュがわずかに口元を上げた。

 

 手を差し出す。

 掌を開く。

 それだけだった。

 アトラスを掴まない。

 促しもしない。

 待つ。

 

 アトラスはその手を見た。

 自分の手を見る。

 そして、自分から掌を重ねた。

 

 ギルガメッシュの指は、まだ閉じない。

 

 数秒。

 

 アトラスの指が動いた。

 自分から、彼の手を握る。

 そこで初めて、ギルガメッシュの指も返った。

 強くはない。

 逃げ道を消さない。

 ただ、受け取る。

 

 触れられることを許すのとは、少し違った。

 これは自分から触れた。

 アトラスはそれを、数秒かけて確かめた。

 やがて、自分から手を離す。

 ギルガメッシュは追わなかった。

 

「問題ない」

 

「先ほども聞いたぞ」

 

「別項目だ」

 

「何項目あるのだ」

 

「必要なだけだ」

 

 ギルガメッシュが呆れたように見る。

 

 アトラスは気にしない。

 

 茶へ戻った。

 

 その後も、何も起きなかった。

 抱擁もない。

 接吻もない。

 新しい告白もない。

 

 ただ、茶を飲み終えるまで、アトラスは王宮外装を再展開しなかった。

 

 外装なし。

 王性に変化なし。

 接触前通告、正常。

 拒否権、維持。

 能動的接触、可能。

 再閉城、可能。

 

 すべて正常だった。

 

 茶席が終わる。

 

 ギルガメッシュが立った。

 

 アトラスも立つ。

 

 そこで、今日ずっと存在していた差が、急に大きくなった。

 座っている時には、椅子が吸収していた。

 向かい合って立てば、誤魔化せない。

 アトラスは小さい。

 鎧を着ている時より、さらに。

 

 出口へ向かいかけたギルガメッシュを呼び止める。

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

 振り返る。

 

 アトラスが一歩、近づいた。

 

 今日はもう確認した。

 鎧がなくても、境界は壊れない。

 触れられても、自分は王のままだった。

 自分から手を取ることもできた。

 ならば。

 

「接吻する」

 

 ギルガメッシュが止まった。

 

 完全に。

 

 一拍。

 

 接吻そのものは、初めてではない。

 だが、こうして事前に告げられたことはなかった。

 アトラス自身が、自分から行うこととして。

 

 前回は、開いたままの範囲の内側だった。

 今回は違う。

 一度離れた。

 触れていない。

 そこから、新しく開く。

 

 やがてギルガメッシュが答えた。

 

「…………許す」

 

 今度は、逆向きに同じ手順が走った。

 

 これまでは、ギルガメッシュが行為を告げ、アトラスが自分の領域について答えた。

 

 今は、アトラスが行為を告げる。

 

 ギルガメッシュが、自分の領域について答える。

 

 片方だけを守るための仕組みではない。

 

 それぞれが、それぞれの境界について裁定する。

 

 アトラスが近づいた。

 

 ギルガメッシュは抱き寄せない。

 それをすれば、今提出された行為を、自分の行為へ置き換える。

 屈みもしない。

 

 理由は別だった。

 屈めとは、言われていない。

 少し姿勢を下げれば届く。

 そんなことは、当然分かっている。

 だが求められていない支援を、勝手に差し込まない。

 

 アトラスの手が、彼の胸甲へ触れた。

 顔を上げる。

 背伸びする。

 

 届かない。

 

 少し近づく。

 もう一度、つま先を上げる。

 届かない。

 

「…………」

 

 ギルガメッシュは待っている。

 

 赤い瞳だけが、だんだん面白そうに細くなっていく。

 

「どうした、大洋王」

 

 アトラスは答えない。

 

 見る。

 ギルガメッシュの顔。

 胸元。

 自分の足。

 床。

 現在の身体条件。

 位置関係。

 演算。

 結果。

 

「…………己(おれ)の方が不利だ」

 

 ギルガメッシュの目が細くなる。

 

「ほう。感情勾配の話か」

 

「高度の話だ」

 

「見れば分かる」

 

「不快だ」

 

 そこで、とうとうギルガメッシュが笑った。

 

 声を上げて。

 

 今日一番大きく。

 

「何がおかしい」

 

「いや――なるほど。これは確かに、貴様の方が不利だ」

 

「確認済みだ」

 

「しかも自ら申告しておいて届かぬとはな」

 

「笑う必要はない」

 

「ある」

 

「ない」

 

 しばらくして、ようやく笑いが収まる。

 

 ギルガメッシュがまだ少し楽しそうな顔のまま言った。

 

「屈めと言えば、屈んでやらぬこともないぞ」

 

 アトラスが止まる。

 

 一拍。

 

 提案として検討する。

 自分から接吻する。

 相手が高度を下げる。

 実行は可能。

 だが。

 

「……棄却する」

 

「であろうな」

 

 ギルガメッシュはもう笑わなかった。

 

 アトラスも、接吻するという裁定を撤回しなかった。

 ギルガメッシュの「許す」も残っている。

 合意に問題はない。

 手続きにも問題はない。

 ただ、今の方式では届かない。

 

 王宮外装を解いても、境界管理に問題はなかった。

 接触の手続きにも、双方の意思にも、瑕疵はない。

 新たに確認された不具合は、一件。

 アトラスが接吻の実行主体となった時にのみ発生する。

 

 高度だった。

 




活動報告で、制作裏話や本編に採用する場所のなかった掌編などを公開しています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=332978

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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