The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


幕間 王たちは恋を評す

 カルデアのラウンジで、王たちが話していた。

 

 話は、演習区画の使用時間から始まっていた。

 

 次回レイシフトに持ち込む物資。

 誰が茶葉を勝手に持ち出したか。

 

「最後の件だけやけに具体的だね」

 

 藤丸立香が言うと、始皇帝が卓上の茶器へ目をやった。

 

「具体的な損失が出ておるからな」

 

「些事よ」

 

 オジマンディアスが言った。

 

「茶葉の一袋や二袋、王の歓待に用いられたならば本望であろう」

 

「カルデアの備品に本望を設定しないでください」

 

 立香が答える。

 

 イスカンダルが笑った。

 

「ならば次は余が酒を持ち込もう!」

 

「それは自前でお願いします」

 

「細かいのう、マスター!」

 

「細かくないよ」

 

 ギルガメッシュは、そのやり取りを聞きながら茶を飲んでいた。

 

 口を挟まない。

 

 珍しいことではない。

 話す必要がなければ話さず、話したければ誰よりも大きく話す。

 

 その時、ラウンジの扉が開いた。

 

 アトラスが入ってくる。

 

 王宮外装はほとんど解かれていた。

 淡い水青の髪が肩から背へ落ち、常ならば金属に覆われている身体の輪郭が、そのままカルデアの照明の下にある。

 

 彼女は卓を見た。

 

 王が四人。

 マスターが一人。

 

 確認はそれだけだった。

 

「空いておるぞ、大洋王」

 

 イスカンダルが椅子を示す。

 

「把握している」

 

「ならば座れ!」

 

 アトラスは座った。

 

 誰も特別に迎えない。

 ギルガメッシュも、彼女が来たことで姿勢を変えなかった。

 

 それで話は続いた。

 

「演習区画の第三室は、明日午前を空けておけ」

 

 アトラスが言う。

 

「何をするの?」

 

 立香が聞いた。

 

「王宮外装の展開速度を再計測する。前回、北壁形成に〇・三秒の遅延があった」

 

「〇・三秒を遅延と呼ぶのか?」

 

 始皇帝が眉を上げる。

 

「呼ぶ」

 

「難儀な性分だな」

 

「観測値だ」

 

 ギルガメッシュが低く笑った。

 

「ならば存分に縮めるがよい。貴様はそういう女であろう」

 

「当然だ」

 

 アトラスは茶を一口飲んだ。

 

 それから、ギルガメッシュを見る。

 

「英雄王」

 

「何だ」

 

 彼は座ったまま顔を向ける。

 

 アトラスは一度、卓を見た。

 

 周囲に他者がいる。

 接触を秘匿する条項は、設定していない。

 

 それだけ確認して、立ち上がった。

 

「接吻する」

 

「許す」

 

 ギルガメッシュは動かない。

 

 アトラスが近づく。

 

 今は、彼が座っている。

 高度に問題はない。

 

 彼女は自分から距離を詰め、その唇へ短く触れた。

 

 離れる。

 

 それで終わりだった。

 

 アトラスは元の席へ戻り、茶器を取る。

 

 ギルガメッシュも茶へ戻った。

 

 話題は、まだ演習区画の使用時間だった。

 

 数秒。

 

 ラウンジの卓だけが、奇妙に静かになっていた。

 

「…………おぬしら」

 

 イスカンダルが言った。

 

 アトラスが見る。

 

「何だ」

 

「最近、それを普通にやるな?」

 

「何がだ」

 

「見た通りであろう」

 

 答えたのはギルガメッシュだった。

 

 イスカンダルが腹を抱えて笑う。

 

「何事もなかった顔をするな!」

 

 アトラスには、問題点が分からなかった。

 

 接触前申告あり。

 同意あり。

 接触範囲の逸脱なし。

 終了済み。

 秘匿条項なし。

 

 処理上の瑕疵はない。

 

「何がおかしい」

 

「いや、よい!」

 

 イスカンダルはまだ笑っていた。

 

「よし。今宵の議題が決まった!」

 

「また其方が決めるのか」

 

 始皇帝が呆れたように言う。

 

 イスカンダルは意に介さない。

 

「王と王が恋仲になるとは、どういうことか!」

 

「議題設定を棄却する」

 

 アトラスは即答した。

 

 始皇帝が彼女を見る。

 

「いや、其方に議題そのものの拒否権はなかろう」

 

 アトラスの目が細くなる。

 

「他者が何を論じるかは、他者の管轄だ」

 

「そういうことだ。回答を拒む権利ならあるが」

 

 アトラスが止まった。

 

 一拍。

 

「……訂正する。回答の必要性を認めない」

 

「それなら通る」

 

「通るのか!」

 

 イスカンダルが笑う。

 

「当然であろう。議題を立てる権限と、回答を強制する権限は別だ」

 

「うむ。では本人の回答は任意として、論じるぞ!」

 

「結局やるんだ」

 

 立香が苦笑した。

 

 オジマンディアスは、先ほどから大して興味がなさそうに茶を飲んでいた。

 

 イスカンダルがそちらを見る。

 

「太陽王はどう見る?」

 

「何を難しく考えておる」

 

 返答は早かった。

 

「愛する者が特別なのは当然であろう」

 

 始皇帝が目を瞬く。

 

「随分簡潔だな」

 

「簡単なことを難しく言う必要がどこにある」

 

 オジマンディアスは卓の向こうへ視線を投げた。

 

「大洋王が英雄王だけへ許しているものがある。英雄王が大洋王だけへ許しているものもある。それでよいではないか」

 

「分類が粗い」

 

「細分しても特別は特別よ!」

 

 アトラスは黙った。

 

 ギルガメッシュは機嫌がよかった。

 

 否定する理由がないのだろう。

 

「しかし」

 

 イスカンダルが身を乗り出す。

 

「王が一人を特別にすることで、王としての公平や何やらが損なわれる、という見方もあろう?」

 

「何故損なわれる」

 

 オジマンディアスは今度も迷わなかった。

 

「王であるゆえ愛せぬなどという道理があるものか。愛したゆえ王でなくなるという道理もない」

 

 そして、二人を見る。

 

「王と王のまま愛しておる。結構ではないか」

 

 アトラスは反論しなかった。

 

 恋仲であること自体は、もう否定する項目ではない。

 

 始皇帝が指先を卓へ置いた。

 

「つまり」

 

 嫌な予感がしたのか、立香が少し笑った。

 

「通常は他者へ認めぬ便宜を、特定個体へ相互に設定する関係か?」

 

「違う」

 

 四方向から同時に返った。

 

 始皇帝が眉を寄せる。

 

「何が違う?」

 

「もっとこう、共にいたいとか、胸が躍るとかあるであろう!」

 

 イスカンダルが言う。

 

「愛しいと思うことよ!」

 

 オジマンディアスが続く。

 

 ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

「欲するものを欲するのに、いちいち理由を並べ立てるな」

 

「感情語ばかり増えたな」

 

 始皇帝が言った。

 

 立香がとうとう笑った。

 

「でも、それって王様じゃなくても同じじゃない?」

 

 卓が止まった。

 

 今度は先ほどとは別の意味で。

 

「好きな人を特別に思うとか、一緒にいたいと思うとか。そういうところは、王様じゃなくてもあるよね」

 

「今は王と王の場合を論じておる」

 

 始皇帝が言う。

 

「うん。でも恋の部分まで王様だけの仕組みじゃないよね」

 

「それはそうであろう」

 

 イスカンダルはあっさり頷いた。

 

「だからこそ、王ならどうなるかを話しておる!」

 

「そっか」

 

 立香もあっさり引いた。

 

 アトラスは何も言わなかった。

 

 恋とは何か。

 

 その一般定義を求められたわけではない。

 そして求められても、答える必要はない。

 

「要するに」

 

 始皇帝が話を切る。

 

 ギルガメッシュとアトラスを見る。

 

「恋仲になった前後で何が変わったのだ?」

 

「そこを仕様変更のように聞くでない!」

 

 イスカンダルが即座に突っ込む。

 

「変化を聞いておるのだから同じであろう」

 

「質問としては妥当だ」

 

「大洋王まで乗るな!」

 

 アトラスは答えようとした。

 

 少しだけ考える。

 

 その横から、立香が手を上げた。

 

「王様じゃなくても同じって言ったけど……逆に、王様同士で付き合ってる人に聞いてみたら?」

 

 全員が立香を見る。

 

「実例があった方が比較しやすいでしょ」

 

「おお!」

 

 イスカンダルの顔が明るくなる。

 

「カルデアにおるではないか!」

 

「クレオパトラさんとカエサルさんね」

 

「呼べ!」

 

「本人たちの了承は取ろうね?」

 

 立香は端末を取り出した。

 

 その間に、オジマンディアスが立ち上がる。

 

「太陽王?」

 

「余の答えは変わらぬ」

 

 オジマンディアスはそれだけ言った。

 

「愛する者を特別とする。それで王座が揺らぐなら、そもそも王ではあるまい」

 

「もう行くのか?」

 

「答えた。ならば留まる理由もあるまい」

 

 簡単なことを難しく言う必要がない。

 

 その姿勢は、最後まで変わらなかった。

 

「ではな」

 

 太陽王は去った。

 

 ほどなくして立香の端末に返事が来る。

 

「来てくれるって」

 

「よし!」

 

「私はそろそろ管制室に戻るね。呼び出した本人がいなくなるのも変だけど」

 

「構わぬ。議題は残る」

 

 始皇帝が言う。

 

「そういうことなら、あとよろしく」

 

 立香も立ち上がった。

 

 アトラスを見る。

 

 少しだけ笑う。

 

「がんばって」

 

「何をだ」

 

「ううん。何でもない」

 

「不明瞭だ」

 

「そういうところだと思う」

 

 立香は逃げるようにラウンジを出た。

 

 入れ替わるように、二人のサーヴァントが現れた。

 

「……随分な集まりですこと」

 

 クレオパトラが卓を見渡す。

 

 その隣で、カエサルはむしろ愉快そうだった。

 

「王と王の恋愛か。政治と私情の境界を論じるなら、悪くない議題だ」

 

「広げないでくださる?」

 

「いやいや、これは重要な話だとも。二人の王が並べば、それだけで周囲は意味を作る」

 

 カエサルは座りながら、ギルガメッシュとアトラスへ視線を向けた。

 

「恋仲ともなればなおさらだ。同盟、庇護、優遇、権限共有。後継や派閥まで読む者も出るだろう。当人たちが何も宣言していなくともな」

 

「他者の推測は、己らの裁定ではない」

 

 アトラスが言う。

 

「もちろんだ」

 

 カエサルは頷いた。

 

 一拍。

 

「だが、その推測が現実へ作用することはある」

 

 アトラスは黙った。

 

 他者の解釈が、二人の関係を定義するわけではない。

 

 だが、誰かがそう解釈し、その解釈を根拠に動くならば。

 

 その動きは、盤面へ入る。

 

「……記録した」

 

「政治家としては、その程度は押さえておきたいところである」

 

 カエサルは満足そうに頷く。

 

「それで?」

 

 クレオパトラが話を戻した。

 

「何を聞きたくて、ここへ呼ばれたのです?」

 

 始皇帝が答える。

 

「恋仲ならば、相手の判断を通常より信用するのか、という話だ」

 

「信用?」

 

 クレオパトラは少し考えた。

 

「愛しているからといって、相手の欠点が見えなくなるわけではないでしょう」

 

 カエサルが咳払いをする。

 

「うむ。もっとも、私の場合は欠点と見えるものの多くが、実のところ――」

 

「その弁明は今いりません」

 

 切られた。

 

 イスカンダルが大笑いする。

 

「わはははは! 実例として非常に分かりやすいではないか!」

 

「どこがであるか!」

 

 カエサルが抗議する。

 

 クレオパトラは気にしない。

 

「好きだからこそ、違うものは違うと言うこともあるでしょう」

 

 ギルガメッシュが鼻を鳴らす。

 

 アトラスも異論を挟まない。

 

 始皇帝が二人を見る。

 

「つまり恋仲となっても、互いへの訂正権は失われぬ」

 

「当然だ」

 

「当然であろう」

 

 声が重なった。

 

 一拍。

 

 イスカンダルが二人を指差す。

 

「そこだけ綺麗に揃うな!」

 

「何が問題だ」

 

「問題はない」

 

 また重なった。

 

「だからそこだ!」

 

 イスカンダルの声がラウンジに響く。

 

 始皇帝は、しばらく二人を見ていた。

 

 それから何かに気づいたように手を上げる。

 

「待て」

 

「何だ」

 

「普通、親しくなれば省略できる手順が増えるのではないか?」

 

 始皇帝の視線が、先ほど接吻した二人の間を往復する。

 

「何故其方らは、親しくなるほど手続きが増えておる?」

 

 アトラスは考えた。

 

 少しだけ。

 

「混同可能な項目が増えた」

 

「ほう?」

 

「以前は、接触しない。それで終了した」

 

「今は違う。触れたいか。触れてよいか。今触れてよいか。誰が実行するか。どこまでか。継続するか。補助を求めるか。離れるか」

 

「多いな!」

 

 イスカンダルが笑う。

 

「別項目だ」

 

「分けすぎではないの?」

 

 クレオパトラが言う。

 

「混同する理由がない」

 

「しかし」

 

 始皇帝が目を細める。

 

 その表情が、少しだけ変わった。

 

「……ああ」

 

「何だ」

 

「分かったぞ」

 

 始皇帝は二人を見た。

 

「其方ら、親しくなるほど互いへ与える権限を増やしているのではないな」

 

 アトラスの視線が止まる。

 

「互いに行使できる選択肢を増やしておるのか」

 

 すぐには答えなかった。

 

 他者の言葉だ。

 

 そのまま採る理由はない。

 

 一度、自分の側へ通す。

 

 接触しない。

 触れる。

 待つ。

 求める。

 許す。

 拒む。

 訂正する。

 

 以前にはなかった選択肢。

 

 だが、誰かへ王権を渡したわけではない。

 

「…………妥当だ」

 

 アトラスが言った。

 

 始皇帝が満足そうに頷く。

 

 イスカンダルが叫んだ。

 

「そこまで分かって何故恋そのものが分からぬ!」

 

「構造が分かれば十分であろう」

 

「十分ではない!」

 

「何故だ」

 

「楽しいからだ!」

 

「理由になっておらぬぞ」

 

「余にはなる!」

 

 イスカンダルは胸を張った。

 

「余なら、惚れた相手とは共に征きたいがな!」

 

 アトラスが見る。

 

「同じ判断を要求するのか」

 

「まさか!」

 

 イスカンダルは即座に笑った。

 

「同じ景色を見ても、違うことを言うから面白いのであろう!」

 

 大きな手を広げる。

 

「喧嘩もできぬ恋仲など、つまらん!」

 

「其方は何でも楽しそうだな」

 

 始皇帝が言う。

 

「楽しくない恋を何故する!」

 

 答えも大きかった。

 

 クレオパトラが小さく息を吐く。

 

 カエサルは頷いている。

 

 ギルガメッシュは、最初からずっと機嫌がよい。

 

 始皇帝はそこまで聞いて、さらに考えた。

 

 構造は分かった。

 

 ならば次に、具体的な運用範囲が気になったらしい。

 

「で、其方らは結局どこまで許可済みなのだ?」

 

 アトラスが完全に止まった。

 

 イスカンダルが先に吹き出した。

 

 クレオパトラも目を見開く。

 

 カエサルは口元を押さえた。

 

 ギルガメッシュだけが平然としていた。

 

「回答の必要性を認めない」

 

 アトラスが言う。

 

「我は構わぬぞ」

 

「お前は黙れ」

 

 即座だった。

 

 ギルガメッシュの口元が上がる。

 

「いや、先ほど皆の前で接吻しておったではないか!」

 

 イスカンダルが言う。

 

「接触を秘匿しないことと、感情について無制限の質疑を受けることは同義ではない」

 

「屁理屈であろう!」

 

「分類だ」

 

「言い切ったぞ!」

 

 イスカンダルが笑う。

 

 アトラスは笑わない。

 

 人前で接吻することに問題はない。

 恋仲であることを知られることにも問題はない。

 

 だが、何をどこまで望み、どのように感じているかを公開討論することは別項目だった。

 

「では英雄王はどうなのだ?」

 

 始皇帝が今度はギルガメッシュを見る。

 

 英雄王は微塵も困らない。

 

「我が何を望むかなら、とうに本人へ開示済みだ」

 

「それは知っておる。では大洋王は?」

 

 ギルガメッシュが始皇帝を見る。

 

 一拍。

 

「我に問うな」

 

 短かった。

 

 彼は知っている。

 

 アトラスが「望む」と言ったことも。

 その後、自ら接触を選んだことも。

 自分にだけ許したものがあることも。

 

 それでも、答えない。

 

 知っていることと、本人に代わって公開することは別だった。

 

 アトラスが、ちらりと彼を見る。

 

 礼は言わない。

 

 必要もない。

 

「ならば本人へ聞けばよい!」

 

 イスカンダルが元気よく方向を変えた。

 

「大洋王。英雄王を好いておるか?」

 

「質問の分類が粗い」

 

「好いておるか否かだけでよいであろう」

 

 始皇帝まで乗る。

 

「その二値化を棄却する」

 

 クレオパトラがアトラスを見る。

 

「でも、接吻はするのでしょう?」

 

「する」

 

 即答だった。

 

 一拍。

 

「ならば何を棄却しておるのだ!」

 

 始皇帝が声を上げた。

 

 ギルガメッシュが笑っている。

 

「接吻の実行と、質問形式の妥当性は別だ」

 

「面倒だな!」

 

「否定しない」

 

「そこは認めるのか」

 

「事実だ」

 

 始皇帝は額へ手を当てた。

 

 だが、諦めはしなかった。

 

 話を最初へ戻す。

 

「要するに、恋仲になった前後で何が変わったのだ?」

 

 アトラスは今度こそ答えた。

 

 一拍。

 

「接触可能範囲」

 

 沈黙。

 

 イスカンダルが卓を叩いた。

 

「そこから答えるのか!」

 

「いや、差分としては正しい」

 

 始皇帝が言う。

 

「おぬしまで納得するな!」

 

「何故だ。質問への回答としては最も明確であろう」

 

「恋の話をしておるのだぞ!」

 

「だから変化量を答えた」

 

「大洋王も揺るがぬな!」

 

 アトラスは真面目だった。

 

 彼女にとって、実際に最も明確な差分だった。

 

 接触しない。

 

 そこから、接触を許可する。

 

 自分から触れる。

 

 相手から求められた接触を許す。

 

 その範囲が増えた。

 

「では英雄王は?」

 

 カエサルが聞いた。

 

 ギルガメッシュは、少しも考えなかった。

 

「我が欲した時に触れられる範囲が増えた」

 

「訂正する」

 

 アトラスが即座に言う。

 

 ギルガメッシュが見る。

 

「お前が求め、己(おれ)が許した時だ」

 

「ならば、我が求め、貴様が許した時だ」

 

「それならば正しい」

 

「そこだ!!」

 

 イスカンダルが立ち上がりかけた。

 

「何がだ」

 

 ギルガメッシュが笑う。

 

「今のだ! 今の一往復だ!」

 

「訂正されれば直す。当然であろう」

 

「その当然を今ずっと話しておる!」

 

 イスカンダルの笑い声がまた響く。

 

 クレオパトラは二人を見比べた。

 

「本当に面倒な二人ね」

 

 アトラスは否定しなかった。

 

「ですが、相手が自分とは別の人間だということを忘れないのは、悪いことではないと思います」

 

「つまり我々と同じく――」

 

 カエサルが口を挟む。

 

「同じとは言っておりません」

 

 切断は速かった。

 

 カエサルが黙る。

 

 イスカンダルがまた笑う。

 

 始皇帝は腕を組んだ。

 

「大体分かった」

 

「本当に?」

 

 今度はクレオパトラが聞いた。

 

「構造はな」

 

「恋そのものは?」

 

「必要があれば理解する」

 

「必要がないと思っている時点で分かっていない気がするがな!」

 

 イスカンダルが言う。

 

「それは其方の裁定だ」

 

「うむ! 余はそう裁定する!」

 

 誰も統一見解を作らなかった。

 

 イスカンダルは、共に進みたいと言った。

 オジマンディアスは、愛する者を特別とすることと王であることは矛盾しないと言った。

 始皇帝は、互いに行使できる選択肢が増える構造を見た。

 クレオパトラは、愛していても相手への評価は失われないと言った。

 カエサルは、当人たちとは別に周囲が意味を作ることを指摘した。

 ギルガメッシュは、欲するものを欲すると言った。

 

 アトラスは、恋とは何かを定義しなかった。

 

 必要がないからだ。

 

 それでも、己と英雄王の間で何が変わったかは答えた。

 

 それで十分だった。

 

 やがて卓は散った。

 

 イスカンダルは最後まで笑っていた。

 

「次は酒を入れて論じようではないか!」

 

「次を設定するな」

 

「よいではないか!」

 

「回答の必要性を認めない」

 

「もう使いこなしておる!」

 

 始皇帝も席を立つ。

 

「ではな。構造は記録した」

 

「お前まで記録するのか」

 

「有用な分類であったからな」

 

 クレオパトラとカエサルも立つ。

 

「次はもう少し普通の話題で呼んでちょうだい」

 

「普通とは何か、という議論も興味深いが――」

 

「帰りますよ」

 

「はい」

 

 二人も去った。

 

 扉が閉じる。

 

 ラウンジが静かになる。

 

 残ったのは、ギルガメッシュとアトラスだけだった。

 

 アトラスは茶を飲む。

 

 冷めている。

 

 それでも飲む。

 

 ギルガメッシュは、最初から最後までほとんど変わらない。

 

 平然としている。

 

 しばらくして。

 

「……今回も、己の方が不利だ」

 

 アトラスが言った。

 

 ギルガメッシュの赤い瞳が、わずかに細くなる。

 

「ほう」

 

 一拍。

 

 三度目だ。

 

 今度は当てに来た。

 

「感情勾配か」

 

「違う」

 

「高度か」

 

「違う」

 

「では何だ」

 

 アトラスは少し黙った。

 

 長くはない。

 

 だが、先ほどまでの回答より、わずかに時間がかかった。

 

「…………羞恥耐性だ」

 

 ギルガメッシュが止まった。

 

 一瞬。

 

 次の瞬間、笑った。

 

「フハハハハハハ!」

 

 大きな笑い声が、誰もいなくなったラウンジへ響く。

 

 アトラスの目が細くなる。

 

「何がおかしい」

 

「いや。なるほど」

 

 ギルガメッシュはまだ笑っている。

 

「確かに今回は貴様の方が不利だ」

 

「確認済みだ」

 

 アトラスは冷めた茶を飲んだ。

 

 ギルガメッシュは上機嫌だった。

 

 感情勾配の不利は、すでに訂正された。

 

 高度の問題にも、運用上の解はある。

 

 今回、新たに確認された非対称は一件。

 

 羞恥耐性だった。

 




活動報告で、制作裏話や本編に採用する場所のなかった掌編などを公開しています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=332978

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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