The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

76 / 76
FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


失星航行特異点 ステラ・マリス・オブスクラ
第1話 歴史の船溜まり


 ボイジャーは、机の上の紙を覗き込んでいた。

 

 大きな船が一隻。その周りには、山の稜線が幾重にも描かれている。船から少し離れたところに、小さな四つの印があった。

 紙を回してみても、山の外へ出られる水路は見つからない。

 

「何か気になるものでも?」

 

 横から声がした。ボイジャーが顔を向けると、マーリンが椅子の背に手を掛けていた。

 

「このふね、うみはどこにあるの?」

 

 船の下に指を置く。線の一本も引かれていない、白いところだった。

 

「彼らが着いた時には、もうなかったんだ。船の上には、町があったけれどね」

「まちが?」

 

 ボイジャーは、もう一度紙へ目を落とした。

 船の上に重なっている小さな四角。荷物を積んでいるのかと思った。それが家なら、この船にはずいぶんたくさんの人が暮らしている。

 

「ああ。なかなか賑やかな町でね。大洋王と英雄王が、揃って訪ねていった」

 

 ボイジャーの指先が、船の手前の四つの印へ戻った。

 顔を上げると、マーリンは椅子を引き、向かいへ腰を下ろした。

 

  *

 

「今回の特異点には、王が要る」

 

 出発前の確認を締めくくるには、少し変わった言葉だった。

 立香は手袋の留め具から顔を上げた。管制卓の向こうで、ダ・ヴィンチが画面を切り替える。

 

「トリスメギストスの演算結果だよ。中でも、アトラスとギルガメッシュ。この二騎の組合せが、最も高い攻略可能性を示している」

「王様が、二人とも必要なんだね」

 

 傍らに並ぶ二人を見る。

 アトラスは画面へ目を向けたまま、ギルガメッシュは腕を組んでいる。どちらも、自分の名が挙がったことに驚いてはいなかった。

 

「何をするのに必要なのかは、分かる?」

「そこまでは、まだ。確認できているのは、神代ギリシャ――英雄時代初期に位置する異常と、陸地にある大規模な構造物。その内部に聖杯反応がある、というところだ」

 

 画面の一角が拡大された。輪郭の定まらない影の奥で、反応を示す光だけが明瞭に点っている。

 王が二人。あの中に玉座でもあるのだろうか。

 立香が画面と二人の顔を見比べていると、アトラスが口を開いた。

 

「現地を見れば、分かることもあろう」

「案ずるのは着いてからにせよ。行くぞ、雑種」

 

 ギルガメッシュは早くも踵を返していた。アトラスもそれに続く。

 いつもどおりの二人を見送って、立香は手袋の留め具を押さえ直した。

 

「先輩。通信、装備ともに確認できました」

「ありがとう、マシュ。じゃあ、行こう」

 

 隣で頷いたマシュと、それぞれのコフィンへ向かう。

 身を横たえると、頭上を覆っていく蓋に管制室の明かりが映った。

 

「まずは現地の確認を。こちらでも解析を続けるよ」

「うん。行ってきます」

 

 ダ・ヴィンチへ返した声に、起動音が重なった。

 立香は息を整え、目を閉じた。

 

  *

 

 光が退くと、湿った土の匂いがした。

 

 靴底が、柔らかな地面へわずかに沈む。立香は足を置き直し、顔を上げた。

 雨上がりの空だった。山々を渡る雲は低く、その向こうまで一面の灰色が続いている。日の位置は分からない。草の葉には水滴が残り、踏み分けられた道の窪みが、鈍く空を映していた。

 

「先輩、足元に気をつけてください」

「うん。……ありがとう」

 

 返事の途中で、立香は首を反らした。

 目の前に、壁があった。

 視線を左右へ走らせても端が遠い。上へ追えば、反り上がる外殻の縁が曇り空を大きく切り取っている。幅広い箱を、そのまま山あいへ据えたような巨体だった。

 

「これ、船……?」

 

 足元を波が洗うことはない。底は土に埋まり、周囲には草が生えている。

 それなのに、ずっと高い外殻の継ぎ目には、枝や枯れ草が固く絡んでいた。そこから横へ、泥の色が帯になって残っている。立香はその高さを目で辿り、もう一度、自分の靴先を見た。

 

 船体の上に、屋根が重なっている。

 大きさの違う家が段をなし、その隙間を階段と細い通路が縫っていた。張り出した水路から、下の桶へ水が落ちる。低い屋根の一つから煙が上がり、湿った風に、薪の燃える匂いが混じった。

 ぱん、と音がした。

 立香が目を向けると、上の通路で誰かが布をはたいていた。大きく広がった布が道へ垂れ、籠を抱えた人が頭を屈めてその下を通る。何か言ったらしく、布を持つ人が片手を上げた。

 

「……人が住んでる」

 

 遺跡の壁を見上げるつもりで、立ち止まっていた。

 だが、船へ続く道には新しい轍が幾筋も走っている。遠くの林から薪を積んだ荷車が戻り、その後ろを、束ねた枝を背負う人たちが歩いてきた。車輪が水溜まりを踏む前に、立香は道の脇へ寄った。

 

「聖杯反応を確認しました。あの船の、さらに奥です」

 

 マシュが手元の表示から顔を上げた。

 荷車の向かう先には、人の出入りする大きな口が開いている。

 

「まず、話を聞いてみよう」

 

 歩き出すと、船の外殻に重なった補修の跡が近づいた。古い板を覆う板、その端をさらに留めた継ぎ板。上から下りてくる水路も、途中で幅が変わっていた。

 アトラスの視線が、その繋ぎ目を辿っている。

 

「継ぎ目ばかり見ておるな」

 

 隣を歩くギルガメッシュが言った。

 

「継ぎ足した者がいる。何度もだ」

「我は、その上で布を干しておる者どもを見ておる」

 

 また、布をはたく音が落ちてきた。

 アトラスが上を向く。張られた紐に一枚が掛けられ、その横へ次の一枚が広げられていく。立香もつられて見上げてから、荷車の後を追った。

 

 搬入口の扉は、厚みだけでも人が隠れられそうだった。

 その脇で、作業着の男が蝶番の近くを覗き込んでいる。足元には道具が並び、もう一人が扉の縁へ手を添えていた。

 立香は邪魔にならない側へ寄り、声を掛けた。

 

「すみません。中へ入っても大丈夫ですか」

 

 男は顔を上げ、四人を順に見た。ギルガメッシュのところで目が止まり、何か言いかけて、蝶番へ視線を戻す。

 

「……話なら上で聞いてくれ。そっちを通れ。扉には触るなよ」

「ありがとうございます」

 

 入口の内側に、一台の荷車が寄せてあった。片側の縁が白く擦れ、削れた木肌が露出している。床には水を流して拭った跡があり、隅の濡れた布には赤茶けた色が滲んでいた。

 立香の歩みが少し緩む。マシュも同じところを見ていた。

 奥から声が響いてきた。

 

 緩い上りの通路を抜けると、家々の間に少し広い場所があった。開いた戸口から、湯を張った鉢を抱える人が出てくる。腕に布を巻いた男が壁際に座り、その前を行く人々は、皆、広場の中央を避けていた。

 薬草の匂いがする。

 その中で、二人の男が向き合っていた。

 

「閉めるなと言っただろう!」

 

 怒声に立香が顔を向けた時には、土に汚れた袖から伸びる腕が、もう一人の胸元を掴もうとしていた。

 

  *

 

 掴まれた襟が、ぐっと引き寄せられた。

 

「仲間がまだ外にいたんだぞ!」

「お前たちの帰りだけを待っていられる船ではない!」

 

 工具を腰に提げた男が、胸元の手を引き剥がす。日に焼けた手の甲に、古い傷がいくつも走っていた。

 押し返されても、若い男は引かなかった。踏み込んだ靴が、二人の間に置かれていた空の桶を蹴る。桶は転がり、戸口から出てきた人の足に当たりかけた。

 

「スティリオス、よせ!」

 

 誰かが叫んだ。別の住民が、通路にあった荷車を慌てて引き寄せる。

 若い男――スティリオスは、声の方を見もしない。

 

「待ってください、ここで――」

 

 立香が声を張り、マシュが一歩前へ出た。

 その時、二人の怒声の間を、よく通る声が抜けた。

 

「その手をお放しなさい。ここは診療所の前ですわ」

 

 スティリオスの腕は、もう相手へ伸びていた。

 そこへ、白い手が添えられた。

 

 金の髪が、ひるがえる。

 女の人が二人の間に入った、と立香が見て取った時には、スティリオスの身体が斜めになっていた。伸ばした腕に引かれて一歩、踏ん張ろうとした足が空を踏む。

 低い音がした。

 男の肩が、女の足元へ落ちていた。

 

「な――」

 

 スティリオスが顔を上げる。起き上がろうと床に突いた手は、身体を支えきる前に浮いた。女が半身を寄せ、取った腕を背へ回している。

 男の背が跳ねた。だが、そこまでだった。膝を立てようとしても腰が上がらず、肩に力を込めると、かえって胸が床へ近づく。

 

「お、おい。何だ、これ……!」

 

 女は男の腕を押さえたまま、顔を上げた。

 青い衣の裾が遅れて床へ落ちる。髪に飾られた花が、小さく揺れていた。

 

「先に掴んだのは、そいつだ」

 

 工具を提げた男が近づく。

 言いながら、まだスティリオスへ手を伸ばそうとした。

 

「ペトロス。あなたもです」

 

 女の空いていた手が、その手首を取った。

 ペトロスの肩が下がる。持ち直そうと踏み出した足の先へ、青い裾が滑り込んだ。腰の工具が鳴り、片膝が床につく。

 次の瞬間には、二人の顔が同じ高さに並んでいた。

 

 立香は、差し出しかけた手を止めた。

 どちらも、女の足元から動けない。

 

「だから、私まで――」

「口は動きますわね。言い分は、一人ずつ聞きます」

 

 澄ました声だった。

 ペトロスが何か言い返そうとし、隣のスティリオスと目が合った。二人はほとんど同時に顔を背けたが、身体の方は動かなかった。

 人垣のどこかで、息が吹き出した。

 

「だからやめろと言ったのに」

 

 笑いを含んだ声へ、女が目を向ける。

 続きかけた声が引っ込んだ。

 

「こちら、通れます。鉢はそのままお持ちください」

 

 マシュが転がった桶を拾い、壁際へ寄せていた。荷車を引いた住民もそれに気づき、取っ手を持ち直す。止まっていた人の列が、二人の脇を迂回して動き始めた。

 湯の鉢を抱えた人が通り過ぎるのを、立香も身を引いて待った。

 

 背後の二王は、武器に手を掛けていなかった。

 ギルガメッシュの口元が、わずかに上がっている。

 

 その隣でアトラスは、押さえられた二人から女へ、静かに目を移した。

 

「もう手は出しませんね」

 

 女の問いに、スティリオスが口を開きかけた。

 女は待った。

 やがて男は、顎を一度引いた。ペトロスも、床へ向けて短く返事をした。

 二人の腕が、同時に解かれる。

 

 スティリオスは起き上がるなり肩を回し、肘を曲げ伸ばしした。ペトロスは手首を擦ってから、指を握り、開く。どちらも女を見上げたまま、すぐには立とうとしなかった。

 

 ギルガメッシュが女を見たまま、立香へ声を掛けた。

 

「鮮やかな手並みよな。だが気をつけろ、雑種。あれは人ではない。女神の類か――であれば、人に無理難題を仕掛けるのが務めというものよ」

 

 立香の頭に、カルデアにいる女神たちの顔が幾つか浮かんだ。

 そんな言い方をしなくても、とは思う。けれど、まったく心当たりがないとも言えなかった。

 

「アストライア様、あの……」

 

 診療所の戸口から、声が掛かった。

 女はそちらへ頷き、それから立香たちを見た。

 明るい瞳が四人を順に捉える。立香は止めたままだった手を下ろした。

 

「見ないお顔ですわね」

 

 間近で見ると、立ち姿まで隙がなかった。つい今しがた大の男を二人、床へ伏せていた人が、髪の一房を肩の後ろへ払う。

 

「少しお待ちなさい。こちらの話が、まだ済んでいませんの」

 

 立香が頷くと、女は再び二人へ向き直った。

 

  *

 

「ゾーイ。運び込まれた方の容体は?」

 

 アストライアが尋ねると、戸口の女性は二人の男へ目を向けた。

 

「手当てはしています。二人とも、続きはここから離れてお願いします。何かあれば呼びますから」

 

 スティリオスが立ち上がる。診療所へ近づきかけたが、ゾーイの視線を受けて足を止めた。

 彼女は返事を待たず、中へ戻っていった。

 

「では、こちらへ」

 

 アストライアが示したのは、通路を空けた脇の腰掛けだった。

 二人は一人分ほど間を空けて座った。ペトロスは、腰の工具が板に当たらないよう、留め具をずらしている。スティリオスは両膝に肘をついたまま、診療所の戸口を見ていた。

 立香たちも、荷車の通る場所を避けて立った。

 

「スティリオス。帰りが遅れた事情から話しなさい」

「怪我人が出た。歩かせられなくて、荷車に乗せたんだ」

「搬入口へ戻った時には?」

「扉が閉まり始めてた。こっちはまだ外にいたんだ。あいつを乗せてるんだぞ」

「だから、手順も確かめずに飛び込んで――」

 

 ペトロスの言葉を、アストライアが手で止めた。

 

「あなたの番にも聞きます」

 

 スティリオスの指が、膝の上で握られた。

 

「荷車が来るまで待ってくれって叫んだ。俺だけ先に走って、扉のところへ入った」

 

 立香は、入口に寄せてあった荷車を思い出した。

 

「片側が擦れていた、あの荷車に……怪我をした方が乗っていたんですか」

「ああ。縁をぶつけた。揺らすなって言ったのに、急がせたのも俺だ」

 

 若い男の目が、また戸口へ戻った。

 立香もつられてそちらを見た。中から、鉢を置く音が聞こえる。

 

「ペトロス。閉鎖を始めたのは、あなたですわね」

「そうだ。定められた手順で始めた。外の班が遅れていたからといって、私の判断でいつまでも開けてはおけん」

「扉を止めたのは?」

 

 ペトロスは、隣を見た。

 

「……私だ」

 

 スティリオスが顔を上げた。

 

「こいつが入ってきた。あのまま閉めれば挟む」

「なら、最初から待ってくれればよかっただろう」

「止め方を誤れば、扉そのものが使えなくなる。そこから危険が入るのは、船の中だぞ」

 

 ペトロスの声が強くなった。膝に置いた手に力が入り、指の節が白くなる。

 アストライアは、その手が上がる前に問いを続けた。

 

「止めた後、どうしました」

「荷車が抜けるまで止めておいた。後ろの者も通した。……全員、入った」

 

 スティリオスは口を結んだ。

 ペトロスも、それ以上は言わなかった。

 

 立香の位置から、二人の手が見えた。若い男の掌には、擦り剥いた赤いところがある。年長の男は、指にこびりついた汚れを、親指の爪で落としていた。

 入口で見た厚い扉と、あの荷車が、その間に思い浮かんだ。

 

「閉鎖の操作記録と、班の帰還記録を揃えなさい。夕刻までに」

 

 アストライアは近くで待っていた住民へ告げた。頷いた人が、搬入口へ向かう通路を下りていく。

 

「しかし、手順は守っていた」

 

 ペトロスが言った。

 

「殴り合いを止めたのは私です。どちらの訴えが正しいかは、これから確かめますわ」

 

 アストライアは二人の顔を順に見た。

 

「続きは日没前、広場で聞きます。それまでに、持ち場の確認を済ませなさい」

 

 ペトロスが腰を上げた。ずらしていた工具の留め具を戻し、短く頷く。

 スティリオスも立ったが、すぐには歩き出さなかった。診療所の中を覗き、奥から返ってきた誰かの頷きを確かめて、ようやく戸口を離れる。

 その頃には、ペトロスはもう坂を下りかけていた。腰から一本、工具を抜いている。

 

 立香は二人を見送り、通路の脇へ戻った。

 荷車が一台、開いた場所を通っていく。

 その後を見届けてから、アストライアがこちらへ向き直った。

 

  *

 

「さて。あなた方は、どこから来たのかしら」

 

 アストライアの視線が、立香から隣のマシュ、そして背後の二人へと移った。

 

「私はアストライア。この地に召喚されたサーヴァントですわ」

「藤丸立香です。カルデアから来ました」

 

 立香は同行者を紹介し、この時代に生じた異常を調べに来たことを伝えた。

 アストライアは二王の名を聞くと、それぞれの顔へ改めて目を向けた。ギルガメッシュはその視線を不遜に見下ろしながら受け、アトラスも黙って見返している。

 

「それで、ここへ?」

「はい。船の中に、聖杯の反応があるんです。場所をご存じですか」

「ええ。知っています」

 

 答えはすぐに返った。

 診療所の戸口へ人が来たので、アストライアは一行を促し、広場へ続く道へ歩き出した。立香もその横へ並ぶ。

 

「私たちは、その聖杯を回収して、特異点を修復するために――」

「今、持ち出すことは認めません」

 

 立香は歩みを止めた。

 アストライアも足を止め、船の奥へ通じる道を背にして向き直った。

 

「何か、理由があるんですか」

「聖杯は、この船を動かすために組み込まれています。今、抜けば――眠る者から死ぬことになります」

 

 立香の目が、女神の手へ落ちた。

 先ほど、二人の男を床へ伏せた手だった。今は身体の脇に下ろされ、何も握っていない。

 

「それでも抜くと言うなら、私があなた方の前に立ちますわ」

 

 マシュの足が立香の隣で止まる。

 立香は、アストライアの顔へ目を戻した。

 

「事情を聞かずに、回収はしません。教えてください」

 

 女神はしばらく立香を見ていた。それから、一つ頷く。

 

「この船では、民が交代で眠りについています。次に起きる番が来るまで、身体を保ったまま」

「冬眠……ということでしょうか」

 

 マシュの問いに、アストライアは肯定を返した。

 

「その冬眠を維持しているのも、聖杯なのですか」

「ええ。眠っている間の命を、この船に預けています」

 

 荷車の車輪が、少し離れたところで鳴った。

 立香の耳に、人の呼び声が戻ってくる。水路の水音も、屋根の向こうで何かを叩く音も、途切れず続いていた。

 ここまで歩いてくる間に見た人たちの他に、まだ人がいる。

 立香は足元の板を見た。その下からは、声はしなかった。

 

『こちらでも確認したよ』

 

 通信から、ダ・ヴィンチの声がした。

 

『聖杯の魔力は、船内の広い範囲に流れている。奥に反応がまとまっているからといって、そこだけ切り離せるとは考えない方がいい』

「分かった。回収は待つ。先に、船のことを確かめたい」

『ああ。接続の解析を進めよう』

 

 アトラスが、船奥へ続く道を見た。

 

「この船は、何をもって役目を終える」

「最初の王が定めた条件があります。それが満たされるまで、この国はこの時代に留まります」

「この時代に、留まる……?」

 

 立香が繰り返すと、ダ・ヴィンチが応じた。

 

『こちらで捉えた異常とも合う。中では日々が過ぎているのに、本来の歴史へ接続できず、特異点として残り続けているんだ』

 

 広場を横切る荷車に、二人の住民が手を添えていた。傾斜に掛かると、一人が前へ回って引き、もう一人が後ろから押す。

 その脇を、小さな籠を抱えた子供が駆けていった。

 

「条件を記したものはあるか」

「船の奥に、最初の王の記録が残されています。聖杯があるのも、そこの王座ですわ」

 

 ギルガメッシュは、既に船奥から視線を外していた。

 先ほどの荷車が上り切り、家々の間へ消えていく。その行き先を眺めている。

 

「王座へは、私が案内します。その前に、この国を見ていきなさい」

「ここで、どうやって暮らしているかを、ですか?」

「ええ。あなた方は聖杯を回収しに来たのでしょう。その判断で誰に何が起こるのか、確かめてから決めることです」

 

 立香は頷いた。

 アトラスも短く応じる。

 

「承知した。稼働している区画と、民籍の記録を見せよ」

「担当の者に用意させましょう」

 

 ギルガメッシュが、荷車の消えた通路から目を戻した。

 

「まず、眠っている方たちのところへ行けますか」

 

 立香が尋ねると、アストライアは広場の端へ目を向けた。

 

「ええ。冬眠区画へ案内します。明日は、起きている民の仕事と暮らしを見られるようにしておきますわ」

 

 女神は道を折れ、下層へ続く階段に足を掛けた。

 青い衣の裾が、手すりの影へ入っていく。

 立香たちも後に続いた。階段を降りるにつれ、荷車の音も、人の呼び声も、頭の上へ遠ざかっていった。

 

  *

 

 マシュが下層の扉をくぐると、頬に触れる空気が変わった。

 

 風がない。

 壁に沿って走る管から、低い音が絶えず伝わってくる。継ぎ目を補強された柱の間に、寝台が並んでいた。どれも縁を金属で囲われ、その上を薄い覆いが包んでいる。

 手前の一つに、人が眠っていた。

 

 マシュは足を止め、その胸元を見た。

 布が、ごくわずかに持ち上がる。

 長い間を置いて、また下がった。

 寝台の縁には幾つかの文字が灯っている。呼吸と身体の状態を示す表示を確かめてから、マシュは寝台の先へ目を向けた。

 

 隣にも、その隣にも、人がいる。

 低い仕切りの向こうまで同じ列が続き、奥は柱に隠れて見えなかった。

 

「この船には、千二百人ほどの民が暮らしています」

 

 アストライアの声は、この通路でもよく通った。

 

「三つの群に分かれていて、今、起きているのは四百人ほどです。残る二つの群は、ここで眠っています」

 

 マシュは、寝台に取り付けられた名札を見た。

 一人の名前。その下に、第二群とある。

 次の寝台にも、別の名前が記されていた。

 

「どれくらいで、交代するのですか」

「九年間、起きて暮らし、その後は十八年間眠ります」

「十八年間……。ここで、ずっと眠っているんですか」

「ええ。その間、身体はほとんど年を取りません。次に目を覚ます群も、それまでここで待ちます」

 

 マシュは、もう一度、眠る人の顔を見た。

 目を閉じ、口元の力を抜いている。すぐ脇で話していても、瞼は動かなかった。

 

 寝台の下に、一組の履物があった。

 擦れた革の端を、太い糸で縫い留めている。片方だけ紐の色が違った。爪先は同じ向きに揃えられ、足を下ろせば届くところに置かれていた。

 

「この方たちが起きるのは、近いんですか」

 

 立香の声が、隣でした。

 

「いいえ。次の交代も、まだ何年も先ですわ」

 

 頭上で、小さく床が鳴った。

 何か重いものが動いていく音だった。マシュは天井を見上げた。荷車だろうか。音はゆっくり遠ざかり、やがて管の響きに紛れた。

 さっき、その荷車のために道を空けた。人が呼び合い、言い争い、診療所では手当てが続いていた。

 寝台の上で、胸元の布がまた静かに動いた。

 

「明日、起きている人たちの話も聞かせてください」

 

 立香が言った。

 アストライアは頷き、通路の先を示した。

 

 マシュも歩き出しかけて、一度だけ名札へ目を戻した。

 その隣に、次の覚醒までの年月が記されている。下には、修繕された履物が揃っていた。

 

 起きれば、また履くのだろう。

 マシュはその一足を見てから、もう一度、覚醒までの表示を見上げた。

 そこには、まだ何年もの時間が残っていた。

 




活動報告で、制作裏話や本編に採用する場所のなかった掌編などを公開しています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=332978

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

超古代に『剣』の概念を生み出した男の話(作者:柴犬ダックス)(原作:Fate/)

タイトルそのまま。▼メソポタミア文明よりも以前の神代の黎明期。▼神獣達が大地を闊歩し、まだ人類が石器を用いてた時代に転生した主人公が、ガイアに『剣』の概念をブチ込む物語。▼


総合評価:1856/評価:8.75/連載:2話/更新日時:2026年08月15日(土) 00:11 小説情報

姉様、姉様、ごめんなさい(作者:イエスアマゾネス)(原作:Fate/)

死亡フラグ100%の種族にTS転生


総合評価:3389/評価:8.47/連載:5話/更新日時:2026年06月02日(火) 03:02 小説情報

Fate/世界で超絶美形と魅了:EXになって転生したった(作者:プル山門左衛門)(原作:Fate/)

尚、転生先は神代ギリシャに加えて男にも女にもなれる身体な模様。▼そんな主人公が様々な冒険をしたり求婚を断ったり、女神に愛されたりする話。▼ボーイズラブ、ガールズラブのタグはギリシャ神話だから念の為入れてます。


総合評価:4160/評価:8.38/連載:6話/更新日時:2026年08月15日(土) 07:01 小説情報

虚狩る戎具「約束された勝利の剣」(作者:ナゴン)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

エクスカリバーとプーサー擬きを出したかった。▼※本作品はAI利用をしております。


総合評価:1361/評価:8.1/連載:13話/更新日時:2026年08月19日(水) 13:00 小説情報

紙芝居をしただけなのに(作者:何処にでもある)(原作:Fate/)

 昔々、蛮族の集団で悠々自適に過ごす為の芸が巡り巡って無辜の怪物になった男がおったそうな。▼ その者腕っこきはからっきし、童話を紙芝居で読むのだけは上手く、ペラ回し一本で英霊に立ち向かわざる得なくなって途方に暮れたそうな。▼ この者の本名を亀男、英霊としての名前をカルメン。▼ 無辜の怪物で周囲から理想のタイプの女に見える、しがない一般サーヴァントである。


総合評価:6066/評価:7.85/完結:27話/更新日時:2026年07月01日(水) 23:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>