The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第4話 去れない女神

 翌朝、立香が広場へ出ると、水を受け取る列はすでに長くなっていた。

 その脇を抜け、議場へ向かう人たちもいる。昨日、道具のことを訴えていた職人が、入口で両手を広げていた。

 

「柄は、これくらいだ。昨日書いてもらったのは、長さまで入っているか」

 

 立香は、広げられた手を見た。

 

「記録はこちらにあります。昨日の続きを、確かめてもらいましょう」

 

 記録係へ声を掛けると、男の名を書いたパピルスが開かれた。職人はそこへ身を寄せ、足りないところを告げ始める。

 

 後ろからマシュと二王が入ってきた。

 壁際にいた民兵が、ギルガメッシュを見て顔を上げた。昨日、外縁から戻った者の一人だ。隣へ声を掛けて場所を空け、背筋を伸ばす。

 英雄王はその前を通り、議場を見渡せる位置に立った。アトラスは、卓に広げられた記録へ目を向けている。

 

「揃いましたね」

 

 アストライアの声に、人々が顔を上げた。青い衣の前には、昨日の切離しの記録が置かれている。

 

「昨日の執行について、確認した結果を述べます。その後で、損失への対応を扱いますわ。給水の復旧案は、それを聞いてからです」

 

 女神は、記録に沿って短く告げた。救出の順序と切離しの操作に不正はなく、特定の誰かを後へ回した事実も認められなかった。

 

 ペトロスは卓の近くで聞いていた。自分の操作が確かめられても、口を挟まない。

 

 記録係が次の綴りを広げると、入口にいた職人が口を開いた。

 

「では、誰にも落ち度がなければ、俺の道具はどうなるんです」

 

「あなたが失ったものは、ここで確かめます。道具の話を続けなさい」

 

 職人が挙げたのは、狭い枠の中でも使えるように削った木槌だった。

 

「黒い柄のものですか。昨日、作業台で使っていた」

 

 立香の問いに、男が頷く。床を滑っていった木槌が思い浮かんだ。

 

「『工具一式』とせず、名と用途を残しなさい」

 

 アストライアは記録係へ命じ、共同工具の貸出を確かめた。借りた物で再開できる作業はある。ただ、元の道具に合わせた仕事を、すべて戻せるわけではなかった。

 作り直す時期を問われ、ペトロスが答える。

 

「今すぐとは言えん。水を通す方にも、加工が要る」

「作る者も、同じか」

 

 アトラスが問うた。

 

「ああ。私もそちらへ入る」

 

 職人の目が、卓の略図へ落ちた。

 

「水を運ぶのは、やります。でも、道具のことも忘れないでくれ」

「給水の案とともに扱います。何を待たせることになるのかも、聞きますわ」

 

 女神が記録を略図の脇へ置かせると、職人は卓の前を空けた。

 

 広場の脇を、水の容器が通った。二人で持ったそれを避け、議場にいた者たちが足を引く。

 ペトロスは容器が診療所への坂へ向かうのを見送り、卓の略図を手前へ引いた。

 

「今は、こうして運んでいる。これをいつまで続けるかだ」

 

 立香はマシュの隣へ戻った。

 失った道具の記録は、略図の横に開かれたままだった。

 

  *

 

 マシュが卓へ近づくと、ペトロスは略図の反対側を指した。崩れた外縁から離れた所に、まだ使える取水口がある。

 

「ここに揚水器を据え直す。仕上がれば、毎日これだけの人数で運ばずに済む。ただ、工事の間は手運びだ」

 

 もう一案は、手動の揚水設備に仮の管をつなぐものだった。早ければ夕方には水を通せる。その代わり、動かし続ける人手が要る。

 使える継手も職人も重なるため、両方を一度には進められない。

 

「私は、仮の管を先に通してほしいです」

 

 ゾーイが言った。

 

「患者さんの飲む分だけではありません。傷を洗い、器具や布を洗う水も要ります。昨日から、手当ての必要な人が増えています」

 

 マシュは手運びをしている者に、道のりと交代の様子を尋ねた。立香が昨日の記録を渡す。

 今の節水を続ければ、常設の工事を待つ間も水はつなげる。ただ、その間、運ぶ者をほかの仕事へ戻せない。

 

「試運転の日と、一日分を送れる日は同じか」

 

 アトラスの問いに、ペトロスが首を振った。

 

「夕方には、まず漏れずに通るかを確かめる。使えるのは明日からだ。それも、調整しながらになる」

 

「では、今夜には水の心配がなくなる、と受け取らせてはいけませんね」

 

 アストライアが、記録係へ書き足すよう告げた。

 

「早く通す方は、動かす人手を取り続ける。常設を先にするなら、完成まで運ぶ仕事が残る。その負担も含めて、答えなさい」

 

 職人の問いを受け、仮設案には、水量を確かめてから常設の復旧と道具の再製作の順番を話し合う、と書き加えられた。

 

 記録係が、書き直した案を読み上げる。

 

「この写しを、診療所にも届けてくれ。返事を預かる者が戻ってから、採決を始める」

 

「わたしが届けます」

 

 マシュは写しを受け取り、ゾーイと診療所へ戻った。

 

 診療所では、昨日担架で運んだ男が、脚を動かさずに横になっていた。

 マシュは寝台の脇へ座り、広場でまとまった案を読み上げた。男は途中で一度、常設の設備について聞き返した。

 

「仮の方が通ったら、元のように直す話はなくなるのか」

 

「いいえ。水がどれだけ送れるか確かめてから、道具を作り直す仕事と合わせて、順番を決めます」

 

「いつ直せるかは、まだ決まらないんだな」

 

「はい」

 

 男はしばらく考えていた。

 ゾーイは傍らで待っている。広場で自分が述べた意見を、もう一度勧めることはしなかった。

 

 やがて男が、寝台脇の小袋から石を取り出した。掌に収まる、平たい石だった。

 

「先に水を通す方に、賛成だ」

 

 指が石に重なり、表の印が変わった。

 ゾーイによれば、成人に渡される票石には、持ち主自身が回答を記す。議場へ行けなければ、提出を人に頼めるという。

 

「これを、持っていってくれるか」

 

「はい。お預かりした石を、そのまま届けます」

 

 差し出された石を、マシュは受け取った。

 

 隣の寝台では、もう一人が目を閉じていた。呼びかけにも、まだ答えられない。

 ゾーイはその様子を確かめ、記録へ未回答と書き入れた。票石を取ろうとはしなかった。

 

「この方は、今は休ませます」

 

 マシュは頷いた。

 戻る支度をしていると、先ほどの男が声を掛けた。

 

「結果も、教えてくれ」

 

「はい。戻ったら、お伝えします」

 

 マシュは写しと票石を携え、広場へ向かった。

 

  *

 

 昼前、立香は広場へ戻ってきたマシュを迎えた。マシュの手には、写しと一つの票石がある。ゾーイもその後ろから議場へ入った。

 

「返事、預かれた?」

「はい。もうお一人は、未回答です」

 

 記録係が頷き、名簿を開いた。卓には、石を置くための浅い窪みがある。その傍らの表示に、今日の議題が浮かんでいた。

 

「読み上げた文面で採決する。仮設の給水路を先に通す案だ」

 

 続いて、集計方法が告げられた。有権者の半数を超える参加を確かめ、賛成が反対を上回れば採る。棄権も参加には数えるが、賛否のどちらにも加えない。

 

「今日答えるのは、今起きている第一群だ。ほかの群には、設備と資材をどう使ったか、引継ぎを残す」

 

 人々は票石を手に、表示された議題を見直していた。

 

 診療所の男の名が呼ばれた。マシュが預かった石を窪みへ置くと、本人の名と賛成の回答が表示された。記録係は名簿と照合し、石を返した。

 

「ペトロス」

 

 呼名に応じ、ペトロスが卓へ来た。

 置かれた石から、反対の回答が読み取られる。記録係はそれも同じように書き留めた。

 

 次に呼ばれたゾーイは、賛成を記した石を置いた。ペトロスは卓を離れる途中で足を止め、彼女が通る場所を空けた。

 二人は短く目を合わせ、それぞれ元の位置へ戻った。

 

 呼名は続いた。

 最後の照合が終わると、記録係は参加者の数が足りていることを告げ、集計を読み上げた。賛成は百八十六。反対を上回っていた。

 

「仮設の給水路を先に通す。今日決まったのは、ここに書いた範囲だ」

 

 卓へ寄っていた人々の間から、息の抜ける音がした。ペトロスは黙って聞いている。

 アストライアが、集計の脇に置かれた記録を指した。

 

「反対の理由と、まだ答えの出ていない訴えも、一緒に残しなさい」

 

 人手を取り続けるという懸念も、道具をいつ作り直せるのかという問いも、綴りに加えられた。

 記録係が日付を入れ、決まった案を航行統制機構へ渡す。壁の分担表が切り替わり、施工に必要な仕事が並んだ。

 

「作業に入る者の申し出は、こちらで受ける」

 

 志願者の名が先に入り、足りない枠には機構が担当を割り当てていく。

 

 ペトロスの担当は、継手と止水の点検だった。

 彼は図面を受け取ると、資材の置かれた卓へ向かった。立香もその脇へ寄る。

 

「ペトロスさんは、反対されたんですよね」

 

「ああ。だが、通すと決まった水を漏らすつもりはない」

 

 手の中で継手を返し、接続面を確かめる。その横へ、図面が置かれた。

 立香は、彼の名が入った分担表と、先ほどの採決の記録を見た。反対の印は、そのままだった。

 

「管材を運ぶのは、わたしも手伝えます」

 

 マシュが申し出ると、ペトロスは顔を上げた。

 

「助かる。長い物から運びたい。置き場所を空けてくるから、そこで待っていてくれ」

 

「はい」

 

 図面と継手を持ち、ペトロスが歩き出した。アトラスは卓の脇から、その手元へ目を移した。

 向かいでは、アストライアの口元にかすかな笑みが浮かんでいた。

 

 マシュが管材の方へ向かう。女神も卓から離れ、仕事へ散っていく人々を見送った。

 

  *

 

 船の反対側へ回ったマシュは、盾を壁へ預け、ペトロスの指示で水道管の設置を手伝っていた。

 

 支えの木を据えようとしたところで、スティリオスが足を止めた。

 

「そこへ置いたら、荷車が通れん」

「壁へ寄せすぎれば、継ぎ目に手が入らんぞ」

「通すたびに荷を下ろすつもりか。人が横につく場所も要る」

 

 ペトロスは図面へ目を落とした。近くの作業者が、広場へ戻る道を振り返る。

 

「女神様に――」

「待て。そこの荷車を寄せてくれ」

 

 スティリオスが通路の端を指し、マシュへ向き直った。

 

「少し上げてもらえるか。支えをずらして、荷車を通してみたい」

「はい」

 

 マシュが管を持ち上げると、ペトロスは継手の位置をずらした。支えをその下へ移し、荷車を通す。

 車輪は引っ掛からず、脇を歩くスティリオスの肩も当たらなかった。

 

「これなら、どうだ」

「締め直す手は入る。ここで留めよう」

 

 ペトロスの合図で、マシュは管を下ろした。

 

 アストライアが来た時には、図面の書き直しが始まっていた。立香と二王も、通路の向こうから歩いてくる。

 女神へ説明したのは、スティリオスだった。

 

「荷車の道を空けるために、ここの支えを動かした。水を送る先は変えていない」

「継手も、ここへ寄せた。点検はできる」

 

 ペトロスが書き足した箇所を示す。

 アストライアは図面と実際の管を見比べ、頷いた。

 

「変更した位置が分かるように、残しておきなさい」

 

 スティリオスは次の部材を取りに戻った。太い材を肩へ担ぎ上げる動きにも、迷いがない。

 

「彼らは青銅の種族です」

 

 傍らで見ていたマシュへ、アストライアが言った。

 

「力と名誉を重んじ、侮られれば譲りません。あの二人の争いを見たでしょう?」

 

「はい」

 

 初めて診療所の前で見た、掴み合う腕を思い出す。

 今はペトロスが材の端を受け取り、スティリオスと支えの位置を合わせていた。

 

「その中でも、一族が生き延びる道を選び、無益な争いや神への不敬を避けようとした者たちです」

 

 女神の視線は、働く二人へ向いていた。

 

「マシュ、次も頼めるか」

「はい。持ちます」

 

 マシュは壁際の盾の前を通り、差し出された管を受け取った。昨日は隔壁を押さえていた腕に、部材の重さが掛かる。

 

 支えを打つ槌の音が始まった。

 アストライアは荷の通り道を空け、作業場を見下ろせる通路へ上がった。そこにいたアトラスが、女神へ顔を向ける。立香も足を止めた。

 

  *

 

 アストライアは通路の手すりに手を置き、下で管を締めるペトロスを見た。

 あの手が、つい先ほど反対の石を置いた。それでも、作業をおろそかにする気配はない。隣ではスティリオスが、次に通す荷車のために材を寄せている。

 

 初めて二人を組み伏せた時には、互いを殴ろうとしていた腕だ。

 今日も声は強かった。だが、こちらを呼ぶより先に、二人で荷車を通して確かめた。

 

 その変化を、喜ばしく思った。

 

「今日の採決で変えられるのは、仕事の順と、資材の使い道までか」

 

 アトラスが尋ねた。

 

「ええ。今使える物と人手の範囲で、どう進めるかを決めました」

「誰をどの群で起こすか。その規則も、あの場で変えられるのか」

「それには、最初の王が残した法があります。今日と同じ採決をすればよい、とはいきません」

「国を終える時もか」

 

 国を、終える。

 アストライアが女神として見てきた多くの国は、争いに裂かれ、栄えを失い、やがて終わりを迎えた。国とは、終わるものだった。

 だが、この王は、それを誰かが終えるものとして問うている。

 その終わりを執ることも、王の務めに含めているのだろうか。

 

「終えるための手続きは残されています。私の天秤に掛けて、存続を決める国ではありませんわ。詳しくは、記録を見なさい」

 

 水青の髪の向こうで、血色の目がこちらを向いた。

 

「汝の天秤は正確だ。だが、ここは器の中だ」

 

「だからこそ、私はここに留まります」

 

 アストライアは目を逸らさなかった。

 この国の法が届くところを問われたのだ。その外に目を向ける王が、目の前にいる。

 

「器の外へ出る話なら、この中にいる者たちの声を聞いてからになさい」

 

 アトラスはしばらくこちらを見ていた。

 

「承知した」

 

 返答を聞いてから、アストライアは手すりの下へ目を戻した。マシュが支えた管を、ペトロスが固定している。立香もその様子を見ていたが、やがて口を開いた。

 

「アストライアさんは、いつからここにいるんですか。最初の王がいた頃から?」

 

「いいえ。私がこの地へ召喚された時には、もう去ったあとでしてよ。私も、ここへ召ばれたサーヴァントです。三つの群が順番に眠る暮らしも、すでに始まっていましたわ。私が来た頃、眠っている者の物を、今起きている者がどう扱うかで争っていました。使う必要がある者も、持ち主が戻るまで残しておきたい者もいたのです」

 

「それも、聞いてきたんですね」

「ええ。法に照らして扱いを決めても、それで話が終わるとは限りません」

 

 判定を聞き終えた者が、ぽつりと漏らしたことがある。

 起きていれば、あの人にも聞けるのに、と。

 

 その言葉を伝えると、立香はしばらく黙っていた。

 

「……ゾーイさんも、お母さんに見せたいものがあるって、話していました」

 

 アストライアは頷いた。

 眠る者の返事を待ってからでは、今日の配分は決められない。

 

 下から、槌の音が続けて上がった。

 

「かつて、人間に失望して地上を去りました」

 

 立香が顔を上げた。

 

「けれど、この地へ召ばれてから見てきたものまで、同じだとは言えませんわ」

 

 折れた物をつなぎ、失った分を作り直す。腹を立てた相手にも、荷を持つ手を貸す。

 昨日は、帰ってきた者たちが担架を受け取りに戻った。今日も、反対した男が水を通そうとしている。見限るには、見てきたものが多すぎた。

 

「さっきは、お二人だけで決めていましたよね。ああいうことが増えていけば、任せられるようになるんでしょうか」

 

「今日の仕事は、任せられます」

 

 そう答えることに、ためらいはなかった。

 

「国をどうするかで争う時にも、自分たちで互いの声を聞けるか。そこまで見届けたいのです」

 

 立香は、ペトロスたちの方へ目を向けた。

 アストライアも、管の脇を通っていく荷車を見送った。自分が手を掛けずとも、車輪は先へ進んでいく。

 

「王が残した法の記録を見たい」

 

 アトラスが言った。

 

「今の配置も、その始まりから確かめる」

「聖杯へつながる記録です。取り出せば何が止まるのかも、そこで確かめなさい」

 

 アトラスは頷いた。立香も目を上げる。

 

 切り離された仕事場を、この者たちは見た。眠る人々のそばにも立ち、反対した者の仕事も見ている。

 案内する時だった。

 

「記録室を開けます。マシュには、今の作業を引き継いでから来るよう伝えなさい」

 

「はい」

 

 立香が通路を下りていく。

 アストライアは近くの担当者を呼び、記録室の鍵を受け取った。背後では、次の管を運ぶ声がしていた。

 

  *

 

 立香が階段の前で待っていると、作業を引き継いだマシュが盾を持って戻ってきた。ペトロスとスティリオスは施工場所に残り、ゾーイも診療所へ戻っている。

 アストライアを先頭に、五人は船内の階段を下りた。

 

 槌の音が遠ざかる。冬眠区画の通路へ入ると、立香は寝台を留める金具に目を止めた。周りより新しい金属の下に、古い固定具がずれた跡が残っている。

 昨日、女神が押さえていた場所だった。

 

 眠る人々の寝台から伸びた管が、床の下へ続いていた。その先へ、さらに階段が下りている。

 

「約束どおり、聖杯のある場所へ案内します。最初の王の記録も、そこにありますわ」

 

 アストライアが踊り場で振り返った。

 

 今、抜けば、眠る者から死ぬ。

 初日に聞いた言葉と、目の前の寝台がつながった。

 

「まず、何を止めることになるのか確かめます」

「ええ。ここから先も、条件は同じです」

 

 女神が再び階段を下り始める。

 ギルガメッシュは壁へ目を向けていた。上の町では何度も重ねられていた補修の板が、ここでは少ない。奥へ進むほど、太い船材がそのまま姿を現していた。

 

「こちらは、古いままか」

 

 その声に、アストライアが足を止めた。

 

「船が造られた頃のものが残っています」

 

 英雄王は船材から奥の扉へ視線を移した。アトラスも、後から加えられた管の通る継ぎ目を見ている。

 立香には、上の町を支える船が、下へ来るほど違う顔を見せているように思えた。

 

 階段の終わりで、アストライアが鍵を取り出した。

 扉が開く。その向こうにも、古い船材は続いていた。

 

  *

 

 記録室へ入った立香は、壁際に残る細い束へ目を留めた。葦を組んだような構造の隙間に、黒い防水材がこびりついている。その手前には、冬眠区画で見たものに似た、光る文字の並ぶ装置が据えられていた。

 

 アストライアが装置へ触れると、最初の記録が開いた。

 人の名が並んでいる。家族ごとにまとめられた名の隣には、怪我の状態や、歩けるかどうかが記されていた。その先には家畜、種、農具。船へ積んだものの一覧が続く。

 

「これが、最初に乗った人たちですか」

「ええ。青銅の時代、人々の争いと不敬に神々は失望し、大洪水で世を覆いました。この船は、その洪水を越えて彼らを生かしたのです」

 

 立香は、陸の上で初めて見た、あの大きな箱形の船を思い返した。幾重にも継ぎ足された町の下に、これだけの人と荷を載せる場所があった。

 

「王も、その中に?」

「王は、この者たちが聖杯を用いて召喚したサーヴァントです。洪水を越え、人を運ぶ。その働きを求められて、ここへ来ました」

 

 誰を救い上げ、何を積み、限られたものをどう分けるか。

 その指示を引き受けた者が、船の王となったのだという。

 

 アトラスが一覧の続きを開いた。救い上げた人数の記録に続き、陸へ人を出した時の報告が現れる。魔獣に襲われた者の名。持ち帰れた食料。種を播く場所を守るために割かれた人手。

 

「陸には着いた。だが、全員を養うには足りなかったか」

「船を離れて暮らせる状態には、至りませんでした。食べる者も、働く者も、守る者も、この中にいたのですもの」

 

 次の記録で、人々の名が三つに分けられていた。

 九年を働き、十八年を眠る。ゾーイが説明した交代の仕組みが、そこにある。

 

 立香の隣で、マシュが一覧を見つめていた。立香も、今朝の分担表を思い出す。働く人数を減らせば、水も食料も足りなくなる。全員を起こしておけば、さらに多くが要る。その間を、船は群を替えながら進んできた。

 

 アトラスの手が、区画の図面で止まった。

 

「この時の損傷記録を」

 

 アストライアが隣の記録を開く。

 管を止め、隔壁を閉じ、接続を断つ。立香にも、昨日聞いた言葉が読めた。

 

 図面は一枚ではなかった。外へ張り出した部分が、記録を進めるたびに失われていく。そこに付いていた設備の名も、次の図にはない。

 アトラスは現在の図面を脇へ呼び出し、古い図と見比べていた。

 

「……その王は、どうしていなくなったんですか」

 

 アストライアが、退去の記録へ表示を進めた。

 

「救命のために敷いた体制を、自分の王国として続けるつもりはなかったのでしょう。国を終える権限を残して、去っています」

 

 記録には、二つの項目があった。

 一つは、新たな王への継承。王座の認証を受けた者が、正式に王位を引き受ければ、国の終了を決められる。

 もう一つは、民による終了承認。

 

「こちらは、今日みたいに票を入れるんですか」

「ええ。ただし、終えると答える者が多いだけでは足りません。対象となる全員の賛成を要します」

 

 立香は、昼に反対の石を入れたペトロスを思い浮かべた。

 

「一人でも反対したら、終えられない」

「そのとおりです。棄権した者や、答えなかった者がいても成立しません」

 

 今起きていて、自分で判断できる成人。それが、問いを受ける者の範囲だった。冬眠中の者と、傷病のために答えられない者は、機構が状態を確かめて対象から外す。

 

「診療所から預かった石も、届けられるんですね」

 

 マシュの問いに、女神が頷いた。

 

「ええ。票石の回答は、偽造も流用もできませんから」

 

 眠る人々の目覚めを待たなければ、投票すらできないわけではない。今起きている人々だけでも、終えることはできる。

 それでも、記録に成立の文字はなかった。

 

 脇の端末から、ダ・ヴィンチの声がした。

 

『終了するまでは、この船の国を同じ時代に留めておく。閉鎖を維持する命令も残っているね』

「同じ時代……でも、船の中では何十年も経ってるんだよね」

『ああ。ここの人たちは年を重ねている。でも、この特異点は英雄時代の初めから先へ進んでいない』

 

 九年。十八年。

 ゾーイと母親が別々に生きてきた年月が、この部屋にも積み重なっている。その長さだけ、外の歴史へ近づいたわけではなかった。

 

「救命の成果としては及第。だが王としての幕引きはおよそ不細工よ」

 

 ギルガメッシュは、退去の記録を見ていた。

 立香も同じ箇所へ目を戻す。ここにあるのは、王の命令を待たずに国を終えるための手続きだった。

 

「自分たちで決められるように、返したんですよね」

「ええ。終了を決める権限は、民にも残されています」

 

 アストライアが答えた。

 

「船を終えれば、水も、守りも、配分も、自分たちで賄わねばなりません。それを引き受けられると、全員が答えたことはありませんの」

 

 昨日、船を守るために外縁を落とした。その内側では、四百人が眠ったまま生きていた。

 今日通そうとしている水も、船に残った設備を使う。ペトロスが継ぎ目を確かめ、マシュが支えていた管の先には、まだこの船がある。

 

 終えてよい、と言われた後の暮らしを、立香はうまく思い描けなかった。

 ギルガメッシュは記録から目を離し、部屋の奥へ顔を向けた。

 

「王座を使おうとした人は、いなかったんですか」

「あの王座で認証を試みた者は、わずかです。認められた者は、一人もいません」

 

 アトラスが、成立しなかった終了承認の記録を閉じた。継承者の空欄を見てから、その下の項目へ視線を移す。

 

「何をもって、王と認める」

「認証の記録も、ここから読めます。王座は、この奥ですわ」

 

 アストライアが奥の扉へ手を掛けた。

 立香は、左右に立つ二人の王を見た。

 

 扉の向こうへ、光が差し込んだ。

 

  *

 

 マシュは、開いた扉の向こうを見た。

 

 太い船材に囲まれた部屋の中央に、王座があった。背もたれにも肘掛けにも、人が使った跡が残っている。座面には何も置かれていなかった。

 その足元だけが、静かに光っていた。

 

「聖杯反応、ここです」

 

 マシュが端末を確かめると、立香も王座の基部へ目を向けた。

 幾重にも組まれた部材の間に、金色の器の一部が見える。器を囲む光は、床に埋め込まれた経路へ枝分かれし、壁の奥まで続いていた。

 

『間違いない。聖杯が、そのまま動力核に組み込まれている』

 

 ダ・ヴィンチの声に、アトラスが膝を折った。触れずに、基部から伸びる経路を目で追う。

 

「接続先を」

「こちらに出せますわ」

 

 アストライアが入口脇の装置を操作した。

 冬眠区画、生産設備、防衛。表示された接続先の一つに、第二群の名があった。マシュは、通ってきた寝台の列を思い出した。

 

『どれも稼働中だ。取り外す手順と、止まる範囲を調べよう。今はそこまでにしておこうか』

「うん。お願いします」

 

 立香は端末を持ち直した。

 

 アストライアが開いた表示の下には、王権認証の項目もあった。

 

「今、開いているのは閲覧用の記録です。認証を始めるには、別の手順を踏みます」

 

 ギルガメッシュは女神の脇を通り、王座の前へ進んだ。空の席を見てから、肘掛けに残る手の跡へ視線を落とす。

 アトラスは基部の確認を終え、立ち上がった。

 

 マシュは、自分の掌を見た。

 昼に預かった石の重さを、まだ思い出せる。寝台から運んだあの人の答えも、今日通す水の行く先を決めた。

 

 この王座の下から届く力に、ゾーイの母も守られている。

 母からの返事は、手紙になって娘へ届いた。それでも、この船をどうするかを今ここで問われたら、眠っている母の返事は届かない。

 

 マシュは掌を閉じ、顔を上げた。

 

 ギルガメッシュとアトラスが、王座の前に並んでいた。

 黄金の鎧と、紺碧の外装。同じ席を見ていても、二人の立ち姿はまるで違う。

 

 この船は、何を見て王を選ぶのだろう。

 

 入口脇の表示に、継承者の欄があった。

 二人の王を前にしても、その欄はまだ空白のままだった。

 

 

 




活動報告で、制作裏話や本編に採用する場所のなかった掌編などを公開しています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=332978

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

超古代に『剣』の概念を生み出した男の話(作者:柴犬ダックス)(原作:Fate/)

タイトルそのまま。▼メソポタミア文明よりも以前の神代の黎明期。▼神獣達が大地を闊歩し、まだ人類が石器を用いてた時代に転生した主人公が、ガイアに『剣』の概念をブチ込む物語。▼


総合評価:1878/評価:8.7/連載:2話/更新日時:2026年08月15日(土) 00:11 小説情報

姉様、姉様、ごめんなさい(作者:イエスアマゾネス)(原作:Fate/)

死亡フラグ100%の種族にTS転生


総合評価:3389/評価:8.47/連載:5話/更新日時:2026年06月02日(火) 03:02 小説情報

Fate/世界で超絶美形と魅了:EXになって転生したった(作者:プル山門左衛門)(原作:Fate/)

尚、転生先は神代ギリシャに加えて男にも女にもなれる身体な模様。▼そんな主人公が様々な冒険をしたり求婚を断ったり、女神に愛されたりする話。▼ボーイズラブ、ガールズラブのタグはギリシャ神話だから念の為入れてます。


総合評価:4166/評価:8.38/連載:6話/更新日時:2026年08月15日(土) 07:01 小説情報

虚狩る戎具「約束された勝利の剣」(作者:ナゴン)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

エクスカリバーとプーサー擬きを出したかった。▼※本作品はAI利用をしております。


総合評価:1365/評価:8.1/連載:13話/更新日時:2026年08月19日(水) 13:00 小説情報

紙芝居をしただけなのに(作者:何処にでもある)(原作:Fate/)

 昔々、蛮族の集団で悠々自適に過ごす為の芸が巡り巡って無辜の怪物になった男がおったそうな。▼ その者腕っこきはからっきし、童話を紙芝居で読むのだけは上手く、ペラ回し一本で英霊に立ち向かわざる得なくなって途方に暮れたそうな。▼ この者の本名を亀男、英霊としての名前をカルメン。▼ 無辜の怪物で周囲から理想のタイプの女に見える、しがない一般サーヴァントである。


総合評価:6070/評価:7.85/完結:27話/更新日時:2026年07月01日(水) 23:00 小説情報


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