The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

8 / 9
FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』第7話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/文章生成AI補助あり。
詳しい注意事項・制作FAQは作品案内をご確認ください。
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第7話 閉じた山門

 海底の王宮の奥に、山の夜がある。

 

 ダ・ヴィンチがその解析結果を口にした時、管制室にいた誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

 画面には、記録保管領域の深層構造が表示されている。

 

 沈んだ王宮の残響。

 隔離された祈り。

 王宮防壁。

 紺碧の鎧と連動する、アトラスの霊基内層。

 

 そのさらに奥に、小さな黒い点があった。

 

 ただのノイズではない。

 

 石段のような輪郭。

 門のような影。

 夜の気配。

 

 その奥で、黄金色の光と鎖状の反応が、記録の底をかすかに揺らしている。

 

 ダ・ヴィンチは、指先で画面を拡大した。

 

「王宮区画の深層で、未分類の記録反応が出た。

 立香ちゃんが昨夜報告してくれた断片と、一致する要素がある」

 

 藤丸立香は、画面を見つめる。

 

「山門?」

 

「断定はまだできない。

 ただ、石段、夜間環境、門状構造、黄金色の空間展開反応、それから鎖状宝具反応が検出されている」

 

 マシュが小さく息を呑む。

 

「鎖状宝具反応……」

 

 エミヤは腕を組んだまま、黙っていた。

 その横顔はいつも通り落ち着いている。

 

 けれど立香には、彼が何かを測っているのが分かった。

 

 山門。

 

 その言葉は、ただの地形ではなかった。

 

 少なくとも、エミヤの表情がわずかに変わる程度には。

 

 アトラスは、画面を見ていた。

 

 紺碧の鎧。

 三叉槍。

 淡い水青の髪。

 冷たい血色の瞳。

 

 彼女の表情は変わらない。

 

 けれど、立香は知っている。

 

 その奥に、昨日浮かんだ名が沈んでいる。

 

 エウメロス。

 

 兄の名を被り、自分の名を海底へ沈めた王。

 

 そして、その名を呼ぶ声が、あの扉の向こうから聞こえた。

 

 ――エウメロス。

 

 ダ・ヴィンチは、別の画面を開く。

 

「問題はここからだ。

 この記録層、閉じている」

 

「閉じてる?」

 

「うん。

 外部から解析しようとすると、王宮防壁が反応する。

 まるで、その記憶そのものを“王宮内部”として扱っているみたいだ」

 

 立香はアトラスを見る。

 

 アトラスは短く言った。

 

「当然だ」

 

 ダ・ヴィンチが苦笑する。

 

「当然なんだ」

 

「王宮内層の記録だ。

 外部からの閲覧を拒むのは正常な機能だ」

 

「正常だけど、困るんだよね」

 

「困るのは汝らの都合だ」

 

 声は硬い。

 

 だが、完全な拒絶ではなかった。

 

 立香には、それも分かるようになっていた。

 

 初めの頃なら、アトラスはただ切り捨てていただろう。

 

 不要だ。

 触れるな。

 削除せよ。

 

 でも、今のアトラスは画面を見ている。

 

 閉じた記録の前に、立っている。

 

 逃げてはいない。

 

 ダ・ヴィンチが続けた。

 

「無理に開けるのは危険だ。

 解析術式を深く差し込めば、アトラスの霊基側が侵入と判定する可能性が高い。

 そうなると、鎧の拒絶機構が作動する。王宮区画全体に影響が出るかもしれない」

 

 マシュが表情を引き締める。

 

「つまり、外からこじ開けることはできない、ということですね」

 

「できなくはない。

 でも、やるべきじゃない」

 

 ダ・ヴィンチは、アトラスを見る。

 

「開けるなら、アトラス本人の許可と制御が必要だ」

 

 立香は、そこで一度だけ口を開いた。

 

「ギルガメッシュさんに聞く、というのは……」

 

 アトラスは即座に遮った。

 

「不要だ」

 

「でも、ギルガメッシュさんは覚えてる」

 

「他者の記録で己(おれ)の夜を埋めるのは、閲覧ではない。伝聞だ」

 

 冷たい血色の瞳が、画面の奥を見た。

 

「これは己の記録だ。己が開く」

 

 管制室が静かになる。

 

 その沈黙は、今度こそ問いだった。

 

 開けるのか。

 閉じたままにするのか。

 

 アトラスは答えない。

 

 立香は、ゆっくりと口を開いた。

 

「アトラス」

 

「何だ」

 

「私たちは、勝手に開けない」

 

 アトラスの視線が、立香に向く。

 

 立香は続ける。

 

「でも、アトラスが開けるなら、私は見る。

 沈まないで、そこにいる」

 

 アトラスは、わずかに目を細めた。

 

「汝は、その返答を多用する」

 

「大事だから」

 

「不快だ」

 

「うん」

 

 立香は頷いた。

 

「でも、大事だから」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 不快だと言っても、立香は引かない。

 

 ただし、勝手に踏み込まない。

 沈まない。

 見ないとは言わない。

 でも、奪わない。

 アトラスが開ける時に見る。

 

 それが、立香の立ち方だった。

 

 エミヤが口を開いた。

 

「記憶を見るだけなら、危険は観測側に来る。

 だが、君の場合は少し違う」

 

 アトラスがエミヤを見る。

 

「続けよ」

 

「その記録は、ただの映像ではない。

 霊基内層に沈んだ実戦ログだ。

 開けば、見るだけでは済まない可能性がある」

 

「戦場への再接続か」

 

「ああ」

 

 エミヤの声は落ち着いていた。

 

「身体が反応する。

 過去の攻撃に、現在の霊基が応答する。

 記憶の中の痛みや遅れを、今の君が引き受けることになるかもしれない」

 

 マシュがアトラスを見る。

 

「それは……危険ではありませんか」

 

「危険だ」

 

 エミヤは即答した。

 

「だが、完全に避けるなら開けない方がいい。

 開けるなら、一度に全部ではなく段階的にだ。

 身体の方が追いつく範囲に留めろ」

 

 アトラスは、少しだけ考えるように目を伏せた。

 

「一段だけ、か」

 

「君の言い方を借りるなら、そうだ」

 

 エミヤは言った。

 

「戦場は、演算を待たない。

 記憶の中でも、それは同じだ」

 

 アトラスはその言葉を聞いた。

 

 不快だ、とは言わなかった。

 

 代わりに、短く答える。

 

「記録している」

 

「ならば、使え」

 

 エミヤの言葉に、アトラスは視線を返す。

 

「弓兵。汝はしつこい」

 

「よく言われる」

 

「不快だ」

 

「それもよく聞く」

 

 立香は少しだけ息を吐いた。

 

 緊張は解けない。

 

 でも、カルデアの空気が戻ってくる。

 

 重い話の中でも、誰かが立っている。

 

 誰かが支えている。

 

 アトラスは画面を見た。

 

 黒い点。

 石段。

 門。

 夜。

 閉じた山門。

 

 彼女は、静かに言った。

 

「記録層の閲覧を許可する」

 

 マシュが息を呑む。

 

「アトラスさん」

 

「全開ではない」

 

 アトラスは続ける。

 

「一段だけだ」

 

 立香は頷いた。

 

「うん」

 

「汝らのためではない。

 己の記録だ。己が裁定する」

 

「うん」

 

「マスター」

 

「うん」

 

「沈むな」

 

「沈まない」

 

 アトラスはそれを聞いてから、目を閉じた。

 

 管制室の照明が、わずかに暗くなる。

 

 ダ・ヴィンチが操作盤へ手を走らせた。

 

「記録層アクセス準備。

 王宮区画側の防壁反応、アトラス本人の許可で一段低下。

 マスター、マシュ、エミヤ、観測接続に入るよ。危険があれば即時切断する」

 

 マシュが盾を構える。

 

「はい」

 

 エミヤは投影の準備をする。

 

 立香は、アトラスを見た。

 

 アトラスの紺碧の鎧が、低く鳴る。

 

 それは城門の音だった。

 海底の王宮で、長く閉ざされていた門が、王の裁定でわずかに軋む音。

 

 だが、その奥から聞こえてきたのは、波音ではなかった。

 

 石段を踏む音だった。

 

 海底の王宮の奥に、山の夜があった。

 冷たい風が吹いた。

 

 立香は、息を呑む。

 

 そこはカルデアではない。

 白い管制室でも、王宮区画でもない。

 

 目の前には、石段がある。

 夜の空気が肌を刺す。

 木々の影が黒く揺れ、古い山門が闇の中に立っている。

 月は見えない。

 星も、見えない。

 

 けれど、空のどこかが裂けるように明るい。

 

 黄金色の光。

 門が開いている。

 空間に、黄金の門がいくつも開いている。

 

 そこから、宝具が降る。

 

 剣。

 槍。

 斧。

 

 名を持つ武具。

 名を失った武具。

 

 財として蔵に収められ、王の意思で放たれるもの。

 それらが、雨のように降る。

 

 マシュが盾を構えようとする。

 

 だが、ここは記録だ。

 

 彼女の盾は、まだ現実へ届かない。

 

 代わりに、記録の中のアトラスが動いた。

 

 紺碧の鎧。

 三叉槍。

 冷たい血色の瞳。

 

 今より少し、硬い。

 今より少し、遠い。

 

 彼女は山門の前に立ち、宝具の雨を見上げている。

 

 深海圧が広がる。

 空から降る宝具の軌道が、わずかに沈む。

 海流のない山の夜に、海の重さが生まれる。

 

 宝具が遅くなる。

 地面に届く前に、見えない水圧が刃を押し曲げる。

 

 強い。

 

 立香は思った。

 

 アトラスは強い。

 

 戦場全体を読んでいる。

 

 宝具の雨を一つ一つ避けるのではなく、空間そのものに圧をかけている。

 

 山門の夜を、海底へ引きずり込もうとしている。

 

 だが。

 

 一本だけ、遅れなかった。

 

 黄金の門から放たれた短剣が、他の宝具とは違う軌道で滑る。

 深海圧の流れに乗らず、石段へ一度弾かれ、角度を変えて低く走った。

 

 記録の中のアトラスが反応する。

 

 一拍。

 

 遅い。

 

 短剣が紺碧の鎧の首元をかすめる。

 

 火花が散る。

 

 立香の隣で、現在のアトラスが言った。

 

「遅い」

 

 声は低かった。

 

「アトラス?」

 

「己が遅い」

 

 エミヤが静かに言う。

 

「気づいたか」

 

 アトラスは、記録の中の自分を見ている。

 

 かつての自分。

 山門の夜の自分。

 戦場を沈めようとして、目の前の刃に一拍遅れた自分。

 

 エミヤは続けた。

 

「過去の君は、戦場を沈めようとしている。

 だが、刃は沈む前に届く」

 

 アトラスは答えない。

 

 その視線は、記録の中の山門に向いている。

 

 黄金の門がさらに開いた。

 

 笑い声がする。

 高く、傲慢で、空間そのものを支配するような笑い。

 

 立香は、その声を知っている。

 

 でも、カルデアにいる彼とは少し違う。

 

 もっと鋭い。

 もっと遠い。

 もっと、夜の中で火のように立っている。

 

「よく沈む海だ」

 

 声が響く。

 姿はまだ見えない。

 赤い瞳だけが、黄金の光の奥で輝いている。

 

「だが、岸を削るにはまだ浅い」

 

 アトラスの鎧が、低く鳴った。

 

 現在のアトラスの鎧だ。

 記録の中ではない。

 

 今、カルデアにいる彼女の鎧が、閉じようとしている。

 

 ダ・ヴィンチの声が遠くから響く。

 

『まずい。拒絶層が戻る!

 記録層が、現在の閲覧を侵入と判定しかけている!』

 

 マシュが叫ぶ。

 

「アトラスさん!」

 

 黄金の光の奥から、また声がする。

 

「大洋王」

 

 その呼び名に、アトラスの肩がわずかに揺れる。

 

 記録の中のアトラスが、三叉槍を構え直す。

 

 現在のアトラスは、額に手を当てた。

 

 扉が閉じようとしている。

 王宮防壁が戻る。

 城門が自動で閉じる。

 記録を奥へ沈めようとする。

 

 アトラスの唇が動いた。

 

「……閉じるな」

 

 立香は彼女を見た。

 

 それは小さな声だった。

 

 けれど、命令だった。

 

 鎧に対する命令。

 王宮に対する命令。

 自分で沈めた記録に対する、王の裁定。

 

「まだ、閉じるな」

 

 紺碧の鎧が震えた。

 

 閉じようとする城門が、一瞬だけ止まる。

 

 その一瞬に、記録の奥から声が落ちた。

 

 今度は、もっと近い。

 

 赤い瞳が、夜の向こうでこちらを見る。

 

「エウメロス」

 

 立香の呼吸が止まった。

 

 アトラスの瞳が見開かれる。

 冷たい血色の瞳に、見たことのない揺れが走った。

 

 その瞬間、王宮防壁が戻った。

 

 山門の夜が閉じる。

 石段が消える。

 黄金の門が消える。

 鎖の音が遠ざかる。

 赤い瞳が、黒い海の底へ沈む。

 

 管制室の光が戻った。

 

 白い壁。

 画面。

 警告表示。

 

 ダ・ヴィンチの声。

 マシュの盾。

 エミヤの投影剣。

 

 すべてが現実へ戻る。

 

 アトラスは、立っていた。

 

 だが、その手は三叉槍を強く握っている。

 

 立香は一歩近づいた。

 

「アトラス」

 

「問題ない」

 

 即答だった。

 

 あまりに早い返答だった。

 

 問題がない時の声ではなかった。

 

 マシュが心配そうに言う。

 

「本当に、霊基に異常はありませんか」

 

 ダ・ヴィンチが画面を見る。

 

「大きな損傷はない。

 ただ、拒絶層がかなり強く戻った。記録層への接続は切断されている」

 

 エミヤがアトラスを見る。

 

「無理をしたな」

 

「一段だけだ」

 

「それでも、君には深かった」

 

 アトラスは答えない。

 

 立香は、さっき聞いた声を思い出す。

 

 エウメロス。

 

 あれは、誰の声だったのか。

 

 聞かなくても分かる気がした。

 

 でも、今は聞かない。

 

 聞けば、また扉をこじ開けることになる。

 

 立香は静かに言った。

 

「今のが、山門の夜?」

 

 アトラスは少しだけ沈黙した。

 

「断片だ」

 

 ダ・ヴィンチも頷く。

 

「記録層のほんの表面だね。

 でも、確かに繋がった。

 あの山門反応は実戦ログだ。夢や幻覚じゃない」

 

 マシュが小さく言う。

 

「アトラスさんは、あの場所で戦っていたんですね」

 

「そうらしい」

 

 アトラスの声は硬い。

 

「己は知らぬ」

 

 エミヤが言った。

 

「知らないのではなく、閉じているんだろう」

 

 アトラスはエミヤを見る。

 

「同じことだ」

 

「違う」

 

 エミヤは静かに返す。

 

「閉じているものは、開くことができる。

 忘れたものとは違う」

 

 その言葉に、アトラスは黙った。

 

 立香は、アトラスの横顔を見る。

 

 彼女は閉じたままの王ではない。

 開くことを知らない王でもない。

 

 もう、一段だけ開けることを知っている。

 

 城門も。

 火口も。

 名も。

 

 そして今、記憶の門にも手をかけた。

 

「次は、もう少し深くなる」

 

 エミヤが言った。

 

 アトラスはすぐに返す。

 

「次があると決めた覚えはない」

 

 立香は、思わず言った。

 

「でも、閉じたままにはしないんでしょう?」

 

 管制室が静かになった。

 

 アトラスは立香を見る。

 

 立香は目を逸らさない。

 

 問い詰めているわけではない。

 命じているわけでもない。

 

 ただ、そう見えた。

 

 閉じたままにはしない。

 この王は、そういう王ではない。

 

 アトラスは長く沈黙した。

 

 やがて、言った。

 

「……己が裁定する」

 

 立香は頷いた。

 

「うん」

 

「汝の希望ではない」

 

「うん」

 

「ダ・ヴィンチの解析でもない」

 

「うん」

 

「弓兵の訓練成果でもない」

 

 エミヤが少しだけ眉を上げる。

 

「そこまで否定しなくてもいいだろう」

 

「事実だ」

 

「そうか」

 

 アトラスは画面を見る。

 

 黒い点は、また深層へ沈んでいる。

 

 山門は閉じた。

 

 だが、消えたわけではない。

 

「己の記録だ」

 

 アトラスは言った。

 

「己が開く。

 己が閉じる。

 己が見る」

 

 立香は、それを聞いた。

 

 マシュも。

 

 ダ・ヴィンチも。

 

 エミヤも。

 

 誰も、それを否定しなかった。

 

 山門は、まだ閉じている。

 けれどその日、王は閉じた門に手をかけた。

 

 開いたのは一段だけ。

 見えたのは断片だけ。

 

 石段。

 夜。

 黄金の門。

 鎖の音。

 赤い瞳。

 

 そして、沈めた名を呼ぶ声。

 

 海底の王宮の奥で、山の夜は確かに息をした。

 

 まだ閉じている。

 

 だが、閉じたままでは終わらない。

 

 大洋王は、それを知った。

 




お読みいただきありがとうございます。

しばらくは毎日20時頃に更新予定です。

本作は、序盤〜中盤は王性・関係性・神話解釈を中心に進行します。
終盤にはバトル展開があります。それまでの静けさは、そのための積み上げです。

この作品の興味をもったところは?

  • アトラス
  • ギルガメッシュ
  • アトラスとギルガメッシュの関係性
  • ストーリー
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。