The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link
立香は、王座の前に立つ二人へ端末を向けた。足元の動力核まで映るよう角度を変えると、画面に映るダ・ヴィンチが頷いた。
『映像は届いている。さっきの記録と照合しながら、こちらでも反応を追うよ』
王座を管理する担当者が、入口で頭を下げた。
「記録係と、修繕と防衛の担当を呼んであります。揃い次第、認証を始められます」
待つ間に診療所へ戻っていたマシュも、部屋へ入ってきた。
「票石をお返しして、採決の結果もお伝えしました」
「ありがとう、マシュ」
その後から、記録係が綴りを抱えて入る。ペトロスとスティリオスも続いた。
「水路の調整は、班へ引き継いできた。試運転の結果は、後で知らせる」
「俺も持ち場は代わってもらった」
ペトロスは入口脇の表示へ目を向け、スティリオスは王座の前を見た。ギルガメッシュの姿を認めると、歩みが少し緩む。
記録係が卓へ綴りを置き、葦のペンを取った。
担当者は装置を起動し、立香へ向き直った。
「どうか、皆さんに一度ずつ試していただけませんか」
「私たちもですか?」
「はい。こちらへ来た四人とも。認証を試すだけで、王位を引き受けたことにはなりません」
担当者は立香を見たまま、返事を待っていた。
この席に誰かが座るのを、待ってきた人なのだと思った。
「分かりました。私からでいいですか」
相手が頷き、王座の手前にある床の印を示す。アストライアも卓の脇へ立った。
「返答は、記録に残しますわ」
立香は印の上へ進み、名を告げた。
王座を囲む制御柱は動かない。基部の光も、先ほどと同じように床へ流れ続けている。
「では、わたしも」
マシュが声を掛けると、担当者は「はい」と場所を示した。
立香と入れ替わっても、王座は応じなかった。
担当者の指が装置へ戻る。表示を確かめ、もう一度、制御柱を見た。
その横を、黄金の鎧が通った。
ギルガメッシュは空の王座へ目を向けたまま、照合位置へ進んでいく。立香は端末を胸元へ寄せ、道を空けた。
アトラスはその場に留まり、装置へ視線を移した。
担当者の手が止まった。
*
硬い靴音が、王座へ近づいていく。
ギルガメッシュは居並ぶ柱の間を悠然と進み、床の印を踏んだ。足元に流れる布が遅れて揺れ、王座の基部で光が強まった。
「我が名はギルガメッシュ」
低く、よく通る声だった。最後の一音まで言い切ると、英雄王は王座を見据えたまま、応答を待った。
鈍い作動音が、立香の足元へ伝わってきた。
王座から伸びる光が、床の溝を順に満たしていく。光が柱の根元へ達すると、先ほど自分とマシュが立った時には動かなかった柱が、一斉に音を立てた。
上部が開き、傾く。
内側の面を英雄王へ向けたまま、揃って低く伏せていく。床に落ちていた影が、その動きに合わせて伸びた。
立香は息を止めた。
頭を、垂れている。
柱の向こうに、空の王座があった。そこまでの道が光でつながり、黄金の鎧を下から照らしている。
ギルガメッシュは顎をわずかに上げ、従う装置を見渡した。柱から返る光が、磨かれた肩当てを滑る。
その中心に立つ顔には、かすかな笑みがあった。赤い目は伏せた柱の先へ、奥に控える玉座へと移っていく。
「王権認証――成立。統治権限の継承を要請」
航行統制機構の声が、室内に響いた。
記録係のペンが止まった。スティリオスが肩を正す。ペトロスは卓の表示へ近づき、浮かんだ文字をもう一度読んだ。
成立。
立香にも、その文字が見えていた。
昨日、崩れる外縁で道を守っていた王を、この船も認めた。
彼が引き受ければ、国を終える手続きへ進める。眠る人々を守りながら聖杯を回収する道が、見つかるかもしれない。
「ギルガメッシュ……」
声を掛けかけたところで、担当者が一歩進んだ。
「王位を継ぎ、この船を導いていただけるのなら……」
その声は、先ほど立香たちに試行を頼んだ時よりも小さかった。顔だけは、まっすぐ英雄王へ向いている。
船を、導く。
立香は担当者を見た。彼が見上げているのは、聖杯を取り出すための権限だけではなかった。
『継承後の運用記録が開いた。新しい王のもとで、航行を続けることもできるね』
ダ・ヴィンチが告げた。
『聖杯を動力として残し、王が機構を統べる。この席には、そのための権限も用意されている』
立香の手の中で、端末の表示が変わった。
国を終える。そのほかに、続ける道も開いている。
聖杯が船に残れば、自分たちの帰還はどうなるのだろう。
問いが浮かび、立香はギルガメッシュへ目を戻した。まだ何も答えていない、その横顔を見る。
機構も返答を待っていた。
先ほどまで重なっていた作動音は、もう聞こえない。伏せた柱の間には、王座までの光の道が残っている。
担当者はその脇へ下がり、空けた場所に手を添えた。
ギルガメッシュは進まなかった。
赤い目が、使い込まれた肘掛けから、座面へ移る。
口元から笑みが消えた。ギルガメッシュは面白くもなさそうに、担当者へ目を下ろした。
「我が王冠を、このような仮初めの舟に授けると思うか」
冷たく言い放たれた声に、男の肩が強張った。差し出していた手をさっと下ろし、深く頭を下げる。
立香は、続く言葉を待った。
条件を問う声も、別の席を求める言葉もなかった。英雄王は王座に手を掛けず、そこへ至る光の手前に立っている。
記録係がアストライアを見た。
女神は英雄王へ向けていた目を戻し、綴りを指した。
「今の返答を、記録しなさい」
葦のペンが動き始める。
王権認証は成立。
継承は、未成立。
卓の表示には、二つが並んでいた。柱は低く伏せたまま、次の指示を待っている。
スティリオスは口を開きかけ、閉じた。それでも、英雄王から目を離さなかった。
立香の胸に浮かんだ期待は、言葉になる前に止まっていた。
この船が差し出せるものを見たうえで、ギルガメッシュは受け取らなかった。
王座は空いている。
その前に立つ王は、膝を折らなかった。
*
ギルガメッシュが照合位置を離れると、床の光が王座へ戻っていった。伏せていた制御柱が、ゆっくりと身を起こす。
アトラスが前へ出た。
「次は、こちらを確かめる」
担当者が装置へ手を戻した。
紺碧の外装が床の印に重なる。名を受けた王座から、再び灯りが伸びた。
光はアトラスの足元まで届き、そこで止まった。
柱は動かない。
先ほど英雄王へ向けて伏せた面が、今度は高い位置に留まっている。
「王権認証――不成立」
立香はアトラスを見た。
水青の髪の下で、視線が卓へ移った。不成立の文字を読み、続いて、その脇に現れた記録を追っている。
「判定に用いた条件を示せ」
声は、これまで記録を求めていた時と変わらなかった。
担当者が照合結果を開く。アトラスは床の印から外れ、卓の前へ立った。立香も端末を向ける。
表示には、継承される権限と、その行使先が並んでいた。
人の配置。物資の配分。設備を動かす命令。どれも、中央に置かれた一つの座へ集まっている。王が臣民と国の継続を引き受け、その命令を機構が船の隅々へ通す。
アトラスは、止まった照合の項目を指した。
「ここか」
『ああ。受け渡す権限の型と、君の王権が一致していない』
ダ・ヴィンチが、送られた記録を確かめながら答えた。
『この装置が探しているのは、空いた王座を同じ形で埋める王、ということか』
立香は、中央の座から伸びる線を目で辿った。
その先に、今朝見た分担表も、ゾーイたちが交代する群の配置もあった。最初の王が引き受けていたものを、次の一人へ渡すための仕組みが、ここに残っている。
アトラスは権限の一覧を最後まで読んだ。
担当者はその隣で待ち、もう一度装置へ目を向けた。
「条件は分かった」
アトラスが記録を閉じる。
立香は、王座とアトラスの間へ視線を往復させた。あの席へ座る姿を考えるより先に、昨日、最後まで搬出路に立っていた姿が浮かんだ。
今も、確かめることを終えた顔で卓から離れてくる。
「座る気もない椅子を、よく調べる」
ギルガメッシュが、やれやれと言いたげに鼻を鳴らした。アトラスは足を止めず、その隣へ戻る。
「使える権限を確かめている」
何か納得がいったのだろうか。英雄王の口元が、わずかに愉快そうに持ち上がった。
アトラスは、立香の手元で開かれている記録へ目を落とす。
立香は端末を二人から見える向きにした。先ほどまでと同じ距離に、黄金と紺碧が並んでいる。
卓には、アトラスへの不成立の表示が残っていた。
ダ・ヴィンチは通信の向こうで、英雄王の認証記録をもう一度開いた。
*
『なら、こういう手もある』
ダ・ヴィンチが、英雄王の認証記録の隣へ、終了の手順を並べた。
『継承を受けて、終了を承認し、その後で退位する。手順の上では通せそうだ。どうだい?』
立香は端末から顔を上げた。
この時代に王として残り続ける必要がないのなら。そう思った時には、ギルガメッシュの目が通信へ向いていた。
「戴冠と継承を何と心得る。我の君臨を随分と軽々に見積もったものだな、雑種」
提案された三つの手順が、画面に残っている。
継承。終了。退位。
立香には、つい先ほどまで、そこを順に通ればよいように見えていた。
「己(おれ)であっても、そのためだけの戴冠は選ばぬ」
アトラスが続けた。
卓には、まだ不成立の表示がある。その前に立つ本人は、英雄王と同じように、通信へ答えを返していた。
ダ・ヴィンチは二人を見た。
『もちろん、私としても美しくない施策の実施は避けたいとも』
検討していた経路の欄が閉じられる。
代わって、民による終了承認の記録が大きくなった。
立香は、その下に続く手順を見た。船の各区画が並び、終了後に残すものと、止まる機能が記されている。
「皆さんで国を終えると決めたら、この船もなくなるんですか」
記録係が、同じ箇所を卓の表示で開いた。
「船体と住居、それに中の物は、残るとあります」
『本来の時代へ接続した後も、船は避難の拠点として使える。ただし、聖杯によって動いている機能は終わる』
ダ・ヴィンチの説明に合わせて、立香の端末にも区画の図が映った。
給水、生産、防衛。いま動いている設備から、聖杯へつながる経路が示される。
『眠っている人たちの生命維持も含めて、引継ぎを済ませる。その後で閉鎖を解き、聖杯を回収する順序だね』
立香は、王座の基部へ目を向けた。
ここへ来るまでに通った寝台も、上で組んでいる水路も、細い光の先にある。
「残る揚水器を回すのは、誰になる」
ペトロスが図面へ身を寄せ、さらに尋ねた。
「防壁も、機構に任せておけるわけではないんだな」
『そうなる。何を人の手で動かせるか、守る人員をどう置くか。残った設備ごとに確かめる必要がある』
ペトロスは、揚水設備の位置を指で辿った。昼に仮設を通すと決めた場所で、指が止まる。
「水を汲む者を増やせば、その分ほかの仕事から人を取る。船が残っても、そちらまで減るわけではない」
立香は頷いた。
屋根も寝台も残せる。その中で暮らしを続けるために要る手が、図の上へ一つずつ増えていく。
「それを引き継いで、船を終える。その答えが、全員分必要なんですね」
アストライアへ尋ねると、女神は頷いた。
「今起きていて、判断できる者たち全員の答えです。これまで、それが揃ったことはありません」
記録係は、残せる設備の脇へペトロスの問いを書き留めた。水を動かす者。壁を守る者。
終えた後の仕事にも、まだ埋めるべき欄があった。
立香は、空の王座から、その前に立つ人々へ目を移した。
ペトロスは図面を見ている。スティリオスも、その肩越しに防壁の位置を確かめていた。
*
ギルガメッシュは、記録卓に残る船の図へ目を戻した。
古い図面では張り出していた区画が、今の図では途切れている。英雄王の指が、その脇に並ぶ配分の記録を開いた。
「票も揃えられぬとは悠長なことだ」
立香は顔を上げ、どういうことかと尋ねた。ギルガメッシュは、欠けた区画の図を指した。
「このまま削れてゆけば、いずれ船の用も為さなくなる」
削れていく。その実際を立香は目の当たりにしたばかりだった。
昨日落ちた作業場には、まだ使っていた物があった。今日の給水路も、それを失った後で組み直している。
「……どうにかならないの?」
「機構とやらの差配には無駄が多い。切り詰めれば、まだ航行は続けられよう。もっとも、切り詰めるものには乗組員も含まれるがな」
立香の目が、英雄王の指先から顔へ戻った。
ギルガメッシュは、古い生産区画の名を示している。
「失った区画を再び造るために、材を残しておる。元の働きに戻せぬまま、その枠だけを抱えてな。今ある設備を保つ方へ回せば、使い道もあろう」
「その枠は、私らでは動かせん」
ペトロスが答えた。
「壊れた所も、足りない物も分かっている。だが、日々の修繕で何を先に使うかは決められても、これから先の配分まで変えられるわけではない」
昼に開かれていた分担表よりも、はるかに先まで続く記録だった。
元の生産量を前提に残された枠の横に、現在の設備が生み出せる量が並んでいる。
「今の働きに合わせて差配し直す。それを機構が自ら行えぬのなら、行える者に命じさせればよい」
ギルガメッシュの言葉を受け、ダ・ヴィンチが権限の記録を辿った。
『あるね。対象を限って、配分の裁定を依頼する手続きだ。王位を継承せずとも、認証を通った者へ頼める』
端末に、その範囲が示された。
聖杯から船へ続く動力の線は、つながったままだった。立香はそこを目で追い、端末を持つ手を下げた。
船は、続けられる。
その中で生きる人を減らして。
「さっきの、乗組員を切り詰めるって……」
ギルガメッシュが立香へ目を向けた。
「その人たちを、死なせるってこと?」
「そうだ。この船が生かし続ける者を減らす」
誰も、すぐには口を開かなかった。
立香は、卓に置かれた民籍の綴りを見た。そこには、寝台で治療を受けている人も、今も水を運んでいる人も載っている。
アトラスが、現在の生産と備蓄の記録を手前へ寄せた。
「振り替えた資材で、どの設備を、いつまで保てる。交換の記録も要る」
『照合しよう。現物の状態も、担当の人に確かめてもらいたい』
ダ・ヴィンチの返答に、アトラスが頷く。
卓の上には、使える材と、維持する設備の記録が並び始めた。
立香には、まだ尋ねたいことがあった。誰を、その数から外すのか。どれだけの人を。
言葉にする前に、ペトロスが顔を上げた。
「どれほど減らせば、どれほど保つ」
図面に添えた手は、そのままだった。
ペトロスが見上げると、英雄王は記録へ一度目を走らせた。
「そうさな、ざっと百二十余で三十年といったところであろうよ」
立香は息を詰めた。その短い間に、そこまで見えていたのか。
ダ・ヴィンチが、送られてきた記録を手元へ並べ直す。
『こちらでも組んでみよう。今の設備と備蓄で、どこまで見通せるか』
*
マシュは入口で仮設水路の報告を受け取り、記録卓へ戻った。
管には水が通り、継手の調整を続けているという。給水に使えるのは、予定どおり明日からだった。
「試運転が始まったそうです」
差し出すと、ペトロスは報告に目を通した。調整している箇所を確かめ、設備の記録の隣へ置く。
「この状態も入れてくれ。交換に回せる部材は、さっき確かめた分で合っている」
ダ・ヴィンチのもとへ、生産と備蓄の記録が送られていった。担当者が現物と照らして直した箇所を、アトラスが元の記録と見比べている。
立香は通信をつないだまま、卓の脇に立っていた。
しばらくして、ダ・ヴィンチが顔を上げた。
『とんでもない王様だね。こちらで組んでみたけど、大筋は君の見立てどおりだ』
ダ・ヴィンチは英雄王へ目を向けてから、計算の結果を送った。
『残す設備と部材、それを扱う人手を照合した。条件が揃うなら、計画にできるのはこの規模だ』
端末の表示が切り替わった。
『維持人口、一千八十。切離し対象、百二十。航行計画、二十七年』
マシュは、真ん中の数で目を止めた。
百二十人。
昨日、搬入口を通った人を数えた時には、一人増えるたびに、外に残る人が減っていった。
今、目の前にある数の意味を、読み違えることはできなかった。
「一巡か」
ペトロスが言った。
彼の目は、三つの群の交代に沿って並べられた作業予定へ移っていた。
二十七年のうち、一人が起きて過ごすのは九年だ。
マシュは、診療所で聞いたゾーイの声を思い出した。その九年に、診る仕事があり、手紙を書く夜があり、使い慣れた袋を開ける毎日がある。
『二十七年は、ここにある資源と交換部材で組める計画の長さだ。この先もずっと保つ、という見積もりではない』
ダ・ヴィンチが、設備の交換予定を開いた。
『ただ、必要な引継ぎを終え、この配分で運用できれば、一巡をつなぐ根拠はある』
ペトロスは予定を読んだ。水路の設備名が現れると、指を置く。
「残る者だけで、次の交換を行えるか」
アトラスが尋ねた。
「記録を渡すだけでは難しい箇所がある。締め具の収まりは、現物で確かめさせたい」
ペトロスは、今届いた試運転の報告を引き寄せた。
「ここもそうだ。引き継ぐ相手にやらせて、水を通してみる。書いたとおりに締めれば済むとは限らん」
「では、その確認までを引継ぎに含める」
「ああ。それなら、誰に渡せるかも確かめられる」
アトラスの指示を受け、記録係が作業を加えた。
表示には百二十という数があり、その下には、まだ誰の名も入っていなかった。
残る仕事を誰が担えるか、誰から誰へ渡すか。そこを確かめるための記録が、卓に広げられていく。
ペトロスは試運転の報告を読み終え、交換予定の横へ置いた。
*
報告から手を離したペトロスが、記録係を見た。
「私の名も入れてくれ。引き継ぐ仕事は、まだある。そこまではやる」
マシュは、卓へ置かれたその手を見た。
つい先ほどまで、次の交換で気をつける箇所を指していた手だった。手の甲には古い傷があり、指の節には汚れが残っている。
「ペトロスさん……」
呼ぶと、彼は顔を向けた。
昼に管を支えていた時と同じように、こちらの言葉を待っている。
マシュは口を開いたが、すぐには続けられなかった。
引き継ぐ仕事はまだある。そのことを、本人がいちばんよく知っている。現物を前に、次の者が扱えるところまで確かめると、今も話していた。
「私を残す方へ、先に決めておかないでくれ」
ペトロスはそう言って、試運転の報告を指先で卓の中央へ寄せた。
隣でスティリオスが身じろぎした。
「あんた……」
そこから、声が続かなかった。
ペトロスは彼を一度見た。いつものような言い返しもなく、二人の間に短い沈黙が落ちる。
マシュの隣で、立香が端末を持ち直した。画面には、まだ百二十という数が出ている。
その中へ入れてくれと、ペトロスは言っていた。
「眠っている連中を残せるなら、そうしてくれ。あいつらも、きっと分かってくれる」
彼の目が入口の方へ動いた。あの階段を上れば、冬眠区画の通路へ戻る。
マシュは、眠る人々の顔を思い出した。
目覚めた時、この人が水を通していたことを、誰かが伝えるのだろうか。使い方を教わった者が、残された記録を開いて見せるのだろうか。
ペトロスの視線が、卓へ戻った。
ギルガメッシュは彼を見ていた。先ほど概算を返した口は、今は閉じられている。
アトラスは民籍の綴りへ目を移した。開かれた頁には、眠っている者たちの名も並んでいた。
記録係がペンを持ち上げ、アストライアを見た。
「名と、申し出た内容を残しなさい。続きは、明日の議場で聞きます」
女神はペトロスへ目を向けた。
「引継ぎと、残る仕事の確認も、その場へ持って来なさい」
「ああ」
短く答え、ペトロスは交換予定の記録を自分の側へ寄せた。
「議場へ来られない者にも、回答や異議を届ける機会を設けます。そのことも、告知に入れなさい」
アストライアの指示を受け、記録係が書き始めた。
マシュは、ペン先を見ていた。
本人の申し出を記す欄に、ペトロスの名が入る。
ペトロスは書かれた内容を読み、頷いた。
その手元には、今夜の試運転の報告がある。調整を終えた後で、もう一度確かめる箇所に印が付いていた。
百二十人という計画の横に、マシュの知っている名があった。
執行を決める欄は、まだ空いていた。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他