The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。

詳しい注意事項・制作FAQはこちら:
【作品案内URL】
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第6話 予測は記録ではない

 翌朝、マシュが広場へ着くと、仮設の給水路から炊事場へ、水の入った桶が運ばれていた。

 受付には、ペトロスの話を聞いて来た人々がいる。切離しが死を伴うと確かめられ、「仕事を渡せるなら」と条件を付ける者も、「昼まで考えたい」と列を離れる者もいた。

 

「マシュ」

 

 声を掛けたペトロスは、図を束ねて抱えていた。腰には工具を下げている。

 マシュが会釈すると、横からスティリオスがその工具を見た。

 

「それまで、自分でやるつもりか」

「今日の給水を止めるわけにはいかん。朝の当番には渡してきた。審議が済んだら、調整した箇所を見に行く」

 

 スティリオスは少し間を置き、頷いた。

 

「……そっちは、もう動いてるんだな」

「ああ」

 

 ペトロスは引継ぎの図を卓へ置き、一枚だけ抜き取った。同じ継手が、幾つかの向きから描かれている。

 

「締める加減は、線だけでは伝わらん。これを持って、現物の前でやってもらう」

 

 その一枚を丸め、工具の脇へ差した。

 受付を済ませた男が、卓の向こうのギルガメッシュを見ていた。昨日、柱が頭を垂れた相手だ。

 英雄王は名簿と仕事の記録に目を通し、まだ何も言わなかった。

 

 アトラスが、ペトロスの図にある揚水器の調整箇所を示した。

 

「これを教えるには、何を要する」

「揚水器を動かして、水の出方を見せる。管を替えたからな。以前と同じ加減では回せん」

「通常の運転を任せている者にもか」

「ああ。不調が出た時に、どこから確かめるかまで、そいつの手でやってもらう」

 

 マシュも診療所に残す人員を報告した。医療、生産、防衛の条件を合わせ、昼までに照合がまとまった。

 立香がマシュの隣へ来た。アストライアが卓の前に立つと、端末からダ・ヴィンチが結果を告げた。

 

『必要な技能を残せる、百二十人の組合せは作れた。ただし、引継ぎを実際に終えることが条件だ』

「引継ぎが済んだという報告には、残る者が行った作業も付けよ」

 

 アトラスの言葉に、担当者たちが頷いた。ペトロスは腕を組む英雄王を一度見て、卓へ目を戻した。

 

「志願がなければ、誰が選ばれる?」

 

 スティリオスの声だった。記録係が答えた。

 

「必要な申し出が揃わなければ、この計画は成立しない」

「眠っている連中から埋めるのかと思った」

「その決まりはない」

 

 アストライアが、二人の間へ目を向けた。

 

「今は、英雄王へ何を依頼するかを確かめています。誰を残し、どの仕事を引き継ぐのか。本人たちの申し出も含めて、民が選ぶための案を揃えなさい」

 

 スティリオスは頷いたが、すぐに口を開いた。

 

「なら、申し出ずに今のまま続けることもできるんだろう」

「そのまま持ちこたえられるなら、私もこんな話はしない」

 

 答えたペトロスは、スティリオスを見ていた。

 

「次に切る場所に、眠っている連中がいないとは限らん」

 

 マシュは、崩れた作業場から見えた船腹を思い出した。あの奥には、目を覚まさない四百人がいた。

 いま図を押さえているペトロスが、あの日、区画を切り離した。

 

 スティリオスは唇を結び、卓へ視線を落とした。

 昼の交代を挟むことになり、マシュは立香に後を頼んで診療所へ戻った。

 

  *

 

 休憩を終えて席へ戻ると、ペトロスが引継ぎの図をまとめていた。

 立香に気づき、広げたままの一枚へ目を落とす。

 

「次に起きた連中にも、直し方は残しておく。私がそうしたかったと伝えてくれ」

 

 立香は頷きかけた。

 図の端には、書き足された細かな文字がある。昼までの話合いで、何度も問いが返っていた箇所だった。そのたびに、ペトロスが答えていた。

 

「伝えます。でも……あの人たちが聞き返したいことは、ないかな」

 

 ペトロスは、すぐに図を閉じなかった。

 

「あるだろうな。だから、今のうちに残す。引き継ぐ者に読ませて、分からんところを聞いてもらう。次の連中には、そいつらから教えられるようにする」

 

 ペトロスが書き足したところを指で押さえた。

 立香は、続きを言えずにその手を見た。

 

 審議が再開し、ペトロスの申し出が取り上げられた。

 

「長くやってきたんだ。残る連中が何を大事にするかくらい、分かる」

 

 ペトロスは図を束ね、卓へ置いた。

 

「起きている間に何を直すか、次へ何を残すか。あいつらとも、そういう話をしてきた。船が続くなら、きっと分かってくれる」

 

 アトラスが、名簿に添えられた記録へ指を置いた。

 

「この案について、本人に聞いた記録はあるか」

「昨日出た話だろう。眠っている者には聞けん」

「以前に、同じ条件を確かめたことは」

「そこまで同じ話をしたわけじゃない。だが、何を残したいかは聞いてきた」

 

 ペトロスの声に、少し力が入った。

 

「一緒に働いてきた。私が何をしてきたかも、あいつらは知っている」

 

 立香は、卓に置かれた図を見た。昨夜、自分の名を入れてくれと言った人が、今も直し方を書き足している。

 こうして働く姿を、自分よりずっと長く見てきた人々が眠っている。

 

 記録係が民籍を開いた。眠る者たちの名を辿り、この案への回答を確かめるところで、手が止まった。

 

「予測は記録ではない」

 

 アトラスの声が、卓を越えた。

 ペトロスは顔を上げた。

 

「あいつらを知らない者に、何が分かる」

「汝の見込みどおりに答えることもあろう。その答えを、まだ聞いていない」

 

 声は変わらなかった。

 ペトロスは口を閉じ、鼻から息を吐いた。隣にいたスティリオスが身じろぎしたが、口を挟まなかった。

 

「眠っている間は、起きている私らが決める。そういう国だろう」

 

 今度は、アストライアへ向けた問いだった。

 

「ええ。今起きていて、意思を答えられる成人に、その権利があります。眠る者の返事がないために、この審議が無効になることはありませんわ」

 

 女神の返答を聞き、ペトロスはアトラスへ向き直った。

 

「では、何が足りない」

 

 アトラスは記録から顔を上げた。

 

「残される者にも、聞きたい」

 

 ペトロスの手が、束ねた図の上で止まった。

 立香はアトラスの横顔を見た。名と条件を辿っていた指は、もう動いていない。卓を挟んで、ペトロスの返事を待っていた。

 

  *

 

 ペトロスは、しばらくアトラスを見ていた。やがて記録係へ顔を向ける。

 

「眠っている連中の返事は、まだ書けん。それは分かった。私の申し出は、そのままにしてくれ」

 

 記録係が頷いた。

 ほかの申し出も、朝に聞いた本人の言葉と条件を添えたまま、卓に並んでいる。

 

 アトラスは、申し出た人々へ顔を上げた。

 

「汝らの覚悟は、この船を進める」

 

 ペトロスはその言葉を聞き、ギルガメッシュを見た。

 隣でスティリオスが背を伸ばす。立香の後ろからも、英雄王の姿を見ようとする気配がした。

 

 ギルガメッシュが、組んでいた腕を解いた。

 赤い目が名簿へ落ちる。記された条件を追い、そこから顔を上げて、申し出た人々を見渡した。

 急かす者はいなかった。立香も、端末を持つ手を下げて待った。

 

「見事な覚悟だ」

 

 低く、明瞭な声だった。

 ペトロスが口を開きかける。だが、喉まで出かかった声はそこで止まった。

 英雄王の赤い瞳は、ただ褒めそやすためだけにそこにあるのではなく、差し出されたものを余すところなく検分するかのように、ペトロスの顔をまっすぐにとらえて離さなかったからだ。

 

「――ゆえに、我が安く使うと思うな」

 

 ペトロスは、そのまま言葉を失った。

 ギルガメッシュは卓の前へ一歩出た。黄金の鎧の擦れる重々しい音が響き、ペトロスはわずかに顎を上げて、その底知れぬ目を見返した。

 

「なおこの航行を望み、我にその裁定を求めるならば、請けてやろう。だが、差し出しただけで使われるつもりでいるな」

 

 言い終えた後も、英雄王は目を逸らさなかった。

 ペトロスの手が卓の縁を握り、それから、ゆっくりと緩んだ。

 

 立香は二人の間を見ていた。

 昨日、この船の王冠を退けた時には、担当者が頭を下げた。今、ペトロスは立ったまま、英雄王に向き合っている。

 

 ペトロスは図を手元へ寄せた。席へ戻ろうとはせず、そのままアトラスへ向き直る。

 

「眠っている連中に聞いて、同じ答えが返ったら。あんたも、この案を選ぶのか」

 

 立香も、アトラスへ目を向けた。

 アトラスはペトロスの目を受け止めたまま、すぐには答えなかった。

 

  *

 

 返事を待つ間、立香は卓へ目を落とした。

 延命の計画が広がっていた。申し出た人々の名と、引き継ぐ仕事。確かめるべきことを一つずつ埋めていけば、船は続けられる。

 立香は、その名簿から目を離せなかった。

 

「……本当に、こうするしかないのかな」

 

 診療所から戻ったマシュが、隣で顔を上げた。

 

「航行を終える決定は、今まで一度も成立しなかったんですよね」

「ええ。船の働きを手放した後も暮らせると、全員が答えたことはありません」

 

 アストライアが答えた。

 ペトロスも、卓の上へ目を落とす。

 

「今なら揃うとも、私には言えん」

 

 立香は、指の下にある名を見た。

 船を続けるために、自分を切り離す方へ入れてくれと言った人が、いまも船を残すことを望んでいる。

 

 次の言葉が出なかった。

 これ以上どんな理屈を重ねても、誰かの犠牲の上にしか成り立たない現実の重さに、広場全体の空気が凍りついていく。

 垂れこめた沈黙に、しかし迷いのない声が斬り込んだ。

 

「切り捨てるべきを切り捨てるだけで済むならば、王の裁定などいらぬ」

 

 立香は顔を上げた。

 声の主は、もう一人の王。アトラスだった。

 その血色の瞳には、妥協も保身も存在しない。ただ「王としてどう在るべきか」の答えだけが宿っていた。

 横で、ギルガメッシュが静かに口元だけで笑みを浮かべている。

 

 先ほどまで皆とともに、船を保たせるための人手と仕事を確かめていたのではなかったか。

 立香が戸惑う間に、アトラスは言い切った。

 

「己(おれ)が、全員をこの船から降ろす」

 

 声が、広場へ通った。

 立香が幾度となく耳にしてきた、絶対的な裁定の響きだった。

 

 ペトロスの向こうで、申し出を済ませた男が顔を上げる。

 

「……私らもか」

「汝らも、眠る者も」

 

 アトラスは答え、ペトロスへ視線を戻した。

 

「それでも汝らが航行を選ぶなら、それは汝らの答えだ。だが、選ぶ前に、並べるべき道がある」

 

 ペトロスは、卓に置いた図を引き寄せた。

 

「降りて、どこで暮らせと言う。外の地面は見ただろう」

「この閉鎖の内へ移すだけでは、足りぬ。季節の巡る大地へ渡る」

 

 立香は、欄干の向こうへ目をやった。

 雨上がりの曇り空が、今日も山稜の上に続いていた。船に着いてから見てきた地面は、どこも湿っている。

 

「ここは洪水の直後に留められている。閉鎖を抜ければ、耕す土地も、家畜を養う土地も、船の外に求められる」

 

 アトラスが、地形を記した図を卓へ寄せた。

 人員表の横に、船の外が広がる。

 

「昨日聞いた。正規に終えれば、船は残るんだろう。なら、そこへ持っていけばいい」

 

 ペトロスの言葉に、近くの人々が頷いた。

 立香も王座の前で見た図を思い出した。屋根も、寝台も残せる。暮らすための物を抱えたまま、新しい土地へ行けるなら。

 

「正規終了なら、現存する船体は残せますわ」

 

 アストライアが認めた。

 アトラスは、図の船を指した。

 

「全会一致を要するのは、航行統制機構に正規の終了を行わせるためだ。船を離れ、この閉鎖を開く手段はある」

 

 その指が、船の輪郭を押さえる。

 

「ここは、火天八紘で終えられる」

 

 続いて、図の外へ動いた。

 

「境界には、英雄王の剣が届く」

 

 立香はギルガメッシュを見た。英雄王は、アトラスが指す先を見ていた。

 端末から、ダ・ヴィンチの声が入る。

 

『記録にある接続とも合う。境界を破っても、船が聖杯を使って閉じ直す。先に、閉じ続ける命令を止める必要がある』

「ゆえに、船を終える」

 

 ペトロスの顔が、図から上がった。

 アストライアがアトラスを見る。

 

「その場合、住居も、据え付けの設備も、運び出せない墓所も失われます。人が降りた後、この船へ戻ることはできませんわね」

「そうなる」

 

 とうとう、人々の間にどよめきが起こった。

 

 ペトロスはしばらく黙っていた。

 背後の居住通路を振り返り、もう一度アトラスを見た。

 

「まだ耕してもいない土地のために、今日も私らを生かしている船を沈めるのか」

 

 立香の手の中で、端末が重く感じられた。

 さっき、給水路から運んできた水を飲んだばかりだった。

 

 アトラスはペトロスの目を受けた。

 

「まず、水を得る場所と、運べる道具を確かめる。種と、収穫まで食いつなぐ備えも要る。土地を拓き、守る人手も数え直す」

 

 完成した計画が差し出されることはなかった。

 ペトロスの図には、まだ船内の設備だけが描かれている。アトラスはその図と、外の地形を並べたまま、返答を待った。

 

「下船に反対する者は、どう扱うつもりです」

 

 アストライアが問うた。

 アトラスは、卓を囲む人々へ顔を向ける。

 

「採るか否かは、汝らが決める。そのための記録と、現場を見せよ」

 

 朝からの申し出は、卓に残っていた。

 立香は名簿を脇へ揃え、地形の図を広げる場所を空けた。

 

「眠る者にも、この案を問う。八百人を起こした後に要る手と物を確かめる」

 

 アトラスの言葉に、マシュが診療所の報告を持ち直した。

 アストライアは、広げられた図と報告を見た。

 

「記録の閲覧と、調査のための立入りは認めます。担当の者に案内させましょう。使う物と人手は、その都度確かめなさい」

「承知した」

「まずは、その覚醒を行うかを民に問うところからです。調べた条件と危険を、ここへ持ち帰りなさい。航行を続ける案も並べて確かめます」

 

 アトラスは記録係へ向き直った。

 

「持ち出せる設備の記録を。船外へ通じる道も、この図へ写せ」

 

 アトラスは船の搬入口を指し、そこから外へ続く道を辿り始めた。

 

  *

 

 広場から給水路へ向かう歩廊で、アトラスが隣を歩く英雄王へ声を掛けた。

 

「船の内側は、己が終える。民を退かせた後、汝に境界を開いてほしい」

 

 ギルガメッシュが横目を向けた。

 口の端に、面白がるような笑みが浮かぶ。

 

「またぞろ迂遠な道を選ぶ」

 

 アトラスは歩みを緩め、相手の返答を待った。

 英雄王も足を止める。立香は二人の少し後ろで、端末を持ち直した。

 

「だがよかろう。民の移動は王の執りなす一大事よ。とあらば、見事運んでみせた暁には、祝砲を上げてやるもやぶさかではない」

 

 景気のいい物言いとは裏腹に、その赤い目は笑っていなかった。抜き放った刃にも似た、冴えた光が宿っている。

 アトラスはそのまなざしを受け、頷く。

 

「承知した」

 

 立香は端末へ顔を向けた。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、みんながこの案を選んで、船の外へ運べたら、その先をギルガメッシュに開いてもらう。その順で組める?」

『うん。退避先と、境界を開く場所を合わせて確かめよう』

 

 画面に、船と周囲の地形が映った。ダ・ヴィンチが丘の一つを指し、そこまでの道をなぞる。

 

「聖杯は、境界を開くまで残しておくんだよね」

『そう。正規の終了を通さずに無理に外せば、生命維持だけでなく、この閉鎖世界が急速に崩れる危険性がある。その余波がどこまで及ぶか断定できない。現状、船から出ただけでは回収できないと思っておくのがいいだろうね』

 

 立香は図の丘を見た。

 人も、運び出した荷も、そこからさらに渡さなければならない。

 

「船と航行命令を終え、聖杯は残す。境界を開き、民を移した後に回収する」

 

 アトラスが、図の船から外へ指を動かした。

 

「ダ・ヴィンチ。聖杯の接続と、船を失った後も残す働きを照合せよ。維持に要る資源も」

『了解。結果と危険は、次の検証の場へ出せるようにまとめるよ』

 

 アトラスは立香とマシュへ向き直った。

 

「運び出す道と、介助に要る手を確かめる。歩けぬ者を運ぶ場合も含めてだ」

「わたしは診療所で、ゾーイさんに伺ってきます」

 

 マシュが答えた。立香も頷く。

 

「私は給水路から道を見てくる。アトラスは?」

「給水の現物を見る。船の力を失っても、使えるものを確かめる」

 

 ギルガメッシュが欄干の向こうへ目をやった。

 

「どれ。我は見物席を見繕うとでもしよう。貴様らは精々励むがよい」

 

 そう言うと、上層へ続く歩廊へ足を向けた。マシュは診療所へ戻る坂を上っていく。

 立香は端末の図を開いたまま、アトラスと給水路へ向かった。

 

  *

 

 給水路に着くと、ペトロスは運転を続ける職員の横で、管の継手を確かめていた。

 立香たちに気づき、顔を上げる。

 

「もう来たのか」

 

 アトラスは、朝からの運転記録と、ペトロスが広げた引継ぎの図を見比べた。

 水路の先には、湿った地面と、水を湛えた窪地が見えた。雨上がりの雲の下で、管が船へ向かって延びている。

 アトラスの指が、調整箇所で止まった。

 

「この調整を、船の力なしで行うなら何が要る」

「どこの水を、どこまで上げるかによる。回す力を替えれば済むものではない。高さも、運ぶ距離も変わる」

 

 ペトロスは欄干の外を指した。

 

「あの丘へ持っていくなら、まず道を見ろ。道具だけ抱えて降りても、水は上がってこん」

「取水点と、丘までの高さを確かめる」

 

 ペトロスは図を巻きかけた。

 

「私は、まだ船を残す方がましだと思っている」

「ならば、成り立たぬ箇所を示せ。現物で確かめる」

 

 巻きかけた図が、作業台へ戻された。

 ペトロスは端を伸ばし、アトラスを見た。

 

「……どこから確かめる」

「水を得る場所からだ。道を案内せよ」

 

 ペトロスは一度、外の地面へ目をやった。それから職員に、いまの運転を引き続き任せると伝えた。

 職員が弁を調整すると、アトラスはその手元へ目を向ける。どこを見て加減を決めたかを問い、答えを聞いてから図に印を加えた。

 

「運ぶ人数の方も、見てくれ」

 

 スティリオスが歩廊から来た。立香の端末に地形が映っているのを見て、脇へ寄る。

 

「この道を往復させるなら、見張りも置く。全員を運び手には回せん」

「その人数で、何度運ぶつもりだ。水を入れれば、空の時と同じ速さでは歩けんぞ」

 

 ペトロスが傍らの容器を指す。

 スティリオスは地形の道を辿り、狭くなるところで指を止めた。

 

「ここでは、すれ違う場所も要る」

「空の容器を運ぶ時と、人を支えて歩く時で、確かめます。見張りを置く場所も教えてください」

 

 立香が二人へ言うと、端末からマシュの声がした。

 

『先輩、ゾーイさんからです。八百人を起こした直後は、自分で水を飲めるか、歩けるか、一人ずつ確かめる必要があります。移動を助ける人のほかに、そばで見守る人も要るそうです』

 

 アトラスが端末へ顔を向ける。

 

「その介助に必要な水と人手も、給水の記録へ加える。取水点を見た後、診療所へ行く」

『はい。お伝えします』

 

 立香は運搬と見張り、介助に要る人手を確かめる項目を記録へまとめた。

 ペトロスが図の船外部分を押さえ、窪地へ下りる管を示した。アトラスはその横へしゃがみ、図の線と実際の配管を見比べた。

 

「ここから先は、図にない。地面が落ち込んでいる」

「そこも見る」

 

 アトラスは配管から目を上げ、立ち上がった。ペトロスが指した取水点へ、足を向ける。

 

 




活動報告で、制作裏話や本編に採用する場所のなかった掌編などを公開しています。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view_list&uid=332978

この作品の興味をもったところは?

  • アトラスのキャラクター性・内面
  • ギルガメッシュとの関係性
  • 王としての在り方・王権のテーマ
  • ストーリーの展開
  • その他
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