The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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立香は、搬入口の上で動く吊り台を見ていた。
荷を載せていない台が、船内へ戻っていく。迎える手のない場所で止まり、また、いつもの高さへ上がった。
幾層もの町を載せた、箱形の巨体。
あの中を歩いていた時には見えなかった船の全体が、今は立香の目に収まっている。
アトラスが、背後を振り返った。
人々の座る斜面から、患者の列、積み上げた荷、十七人を覆う布へ。その視線が丘をたどり、立香のところで止まる。
立香は頷き、聖杯の位置を示した図を閉じた。
マシュが人々の側へ戻っていく。アストライアも患者のそばに立ち、風にめくれた掛け布を直した。
ゾーイと母も、その傍らから船を見ていた。少し離れた場所では、ペトロスが布を巻いた左腕を抱え、スティリオスと並んで座っている。二人の顔も、眼下へ向いていた。
完全閉城の紺碧が、前へ向き直った。
すぐ隣のギルガメッシュも、同じ船を見ている。二つの肩の向こうで、搬入口の灯りが明滅した。
立香は、二王の背後へ下がった。
アトラスが、三叉槍を構えた。
*
アトラスは、からっぽの船へ槍の穂先を定めた。
人を戻せという命令が、まだあの内側を巡っている。
人を救うために生み出された船。
人を守るために敷かれた法。
それが今は、人々を漂泊に囚えようと永らえている。
だから、終わらせるべきだと裁定した。
「大洋王アトラスの名のもとに、この航海を終える」
槍を握る手に、力を込める。
「焼却対象、航行統制機構」
今、ここに――終末を再現する。
「『
船の底で、火口が開いた。
暗い水の底に、藍色の火が灯る。
光が内壁を走り、区画をつないできた床の裏側を照らした。船腹の継ぎ目から水が噴き上がる。地面を洗い崩す奔流が幾筋も重なり、巨大な船底を包んだ。
土に埋もれていた輪郭が、浮き上がった。
町の段も、広場も、搬入口も。積み重なった暮らしの跡が、一つの巨体となって水の上へ持ち上がる。
背後で、誰かが悲鳴を上げた。
水位はなおも増していく。露わだった岩の背が次々と沈み、渦と渦がぶつかって白く砕けた。丘から見下ろす盆地全体を呑み込み、奔流が船の周囲で高く巻き上がる。
波が船を呑んだ。
箱形の輪郭が白い水煙に隠れ、次の瞬間、その上へせり上がった。
沈まない。
傾きかけた船が、水平へ戻っていく。
外殻を叩いた水は左右へ割れ、閉じ合う隔壁が空の区画を抱え込んだ。船底に広がっていた火の輪が狭まる。押し戻されている。
『沈まない……あの船は、一度、世界を覆った洪水を越えている。対粛清防御にも相当する、洪水への抵抗を備えているんだ』
ダ・ヴィンチの声を聞きながら、アトラスは槍を握り直した。
新たな波が船腹へ砕ける。巨体は大きく揺れ、それでも、また浮き直した。壁を留める幾重もの継ぎ目が、荷重を受け渡している。
「……よく保つ」
吐いた息が、長く尾を引いた。
船底の火口は、まだ開いている。押し狭められた藍色の光へ、さらに魔力を注いだ。
丘の縁で、脚部を覆う外装の底が土を噛む。
完全閉城の肩を潮風が打ち、外套を後ろへ引いた。アトラスは腰を落とし、槍の向きを保った。
終末の水は船の周囲を巡り、丘へ上る道の手前で折れていく。
波の向こうにある船内へ。人が降りた後も航行を続けようとする、その奥へ。
藍色の火が、内壁を這い上がった。
閉じた区画の縁から、青い光が漏れ始める。
荷を戻そうとしていた搬送台が、途中で止まった。再び動き、わずかに進んで、止まる。その下を通る支えが焼け落ちた。
隣の隔壁は、なお閉じている。
水を押し返す外殻の内側で、火は次の壁へ移った。船が身を起こすたびに光が細まり、それでも消えず、再び継ぎ目から噴き出す。
『外殻はまだ保っている。でも、内側の執行装置は止まり始めた。アトラスの火が――文明の終焉を齎す概念が届いている!』
槍を支える腕に重みが増した。アトラスは脇を締め、穂先を保つ。
青く照らされた窓の列が、水面すれすれまで下がる。だが、船はそこでも持ちこたえた。波が引けば、同じ窓がまた上がってくる。
そのたびに、槍が激しく揺さぶられた。溺れる者が、もがく腕でしがみついてくるようだった。
「沈まないで」
背後から、声が届いた。
誰かの名を呼ぶ声も、そのそばで震えていた。
あの声の主も、ここから先へ届ける。
アトラスは足を踏み留めた。
終える範囲を保ったまま、船の奥へ火を送り続ける。王座の基部に残す聖杯へ、なお航行を命じている接続を焼く。壁を閉じ直す動きが、一つ、続かなくなった。
内側で、長い梁が折れた。
青い光の中へ崩れ落ち、その下の床を巻き込んでいく。空洞になった区画へ外壁がたわみ、支えを失った片側が下がった。
何度も波の上へ戻っていた船が、今度は浮き直さない。
傾斜が深くなる。
引き延ばされた継ぎ目へ、水が食い込んだ。
アトラスは槍を保った。
沈み始めた船の奥で、藍色の火が燃え続けていた。
*
ペトロスは、傾いていく船腹の継ぎ目を見ていた。
左腕に巻かれた布の下が疼く。その腕を抱えたまま、波に洗われる当て板を目で追った。
幾重にも重ねた板が、船腹を帯のように横切っている。
自分が直した場所だった。船の曲面に合わせて板を当て、浮いた端を叩いて伏せた。留め具を締める時の重さを、手が覚えている。
剥がれていない。
水が上から被さっても、板はまだ、継ぎ目を繋いでいた。
あの少し上が、搬入口だ。
道具を抱えて外から戻るたび、あそこをくぐった。中へ入れば足元は平らになり、荷車を押す声や、上の通路を歩く足音が聞こえた。
今、あの中から呼ぶ声はしない。
声はみな、ペトロスのいる丘にあった。
祈る声が、途中で途切れた。少し離れて、誰かが泣いている。
隣のスティリオスは、右足を伸ばしたまま船を見ていた。その口は固く結ばれていた。
丘の前縁に、紺碧の王が立っている。
長い外套が風にはためいていた。船へ向けた槍の先で、水面が青く照らされる。
船の奥から、鈍い音がした。
継ぎ目の向こうで、何かが崩れた。内側を走っていた灯りが消え、その場所を藍色の火が満たす。
傾いていた船が、さらに低くなった。
さっきまで波の引くたびに見えていた当て板が、水の下へ隠れる。待っても、もう出てこなかった。
ペトロスは右手を伸ばしかけた。
指の先には風しかなかった。手は、膝から少し浮いたところで止まった。
「……ありがとう」
声は、すぐ波の音に紛れた。
搬入口の下端へ、水がせり上がっていく。
「もういいんだ」
船は沈んでいく。
最後まで繋がっていた外殻を、黒い水が覆った。搬入口の灯りが水面に滲み、輪郭ごと見えなくなった。
その上の町が、一段ずつ下がっていった。
朝、石臼を残した床も、荷を積んでいた場所も、傾いたまま水に入る。広場の屋根が低くなり、最後に残った欄干へ波が被さった。
紺碧の王は、槍を向け続けていた。
沈む巨体の内側から、青い光が透けている。
やがて、船の影が水面の下へ消えた。
波だけが、船のあった場所を越えていった。
重なっていた水音が、少しずつ低くなる。
ペトロスは右手を膝へ戻した。
スティリオスも何も言わず、同じ方を見ていた。
水の底で、まだ青い光が揺れていた。
*
立香は、水面に残る青い光を見ていた。
船の影は、もう見えない。波が重なり、崩れていく。その上には、丘へ来た時と同じ灰色の空が垂れこめていた。
『境界の再形成、停止を確認。……閉鎖は、まだ残っている』
ダ・ヴィンチの声に、立香は顔を上げた。
盆地を囲む稜線も、その先を隠す雲も、まだそこにある。
アトラスが槍を引いた。
水底の藍色が細まり、消えていく。高く巻いていた波は低くほどけ、船のあった場所を静かな水が覆い始めた。丘の裾を回っていた流れも、ゆっくりと緩む。
立香の足元には、踏み固めた土が残っていた。
その前で、黄金の波紋が開いた。
ギルガメッシュが、腕を差し入れる。
引き出された一振りを見て、立香は息を詰めた。幾度も頭上を飛んだ剣とは、形も、そこから伝わる重さも違う。
エア。
英雄王の手の中で、乖離剣が低く鳴った。
「実に見事な航海であったぞ」
槍を下ろしたアトラスが、隣へ顔を向ける。
「まだ、着地していない」
ギルガメッシュの口の端が上がった。
「知れたこと。ゆえに、我が闢(ひら)く」
アトラスは、丘の先へ視線を戻した。
人々を運ぶ車が並び、その向こうで道の途切れている方へ。
乖離剣の刀身が、回り始めた。
低い唸りが胸に響く。立香の隣へ戻っていたマシュが、空を仰いだ。斜面でも、荷を抱え直しかけた手が止まっている。
回転が速まった。
剣を中心に風が巻き、黄金の髪を逆立てる。ギルガメッシュは足を開き、その風のただ中で、閉ざされた空へ剣を向けた。
「新しき時代の幕開けか――よい。我が剣が担うに不足はない」
その声が、唸りを越えて丘に響いた。
立香は目を逸らさなかった。風に頬を打たれながら、剣の先にある灰色を見た。
「原初、天地は分かたれ、星々は廻り、万象はその歩みを始めた。
航海は果たされた。ならば次は、大地を踏む者どもの時代よ」
吹き荒れる暴風が、丘を包んだ。
斜面の草が一斉に伏せ、立香は足を踏ん張った。頬を打つ髪を押さえながら、それでも、あの王から目を離せずにいた。
声を上げることさえ忘れた人々が、同じ一点を見つめている。
暴風の中心で、黄金の王だけが悠然と立っていた。荒れ狂う風を従えたその手で、乖離剣が唸りを上げている。
「刮目せよ! 新世を言祝ぐは、天地を分かつ我が一閃!
これぞ汝らの歩むべき地平なり――
『
英雄王が、剣を突き出した。
一閃、光が虚空を奔り――
――青が、飛び込んできた。
鮮烈な色に、立香は目を見開いた。
灰色を横に裂いた、その向こう。限りなく澄んだ青が、裂け目を押し広げるように視界いっぱいへ広がっていく。
空が、音を立てて裂けていた。
雲を載せた景色ごと上下へ引き剥がされ、見たことのない山稜が現れる。手前の尾根のさらに先に、もう一つ。その奥にも、霞んだ峰が続いていた。
立香は、その遠さを目で追った。
盆地を囲んでいた山の向こうに、まだ、大地がある。
上下に開いていく裂け目が、丘の外縁まで広がった。
眼下の水面が長く引き伸ばされ、船を呑んだ水も、盆地の底を覆う景色も、裂けた空とともにほどけていく。その向こうから、岩の露出した斜面が現れた。草の生えた尾根が丘の外縁へ続き、行き止まりだった場所の先へ道が伸びる。
船のあった低地の奥に、王座の輪郭だけが小さく残っていた。
裂け目は、閉じなかった。
陽が差した。
立香は眩しさに目を細めた。頬に、首筋に、光が触れる。隣のマシュの髪が明るく透け、斜面に積んだ荷も、人々の顔も、同じ光の中に浮かび上がった。
足元から伸びた影が、新しい道へ落ちている。
白い雲が、青の中を流れていた。
その影は遠くの山肌を越え、立香の目で追いきれない先へ進んでいく。
「……あった」
背後で、声がした。
「道が、ある!」
別の声が重なった。
空を指す腕が上がり、その隣で誰かが立ち上がる。呼びかけが叫びに変わり、笑い声と混じり合った。丘の上から下へ、堰を切ったように歓声が広がっていく。
立香は大きく息を吸った。
吸い込んだ息が、笑いになって漏れた。
「マシュ、見て」
「はい……はい、先輩!」
振り向いたマシュも笑っていた。
その肩越しに、ゾーイが見えた。母と顔を見合わせ、何かを言いかけて、二人ともまた空を見上げる。母の手が娘の手を握っていた。
少し離れたところでは、スティリオスが顔を上げたまま声を上げている。その隣で、ペトロスは左腕を抱え、青い空をじっと見ていた。
歓声は、まだ続いていた。
立香も、もう一度空を見た。何度見ても、青はそこにあった。山の先にも山があり、その下に、自分たちの足で踏める土地が続いている。
前方で、ギルガメッシュが剣を下ろした。
英雄王は顎を上げ、闢いた地平を見渡している。
アトラスが、新しい道へ一歩を進めた。
振り返った王の手が、人々を迎えるように開かれる。
「こちらだ」
マシュが頷き、最初の車のそばへ駆けていった。
立香も、その後を追った。
*
立香が踏んだ土には、荷車の轍が幾筋も重なっていた。
最後の車が尾根を越える頃には、先に着いた荷のそばに、患者を休ませる場所ができていた。意識の戻らない人も、敷いた布の上で介助を受けている。少し離れた場所には、十七人を覆う布も並んでいた。
「全員、こちらへ渡りました。運ぶものも、すべて揃っています」
戻ってきたマシュが告げた。
立香は頷き、療養場所にいるアストライアへ目を向けた。女神もこちらを見て、頷く。二人の王は、立香と同じ土の上から、眼下を見下ろしていた。
船のあった場所に、王座が残っている。
町も、幾層もの船腹も、もうなかった。座を支える基部は、露わになった地面に埋まったままだった。
ギルガメッシュの傍らに、黄金の波紋が開いた。
放たれた鎖が斜面を越え、王座へ巻きつく。基部を抱き込んだ輪が締まり、石の軋む音が届いた。
地面が砕け、王座が引き抜かれる。
宙へ吊り上げられた座は、王を迎える光をともさなかった。
認証を告げる声もない。
「もはやこれは用を為すまい」
英雄王が指を曲げた。
鎖が食い込み、背もたれから基部まで亀裂が走る。砕けた石が地面へ落ち、その中から、金色の杯が現れた。
鎖の輪に支えられたそれだけが、ゆっくりと引き寄せられてくる。
アトラスが、杯の底へ視線を向けた。
船の奥へ延びていた接続は、焼けた切り口を残すだけだった。
「接続は切れている」
立香は手を伸ばした。
冷たい縁に指が触れる。両手で受け止めると、鎖が緩み、杯の重さが掌へ移った。
眼下に残っていた景色の継ぎ目が、ほどけて消えた。
風が斜面を渡ってくる。立香の足元には轍があり、その先では、荷を下ろす声が続いていた。
『聖杯の回収を確認。帰還経路も通ったよ』
通信から、ダ・ヴィンチの声がした。
『こちらはいつでも迎えられる。出発できる時に知らせてくれ』
立香は、杯を抱えたまま息を吐いた。
マシュが隣にいる。その向こうにも、人々がいる。
「帰ろう、マシュ」
「はい、先輩」
目を合わせたマシュが、柔らかく笑った。
立香も頷き、別れを告げるために、人々のいる方へ向き直った。
*
立香たちが荷置場へ戻ると、その向こうで水を探しに出る組をめぐって声が上がっていた。
先に道を調べたい者と、水の場所を急いで確かめたい者が、地面に広げた図を挟んで言い合っている。その傍らでは、運んだ荷を開き、今日の寝場所を作る仕事が始まっていた。
「大洋王」
呼ばれて、アトラスが足を止めた。
荷置場にいた一人が、紺碧の王へ向き直っている。
「我らの王となってください」
近くにいた人々の手が止まった。
立香も、アトラスを見た。
「これからのことも、あなたに決めてもらえれば……」
「棄却する。判断は、汝らのものだ」
アトラスは、手にしていた移行の記録を、民の記録係へ返した。
問いかけた者の顔を見てから、その向こうにいる人々へ目を向ける。
「英雄王が地平を示した。道は己(おれ)が示した……そして今、女神の示した法が汝らと共にある」
アストライアが、目を見張った。
アトラスは女神へ顔を向けた。
「かつて、汝の天秤は正確だが、ここは器の中だと言った」
立香は、船の歩廊で交わされた言葉を思い出した。
今、二人の足元には土があり、頭上には遠くまで続く空がある。
「その天秤を、彼らは器の外へ携えてきた。汝が去った後も、自らの手で量るために」
女神の唇が、わずかに開いた。
すぐには、言葉にならなかった。
荷置場の向こうで、また声が高くなった。
アストライアが目を向ける。図を挟んだ人々の間へ、民の担当者が入っていた。双方を順に見て、それぞれ何人が要るのかと尋ねている。
女神を呼ぶ声は、上がらなかった。
アストライアは、その場に立ったまま待っていた。
一人が話し終え、もう一人が図の先を指す。担当者はそこへ目を落とし、話の続きを聞いた。
女神が、静かに息を吐いた。
立香の方へ戻った顔には、小さな笑みがあった。
アストライアは、傍らにいた記録係に声をかけた。
「次の言い分も、記録へ残しなさい。自分たちで、相手の答えを聞くのですよ」
記録係が頷いた。
水を探す組が戻ったら、ここで次の話合いをする。その声が荷置場へ通り、離れた場所からも返事があった。
立香は、女神へ一歩近づいた。
「ありがとうございました。最初に、この国を見せてもらえてよかったです」
アストライアの目が、立香からマシュへ、アトラスからギルガメッシュへ、そして人々のいる方へ移った。
髪を飾る花が、風に揺れた。
「ええ。あなた方も、自分たちの帰る場所へ」
青い衣の裾から、光がほどけ始めた。
立香は頭を下げた。顔を上げた時、女神はまだ人々を見ていた。荷を広げる手と、図の上を行き来する指。その間に立つ姿が、ゆっくりと透けていく。
花の輪郭が薄れ、最後の光が風の中へ消えた。
しばらく、その場所を見ていた住民がいた。
手元の札へ目を落とし、それから、移行の記録を受け取った者へ歩み寄る。
「これも、次に話したい」
差し出した札を、記録係が受け取った。
*
アトラスは、荷置場の端で足を止めた。
療養場所のそばで、ゾーイが広げた布を押さえている。
「こちらにも風除けが要ります。寝かせた人に、そのまま風が当たっています」
「そこへ張ったら、水の車が通れん」
座ったままのペトロスが、左腕を抱えて答えた。
その隣で、スティリオスが空いた荷車を指す。
「あれを横にすりゃ、布を掛けられるだろ」
「通り道へ出すなよ」
「だから、こっちへ寄せるんだよ」
車を押してきた者が、指された場所で止まった。ゾーイは患者の側へ回り、風の入り方を確かめてから、もう少しと手を動かす。
母が、布の反対側を受け取った。
「この高さ?」
「うん。そこを持っていて」
ゾーイが紐を結ぶ。風にはためいた端が頬に触れ、母は顔をよけて笑った。娘も笑い、布を引き直した。
アトラスは、二人を見ていた。
紐が結ばれ、母の手が離れる。その後も、二人は布の向こうで話していた。声までは届かない。娘が何かを言い、母が頷くところが見えた。
少し離れた草の上には、十七人を覆う布が並んでいる。
アトラスはそこへも目を向けた。同じ陽が、白い布の上に落ちていた。
傍らで、足音が止まった。
「もう揉めておるぞ」
「見ている」
ギルガメッシュが、隣に立っていた。
向こうでは、荷車をもう少し寄せるかどうかで、まだ声が交わされている。ペトロスが空ける幅を指し、スティリオスが何か言い返した。
車輪が半回りして、止まった。
ゾーイが布の陰から顔を出し、頷く。
母が、娘の肩についた糸くずを取った。
ゾーイは振り返り、笑いながら何かを言った。
アトラスの口元が、わずかに緩んだ。
隣へ目を向けると、赤い瞳と合った。
ギルガメッシュも笑っていた。
アトラスはその顔を見てから、ゆっくりと人々へ視線を戻した。
布の陰で、母娘が並んで膝をつく。患者へ話しかける娘のそばで、母が畳んだ布を手に取った。
今度は、その先まで見ていられた。
「アトラス、ギルガメッシュ。準備、できたよ」
立香が呼んでいた。マシュも、その隣にいる。
「承知した」
アトラスは向き直った。
紺碧の外套が、草の上を払う。ギルガメッシュと並び、二人の待つ方へ歩き出した。
背後では、荷車を押す声が続いていた。
*
ボイジャーは、机の上の略図へ目を落とした。
船と、それを囲む山の稜線。小さな四つの印も、さっきと同じ場所にあった。
「そのひとたちは、それから、どこへいったの?」
向かいのマーリンが、紙へ目を向けた。
「水を探しに出る組を決めるところで、もう揉めていたそうだ」
「ふうん。……そのつぎも、きいてみたいな」
「私もだよ」
ボイジャーの指が、船を囲む線を越えた。
その先の、まだ何も描かれていないところへ。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他