The Reversed Star――逆位置の星――   作:ほいみん

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FGO二次創作長編『The Reversed Star――逆位置の星――』第8話です。

※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/文章生成AI補助あり。
詳しい注意事項・制作FAQは作品案内をご確認ください。
https://docs.google.com/document/d/1GdwYLijsN-D6iR4MKAlV2ziDaThI6rrddGUy8nim0KE/edit?usp=drive_link


第8話 エウメロス

 呼び声は、消えなかった。

 

 山門の記録層への接続は切断された。

 王宮防壁は戻り、拒絶層は再び閉じた。

 

 カルデアの管制室には、いつもの白い照明と、機械音と、ダ・ヴィンチの解析画面だけが残った。

 

 けれど、それでも。

 その名は、まだ空気のどこかに沈んでいた。

 

 エウメロス。

 

 立香は、その名を口にしなかった。

 

 あの時、山門の夜の奥から聞こえた声。

 黄金の光の向こうにあった赤い瞳。

 閉じかけた記録の隙間から落ちてきた、沈めた名を呼ぶ声。

 

 それは、ただの音ではなかった。

 

 アトラスの鎧を震わせた。

 王宮防壁を跳ね上げた。

 深い場所に沈められていたはずのものを、水面近くまで引き上げた。

 

 だから立香は、呼ばなかった。

 

 知っている。

 でも、呼ばない。

 そう決めた名だった。

 

 管制室では、ダ・ヴィンチが山門記録の残留反応を確認していた。

 

「記録接続は完全に切った。

 山門側の反応も深層へ戻っている。

 ただし、ひとつだけ残っている」

 

 立香が顔を上げる。

 

「ひとつ?」

 

「呼び声だ」

 

 ダ・ヴィンチは画面を指した。

 

 そこには、音声波形とも霊基反応ともつかない、奇妙な揺らぎが記録されている。

 

「通常の音じゃない。

 記録層から表層へ浮上した、真名干渉に近い反応だね。

 君たちが聞いたあの呼び声が、アトラスの霊基表層に薄く残っている」

 

 マシュが心配そうにアトラスを見る。

 

「アトラスさん、体調に変化はありませんか」

 

 アトラスは画面を見ていた。

 

 紺碧の鎧。

 三叉槍。

 冷たい血色の瞳。

 

 姿勢は崩れていない。

 だが、鎧が時折、低く鳴る。

 

 海底の王宮が、深いところでまだ揺れているような音だった。

 

「問題ない」

 

 アトラスは答えた。

 

 即答だった。

 

 立香は、その即答をもうあまり信じなくなっている。

 

「本当に?」

 

「霊基損傷はない。

 機能異常も検出されていない。

 現界維持にも支障はない」

 

「それは、そうかもしれないけど」

 

「では問題ない」

 

 言い切る。

 

 立香は少しだけ眉を下げた。

 

「さっきの声」

 

 その瞬間、アトラスの視線が立香に向いた。

 

 立香は言葉を選ぶ。

 

「あの名前を呼んだ声が、まだ残ってるってことだよね」

 

「その名を呼ぶな」

 

 アトラスの声は、低かった。

 

 怒りではない。

 

 もっと深い。

 もっと硬い。

 

 王宮の奥で、門が閉じる音に似ていた。

 

 立香は頷いた。

 

「分かった。呼ばない」

 

 すぐに答えた。

 

 アトラスは、少しだけ沈黙した。

 

 その沈黙の意味を、立香は完全には分からない。

 でも、驚きに近いものが混じっている気がした。

 

「呼ばぬのか」

 

「うん」

 

「知っているだろう」

 

「知ってる」

 

「ならば呼べる」

 

「でも、呼ぶべきかは別だよ」

 

 記録保管領域の扉の前。

 

 沈んだ王宮の残響が眠る場所で、アトラスは自分の名を告げた。

 

 沈めた名が、一度だけ水面へ浮かんだ。

 

 エウメロス。

 

 知っている。

 だからこそ、呼ばない。

 

 アトラスは目を細めた。

 

「汝は、本当に名を奪わぬのだな」

 

「奪らないよ」

 

「不合理だ」

 

「そう?」

 

「知った名は、使える。

 使えるものを使わぬのは非効率だ」

 

 立香は少しだけ笑った。

 

「アトラスだって、使える力を使わないことがあるでしょう」

 

 アトラスは沈黙した。

 

 火天八紘。

 水底に眠る火。

 使えるのに、使わなかった終末。

 

 その沈黙が、答えだった。

 

 ダ・ヴィンチが苦笑する。

 

「マスター、いい返しだね」

 

 アトラスは静かに言う。

 

「不快だ」

 

 その時だった。

 

 管制室の扉が開いた。

 

 黄金の気配が、何の断りもなく入ってくる。

 

 ギルガメッシュだった。

 

 赤い瞳。

 金の髪。

 王という概念が、人の形をして歩いているような存在。

 

 彼は管制室を一瞥し、画面を見た。

 それだけで、おおよその事情を理解したようだった。

 

「騒がしいな。

 閉じた門が、ようやく軋んだか」

 

 アトラスの鎧が、低く鳴った。

 

「英雄王」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 その笑みは、いつものように傲慢で、退屈そうで、楽しそうだった。

 

 けれど、その目だけは違う。

 山門の夜を覚えている目だった。

 

「久しいな、エウメロス」

 

 管制室の空気が凍った。

 

 立香は、息を呑む。

 マシュが一歩前へ出る。

 ダ・ヴィンチの手が操作盤の上で止まる。

 エミヤは黙って、ギルガメッシュを見た。

 

 アトラスの鎧が、一瞬で反応した。

 

 紺碧の光が強まる。

 王宮防壁が立ち上がる。

 拒絶層が、まるで城門を叩いた外敵へ応じるように硬くなる。

 

 アトラスの声が落ちる。

 

「その名で呼ぶな」

 

 ギルガメッシュは退かない。

 

 むしろ、少しだけ笑みを深めた。

 

「ならば、今の貴様はどちらだ」

 

 赤い瞳が、アトラスを射抜く。

 

「兄の名を被るアトラスか。

 海底に沈めた己の名か」

 

 立香は、思わず口を開いた。

 

「ギルガメッシュ」

 

 ギルガメッシュの視線が、立香へ向く。

 

「何だ、雑種」

 

「その名前は、アトラスが呼んでいいって言った名前じゃない」

 

 管制室が、また静かになる。

 

 立香は自分でも、声が震えていないことに少し驚いた。

 

 怒鳴ったわけではない。

 責めたわけでもない。

 でも、言わなければならないと思った。

 

 ギルガメッシュは、立香を見た。

 

「貴様は呼ばぬのだろう」

 

「呼ばない」

 

「ならば黙っていろ」

 

「呼ばないことと、誰かが呼ぶのを何も思わないことは違う」

 

 ギルガメッシュの目が、わずかに細くなる。

 

 怒ったのではない。

 面白がっている。

 

「ほう。

 沈まぬ娘は、門番もするか」

 

 立香は少しだけ息を吸う。

 

「門番じゃない。

 アトラスの代わりに決めるつもりもない」

 

 アトラスが低く言った。

 

「マスター。下がれ」

 

「下がらない」

 

「命令だ」

 

「でも、代わりに答えない」

 

 アトラスの言葉が止まる。

 

 立香は続けた。

 

「呼ぶべき名前も、答えるべきことも、アトラスが決めることだから。

 私は代わりに答えない。

 でも、ここにはいる」

 

 アトラスは立香を見た。

 

 ほんの一瞬だけ、鎧の光が揺らいだ。

 

 ギルガメッシュは、低く笑った。

 

「よい。

 マスターらしい顔になってきたではないか」

 

 立香は少しだけむっとした。

 

「褒めてる?」

 

「評価だ」

 

 アトラスが小さく言う。

 

「それは不快なものだ」

 

「貴様の基準で語るな、大洋王」

 

 ギルガメッシュは再びアトラスを見る。

 

 笑みが消える。

 完全には消えない。

 

 だが、そこにあるのは愉悦だけではない。

 

「エウメロス」

 

 もう一度、呼んだ。

 

 アトラスの瞳に、冷たい火が灯る。

 三叉槍を握る指が、わずかに軋む。

 紺碧の鎧の奥で、城門が深海圧に耐えるような音がした。

 

「その名で呼ぶなと言った」

 

「聞いた」

 

「ならばなぜ呼ぶ」

 

「忘れぬためだ」

 

「己(おれ)は忘れていない」

 

「嘘をつけ」

 

 即座だった。

 

 ギルガメッシュの声は、鋭い。

 

「貴様は沈めた。

 名を。国を。祈りを。王座へ座る前の己を。

 だが、沈めたものを忘れたと呼ぶのは怠惰だ」

 

 アトラスは動かない。

 

 だが、空気が重くなる。

 

 王宮の深度が、わずかに下がる。

 

 ダ・ヴィンチの警告が飛ぶ。

 

「拒絶層、上昇。

 山門記録も微弱に再反応――刺激が強い!」

 

 だが、ギルガメッシュは聞いていない。

 

 彼はアトラスだけを見ている。

 

「その名は、貴様が捨てた名ではない。

 沈めた名だ」

 

 アトラスの声が硬くなる。

 

「同じことだ」

 

「違う」

 

 ギルガメッシュは断じた。

 

「捨てたものは拾えぬ。

 沈めたものは、浮かび上がる」

 

 その言葉に、立香は息を止めた。

 

 あの扉の前で聞いた名だった。

 沈められ、けれど消えてはいなかった名。

 

「浮かび上がらせる必要はない」

 

 アトラスは言った。

 

「必要があるかどうかを決めるのは、今の貴様だ」

 

 ギルガメッシュの声は低い。

 

「兄ではない。

 沈んだ国でもない。

 山門の夜でもない」

 

 アトラスの鎧が震える。

 

 城門が閉じようとする音。

 あるいは、閉じるのを止めようとする音。

 

「己はアトラスだ」

 

「知っている」

 

「ならば、その名で呼べ」

 

「呼んでいるだろう。大洋王」

 

「違う」

 

 アトラスの声に、初めて明確な怒気が混じった。

 

「お前は、沈めた名を呼んでいる」

 

「そうだ」

 

 ギルガメッシュは笑った。

 

「そこに貴様がいるからな」

 

 沈黙。

 

 その一言は、刃のようだった。

 

 アトラスの奥へ届く。

 王宮防壁を叩く。

 沈めた名の置かれた場所へ、まっすぐに落ちる。

 

 立香は、その意味をすぐには処理できなかった。

 

 アトラスはアトラスだ。

 自分でそう選んだ。

 立香も、その名を呼ぶ。

 

 けれど、ギルはそれだけでは終わらせない。

 

 アトラスという王名の奥に沈めた者。

 国を沈め、兄の名を取り、王座に座った者。

 

 その人を見ている。

 

 アトラスは目を伏せなかった。

 

 だが、答えもしなかった。

 

 マシュが小さく言う。

 

「先輩……」

 

 立香は頷いた。

 

 止めるべきか。

 止めていいのか。

 

 分からない。

 

 ギルガメッシュの言葉は、優しくない。

 

 踏み込みが深すぎる。

 

 アトラスの拒絶層が反応するのも当然だった。

 

 でも。

 

 アトラスは逃げていない。

 閉じきっていない。

 

 立香が代わりに閉じてはいけない。

 

 ダ・ヴィンチが低く言った。

 

「山門記録、再接続しかけてる。

 アトラス、危険なら切るよ」

 

 アトラスは短く答える。

 

「まだ切るな」

 

 ギルガメッシュが笑った。

 

「よい」

 

「お前の許可は不要だ」

 

「ならば聞き流せ」

 

「聞き流せぬから不快だ」

 

「知っている」

 

 その時、管制室の照明が一瞬だけ暗くなった。

 

 白い壁が遠のく。

 画面の奥で、黒い点が開く。

 

 海底の王宮の奥に、再び山の夜が息をした。

 今度は、前より少しだけ近い。

 

 石段。

 冷たい風。

 山門。

 黄金の門。

 宝具の雨が降る。

 

 紺碧の王が立っている。

 

 その前に、黄金の王がいた。

 姿はまだ輪郭だけだ。

 しかし、赤い瞳ははっきりと見える。

 

 山門の夜のギルガメッシュ。

 

 今、管制室に立っているギルガメッシュと同じであり、少し違う。

 

 記録の赤い瞳と、現在の赤い瞳が、白い管制室の光の中で一瞬だけ重なる。

 

 夜の底からも。

 今、この場所からも。

 

 どちらも、アトラスを見ていた。

 

 記録の中で、黄金の王が言う。

 

「エウメロス」

 

 過去のアトラスが、三叉槍を握る。

 

「その名で呼ぶな」

 

 現在のアトラスが、わずかに息を呑んだ。

 

 同じだ。

 

 立香は思った。

 

 同じやり取りが、過去にもあった。

 

 山門の夜にも。

 

 ギルガメッシュは、今初めて呼んだわけではない。

 あの夜から、彼はその名を呼んでいた。

 

 過去のギルガメッシュが笑う。

 

「ならば、何と呼ぶ。

 兄の名か。

 国が望んだ王の名か。

 それとも、貴様が海底に置いてきた名か」

 

 過去のアトラスの周囲に、深海圧が広がる。

 

「己は王だ」

 

「それは知っている」

 

 黄金の王が笑う。

 

「だから問うている」

 

 記録が揺れる。

 映像が乱れる。

 

 宝具の雨が増える。

 鎖の音がする。

 空間が裂ける。

 

 そして、過去のアトラスの足元で、青い光が一瞬だけ灯った。

 

 立香はそれを見た。

 

 火。

 水底の火。

 

 ほんの一瞬、山門の石段の下に、火天八紘の青が見えた。

 

 だが、それはすぐに沈んだ。

 

 開かなかった。

 完全には、開かなかった。

 

 現在のギルガメッシュが、静かに言う。

 

「山門の夜、貴様は火を開かなかった」

 

 アトラスの視線がギルガメッシュへ戻る。

 

「知らぬ」

 

「ならば次はそこだ」

 

 ギルガメッシュは、アトラスを見ている。

 

 黄金の目が、記録と現在の境を越える。

 

「貴様がなぜ、終末を眠らせたまま我に届いたのか」

 

 アトラスは答えない。

 

 記録の山門が、再び閉じていく。

 

 今度は拒絶というより、深度の限界だった。

 

 ダ・ヴィンチが言う。

 

「ここまでだ。

 これ以上は霊基負荷が大きい。接続を切る」

 

 アトラスは止めなかった。

 

 ギルガメッシュも止めなかった。

 

 山門の夜が沈む。

 石段が消える。

 黄金の門が閉じる。

 青い火が、海底へ戻る。

 

 管制室の光が戻った。

 

 アトラスは立っている。

 

 しかし、その鎧はまだ低く鳴っていた。

 

 ギルガメッシュは、彼女を見ている。

 

 立香は、二人の間にあるものを感じていた。

 

 それは、ただの過去ではない。

 ただの戦闘記録でもない。

 

 名。

 火。

 勝敗。

 山門の夜。

 

 それらすべてが、二人の間に横たわっている。

 

「英雄王」

 

 アトラスが言った。

 

「何だ」

 

「その名で呼ぶな」

 

 ギルガメッシュは笑う。

 

「考えてやる」

 

「拒否と解釈する」

 

「正しい」

 

「不快だ」

 

「ならば思い出せ」

 

 ギルガメッシュは言った。

 

「思い出し、裁定しろ。

 その名を沈めたままにするのか。

 浮かび上がらせてなお、王として座るのか」

 

 アトラスの瞳が、冷たく光る。

 

「己はアトラスだ」

 

「そうだ」

 

「エウメロスではない」

 

「違うな」

 

 ギルガメッシュは即座に否定した。

 

 立香の胸が震える。

 

 その否定は、アトラスを王ではないと言うものではなかった。

 むしろ逆だった。

 

「貴様は、エウメロスを沈めたアトラスだ」

 

 ギルガメッシュは告げる。

 

「どちらか片方ではない。

 沈めた名ごと王座に座れ、大洋王」

 

 アトラスは黙った。

 

 その言葉は、深海王権の決定打ほど深くはない。

 

 まだ、核心のさらに奥へは届いていない。

 

 けれど、確かに一段、門を叩いた。

 

 立香は静かに息を吐いた。

 

 ギルガメッシュは、立香へ視線を向ける。

 

「雑種」

 

「何」

 

「貴様は呼ぶな」

 

 立香は驚いて、目を瞬いた。

 

 ギルガメッシュは笑う。

 

「貴様の役目ではない。

 貴様は、沈まずにそこにいろ」

 

 立香は、しばらく彼を見た。

 

 それから頷いた。

 

「分かった。呼ばない」

 

 アトラスが立香を見る。

 

 その視線には、複雑なものがあった。

 

 ギルガメッシュがさらに言う。

 

「だが見ておけ。

 いずれこの王は、己の名で己を裁く」

 

「ギルガメッシュさん」

 

「何だ」

 

「それ、アトラスを信じてるってこと?」

 

 ギルガメッシュは、一瞬だけ黙った。

 

 そして、盛大に笑った。

 

「クハハハハハ!

 信じる? 我が?

 雑種、随分と面白い言葉を使う」

 

「違うの?」

 

「我は見るだけだ」

 

 彼は言った。

 

「この海が、岸へ届いただけで終わるのか。

 それとも、岸を削るほどの波となるのかをな」

 

 アトラスが静かに言う。

 

「削るだけでは足りぬ」

 

 ギルガメッシュの笑みが深くなる。

 

「ほう」

 

「届くだけでも、削るだけでも、勝敗ではない」

 

 アトラスは、はっきりと言った。

 

「己が裁定する」

 

「よい」

 

 ギルガメッシュは満足げに笑った。

 

「ならば次に見るべきは、火だ」

 

 アトラスの鎧が、わずかに沈黙した。

 

 火。

 山門の夜、開かなかった火。

 

 終わらせる力。

 終わらせなかった裁定。

 

 立香は、その言葉の重さを感じた。

 

 次は、そこへ行くのだ。

 

 ギルガメッシュは踵を返す。

 

「大洋王」

 

「何だ」

 

「閉じるなよ」

 

 アトラスは答えない。

 

 ギルガメッシュは笑う。

 

「いや、閉じてもよい。

 ただし、閉じるなら貴様が閉じろ。

 鎧でも、兄でも、沈んだ国でもなくな」

 

 その言葉を残して、黄金の王は管制室を出ていった。

 

 彼が去った後も、しばらく誰も口を開かなかった。

 

 ダ・ヴィンチがようやく息を吐く。

 

「……相変わらず、場の温度を一気に上げていくね、あの王様は」

 

 エミヤが疲れたように言う。

 

「上げるというより、焼き払うに近い」

 

 マシュが立香を見る。

 

「先輩、大丈夫ですか」

 

「うん」

 

 立香は頷く。

 

「アトラスは?」

 

 アトラスは少しだけ沈黙した。

 

「問題ない」

 

 また即答だった。

 

 立香は言った。

 

「それ、信じにくいやつ」

 

「不快だ」

 

「うん。でも言う」

 

 アトラスは立香を見た。

 

「汝は、呼ばぬのだな」

 

「呼ばないよ」

 

「英雄王は呼ぶ」

 

「うん」

 

「汝は止めなかった」

 

「止めたよ」

 

「止まらなかった」

 

「うん」

 

「ならば、なぜ止め続けなかった」

 

 立香は、少し考えた。

 

「アトラスが逃げてなかったから」

 

 アトラスの瞳がわずかに揺れる。

 

「逃げていたら、止めたと思う。

 でも、アトラスは怒ってた。嫌がってた。

 それでも、聞いてた」

 

「不快だった」

 

「うん」

 

「今も不快だ」

 

「うん」

 

「だが、閉じなかった」

 

 立香は頷いた。

 

「うん」

 

 アトラスは、静かに目を伏せる。

 

「不快な観測だ」

 

「外れてる?」

 

 沈黙。

 

 そして、アトラスは言った。

 

「外れてはいない」

 

 立香は少しだけ笑った。

 

「じゃあ、覚えておく」

 

「不要だ」

 

「でも、覚える」

 

「汝は何でも覚える」

 

「大事なことだけだよ」

 

「多すぎる」

 

「そうかも」

 

 管制室の画面には、山門記録の反応が小さく残っている。

 

 黒い点。

 石段。

 門。

 火の痕跡。

 

 次に開くのは、そこだ。

 

 立香はそれを見た。

 

 自分は呼ばない。

 でも、聞いた。

 見た。

 覚えた。

 

 ギルガメッシュは呼んだ。

 

 踏み込んだ。

 逃がさなかった。

 

 どちらも、アトラスを見ている。

 

 片方は、名を奪わぬために。

 片方は、沈めた名から逃がさぬために。

 

 エウメロス。

 

 その名は、まだ海底にある。

 

 けれど山門の夜は、その名を覚えていた。

 

 そして黄金の王もまた、忘れてはいなかった。

 




お読みいただきありがとうございます。

しばらくは毎日20時頃に更新予定です。

本作は、序盤〜中盤は王性・関係性・神話解釈を中心に進行します。
終盤にはバトル展開があります。それまでの静けさは、そのための積み上げです。

この作品の興味をもったところは?

  • アトラス
  • ギルガメッシュ
  • アトラスとギルガメッシュの関係性
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