家に天使が来た話 作:ナニワのおっちゃん
たった一対の翼
「...」
俺は、ただの一般人。
名前を、村仲 亮(ムラナカ リョウ)と言う。
なにか特別である、という自負はない。普通に過ごして、普通に生きて...少なくとも、楽しくないわけじゃなかった。
友達に恵まれて、高校を卒業。その後、名の売れてる大学に進学して経理を学び、結構な大企業に就職。
上司にも恵まれた。何から何まで世話を焼いてもらって、俺は今勤めて1年が経とうとしている。
成績が悪いわけでもない。もちろん、トップというわけでもないが。
そつなくこなして、たまに友達と遊んで。会社の飲み会にもついていったりして。
上手く生きて来たつもりだ。
だが、これはなんだ?
今、俺は自分の家に着いた。そのはずだ。
鍵を回し、扉を開く。時刻はだいたい21時。夜だ。
いい時間だ、今日はゲームもせず、疲れたし、寝よう。そう思いながら帰路についたんだ。
扉を開く。
すると、俺の家の中で人がぶっ倒れてるじゃないか。
「...は?」
最初に来たのは、困惑だった。
その次に、これはまずい状況なんじゃないか、と。
「おい、大丈夫かあんた!!」
倒れていたのは金髪の...女性?だと思う。うつ伏せだったから、顔は見なかった。
ユサユサと肩を揺らし、起こそうと試みる。
昨今の日本では、女性は倒れていても助けない、なんて風潮があるらしい。
どうも、痴漢だなんだと訴えられるから、だとか。
なんてくだらない。人命に勝る物なんてないだろうに。
...まあ、実際になっている人の目の前でこんなことは絶対に言えないが。
動かない。
最悪の可能性が頭をよぎる。
「...頼むから訴えないでくれよ...!」
無理やり体をうつ伏せの状態から仰向けにひっくり返す。
ああ、案の定、女性だった。
助けてやったのに俺の人生壊されたら、たまったもんじゃないな、と思ったけど、それでもここでどこかに投げ捨てる、みたいな...人の心なんてあったもんじゃない所業を行う気持ちにはならなかった。
白い服の...なんだ?なんて言うんだろう。古代ローマの服装みたいな、意味の分からない格好をしていた。コスプレイヤーか何かだろうか。
そんなことはどうでもよかったから、思考の隅に追いやった。
おでこを触る。熱があるかどうか、を咄嗟に確かめようとしたんだと思う。
俺は、この時の行動を後悔している。いっそ、投げ捨ててしまうのが一番の解決策だったんじゃないかと思っている。
冷たかった。
いや、死体の、と言っても死体を触ったことがあるわけじゃないが。
そういう冷たさじゃなかった。まるで、物質かのような。金属を触っているかのような、冷たさだった。
俺は、咄嗟に手を引っ込めてしまった。
腰が抜けた。俺は、今、何を触ったんだ?と、怖くて。
何秒か過ぎた後。その人は起き上がった。
立ち上がって、俺の方を見たんだ。
何故か、後光があるような感じだった。背中には純白の翼が生えて...頭上には、輪っかが浮かんでいた。
ああ、これが、俗に聞く天使か、と、思った。
俺は、自分の頬を思いっきり引っ叩いた。
夢だ。これは。夢なんだ。
俺は、起きなかった。だって、これは現実なんだから。
「...ぁ...う...」
俺の口から、意味も何もない音が漏れた。情けないな、と思っている。
「#$%&&#$%?」
彼女の口から、よくわからない言語が漏れた。少なくとも、俺にはわからなかった。
普段から外国人と接する時があるせいか、俺は何を考えたのか咄嗟にスマートフォンで、それを翻訳にかけようとした。
「も、もう一度...お、お願いします。」
なんて勇気のある馬鹿野郎だろうか。何で俺はこの時逃げなかったんだ?
「#$%&&#$%?」
恐らく、同じ言葉が漏れた。日本語が通じたんだろうか。俺はわからない。
スマホはこう、翻訳した。
”古代”ギリシャ語。
「Ποῦ ἐστι τοῦτο;」
「ここはどこですか?」
スマホから、音が漏れた。意味がわからなかった。ギリシャ語なんて、日本で使ってるやつなんてはっきり言っているわけがない。
ましてや、古代なんて。
なんだってんだ。
必死に口から言葉を出そうとした。さっき出来たんだから、できるだろ、と自分に言い聞かせて。
ただ、出なかった。
困惑が脳を完全に支配し、それは恐怖に変わってしまった。
俺はそのまま気絶した。
目覚めたのは、そのもう少しだけ後だった。
自分の家のベッドで寝ていたんだ。 だから、これは全部夢だったんだ。
そう思い込むことにした。
リフレッシュのために風呂に入るべく、俺は起き上がった。
目を擦り、スマホを覗く。
時刻は0時を回りつつある。俺は長く気絶してしまっていたらしい。
部屋を出て、廊下を歩く。
自分の足音が嫌に大きく聞こえる。
服を脱ぎ...風呂場の扉を開ける。
...俺は、馬鹿だ。
俺は風呂を沸かしてなんていない。なら、なんで電気が点いていたんだ?
風呂の中には、さっきの金髪のヤツがいた。
「うおわあああああ?!?!」
「きゃああああ!!!!!」
「うおおおおすみませぇん!!」
俺は急いで戸を閉めた。
俺は思った。
ここ、俺の家だよな?と。
ちょっぴり外に出て、表札を見た。
「村仲」
ああ、俺の家だ。
風呂の戸をもう一度開ける。
「きゃあああああ?!?!?!」
「誰だよ、お前。」
「出ていけ!!!」
この人生でここまで怒鳴ったのは初めてかもしれない。
俺はさっきあった事といい、きっとイライラしていたんだと思う。
そいつは、きょとんとした目で俺を見た。
何故私が怒鳴られなければいけないのか、とでも言いたげな視線だった。
「誰だっつってんだよ、警察呼ぶぞ、クソッタレ!!!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。」
「はぁ?!ここの何が...どこが落ち着ける状況だってんだ!!」
「貴方、ここの家の持ち主ですよね?」
「そうだよ!!だから出ていけっつってんだ!!」
「まあここは、人を助けると思って。ちょっぴりの間見て見ぬふりして頂けませんか?」
「は...はぁ?!テメェ、何目線で...」
「ね?」
そう言うと同時に、そいつは風呂から上がった。
女...嫌、そうは思えなかった。
確かに、人間のように見えたが。
何故か「ファサッ」という音と共に広がる翼。
肢体にしては、嫌に人工物のような...人形のような、生きてるとは思えない外見。
まさに、人形と言うのが正しいかもしれない。人間らしさがどこにもなかった。
「...ッ、これがなんだって...とにかく!」
「ま、まあ!一旦話をさせて頂けませんか!!」
「...すぐに服を着て、ついてこい。すぐに追い出すからな。」
「はぁい。」
俺はこの行動を、本当に後悔している。
「で?話ってのはなんだ。くだらなかったら二秒で叩きだすからな。」
「えーと、つまり、そうですね」
「貴方は神に選ばれし人間なんです!」
「よぉしわかった、追い出してやる」
「待って、待ってください!!」
「くだらない事言うな。なんなんだ、お前。」
「天使です、天使!ほら、よく聞きませんか?」
「俺は無宗教で無神論者だ。」
「そ、そんなぁ...」
「で、でも!ほら、翼生やしたじゃないですか!」
「CGか何かだろ?その辺は詳しくないが。」
「機械も無しにそんな事できるわけないじゃないですか!!」
「どうでもいい。とにかく出ていけ。俺は今猛烈に機嫌が悪い。」
「わ、わかりました!証拠、ほら証拠見せますから!!」
そういうと、そいつの頭の上に輪っかが浮かんだ。よく見るやつだ。
「...おもちゃか?」
俺は、それを握ろうとした。どうせ、棒か何かでくっ付けて、俺を揶揄っているんだとそう思い込みながら。
スカッ。
手は空を切った。
「ほら、ね?掴めないでしょ?光なんですよ、これ!所謂神の権能です!」
「その天使様が何の用だ」
「アナタ、過去に類をみないほどの図太さですね。一応上位存在ですよ?」
「だから、どうでもいいんだって。」
「いいんですか、やろうと思えばいつでも...殺せちゃうんですよ?」
「なんだよ、脅しか?やってみろよ。天使は人間の味方なんじゃないのか。」
「う...いやあ...そうですけど...」
「何の用かを率直に言え、って言ってんだよ。」
「...はい。えーと、簡単に言いますと、ですね...」
「迷っちゃいました。」
「...は?」
俺は、今までにないほど、間抜けな声を出した。...この日だけで、いくつ今までにないを更新したことか。
「その...それで、お腹すいちゃって...」
「天ってのは空の上にあるんじゃないのか?飛べばいいだろ。馬鹿か。」
「飛べないんです、私!!落ちこぼれなんです!!!」
そいつは、机にいきなり突っ伏して泣き始めた。
びええ、と漫画かアニメか何かか?というくらいの面白い泣き方だった。
「...じゃあどうやって降りてきてるんだよ」
「グスッ、人間で言うポータルみたいなのが、各地にあるんです。主に、キリスト教やらの教会とかに。」
「...この辺に教会なんてないぞ?」
「だから迷っちゃったって言ってるじゃないですか!!」
泣き虫だ。
「じゃあなんで俺の家に突っ伏して寝てたんだよ。人が死んでんのかと思って心底肝が冷えたぞ」
「その...お腹が、減っちゃって...」
「俺の家...あっ」
俺は思い出した。
そういえば、俺の家の冷蔵庫には、俺がいつも作り置きしている料理がある。
...そして、今日。
窓を閉め忘れたらしい。
村仲 亮(ムラナカ リョウ)
23歳、男。
現代日本に住む、会社員のパンピー。
一応エリート寄りの、優秀な人間。
一人暮らしをしており、家事は粗方できるが若干抜けている節がある。
趣味はゲームと友達と飯に行くこと。
好物は唐揚げ、野菜ジュース
嫌いな物は辛い物。