中央トレセンは限られたウマ娘しか入学することができない狭き門だけど、トゥインクルシリーズで活躍できるのはそこからほんの一握りのウマ娘だ。
新入生は模擬レースなどを通してトレーナーにアピールし、自分の担当になるトレーナーを見つける必要がある。自分を担当するトレーナーは競技人生を左右する重要な要素。経験豊富で実績のあるトレーナーにスカウトされたいと思うのは、当然のことだった。
誰もがそう考える。ライバルは全国から集めれた精鋭達であり、すでに競争は始まっているのだ。トレーナーを逆指名できるような一部の強者を除けば、模擬レースで結果を残すことが正攻法となる。
私はスティルインラブの走りを見るために、その模擬レースにやってきた。本日最後の一本となるレースには、トゥインクルシリーズでデビューを目指すウマ娘達が揃っている。有力なウマ娘が多いからなのか、夕方になっても残っているトレーナーが大勢いた。
「ではトレーナーさん、見ていてくださいね」
「……まだ君のトレーナーじゃないけどね」
スティルインラブはわりと自信がありそうだった。ぱっと見だと他の子より優れている点は見当たらない。華奢で小柄だし、フィジカルは劣っている部類だろう。まあ見た目だと詳しいことはわからないけど。
レースに挑むウマ娘の面持ちは様々だ。わかりやすく緊張している子がいれば、余裕そうに笑顔を見せる子もいる。今にも倒れそうなくらい青い顔をしてる子も……まあ珍しいことじゃない。
私が周囲を観察しているうちにレースが始まった。コーナーが一つのシンプルなコースは、力量を試すには十分だ。教官の合図で一斉に走り出す。
「……え?」
私は最初、スティルインラブがフライングをしたのかと思った。ゲートがあるからそんなことは物理的に不可能だ。けれど、ぽつんと一人だけ飛び出した彼女を見て、インチキだと思った。
そのままの勢いでスティルインラブは先頭を突っ走っていく。まるで当たり前のように、恐ろしく合理的なフォームで。
「うっっま」
トレーナーの誰かが呟いた。驚くのはそのスピードじゃない。目を疑うような洗練された動きだ。模擬レースで勝つのは、基本的に一番速いウマ娘。距離が短いレースなのもあって、技量が低い新入生は必然的に単純な足の速さで勝負することになる。
ただそれは昔の話。今のトレセンには実家である程度研鑽を積んだウマ娘が入学してくる。基礎能力だけでゴリ押せていた時代は終わり、血統と英才教育に裏打ちされたエリートがゴロゴロやってくるのだ。
最近のウマ娘は新入生でもやたらレース慣れしている……らしい。私は最近のトレーナーなので実際に見てきたわけじゃないけど、昔よりレベルが上がっているのはわかる。
「あの5番……ぶっちぎりだな」
「嘘だろ、本当に新入生か……?」
見学していたトレーナー達がざわめきだす。それだけスティルインラブの走りは別格だった。コーナーを曲がる姿はどこのGⅠウマ娘だよって感じで、圧倒的な技量を見せつけていく。
「やっぱり、あの子は特別だったんだ……」
驚く、というよりは腑に落ちた感覚があった。スティルインラブがただ者じゃないことは、何となくわかっていたつもり。あの夜に感じた凄みは、そうじゃないと説明がつかないから。
目立って速いわけじゃないけど、ただひたすらに巧い。シニア級のウマ娘が憑依したかのような安定した走りで、スティルインラブは断トツ一位でゴールした。
レースを終えたスティルインラブを、すかさずトレーナー達が囲い込む。こういうのは早い者勝ちだからね。その中には実績のあるベテランも交じっていた。目ざといトレーナーは早々にスカウト合戦から離脱し、二番手のウマ娘に声を掛けている。
私はというと、その様子をぼーっと見ていた。スティルインラブはレースに勝利したにもかかわらず、特に嬉しそうな様子じゃない。レース中も淡々とした走りで彼女の感情が見える場面はなかった。
「じゃあ、なんで君は──」
なんで君は、私にそんな表情を向けるのかな。
スティルインラブが一目惚れだと言っていたこと、今ならその気持ちもわかるかもしれない。今度は私が、彼女の走りに惚れたのだ。
「……トレーナーさん、いかがでしたか」
息も切らさないスティルは、自分を囲むトレーナー達に丁寧に断りを入れてから、私の方に駆け寄ってくる。期待と不安が入り混じったような、とっても可愛らしい顔で。
「やっと……君が欲しいものがわかった気がする」
「……?」
理由はわからないけど、彼女が私を望んでいる。だったら私はその思いに応えようと思うのだ。