冒険姫リーベ 食堂の看板娘は絶望に沈む街の希望になるため冒険者へとジョブチェンジする   作:丘引みみず

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015 戦いの終わりに

 リーベは魔物の赤黒い血液が街路を浸していくのを呆然と見つめていた。するとふと、周囲が騒がしいのに気付く。

 

 振り向くとそこには観衆が集まっており、彼らは恐怖や畏怖と、なにより大きな好奇心を湛えた瞳をヘラクレーエの亡骸に向けている。

 

「あの坊主がやったのか?」

「剣持ってるし、そうだろうな」

「知ってるか? アイツ、ヴァールさんの弟子なんだってな」

 

 そんな会話がひそひそと響く中、その何倍もの大音量がうわさ話を蹴散らす。

 

「リーベ!」

 

 エルガーが観衆をかき分けながらやって来た。

 

「魔物が出たって聞いたが、まさかお前が襲われてたなんて……」

 

 そんなことを口にしつつ、熱心に娘の体を点検している。

 

「もう、お父さんたら……心配しすぎだよ…………」

「しすぎも何もあるか! お前は俺の娘なんだぞ!」

 

 怒鳴り声に彼女は華奢な肩を跳ね上げた。

 

「ご、ごめんなさ――」

 

 言い掛けた時、エルガーは娘を胸に抱き込んだ。

 

 するとリーベはその温もりに緊張の糸がぷつりと千切れ、泣き出した。

 

「お父さん……うう…………」

 

 彼は父親として、娘を慰めながらフロイデに目を向ける。

 

「お前には礼を言わねえとな、フロイデ」

「……う、ううん。ぼくの方こそ、助かった…………ありがと、リーベちゃん」

 

 その言葉にリーベは胸板から顔を離し、恩人を見やる。しかし、拭った側から涙が滲んできて、彼の顔がよく見えなかった。

 

「い、いえ。こちらこそ……ありがとうございます。フロイデさんって、強いんですね」

 

 再び指先で涙を拭うと、鮮明になった視界の中でフロイデが顔を赤くしていた。

 

「そ、そんなこと、ないよ……」

 

照れ屋な彼はスカーフと前髪を掴んで顔を背ける。

 

 その一方でエルガーが首を傾げる。

 

「ん? 助かったって……もしやリーベ! お前が戦ったんじゃ――」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」

 

 エルガーの事情を問う声は、ドスの利いた叫びにかき消された。3人が振り返ると、観衆が悲鳴を上げて左右に分かれる。そうして出来上がった人垣の合間をヴァールが猛然と駆け抜けてくる。それからやや遅れてフェアもやって来る。

 

 2人は共に武装していたが、エルガーは無手だった。彼には無手でも時間稼ぎが出来る技量があったのだ。

 

 そんな事情はさておき、ヴァールは魔物の死骸を見て、弟子を見て、小首を傾げる。

 

「ああん? どうしてフロイデが……まさかお前がやったんか?」

「ううん。ぼくと、リーベちゃんで」

 

 彼が答えた途端、観衆はざわざわと騒ぎ出した。そんな中、フェアが気を利かせて言う。

 

「……ひとまず、後始末は我々に任せて、おふたりはお戻りください」

 

 フェアの言葉にヴァールが続く。

 

「そうだな。さっさと帰って、シェーンを安心させてやれ」

 

 そう言ってグローブを付けた手でリーベの頭を撫でた。

 

「あー!」

 

 髪の毛を気にしていると、エルガーが言う。

 

「んじゃ、後は頼んだ――いくぞ」

「う、うん……」

 

 去り際、リーベは魔物の死骸を見つめていたフロイデに呼び掛ける。

 

「フロイデさん、本当にありがとうございました」

 

 

 

 

 黒く滲んだ空の下、魔導師が街灯に明かりを点けて回っている。そうして出来た青白い光の中、リーベとエルガーは肩を並べて歩く。

 

 現場を後にして以降、エルガーはむっつりと口を閉ざしていた。リーベはそこに怒りの感情があるのを悟った。しかし、弁明の言葉を発する事もできず、ただ緊張に押し黙るばかりだった。緊張を和らげようとしていると、エルガーがようやく口を開く。

 

「どうして魔物と戦ったんだ?」

「それは……フロイデさんが危なかったから……」

「だとしても、あの時お前のやるべきは、誰でもいいから冒険者を呼ぶことだ」

 

 元冒険者のの言葉であり、リーベの胸には確かな重みを持って響いた。だがそれでも、自分の選択が正しいという確信は揺るがなかった。

 

「で、でも! 本当に危ないところだったんだから!」

「結果論だ――じゃあ聞くが、お前の心配は全くの杞憂で、それどころか、余計な被害を招いたとしても同じ事が言えるか?」

「それは――」

 

 一蹴され、閉口させられた。

 

 どうにか言い返そうと考えを巡らせていると、エルガーは溜め息と共に続ける。

 

「冒険者の世界じゃ、仲間を見捨てることなんて当たり前だ。命あっての物種なんだからな」

 

 冒険者は死と隣り合わせである以上、合理的な決断が求められる。翻って、見捨てられる覚悟がある人が冒険者になるのだろう。だとすれば自分は、余計なことをしてしまったのかもしれない。

 

 そんな考えに苛まれていると、エルガーが実感の籠もった声を零す。

 

「……ディアンの右腕がないのは、俺を庇ったからだ」

「え」

「アイツは冒険者であることを誇りに思っていた……腕をなくしたとき、アイツがどれだけ絶望したことか…………救われておきながら俺は、お前にはそうなって欲しくねえんだ」

「お父さん……」

 

 長い腕が娘を包み込む。

 

「……無事で、良かった…………」

「お父さん………………ごめんなさい……」

 

 大きな手が後頭部を撫でる中、リーベの耳に、聞き馴染んだ心地よい声が響いてくる。

 

「リーベ!」

 

 父の胸板から顔を離し、振り向くとそこには母シェーンがいた。

 

「ああ……帰って来ないから心配したのよ!」

「ごめんなさい……」

「良いのよ、無事でいてくれればそれで――まあ! こんなボロボロになって」

 

 その言葉にリーベは視線を落とす。

 

 彼女の纏っていたライムグリーンのワンピースは擦過(さっか)でボロボロになり、砂と草で汚れ、見るに堪えない状態になっていた。

 

「ああ⁉ ……そんな…………」

 

 がっくしと肩を落とすと、エルガーが明るい調子で言う。 

 

「なあに。服なんてまた買えばいい――」

「良くないよ!」

 

 娘の大声に父は目を丸くした。

 

「……お誕生日プレゼントだったのに…………」

 

 服なんてこの世界にいくらでもあるが、誕生日の――しかも15歳の成人祝いにもらった服は世界にこの一着しかないのだ。それを思うとリーベは無性に悲しくなってきたのだった。

 

 だがエルガーにはその言葉がなによりも嬉しく感じられた。

 

「くう……! リーベっ!」

 

 娘の名を呼ぶと共に抱きしめる。

 

 しかし太い腕に締め上げられ、分厚い胸板に押しつけられる。その苦痛たるや、もはや抱擁の域にはなかった。

 

「うぐぐ……ぐ、ぐるじい…………!」

 

 リーベが腕を叩いて知らせるも、中々解放されない。微かに聞こえた母の警告も聞き入れられなかったため、彼女はしばらく苦痛に喘ぐこととなった。




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