冒険姫リーベ   作:丘引みみず

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第2章 絶望に沈む街
016 襲来の理由


 暗がりの中、ランプの明かりにダンクの黒い瞳が煌めく。今まで留守番をしていた彼はくりくりの瞳をジーっと飼い主に向け、構ってもらいたがっていた。

 

「ただいま、ダンク」

 

 いつも通り挨拶をしたその時、リーベはふと思った。

 

(もしかしたら……もう二度とダンクに会えなかったのかも……)

 

 そう思うとなんだか恐ろしくなってきて、リーベは汚れた格好であるにも関わらず、愛犬をギュッと抱きしめた。小さな体に対し大きな頭に鼻先を埋め、その存在を確かめている内、恐怖が再び胸に起こった。

 

 

 

 

 着替えを終え、ホールに下りて来ると、温かく仄かな酸味を纏った良い匂いがした。

 

「あ、トマト煮だ!」

「あら、わかっちゃった?」

 

 厨房でトマトソースを煮込んでいたシェーンが言う。

 

「今日はヴァールさんたちもいらしているからね。特別よ?」

「やったあ!」

 

 歓喜した途端、彼女の腹がぐううう……と鳴った。すると配膳を進めていたエルガーが大きな声で笑う。

 

「ははは! 喜ぶのも程々にしとかねえと、ぶっ倒れちまうぞ?」

「うう……そ、それより! おじさんたちまだ帰って来てないのに、出しちゃって大丈夫なの?」

「ん? ああ、俺の勘だとそろそろ帰って来る頃合いだな――ほら、ウワサをすれば」

「え?」

 

 リーベが振り返ったその時、ドアに()められたガラスに陰が映る。直後、カランとカウベルが鳴り響き、ヴァールが大きな体をねじ込むようにして入ってくる。

 

「ただいまー!」

 

 重低音が店内に木霊し、リーベはまるで太鼓の中にいるように感じた。

 

「おかえりなさい。今日はトマト煮だって」

「なに⁉ こりゃツイてるぜ!」

 

 ジュルリと舌なめずりする彼の脇をすり抜け、フェアとフロイデがやって来る。

 

「ただいま戻りました」

「…………た、ただいま?」

「おかえりなさい。もう手続きは終わったんですか?」

「ええ」

 

フェアは柔和に笑むが、直後、心配そうに目尻を落とした。

 

「先程は聞きそびれてしまいましたが、お怪我はありませんでしたか?」

「あ、はい。わたしは大丈夫です」

「それは良かった」

 

 彼が安堵の息をつく傍ら、リーベは命の恩人に尋ねる。

 

「フロイデさんこそ、大丈夫でしたか?」

「う、うん。かすり傷だけだった」

 

 リーベはフロイデが坂から転げ落ちて、捻挫とかをしているんじゃないかと心配していたが、それはまったく杞憂だった。ホッと胸を撫で下ろしていると、厨房の方から父の声がする。

 

「リーベ、お前も手伝ってくれ」

 

 今日は6人もいて、品数も多いのだ。1人では配膳に苦労するだろう。そう思ったリーベは父の応援に急いで向かおうとする。

 

「あ、はーい。それじゃ、席に着いて待っててください」

 

 そう言うと、フロイデが一歩、歩み出る。

 

「ぼ、ぼくも手伝う……よ?」

「ありがとうございます。でも、フロイデさんはお客さんなので」

 

 そう答えると、彼は残念そうに、そして恥ずかしそう俯いた。その様子にリーベは悪いことをした気分になったが、メリハリは大事だ。

 

「それじゃ、失礼します」

 

 リーベはつい接客時の口調になってしまった。

 

(職業病かな?)

 

 

 

 

 

 

食卓の上にはトマト煮を筆頭にエーアステ自慢の品々が並んでいて、昼食の時と同様にヴァールとフロイデがものすごい勢いで飛びつく。

 

「がつがつ……!」

「もっもっ……!」

 

 2人が一心不乱に掻き込むのを横目に、リーベはフェアに尋ねる。

 

「あの、なんで魔物が街に出たんですか?」

 

 彼女の問い掛けを受け、エルガーが食べる手を止め、弟子に目を向ける。

 

「それは(ひとえ)に、エサを取りに来たのでしょう」

 

 人を襲ったのだから当然の答えと言えるが、リーベはどうにも腑に落ちない。

 

「カラスが狩りをするんですか?」

「ええ。姿はカラスに似ていますが、あれは魔物であって、似て非なる存在です。それに、あの巨体を維持するとなると、狩りで大物を仕留めるほうが効率的なんです」

「あ、そっか……」

 

(魔物って意外と奥が深いんだな)

 

 リーベが感心する一方で、エルガーが疑問を呈する。

 

「だがアイツは人里を襲うようなヤツじゃねえだろ?」

「ええ。ですがこの時期は抱卵期(ほうらんき)ですので」

「抱卵期……なるほど、そういうことか」

 

 抱卵期とは親鳥が卵を温める期間であり、卵を温めるメスが活動出来ない期間でもある。だからその間オスの鳥はメスの分まで食料を集めようとするために必死なのだ。

 

「そっか……巣は?」

「報告によると、近郊の断崖にて営巣している様子が観測されています」

 

 フェアが予定を読み上げる秘書のように淡々と答えていく傍らで、口下にトマトソースをべったり付けたフロイデが補足する。

 

「……お腹に泥、ついてた」

 

 孫弟子の言葉にエルガーは得心した様子を見せる。

 

 ヘラクレーエは断崖に横穴を掘り、そこにメスを隠して抱卵させるのだ。その間、オスは餌を必死に集めるため、フロイデの言葉は先の報告を裏付ける形になった。

 

「なるほどな……だがそうなると、()()()()()()()()()()()()()()しんねえな」

 

 エルガーはスプーンを置き、腕を組んで呻り出す。それは彼が熟考するときの癖なのだ。

 

 そうして話が難解になっていき、リーベはついて行けなくなった。

 手持ち無沙汰になってトマト煮を食べ進めていると、母が上辺だけの笑みを貼り付けているのに気付く。その笑みの裏に『食事中にお仕事の話はほどほどにしてください』と書いてあった。

 

 それに気付いてしまった以上、話題を変えないといけない。しかしどう言ったものかと、リーベが考え倦ねていると、ヴァールが口を挟む。

 

「師匠、アンタはもう引退してるんだから、考えたって仕方ねえだろ?」

 

 言い方は乱暴だったが、その分、明快だった。

 

「あ、ああ……そうだったな…………」

 

 それまで難しそうな顔をしていたエルガーは考えることを放棄すると、トマト煮を一口食べた。するとほっこりした顔になって、その様子に妻子は穏やかな気持ちになるのだった。

 

 




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