一同が食後のお茶を愉しみながら他愛もないやり取りをしていると、時計が8時を告げた。
「あ、もうこんな時間か……んしょっと」
ヴァールが大きな体を持ち上げると、重量から解放された椅子が小さく軋んだ。
「えー、もう帰っちゃうの!」
「ガキは寝る時間だぞ?」
「ケチ~……それに、まだ冒険のお話を聞いてないよ」
「んなもん、別に今日じゃなくても良いだろ?」
その言葉にリーベは、『今日のおじさんはなんだか冷たい。機嫌でも悪いのだろうか?』と疑った。
「そうよリーベ。あまりヴァールさんを困らせないの」
シェーンの言葉に「え~」と漏らすと、エルガーが言う。
「そうだぞ。それにヴァールらは街に来たばかりなんだ。疲れも溜まってるだろうよ」
その言葉を肯定するように、フロイデが小さく欠伸をする。
「……くぁ~…………」
「ふふ、彼はもう限界のようです。それにリーベさんはお仕事が控えているでしょう?」
フェアに言われて思い出した。
明日は食堂の営業日なのだ。燥いでばかりはいられない。
楽しい一時から一転、日常を突きつけられてリーベは仕事が嫌というわけではないが憂鬱になった。
「はは! 明日はきっと、街の連中がうじゃうじゃくるぞ!」
ヴァールの言うとおり、平和な街に生きる人々は刺激に飢えている。
今頃、襲われたのがリーベだと知れ渡っているし、事のあらましを聞きだそうと人々が押し寄せて来るのは火を見るより明らかだ。
(……明日は忙しくなりそう)
「はあ……」
リーベが深々と溜め息をつく中、ヴァールは「うじゃうじゃ~」と愉快そうにはやし立てた。
「まったく、仕方のない人です」
相方の大人げなさにフェアは溜め息をつくと、表情を改め、エーアステ一家を見回す。
「せっかくの
「いいえ。賑やかな休日になってよかったですよ。ねえ、お父さん?」
「ああ。それにそんな畏まった挨拶するような間柄でもねえだろ?」
すると彼はくすりと、上品に笑んだ。
「ふふ、それもそうですね」
「フロイデくんも、またいつでもいらっしゃいね?」
「う、うん……」
彼は例の仕草ではにかんだ。
「それでは、私たちはこれで失礼致します」
「……ば、バイバイ」
「良い夢見ろよ!」
口々に別れを告げると冒険者3人は宿に帰って行った。
彼らは魔物の状勢が安定するまではテルドルにいるという話だが、お互いに仕事がある以上、会える機会など、あって3回くらいだろう。そう思うとリーベは寂しくなってくるが、これ以上憂鬱になってたまるかと持ち直した。
大きく伸びをすると、リーベは提案する。
「お風呂行こ」
「その前に片付けをしないとね」
母に言われてテーブルを見る。そこには生活感漂う皿の海が広がっていた。
「うわ……」
「なあに、3人でやればすぐに終わるさ」
エルガーはそう言ってリーベの背中を叩いた。
「ほら、俺は皿洗い。お前は皿拭きだ。いくぞ」
「は~い……」
彼が厨房へ歩みを進める中、シェーンがくすっと笑うのがホールに響いた。
リーベは日課の全てを消化し、あとは眠るだけとなった。
ようやく迎えた癒やしの
暗闇の中、彼女はダンクの頭頂の匂いを嗅ぎながら、一緒に夢の世界へと旅立とうとした。しかし待てども待てども眠気が来ない。それに、妙に落ち着かない。
このざわめきの正体はなにか。
そう考えた時、真っ先に思い当たったのはあの魔物のことだ。
紺色の巨体に、釘を巨大化したようなくちばしを持つカラスの魔物。
(あんなのが街の中に出るなんて、しかもわたしが襲われるなんて……)
エルガーは時々、『街中だから安全とはかぎらねえんだぞ』と言っていたが、それは脅しでも何でもなかったのだ。
「…………」
リーベはあの恐ろしい魔物の姿を思い起こす。
カラスがぴょこぴょこ移動している姿は街中でも見られるが、アレはそれと比較にならないまでに大きく凄まじい。たった一度の跳躍で4メートルほど移動していた。
(アリから見た人間もこんな感じなのかな?)
『クアアアッ!』
カラス特有の哀愁を感じさせる鳴き声であったが、反面、獲物としての自覚を植え付けられるような悍ましい響きを持っていた。
「うう……!」
ぞわりと悪寒が走る。
あんな恐ろしい存在を相手に大立ち回りできるなんてと、リーベはフロイデを見直した。
彼は『倒したい魔物がいる』と語っていたが、そのために身につけたものが今日、彼女の前で発揮されたのだ。
その事実にリーベは深く感心していると、ふと疑問に思った。
(……フロイデさんは倒したい魔物がいるって言っていたけれど、冒険者はみんな、大きな目的のために戦ってるのかな?)
あんな恐ろしい目に遭うのだ。誰もが相応の目的を掲げているに違いない。そう考えて今まで出会った冒険者たちのことを思い出すも、彼らの動機など聞いたことがなかった。
だから想像することしか出来ないのだが、彼女の平凡な想像力では金や名誉のためとしか思い浮かばなかった。
「……お父さんはどうなんだろう?」
思えば今まで聞いたことがなかった。聞く機会なんていくらでもあっただろうに、どうして知らないでいたのだろうかと彼女は不思議がった。
「うーん……」
思考を深めようとダンクに顔を埋めると、木を細工して作った鼻先にゴリっとなった。
(いたた……)
「ダンクはどう思う?」
「…………」
「わからないか……わたしもわからないんだ」
父がどうして冒険者になったのか、気になって仕方ないが、ダンクと知恵を出し合っても答えは出てこない。こうなっては悩んでいても仕方ない。
そう結論づけた時、彼女の頭はぼやけてきて、程なくして眠りに落ちた。