冒険姫リーベ ~英雄の娘だけど料理人になりたい。でも街が絶望したので冒険者になります~   作:丘引みみず

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023 喪った痛み

 気が付けば、朝だった。しかし鳥の声は聞こえず、代わりにパタパタと雨が降る音が響いている。僅かに湿気った空気を胸に取り込むと、彼女はなんだか物悲しい気分になってきた。

「……スーザンさん」

 呟くと、それに呼応するかのようにお腹が間抜けな音を立てた。

「………………最低だ」

 親しい人が亡くなったというのに、自分はなんて呑気なのだろう。

 そんな自己嫌悪に苛まれていると、ノックする音が響く。コンコンという、温かくて優しい音だ。

「……どうぞ」

 入ってきたのはシェーンだった。

 白い肌はいつも以上に白く、緑の瞳は儚げに潤んでいる。その様子から満足に睡眠を取れていないことがわかった。そんな彼女は憔悴した印象を助長するかのように、緩慢な動作で歩み寄る。

「調子はどうかしら?」

「うん……まあ…………」

 答え倦ねていると、母は察してくれた。

「そう……でも、ご飯を食べないと、気が滅入ってしまうわよ?」

 母は気を遣ってくれていた。

 その事実にリーベはいい加減、元気を出さないとという気になった……いや、心情なんて関係なくて、昨日は単に疲れていただけなのかもしれない。だがいずれにせよ、今彼女がするべきことは、昨日の非礼を詫び、いつもの生活に戻ることだけだった。

「お母さん……昨日はその、ごめんなさい……」

「リーベ……謝らないで」

 シェーンはそっと娘を抱きしめた。娘はその温もりに身を委ねていると涙腺が緩み、涙が溢れてくる。

「……ごめんなさい……お母さんの気持ちも考えないで…………!」

「良いのよ……辛かったんでしょう」

その言葉と共にトントンと優しく背中を叩かれると、リーベが抑えていた感情が急速に膨れ上がっていく。

 スーザンは良き隣人だった。快活で裏表がなく、接していて非常に清々しい気持ちになれる人だった。商売の面でも、刃物関連のことでよく世話になっていた。エーアステがここまで繁盛しているのも、彼女の力添えがあったからに他ならない。

 そう。エーアステ一家にとって、スーザンは良き隣人であり、友であり、相棒でもあったのだ。

 そんな彼女はもういない。一生会えないのだ。

「う……うわああああん!」

 

 しばらくして落ち着くと、リーベは身に着けたままだったエプロンをベッドに脱ぎ捨て、母と共にホールに下りた。

 多数の席で椅子が上がっている中、ただ一つだけ、椅子が下りていた。その変わりに食事が用意されていたのだが、何故か二人分しかない。

「あれ? お父さんは?」

座りながら問い掛けると、シェーンは苦々しい顔をした。

「……ギルドに行ったわよ」

「ギルド? こんな朝から?」

「今日は臨時休業だから起こさなかったけど、もうお昼過ぎよ」

「え?」

 壁に掛けられた時計を見やると、短針が右側へ傾きつつあった。

「…………」

 情けない事実にリーベは自分が嫌になった。もしここに母がいなければ、自分の頭をポカポカ殴っていたことだろう。 

「それってやっぱり……」

 気を取り直して問い掛ける。

「ええ……短い間に二度も魔物が来たでしょ? だから騎士団と共同で、今の態勢を見直すから知恵を借りたいって」

 シェーンは妻として夫にギルドと関わって欲しくなかったのだが、それがみんなのためになるならと、我慢していた。リーベはそれと自分を比較して、昨日の自分がどれだけ身勝手だったか思い知った。だがいつまでもクヨクヨはしていられず、気を改めた。

「それより、冷めないうちにいただきましょ?」

「……うん。そうだね――いただきます」

 二人だけの昼食は物寂しく、ひっそりと静まり返った食堂には食器の打つかる音と、雨が街路を叩く音だけが虚しく響いていた。

 

食事が終わるとシェーンは『今日はゆっくりしてて良いわよ』と言った。しかしリーベは何かをしていないとまた落ち込んでしまいそうで、彼女は母と共に家事を行うことにした。

 幸い時間はたっぷりとある。だから普段できないところまで徹底的に掃除してやろうと思ったた。

 掃除をやるときは上からやるのが鉄則であり、二階以上を任されたリーベは屋根裏部屋から取りかかることにした。

 以前は魔物の素材が散乱していた屋根裏部屋だが、今や綺麗に片付いている――もっとも、エルガーが捨てがたい品はいくつか残っているが。

 彼は片付けはしたが掃除はしていなくて、あちこちにホコリが積もっている。

 これはやりがいがありそうだとリーベは袖を捲った。

「んしょっと」

 移動できるものは部屋から出すと桶に水を張った。はたきでホコリを落としてから、固く絞ったモップで拭き上げていく。

「…………」

掃除とは黙々とこなすものであり、それに従って掃除を進めていたわけだが……やはりというべきか、一人である事を実感すると途端に悲しくなってくる。

「……スーザンさん…………」

 

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