冒険姫リーベ ~英雄の娘、希望を継ぐため夢を捨て冒険者となる~   作:丘引みみず

33 / 58
第4章 新米冒険者リーベ
033 冒険の始まり


 リーベが冒険者登録した翌日。食堂エーアステはスーザンが亡くなって以来の賑わいを見せていた。

 

「リーベちゃん! 冒険者になるって本当なんかい?」

 

 ウワサ好きなサラ婦人がふくよかな顔をずいと寄せて問い掛ける。彼女だけじゃない。周りの客は皆がリーベに注目していた。

 

「ええと……」

「どうなんだい!」

「ほ、本当です……」

 

 仰け反りつつ答えると、周囲がドッと湧いた。

 

「ははは! エルガーさんの娘が冒険者になるなんてねえ! これでようやく、安心して眠れるよ!」

「そ、そんな……大げさですよ」

 

 大げさでも何でも、街の人が元気を出してくれれば、それが本望なのだが、つい謙遜してしまう。

 

「そんなことねえぞ」

 

 別の男性が言う。

 

「なんたって俺たちの英雄の娘なんだからな! きっと才能の塊だよ」

 

 そうだそうだ、と同調する声が多数上がる中、リーベは一緒に給仕をしている父に助けを求める。

 

「お、お父さんからもなんか言ってよ」

 

 するとエルガーに視線が集まる。その視線は昂揚したものであり、まるで余興でも観るかのようだ。

 

 エルガーはそんなノリに乗じて仰々しく咳払いをして答える。

 

「あー、お前ら。期待するなとは言わねえが、コイツはこんな細い娘だし、第一魔法使いなんだ。それを分かった上でだな――」

「えー! リーベちゃんは魔法使いなのかい?」

「ダニエルは剣士だって言ってたぞ!」

 

 エルガーの言葉は流れていってしまった。

 

「……ま、魔法使いです……」

 

 リーベが断言すると場は多少の落ち着きを見せた。中には溜め息をつく人の姿も……

 

(やっぱり、わたしは剣士になる事を求められていたんだ……)

 

 そう実感する一方で、期待がすぼんだことに安堵している自分がいた。

 

 父と同じだけの活躍を期待されるのは酷と言うにもほどがある。目標を低く持つつもりはないが、リーベはリーベである。彼女なりに、自分にできるだけのことを精一杯やって、それが街の人々の安心に繋がってくれればそれでいいのだ。

 

 

 

 

 

 波乱のランチタイムを凌ぐと、リーベはもの凄い疲労感に襲われた。

 

「ふう……こんなに疲れたのはいつぶりだろう」

 

 表の札を『準備中』に変えた彼女は、懐かしい感覚に独り言ちた。

 

「前に戻っただけなんだが、妙な感じだな」

「ほんと~……」

 

 それだけ忙しい日々が常態化していたと言うことで、それはそれでどうなのだろうとリーベとエルガーは疑問に思った。

 

 そんな贅沢な疑問はともあれ、父子は疲れを絞り出そうと伸びをした。その最中、厨房からシェーンがやって来る。

 

「ふふ、でも忙しいってことは、それだけお客さんがあなたに注目してくれているってことよ?」

 

母の言葉に、リーベは期待の籠もった眼差しの数々を思い出す。一つであれば胸をくすぐるだけであったろうが、あんな束になって向けられると重圧以外の何物でもない。

 

「うう……思い出したら緊張してきた…………」

「はは! 『みんなの希望』になれたんだから良いじゃねえか?」

 

 エルガーはニヤニヤと、一番弟子のような意地悪な笑みを向ける。

 

「もー! 揶揄わないでよ!」

「揶揄ってねえさ! ……誇らしいんだよ」

 

 そう言って娘の頭に手を置いた。

 

「お父さん……?」

「ディアンが言ってたんだ。『英雄に求められるのは腕だけじゃない』ってな」

 

 エルガーはほんの半月までディアン作の『断罪の時』が飾られていた場所を見つめる。

 

「武勇で優れることじゃない。身近で活躍していることじゃない。ただ純粋に、希望であればいいんだ。『あの人が頑張ってくれているから大丈夫』ってな具合にな?」

 

 向き直ったその顔は、雨上がりの空のような、清々しい表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ヴァールたちが冒険から帰還して、リーベを迎えに来たその瞬間からの冒険者活動は始まるのだ。だから彼女は日を重ねるごとに度を増してそわそわとしていたが、彼らは中々やって来ない。

 

 早く冒険に出たいと言う思いと、食堂の仕事を続けたいという思い。

 

 相反する2つの事柄に煩悶(はんもん)としている内に時間は流れ去り、遂にその時が訪れた。

 

「邪魔するぜ」

 

 ヴァールがドア枠に上体をねじ込みながら言う。続いてフェアとフロイデが屋内に入ってきた。彼らはいつもと違い、妙に余所余所しい雰囲気を醸しており、今日この瞬間が如何に特別であるのかを物語っていた。

 

「おじさん……」

「よう、迎えに来たぜ」

 

 彼はその大きな顔をリーベの両親であるエルガーとシェーンへ向ける。

 

「これからは俺たちの都合でリーベを連れ回すが、本当に良いんだな?」

 

 その問い掛けに両親は揃って閉口し、悲しげな目を娘に向ける。その儚い煌めきにリーベは胸が苦しくなって、目には涙が滲んできた。

 

「わ、わたし……」

 

 食堂への未練が急速に膨らんでいき、彼女の胸を押しつぶそうとする……だが、それでもリーベは象徴的な存在になりたいと思っていた。街の人々を励まして、安心させてあげられる……そんな冒険者になりたかったのだ。

 

そのためにはまず、両親を安心させてあげないといけない。

 

 彼女は(すぼ)まろうとする唇を吊り上げ、笑みを作って見せる。

 

「――っ」

 

 エルガーは下唇を噛んで、シェーンは顔を覆った。

 

「……リーベを頼む…………!」

「ああ、任された」

 

 師弟は拳を突き合わせるとリーベを見る。

 

「頑張れよ、リーベ」

「うん……!」

 

 母へ目を向けると、涙ぐんだまま両手を広げた。リーベがその腕に収まると、震えた声が耳元にか細く響く。

 

「……お店の心配ならしなくていいから。あなたは、あなたのやるべきことを頑張りなさい……いいわね?」

「……うん。わたし、頑張るよ……!」

 

 強く抱擁を交わし……体を離すとリーベは2人を。そしてホールを見渡した。

 

 彼女の家であり、職場である。今まで、いろんな事があった。

 失敗したこともあったし、怖い客に当たったこともあった。でも、辛いことの何倍もの素敵な出来事があった。そのどれもが愛おしくて、他の何にも代えがたい思い出だった。

 

 そしてリーベは今日、この時を以て、この食堂を卒業するのだ。

 

「…………」

 

 ひょっとしたら何かの形で携わることもあるのかもしれない。だから別れは言わなかったが、それでも尚、寂しさが胸を圧していた。

 

「……っ!」

 

 リーベは思いを振り払って、新たな仲間たちに向き合う。

 

「……よろしくお願いします!」

 

 頭を下げると、3人は口々に彼女を歓迎してくれた。

 

「おう!」

「こちらこそ」

「……よろしく」

 

 ヴァールはドアの方を親指で指すという。

 

「これから鍛練に出るから、お前も来い」

「うん……!」

 

 短く答えるとリーベは2階に駆け上がり、慌ただしく身支度を整えてきた。

 

「中々サマになってるじゃねえか」

「よくお似合いです」

 

 彼女の冒険服姿を見るや、ヴァールとフェアは口々に褒めた。

 

「ふふ、ありがと」

 

 最後に両親の方を見る。

 

「それじゃ、行ってきます!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。