冒険姫リーベ ~英雄の娘は絶望の中に希望を灯す~   作:丘引みみず

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045 休むのも仕事の内

「ただいまー」

 

 リーベが厨房で働く母に呼び掛けると、シェーンは目線は手元に向けたまま「おかえりなさい」と返す。ピークタイムと言う事もあり、早回しの言葉に忙しさが表れていた。

 

「着替えたら手伝うから――」

「リーベはお仕事終えてきたばかりなんだから、ゆっくりしてていいわよ?」

「で、でも……」

「休む事も仕事の内よ? 手が空いたらあなたのご飯を用意するから、今のうち汗を流していらっしゃい」

 

 両親が働いている中、呑気に入浴するというのは若干気が引けたが、母の言うとおり、休むのも仕事の内なのだ。明日も訓練を頑張るために今はゆっくりしようと、リーベは割り切った。

 

「……わかった。でも、人手が欲しいときは言ってね?」

「ありがとう。その時はお願いね」

 

 会話する間にも料理を仕上げてカウンターに置き、ホールで働く夫に呼び掛ける。

 

「これ5番さんね」

「あいよ」

 

 両親の短いやり取りに後ろ髪を引かれる思いだったが、母の厚意を()んでホールを後にした。

 

 そうして自室にやって来ると愛犬ダンクが出迎えてくれる。

 

 彼のアプリコットの体毛が夕日を受けて赤毛っぽくなっていた。これまた可愛らしいとリーベは微笑んだ。

 

「ただいま、ダンク」

 

 帰宅の挨拶をしつつ、スタッフを壁に立て掛け、装備を解いた。

 

 それから父に教わったとおり、柔らかく乾いた布で防具を拭き、日の当たらないところに置く。

 

「これでよしっと。あとはお風呂~」

 

 入浴が楽しみでつい鼻歌を口ずさんでしまう。その途中でダンクが構って欲しそうに飼い主を見上げているのに気付いたが、生憎と彼女は今、汗だくなのだ。

 

「ごめんね、今わたし汚いから」

 

 自分で言いっておきながら、乙女心が傷付いた。

 

「わたし、汚いんだ……」 

 

 それはそうと、着替えと入浴セットを持って裏口から外に出る。

 

 空は黒く染まりつつあるが、街灯のお陰で街路は明るく、人通りも多い。通行人の中にはリーベのように着替えと入浴セットを手にしている人がいる。彼ら彼女らが風呂屋へ向おうとしているのは明白だ。

 

 リーベはいつもはもっと遅い時間に入浴に行ってるから知らないが、この時間帯は混雑しているのだ。誰もがそうであるように、リーベもまた、風呂は脚を伸ばしてゆったりと浸かっていたい。

 

 時間を置いて出直そうかとも思ったが、体がべたつく不快感の方が勝った。

 

 仕方ないと溜め息をつき、風呂屋へと向う。

 

 

 

 

 

 

「はあ……温かい」

 

 もうもうと湯気を立てる湯を右手で掬い、左肩から指先に渡って掛ける。それを左右交互に繰り返していると疲れが溶け出すようで、陶然(とうぜん)とした心地に包まれた。

 

「ふう…………」

 

 深く息を吐き出しながら肩まで湯に浸かろうとすると、つま先が前に座っていた婦人に当たってしまった。女湯は早い時間に混雑する傾向にあり、今はまさにピークだった。そのことをつい忘れていたと反省しつつ、詫びる。

 

「あ、ごめんなさい」

「いいのいいの」

 

 鷹揚な言葉と共に振り返ったのはサラ婦人だった。

 

「あら、リーベちゃんじゃない! こんな早い時間に珍しいわね」

「あ、サラさん。……実はわたし、冒険者になったんですけど――」

「知ってるわ。……もしかして、ディナーの手伝いはしなくていいって?」

「そうなんです。『休むのも仕事の内よ』って言われちゃって……」

 

 するとサラは笑った。その声が濃密な湯気の中で反響し、男湯から響いてくる声にも負けないくらい大きなものとなった。そのために周囲の視線が集まるものの、サラは口を押さえて恥じらう様子を見せず、至って平然としていた。

 

「そりゃそうよね。なんたって冒険者は体が全てだもんね」

「はい……でも、お母さんもお父さんも働いてるのに、わたしだけ休むのはなんかなあって」

「はは! リーベちゃんはシェーンちゃんに似て働き者ね!」

 

 母に似ていると言われるのはリーベにとっては最上級の褒め言葉だった。

 

「ありがとうございます……」

 

 照れ臭くて俯いていると、サラは冗談めかして言う。

 

「働き者なら尚更『休む』って仕事をしないといけないよ?」

「あ……ふふ、そうですね」

 

 リーベは小さな波紋が幾つも広がっていくのを見下ろしつつ、思うままに言う。

 

「サラさんには敵いません」

「そりゃそうさ! あたしは言葉巧みにウワサの真相を聞き出すのが生きがいなんだからね!」

「はは……程々にしてくださいね?」

「あいよ」

 

 そう言ったのも束の間、サラは好奇心を(たぎ)らせた瞳をずいと寄せてくる。

 

「それでそれで! 冒険者としての初仕事はいつなんだい?」

 

 その問い掛けにリーベは方々から視線が集まるのを感じた。その期待感に。その圧に。彼女は思わず仰け反ってしまうのだった。

 

「ま、まだ決まってませんよ……?」

「なんだ……じゃあ今日は何をやってきたんだい?」

「魔法の練習です。最低限覚えておかないといけないのがあるみたいで」

「そうなんかい? ヴァールさんたちも一緒なんだから、別にいい気もするがね」

 

 サラは退屈そうに鼻を鳴らしながら立ち上がった。

 

「あたしゃ、お先に失礼するよ。リーベちゃんも、のぼせない内に上がりなよ?」 

「あ、はい。おやすみなさい」

「ああ、おやすみなさい」

 

 婦人を見送るとリーベは肩にお湯を掛けた。

 

 濃霧のように立ち上る湯気を見上げながら、彼女は初めての冒険に思いを馳せる。

 

(わたしの初任務……一体何と戦うんだろう?)

 

「ううむ……」

 

 思いを巡らす内、頭がボーッとしてきた。

 

(いけないいけない、このままじゃのぼせちゃう!)

 

「よっこいしょっと……」

 

 湯船を上がると自前の入浴セットを抱えて脱衣所に向った。

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