冒険姫リーベ ~英雄の娘は絶望の中に希望を灯す~   作:丘引みみず

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050 初任務

 ヴァールの脅迫にげっそりしている間に受付にやって来ていた。

 

「あ、ヴァールさん。もしかして、リーベちゃんの初仕事ですか?」

 

 受付嬢のサリーが期待を浮かべて問い掛ける。

 

「まあな」

 

 ヴァールが鼻を鳴らしてリーベを見ると、サリーの碧眼(へきがん)が彼女を映す。気の弱そうな垂れ目は次第に歪み、その心情を雄弁に伝えてくる。

 

「具合でも悪いの?」

「うう……」

「はは! 虫けらがダメだって言うから克服させてやるって言ったんだよ」

「ああ、そういう事ですか……」

 

 サリーは『ご愁傷様です』とばかりに瞑目した。

 

 その様子にリーベは酷くがっかりさせられたが、同時に諦めがついた。

 

 彼女は今や冒険者なのだから、カエルだとか虫だとかを恐れているようでは話にならない。それに、虫を怖がってるなんて知られたら、街の人々は失望してしまうだろう。

 

 テルドルの希望になるためにはまず、彼女自身が恐怖を克服しなければならないのだ。

 

「その意気だ」

 

 彼女の心を見透かしたように、ヴァールが言う。

 

 振り仰ぐと、その視線はすでにサリーの方へ向けられていた。

 

「それよか、とっとと済ませちまおうぜ?」

 

 言われてハッとしたリーベは依頼書を受付嬢に差し出す。

 

「お願いします」

 

 するとサリーは仕事モードになり、丁重な手つきで依頼書を受け取った。

 

「承ります――ラソラナの討伐ですね」

 

 そう口にしながらも彼女は別の用紙を取り出し、手早く記入していく。端整な文字が用紙の上方にある欄を埋めたとき、彼女は顔を上げた。

 

「今回、参加するのはおふたりだけですか?」

「いや。フェアとフロイデも一緒だ」

 

 ヴァールは自分のものと彼らのものと、計3枚の冒険者カードを提示する。

 

「ほら、お前も」

「あ、うん――お願いします」

 

 リーベもまた、冒険者カードを提示した。

 

「拝見します」

 

 カードを確認し、用紙の方に氏名と等級などを書き写していく。

 

 程なくして記入が終わり、カードと依頼書が返却される。

 

「最後になりますが、こちらに署名をお願いします」

 

 そんな言葉と共に新たな用紙を差し出す。

 

 用紙にはギルドの備品を貸し出すに当たっての諸注意や遵守事項が記されていて、それを黙読すると、ヴァールは下方に大きく取られた空欄に署名した。

 

「ありがとうございます。それではこちらをお受け取り下さい」

 

 差し出されたのは手の平サイズの小箱だった。革張りで頑丈そうなそれは天板に金属板を取り付けられていて、そこには識別番号と共に『アデライド』の文字が刻まれていた。

 

「あの、これは?」

「こちらは『友呼びの笛』です」

「友呼びの笛っ⁉」

 

 その名を聞いた途端、リーベは嬉しくなってつい大きな声を出してしまった。ハッと口下を押さえると、サリーは微笑ましげに口角を上げていた。

 

「ふふ。そういえばリーベちゃん。アレを間近で見てみたいって言ってたよね?」

 

いつか彼女がエーアステを訪れた時のことだ。

 

「はい! ああ……まさかこんなすぐに叶うなんて…………」

 

 うっとりと溜め息をつくと、ヴァールがイガグリ頭をボリボリ掻いた。

 

「まさかお前、それが目的で冒険者になったんじゃねえだろうな?」

「そ、そんなわけないよ!」

「はは、どうだか」

 

 笑いつつ彼は小箱を空けて中身を確かめた。リーベは大いに興味を惹かれ、橫からつま先立ちになって覗き込む。

 

 小箱の中にはそこには中指サイズの、牙型の笛があった。

 

 象牙(ぞうげ)色で、非光沢で、サラサラしている。その特徴から本物の牙を加工したものだとリーベは悟った。

 

「これが……」

 

 手を伸ばそうとした時、蓋が閉じられる。

 

「あー」

「そう物欲しそうな顔すんなよ。お前に吹かせてやるからよ」

「え、ほんとお!」

 

 ハッと口を塞ぐとサリーがクスクス笑うのが聞こえて来た。

 

「まったく、いつまでもガキだから仕方ねえ――んじゃ、借りてくぜ」

 

 ヴァールは友呼びの笛を腰のポーチに押し込んだ。

 

「手続きは終わりか?」

「はい。無事の帰還を心よりお祈り申し上げます」

 

 彼女の口上には真心が籠もっていた。

 

 それは彼女の眉が垂れていること、下唇を噛んでいることからもわかる。

 

「……リーベちゃん。ちゃんと帰ってきてね」

 

 サリーは受付嬢として送り出してきた者たちが無事でなかったという経験も少なからずあるのだ。そこにまだ若い少女が含まれるだなんて、恐ろしくて仕方がないのだ。

 

 リーベは彼女の健気な思いを酌み取ると、その名を噛みしめるように呼んだ。

 

「サリーさん……」

 

 リーベは涙腺を激しく痛めながらも、誓うように答える。

 

「必ず、無事で帰ります……!」

 




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