冒険姫リーベ ~英雄の娘、希望を継ぐため最強冒険者の弟子となる~   作:丘引みみず

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066 敵を知ること

「はあ……酷い目に遭った……」

 

 着替えを済ませて戻ると、ヴァールは「避けないからああなるんだぞ?」とやや厳しい口調で訓戒した。それにフェアが続く。

 

「今回はクサバミが相手だったので無傷で済みましたが、これが他の魔物であったならばこうはいきません。魔物を相手にするときは攻撃よりも回避を優先してください。良いですね?」

「は、はい……ごめんなさい」

 

 2人の言いたいことはわかるが、恥ずかしい思いをしたこともあって素直に受け止められなかった。しかしそれを表に出して2人を困らせるのは筋違いだろうということで、彼女は不満を呑み込んで、フェアにローブを返却する。

 

「あの、ローブありがとうございました」

 

 ローブはウールは特殊な素材で編まれており、クサバミの体液に触れても無事だった。

 

「すみません。少し汚れちゃったんですけど……」

「構いませんよ」

 

 彼は微笑むとローブを折って畳んでリュックの上に置いた。

 

「……はあ…………」 

 

 溜め息をついたとき、視界の隅にフロイデが映った。彼は鼻に詰め物をしており、それは鼻血で真っ赤に染まっていた。

 

「……フロイデさん。さっきのは忘れてくださいね?」

「ふん、ははっは……(うん、わかった……)」

 

 鼻が塞がっているせいで、下手な吹奏のようにマヌケな声になっていた。その力ない響きと、なにより恍惚と潤んだ瞳が、彼の意識が未だ過去にある事を物語っていた。こうなればもう、彼の記憶の抹消は諦め、彼女の方がこの恥ずかしい体験を忘れるより他になかった。

 

「……はあ」

 

 リーベは溜め息をつくとフェアからスタッフを受け取った。

 

「訓練に戻っても良いですか?」

「その前に一つ、見ていただきたいものがあるんです」

 

 なんだろうかと首を傾げていると、ヴァールがクサバミの核を差し出す。

 

「見ろ。スライムの中ってこうなってんだぞ」

「どれどれ……」

 

 スライムの核は、胡桃の殻のような外殻に無数のヒダを詰め込んだような造りをしていて、気色悪いことこの上なかった。

 

「うきゃあ! なにこれ、気持ち悪い!」

 

 溜まらず顔を背けると、フェアが凄く良い笑顔をしているのに気付いた。

 

「スライムとは不思議な生き物でしてね、とある研究では生きた状態で核を摘出し、30分後に戻したところ、体は粘性を取り戻し、活動を再開したと言います。また、他の研究では別の個体と核を取り替えたところ、普通に動き出したらしいのです。これらの事実からスライムの体とは、我々のように命に直結しているものではなく、あくまで副次的な存在であることがわかります。その神秘は底知れず、今なお研究が続いていますが、果たして私たちの生きていられる内に全てが明らかになるのか――」

 

 その後も彼のうんちくは止まらず、リーベはあんぐりとさせられた。

 

「こいつはスライムオタクなんだ」

「……知らなかった」

 

 リーベはフェアと知り合ってから長いが、全然知らなかった。

 

 今まで知らないでいた一面を知れるというのも、行動を共にしているためだろが、正直なところ、こんな奇妙な趣味をしているなんて知りたくなかった。

 

 なんとも言えぬ不思議な心地に包まれていると、彼は恐ろしいこと口走る。

 

「先程リーベさんが倒した個体からは新鮮なスライムゼリーが採れましたのでね、これでより上質な薬が精製できますよ」

「…………」

 

 リーベが声にならない悲鳴を上げる傍ら、ヴァールは逃げ出すようにフロイデを連れて訓練に戻っていった。

 

「……あの、わたしたちも訓練に戻りませんか?」

 

「おっと、そうですね。見ていますので、どうぞ再開してください」

 

 その言葉を聞いたリーベはオモチャを前にした猫のように無我夢中に訓練に取り組んだ。

 

 師匠の口から出た恐ろしい言葉を忘れるために。

 

 

 

 

 

 夕食の席にて、リーベは今日の出来事を語っていた。

 

「今日ね、クサバミスライムと戦ったんだよ」

 

 娘の報告にエルガーは然して驚いた風も無く、「へえ、1人でか?」と問い返す。肯定するとそのまま「勝ったか?」と問いを重ねる。

 

「勝った……?」

 

(アレは勝ったって言えるのかな? それに……)

 

 苦い記憶が蘇ってきたため、リーベはそれを振り払うように大きな声で答える。

 

「勝ったよ! ボコボコにしたんだから!」

「はは! そうか! さすが俺の娘だ!」

 

 気を良くしたエルガーは娘の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

 リーベは頭を撫でられるのは好きだったが、髪型が乱れるのが困りものだ。

 

「もお、髪型崩れるからやめてよ」

「あとは寝るだけなんだし、別に良いだろ」

「むう……確かに」

 

 そんなやり取りをしていると母シェーンがくすりと笑う。

 

「でも1人で魔物を倒しちゃうなんて凄いわね」

「ふふん! わたしだってお父さんの娘なんだから、このくらい当然だよ!」

 

 胸を張ると父は陽気に笑って再び頭を撫でてきた。

 

「わっ! 髪が!」

「どうせ寝るだけなんだからいいだろ?」

「……確かに」

 

 同じ会話を繰り返しているのに気付くと、リーベら一家は笑った。

 

 

 

 

 両親が入浴に向かう中、リーベは食事の後片付けをして、本日の日課は終わりとなった。このまま眠ってしまっても良いのだが、彼女は眠る前に、今日戦ったクサバミスライムの生態について勉強することにした。

 

 机上の隅にダンクを座らせ、彼に魔法のランプを抱えさせる。それから図鑑を開くと、青白い光に照らされて煌めく活字を目で追った。

 

「クサバミ……クサバミ……あった」

 

 真っ先に目に付いたのは挿絵だった。

 

 スライムなんて丸を2つで描けそうに思えたが、これを描いた者は陰影を付けたり、周囲に草花を生やしてみたりしてこの生き物を表現していた。

 

 それを見た彼女は、果たして他のスライムとどう描き分けられているのか気になったが、それはまた別の機会にだ。

 

「ええと、『クサバミスライム……第六級危険種』か」

 

(やっぱり六級か……なのにわたし、あんなに燥いじゃって……)

 

 恥ずかしくなってくるが、勝利したことに変わりはないのだ。誇って何が悪い。そう開き直ったリーベはそのまま、解説を小声で音読する。

 

「『その名の通り草葉を食むスライム。食料が潤沢にある事から個体数が最も多く、放置していると一帯を荒れ地にしてしまうことがある。故に冒険者諸君にはこれを見つけ次第、排除して欲しい。また、同種は非常にか弱い存在であるが、他のスライムが強力な存在であることを忘れてはならない。別項をも精読し、肝に銘じるべし。』へえ……」

 

(最弱だけど、環境への脅威は大きいんだ)

 

 もしかしたらクサバミスライムはかなり異端の魔物なのかもしれない。

 

 そんなことを考えつつ、彼女は解説者の言葉に従い、別項を読もうとした。しかし、途端に眠気が襲ってきて、向学心を打ち負かされる。

 

「ふぁ……ふう、明日にしよ――寝よ、ダンク」

「…………」

 

 図鑑をパタンと閉じるともふもふの彼を抱えてベッドに飛び込んだ。

 

「ふう……おやすみ、ダンク」

 

 挨拶をして目を瞑ると、甘い痺れが体を包んだ。

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