冒険姫リーベ 英雄の娘、幸せで安全な日常を手放し絶望の故郷を救うため父の孫弟子になる   作:丘引みみず

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073 天に立つ者 前編

「ヴヴェエエエエエエッッッ!」

 

 ビブラートの効いた咆哮とともにヤギの魔物が崖上から飛び降りた。放物線を描いて落ちる先にはもう一つの断崖があり、それと元いた崖とを交互に蹴ってジグザグと駆け下りてくる。

 

 リーベは自分らがあの魔物の逆鱗に触れたことも忘れるほど、その様は華麗だった。

 

「ヴェ! ヴェ! ヴェエエエエエエエエエ!」

 

 まるで罵声を浴びせるかのようなその(おぞ)ましい鳴き声にリーベはハッとし、スタッフを握り直した。

 

 魔物は既に冒険者一行を前におり、荒々しい息を吐き散らしながら一行を睥睨(へいげい)している。

 

 真っ先に目を惹くのは太く、長く、魔王の角のように禍々しく湾曲したその剛角だ。

 

 頭部から大きな弧を描いて尻の方に伸びており、先端の方でくるんと半回転していた。前面には大きなトゲのようなものが幾つも並んでいて、のこぎりを拡大したような、そんな印象を受ける。コルク色の表面には擦った痕が幾筋も陽光に煌めいており、それがケンカによるものであるということは想像に容易かった。

 

 それに加えてつま先から頭までは2メートルほどもあり、これが首にベルを付け『メエ~』と牧歌的な声を響かせるあのヤギの近縁種とはとても思えなかった。

 

「これが……ハイベックス…………」

「突進には気を付けて」

 

 フロイデは剣を引き抜きながら警告すると、続けて言う。

 

「ヘラクレーエの時みたいにお願い」

 

 魔法を使う時は何を使うかを叫べ。そういう事だ。

 

「わかりました――あ、来ます!」

 

 ハイベックスは後ろ脚をザッザッと後ろに蹴ったのも束の間、怒り狂った雄牛の如く猛然と突進してくる。

 

「避けて!」

 

 その声に一拍遅れて右に跳ぶと、猛獣が真横を過った。次の瞬間、突風の如き風圧がリーベを襲った。危うく転倒しかけるも、フロイデに肩を持たれて立て直す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 彼の方を向くも、その大きな瞳は魔物に向けられたままだった。

 

「目を離しちゃ、ダメ――また来る……!」

 

 追撃にリーベは右に、フロイデは左に跳んだ。

 

 着地した時、彼女はフロイデが長剣の切っ先でハイベックスの肩を浅く斬り付けたのを見た。

 

「すごい……」

 

(回避をしながら攻撃をするなんて……わたしも負けてられない!)

 

 ハイベックスが振り向いた瞬間を狙い、リーベは双円錐の氷塊を撃ち込む。

 

「アイスフィスト!」

 

 目を狙ったつもりが、狙いを違えて角に当たってしまった。

 

「ヴェエエ!」

 

 苛立たしげな声に、リーベは自分があの魔物を怒らせてしまったのだと気付かされる。

 

(そうか。ケンカの時に角をぶつけ合うんだから、角への刺激は怒りの切っ掛けになるんだ)

 

 浅慮な攻撃を後悔しつつ、もう一度避ける。

 

 すると同じ方に避けたフロイデが早口で言う。

 

「顔にファイアを当てて」

「え?」

「目を潰すの。お願い――くっ!」

 

 またも体を斬り付けながら避けた彼が視線を送ってくる。

 

それに従い、リーベ光の玉を生成する。

 

 その間、ハイベックスは乱暴な足取りで旋回していた。

 

(……ファイアで目を潰すって……確かに。無理にアイスフィストで狙うよりも、その方が確実か。剣士であるフロイデの方が的確に魔法を使い分けられるなんて悔しいけど、今は戦闘中。後悔なら後回しだ!)

 

「むう……!」

 

(魔弾が出来るまであと少し……今!)

 

「メガ・ファイア!」

 

 オレンジ色の魔弾はハイベックスの鼻先目掛けて飛翔する。弾速こそ緩慢だが、これから突進をしてくる以上、命中は必死。そうなれば後はフロイデがトドメを刺して終わりだ。

 

 勝利を確信したのも束の間、奇妙なことが起こった。

 

 ハイベックスの巨体がぐわんと、体側が地面に触れんばかりに傾いたのだ。

 

「ええっ⁉」

 

 驚愕は狙いを外した魔弾が炸裂する音によってかき消される。

 

 困惑するリーベを他所に、魔物は小さな弧を描いて頭側へ――リーベたちから見て右側に移動し、そこで態勢を立て直すと今度は左へ傾き、彼女らへ迫る。

 

(あんな曲芸みたいな真似が出来るなんて……)

 

「リーベちゃん!」

「え――」

 

 意識を戻すと、すぐそこにハイベックスが迫っていた……もう、間に合わない。

 

「きゃああっ!」

 

咄嗟に目を瞑った時、フェアの声が響く。

 

「ガイア!」

 

 突如、リーベのつま先あたりから土柱がせり出し、迫るハイベックスを空高く打ち上げた。

 

 ぱらぱらと土柱が崩れる向こうでは、魔物が崖に打つかりそうになっていたがしかし、相手はハイベックス。持ち前のバランス感覚で崖に飛び乗り、何事もなかったかのように下りてくる。

 

「ふう……」

 

 フェアの魔法には助けられてばかりだ。お礼も言いたいし、お詫びもしたい。でも今は戦いの方が優先であった。

 

「大丈夫?」

 

 フロイデが視線はそのままに、声だけで尋ねてくる。

 

「はい! まだやれます!」

 

 リーベは威圧するように後ろ脚で地面を蹴り続けているハイベックスを見やる。

 

 その威容と身体能力を前にすっかり忘れていたが、図鑑にはこう書いてあった。

 

『体を橫に倒しながら左右へ蛇行し、害敵に接近し、その大角で打ち砕く。諸君がこれと退治するときは、まずはその動きを封じなければならない。』

 

 その記述を見たとき、蛇行と言っても精々、馬が再現出来る程度のものだと思っていたがしかし、それは浅慮な思い込みであった。

 

 あの魔物はコインを床に落とした時みたいに、無理な姿勢でぐりんと曲がるのだ。そんなことをされたら当たる攻撃も当たらない。対処法としては、図鑑にもあったようにその動きをどうにか封じることだけだ。

 

 リーベが頭の半分を使って思案していると、ヴァールの声が飛んでくる。

 

「目を瞑れ!」

「え?」

 

 急な指示に戸惑い、振り返ると、フェアがロッドを振りかぶっていた――何か魔法を使うつもりだ。そう理解するや、彼女はギュッと固く目を閉じた。

 

「フラーシ!」

 

 彼の声が響いた次の瞬間、まぶたの裏が白くなった。そこから察せられるフラーシの効果は、『眩い光を発する』であった。

 

「くっ……!」

 

 まぶたの裏が黒くなってからリーベは目を開けた。するとそこでは、ハイベックスが暴れていた。

 

「ヴェッ! ヴェッ! ヴェッ!」

 

目を灼かれた痛み、敵が見えない不安。それらが怒りとして表われているのは、どこへともなく頭突きを繰り返している様から容易に察せられた。

 

「一旦退却だ!」

 

 リーダーであるヴァールにそう促されると、リーベとフロイデは目を合わせ、うなずき合った。

 

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