冒険姫リーベ 英雄の娘、幸せで安全な日常を手放し絶望の故郷を救うため父の孫弟子になる   作:丘引みみず

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074 天に立つ者 中編

 ハイベックスの下を離れ、物陰までやって来た。

 

「さっきはすみませんでした。わたし、びっくりしちゃって……」

「危なかった」

 

 フロイデは安堵と批難とが入り交じった目をリーベに向ける。

 

「ごめんなさい。フェアさんが助けてくれなかったら今頃――」

「済んだことを気にしても仕方ありません。今は対策に集中してください」

 

 フェアは冷静な言葉をもって、穏やかに彼女を励ましてくれた。

 

「……わかりました」

「なんにせよだ」

 

 ヴァールが鼻息と共に言う。

 

「まずはアイツの動きを封じなきゃならない。そのためにはリーベ。お前の魔法が必要だ」

「で、でも! あんな風に避けられちゃうんじゃ無理だよ!」

 

 フェアの『ガイア』みたいな強力な魔法があればいいが、彼女が使えるのはあのメガ・ファイアとアイスフィストの2つだけだ。どちらもハイベックスの動きを封じるのには使えないだろう。

 

(精一杯訓練してきたはずなのに……もっともっと頑張れば、こんな悔しい思いをしなくて済んだのかな?)

 

 そう考えていると、ヴァールが出し抜けに変なことを言う。

 

「リーベ。俺が今からお前の顔を殴りかかったらどうする?」

「え⁉ ど、どうするって……避けられれば避けるけど…………」

「それはヤツも同じだ。避けられる程度の速さの攻撃が飛んできたら、避けるだろう」

「?」

 

 いまいち要領を得ないその言葉に首を傾げていると、フロイデがぼそりと言う。

 

「壁を作るだけが、妨害じゃない」

 

 その言葉にフェアが頷く。

 

「そういう事です。避け続けなければならない状況に陥れることでも敵の動きを封殺できます」

「……なるほど」

 

 例え魔物でも、無尽蔵の体力を持っているワケではない。ましてやハイベックスは体を倒しながら突進してくるのだ。並の魔物以上に消耗が激しいのは想像に容易い。

 

「わかりました。でも、アイスフィストは避けませんでしたし、メガ・ファイアは撃つのに時間が掛かっちゃって……とても間に合いません」

「であればファイアを使うとよろしいでしょう」

「ファイア?」

「ええ。目的は攻撃ではなく、相手の動きを封じることです。であれば威力は重要ではありません」

「そうか、質より量ってことですね!」

 

 そう返すと彼は満足げに頷いた。その隣ではヴァールも、同じような顔をしていた。

 

「リーベちゃんがアレを疲れさせて、ぼくが仕留める。これでいこ?」

 

 疑問形でありながら、フロイデの瞳には確固たる意思が感じられた。

 

 それを否む由はないが、彼女はなによりも彼の強い意思に寄り添いたいと、そんな思いからリーベは力強く頷いた。

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 戦場に戻る最中、リーベはハイベックスが移動していないか心配になったが、それは全くの杞憂だった。あの魔物は縄張りを荒らした不届き者に憤り、フガフガと鼻を鳴らしながら一帯を歩き回っていたのだ。

 

(縄張り意識が強いとは聞いていたけれども、これは相当だな……)

 

 その執念深さを恐ろしく思う一方、お陰で探す手間が省けた。となればもう、決着を付けるだけだ。

木陰から様子を伺っていたリーベとフロイデは目線を交わし、頷き合い、飛び出した。

 

 フロイデが魔法使いの射線を遮らないよう、斜め前を駆ける。リーベは魔力を練り上げながら剣士の斜め後方に追従する。

 

 するとハイベックスは気付いた。尖形の顔を冒険者に向けるや、怒りに喉を震わせる。

 

「ヴェエエエエエエエエエエエエッ!」

 

 大きな鳴き声の残響が消えぬ間に魔物は攻撃の態勢に入る。ザッザッと脚を鳴らし、程近いフロイデに狙いを定め、突進を繰り出す。

 

「リーベちゃん……!」

「はい! ファイアっ!」

 

 放ったのは手の平サイズの魔弾だ。大きさこそ頼りないものの、煌々たるその輝きは内部に大きな力を秘めていることを表わしていた。

 

 故に魔物は避けた。そのまま倒れてしまうのではないかと危ぶむほどに体側部を地面に近づけ、駆ける。頭のある左側へとぐわんと曲がり、続いて右へ。そうしてリーベに狙いを変え、再び突進してくる。

 

 魔王のような剛角を戴いた大ヤギが迫る様は悍ましさを極めていた。しかし、対処方が定められた今となっては恐怖よりも勇気が勝った。リーベはスタッフを振り翳し、叫ぶ。

 

「ファイア!」

 

 再びの攻撃に対し、ハイベックスは突進の軌道を変え、右に旋回した。

 

「やった……!」

 

(おじさんの言ったとおりだ。この調子で邪魔し続ければ疲れてくる。そうなればわたしたちの勝ちだ!)

 

「ファイア!」

 

 3度目の魔法を放つと、やはり魔物は回避した。だがふと、その距離は次第に縮まりつつあることに気付く。

 

「あ――」

 

 すり鉢状の穴にガラス玉を転がすと半径を狭めながら中央を目指すように、ハイベックスは徐々にリーベへと迫っていく。このままではその体力を削ぎきる前にリーベが弾き飛ばされる。

 

(どうにかしなきゃ……でも、どのタイミングで?)

 

 単に立ち位置を変えれば解決する問題であったが、彼女にとって、それは崖から崖へ飛び移るように大変危険な行為に思われた。

 

「う……! ふぁ、ファイア!」

 

 4発目を放ち、魔物が軌道を右に変えた時、その正面にフロイデが躍り出る。両腕を伸ばしきり、まるで旗でも持っているかのように長剣の切っ先を前方に突き出している。それは威嚇であり、彼はハイベックスの注意を自らに引き付けたのだ。

 

(わたしが逃げる時間を稼いでくれてるんだ!)

 

 察するや、リーベはすり鉢の底から脱出し、魔物と距離を開けながら彼を見守る。

 

「…………」

「ヴェエエエ!」

 

 ハイベックスは外敵の片割れを前に、小さな頭部には余りに大きすぎるその角を前方に突き出し、このまま打ち砕かんと加速する。

 

 一方フロイデは泰然自若(たいぜんじじゃく)と佇み、ギリギリまで引き付ける。その姿はまるで闘牛士だ。

 

 彼は限界ギリギリまで魔物を引き付けると左にサッと躱しながら切っ先で魔物の右半身を撫でた。

 

「すごい……」

 

(なんて胆力……!)

 

 日頃の愛嬌から忘れてしまっていたが、彼は新鋭の剣士なのだ。彼女が深く感心していると、彼はリーベに向けて叫ぶ。

 

「そっち、行った……!」

 

 ハイベックスは切り傷から赤黒い血をまき散らしながら駆け寄ってくる。まさに捨て身とも言えるその様子にリーベは胸を痛めたがしかし、これもセロン村の人々の為。彼の命を受け取らないと守れないものがあるのだと、ラソラナの時と同様に心に言い聞かせる。

 

「ファイアっ!」

 

 この攻撃に対し、やはり彼は体を傾がせての回避を試みた。しかし体力の消耗と血液の欠乏のせいで回避行動がそのまま転倒に繋がった。

 

「ヴェエ! ヴェエ!」

 

 必死に藻掻き、立ち上がろうとしている。

 

(……可愛そうだけど、この仕事を任された冒険者として、わたしはその動きを封じなければならないんだ)

 

「リーベちゃん!」

「……はい」

 

 この隙に彼女は魔力を練り上げる。ファイアではない。それより強大な、囮ではない、本当の攻撃魔法を――

 

「メガ・ファイア!」

 

 頭部へ向けて放ったそれは、角と角の間に命中し、炸裂した。

 

 パアンッッッッッッ!

 

 乾いた音にはガボッと角が砕ける音が混じり――

 

「ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッッッッッッッッッッッッ!」

 

角を折られた激痛に、頭を襲う鈍痛に、そして体表を焼かれる苦痛にハイベックスが叫び、のたうち回る。その絶叫はけたたましいことこの上なく、セロン村まで響いていてもおかしくないほどの大音量だった。

 

 苦痛に暴れるも立ち上がれず、駄々をこねる子どものような滑稽を演じていた。

 

「うっ……」

 

 覚悟していたことであるが、リーベは大きな罪悪感に苛まれた。その一方、フロイデは冷静に行動する。

 

 宙を蹴り続ける後ろ脚の付け根の筋を断ち切り、蹴りを封じてからハイベックスの胸を刺し貫いた。

 実にあっけない幕切れであった。

 

「終わった……」

 

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