TS特級呪術師 秋山凛子   作:オッパッピー

1 / 10
100%趣味で書かれたSSです。


第一話 存在しない記憶

中学三年生の秋。

 

窓から差し込む夕陽が教室を赤く染めていた。

 

「じゃあホームルームは終わり。寄り道しないで帰れよ」

 

担任教師の声を聞き流しながら、一人の少女は席を立った。

 

腰まで届く艶やかな黒髪。

 

凛とした瞳。

 

整った顔立ち。

 

名は――秋山凛子。

 

周囲からは「美人」「剣道部のエース」と評判だが、本人はそんなことを気にしたことはない。

 

(今日は素振りを百本追加するか)

 

そんなことを考えながら廊下を歩いていると、不意に頭へ鋭い痛みが走った。

 

「……っ!」

 

あまりの頭痛に世界が揺れる。

 

壁に手をつき、その場に膝をつく。

 

「秋山さん!?」

 

クラスメイトが駆け寄ろうとした、その瞬間。

 

――ドクン。

 

心臓が大きく脈打つ。

 

(何だ……これ……)

 

視界が真っ白になる。

 

突如、凛子の脳内に溢れ出した――存在しない記憶。

 

知らない家族。

 

知らない学校。

 

そして――男だった頃の人生。

 

「……え?」

 

膨大な記憶が一気に流れ込んでくる。

 

日本で暮らしていたこと。

 

会社勤めだったこと。

 

休日にゲームや漫画を楽しんでいたこと。

 

そして、

 

『対魔忍』という作品をプレイしていたこと。

 

秋山凛子というキャラクターのこと。

 

「私は……」

 

思わず言葉が漏れた。

 

(私の前世は……男だった……?)

 

頭痛はさらに激しくなる。

 

だが数十秒後、嘘のように痛みは消えた。

 

「……終わった?」

 

ゆっくり立ち上がる。

 

その瞬間だった。

 

廊下の端に、黒い"何か"が立っていた。

 

人の形をしている。

 

だが、人ではない。

 

全身が歪み、顔は溶けたように崩れ、何本もの腕が触手のようにぶら下がっている。

 

「…………」

 

誰も気付いていない。

 

生徒たちはその横を普通に歩いている。

 

(魔族……)

 

自然とその言葉が浮かんだ。

 

対魔忍の世界で見たような、人に害をなす異形。

 

凛子の目と化け物の目が合う。

 

化け物は凛子へ気付き、濁った笑みを浮かべた。

 

「グ……ァァ……」

 

ゆっくりと近付いてくる。

 

(そうか)

 

(今まで見えなかっただけで、たった今見えるようになったんだな)

 

不思議と恐怖はなかった。

 

身体が覚えている。

 

剣の握り方、敵を斬る感覚。

 

化け物がおぞましい見た目の触手を振り上げる。

 

十メートル以上離れているが、恐らくあの触手は伸びるのだろう。

 

その瞬間だった。

 

身体の奥底から熱が湧き上がる。

 

(これは……。)

 

空気が震える。

 

目に見えない力が身体中を巡る。

 

もちろん彼女は知らない。

 

それが、この世界で呪力と呼ばれる力であることを。

 

尤も、彼女の認識では違う。

 

(魔力か。)

 

勘違いだ。

 

だが、力であることに違いはなかった。

 

凛子は近くの掃除用具入れへ視線を向ける。

 

その中には一本の木刀がある事を覚えていた。

 

体育祭の出し物で使われ、そのまま置かれていたものだった。

 

(これなら戦える。)

 

凛子は勢いよく掃除用具入れの扉を開け、迷わず木刀を手に取る。

 

化け物が腕を振り下ろす間際。

 

凛子は咄嗟に一歩踏み込んだ。

 

「はっ!」

 

木刀が振るわれる。

 

凛子から化け物まで距離がある。

 

本来なら届く筈はない。

 

しかし、なぜか届くという確信が胸にあった。

 

ザンッ――。

 

その瞬間、凛子の眼前で空間が音もなく裂けた。

 

化け物が、縦に真っ二つになる。

 

「…………!」

 

凛子は目を丸くした。

 

(今のは。)

 

木刀は確かに空を切った。

 

それなのに敵が斬れている。

 

(新しい能力か。)

 

驚きよりも納得が勝っていた。

 

対魔忍の世界には超常の技が存在する。

 

自分にも何か目覚めたのだろう。

 

そう結論付けた。

 

異形は黒い煙となって消える。

 

誰一人、その出来事に気付いていない。

 

「秋山さん、大丈夫?急にどうしたの?」

 

友人が、凛子の頭痛と急な奇行に心配そうに声を掛ける。

 

「ああ、大丈夫だ。」

 

凛子は微笑む。

 

「少し貧血だっただけ。素振りして体に活を入れたら治った」

 

「本当に大丈夫?」

 

「ああ、もう大丈夫だ。」

 

安心した友人は教室へ戻っていく。

 

一人になった凛子は、廊下の窓から夕焼けを見つめた。

 

(……魔族がいる。)

 

(つまり、この世界も安全じゃない。)

 

静かに木刀を握る。

 

(なら、戦うしかないな。)

 

彼女はまだ知らない。

今日斬った異形が呪霊と呼ばれる存在であることも。

自らが目覚めた力が呪力であり、術式「空裂操術」であることも。

 

そして、秋山凛子は、生涯真実を知ることはなかった。

この世界が『対魔忍』ではなく、『呪術廻戦』の世界であることを。

 

 




前世の男が亡くなったのは2017年の事でした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。