一級呪霊との任務から数日後。
東京都立呪術高等専門学校。
朝。
訓練場では、澄んだ金属音が響いていた。
キィンッ。
キィンッ。
凛子は黙々と刀を振るう。
抜刀。
無駄のない斬撃。
納刀。
一連の動作は日に日に洗練されていた。
少し離れた場所では、歌姫が突きを繰り返している。
踏み込み。
突き。
引き。
再び突く。
一級呪霊との戦いを境に、自分の剣を完全に突き主体へ切り替えていた。
夜蛾は静かに二人を見守る。
「そこまで」
二人は刀を納め、一礼した。
「一級呪霊との任務から、それぞれ課題は見えたようだな」
「ああ」
凛子は短く答える。
歌姫も頷いた。
「まだまだ足りません」
夜蛾は小さく頷く。
「それでいい」
「課題が見えているうちは伸びる」
その時だった。
補助監督が訓練場へ駆け込んでくる。
「夜蛾先生」
「例の件で、新しい報告が入りました」
夜蛾の表情が僅かに変わる。
「……分かった」
「秋山、庵」
「職員室へ来い」
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職員室。
机の上には数枚の写真と報告書が並べられていた。
夜蛾は静かに資料を広げる。
「先日話した」
「術師ばかりを狙う何者かについてだ」
歌姫の表情が引き締まる。
「何か分かったんですか?」
夜蛾は一枚の写真を机へ置いた。
そこには病院のベッドで横たわる術師が写っている。
外傷はほとんどない。
しかし、その表情は激痛に耐えるように苦しんでいた。
「命に別状はない」
「だが、現在も立つことができない」
補助監督が続ける。
「交戦した術師は全員生還しています」
「ですが、全員が戦闘不能になりました」
凛子は写真を見つめる。
「肉体への損傷が少ない」
「それでも戦えなくなる……」
夜蛾は頷いた。
「術式の正式名称は判明していない」
「だが能力は分かった」
「相手の感覚を増幅する術式だ」
歌姫が息を呑む。
「感覚を……」
夜蛾は一つずつ指を折る。
「視覚、聴覚、嗅覚、触覚」
「そして痛覚」
「必要に応じて感覚を異常なまでに増幅させる」
補助監督が報告書をめくる。
「最も多いのは痛覚の増幅です」
「傷は浅くても、激痛によって戦闘継続が困難になります」
部屋が静まり返る。
凛子は腕を組み、静かに考え込んだ。
(身体を壊す術式じゃない)
(精神を崩す術式か)
夜蛾はその様子に気付いたが、何も言わなかった。
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夜蛾は二人を真っ直ぐ見据える。
「現時点で、この呪詛師をお前たちへ担当させるつもりはない」
「遭遇した場合は戦うな」
「迷わず撤退しろ」
「これは命令だ」
「はい」
歌姫は真剣な表情で返事をする。
凛子も静かに頷いた。
「了解した」
夜蛾は最後に付け加えた。
「この術式は身体ではなく、心を折る」
「どれだけ実力があっても、冷静さを失えば終わりだ」
その言葉は、二人の胸へ深く刻まれた。
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職員室を出た帰り道。
歌姫がぽつりと呟く。
「嫌な術式ね」
「斬られる方がまだましだわ」
「ああ」
凛子も頷く。
「痛みは判断を鈍らせる」
「だからこそ厄介だ」
歌姫は横を見る。
「秋山でも苦手?」
少しだけ間が空く。
凛子は正直に答えた。
「苦手だ」
「痛いものは痛い」
歌姫は思わず吹き出した。
「そこは普通なのね」
凛子も僅かに笑う。
「ああ」
重かった空気が少しだけ和らいだ。
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その頃。
山奥の廃寺。
崩れた本堂の中央に、一人の男が立っていた。
黒い法衣。
痩せた身体。
細く吊り上がった目。
その足元には、一人の術師が倒れている。
傷は浅い。
しかし全身を震わせ、立ち上がることすらできなかった。
男はしゃがみ込み、その顔を覗き込む。
「もう立てないか」
術師は歯を食いしばる。
「ぐっ……」
男は愉快そうに笑った。
「身体は動く」
「なのに立てない」
「面白い」
「痛みとは」
「身体ではない」
「心を壊すものだからな」
男は立ち上がる。
興味を失ったように背を向けた。
「まだ足りない」
「もっと強い術師はいないものか」
「もっと」
「壊しがいのある奴が」
不気味な笑い声だけが、静まり返った廃寺へ響いていた。
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夕暮れ。
高専へ戻った凛子は、一人で刀の手入れをしていた。
刃に映る自分の姿を静かに見つめる。
(精神を狙う術式……)
(どう戦えばいい)
答えはまだ出ない。
だが一つだけ分かっていることがあった。
敵を知ることもまた、術師にとって重要な戦いの一つだということを。
そして数日後。
その呪詛師は、自ら凛子たちの前へ姿を現すことになる。