TS特級呪術師 秋山凛子   作:オッパッピー

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第十五話 現れる呪詛師

一級呪霊との任務から数日後。

 

東京都立呪術高等専門学校。

 

朝。

 

訓練場では、澄んだ金属音が響いていた。

 

キィンッ。

 

キィンッ。

 

凛子は黙々と刀を振るう。

 

抜刀。

 

無駄のない斬撃。

 

納刀。

 

一連の動作は日に日に洗練されていた。

 

少し離れた場所では、歌姫が突きを繰り返している。

 

踏み込み。

 

突き。

 

引き。

 

再び突く。

 

一級呪霊との戦いを境に、自分の剣を完全に突き主体へ切り替えていた。

 

夜蛾は静かに二人を見守る。

 

「そこまで」

 

二人は刀を納め、一礼した。

 

「一級呪霊との任務から、それぞれ課題は見えたようだな」

 

「ああ」

 

凛子は短く答える。

 

歌姫も頷いた。

 

「まだまだ足りません」

 

夜蛾は小さく頷く。

 

「それでいい」

 

「課題が見えているうちは伸びる」

 

その時だった。

 

補助監督が訓練場へ駆け込んでくる。

 

「夜蛾先生」

 

「例の件で、新しい報告が入りました」

 

夜蛾の表情が僅かに変わる。

 

「……分かった」

 

「秋山、庵」

 

「職員室へ来い」

 

 

---

 

職員室。

 

机の上には数枚の写真と報告書が並べられていた。

 

夜蛾は静かに資料を広げる。

 

「先日話した」

 

「術師ばかりを狙う何者かについてだ」

 

歌姫の表情が引き締まる。

 

「何か分かったんですか?」

 

夜蛾は一枚の写真を机へ置いた。

 

そこには病院のベッドで横たわる術師が写っている。

 

外傷はほとんどない。

 

しかし、その表情は激痛に耐えるように苦しんでいた。

 

「命に別状はない」

 

「だが、現在も立つことができない」

 

補助監督が続ける。

 

「交戦した術師は全員生還しています」

 

「ですが、全員が戦闘不能になりました」

 

凛子は写真を見つめる。

 

「肉体への損傷が少ない」

 

「それでも戦えなくなる……」

 

夜蛾は頷いた。

 

「術式の正式名称は判明していない」

 

「だが能力は分かった」

 

「相手の感覚を増幅する術式だ」

 

歌姫が息を呑む。

 

「感覚を……」

 

夜蛾は一つずつ指を折る。

 

「視覚、聴覚、嗅覚、触覚」

 

「そして痛覚」

 

「必要に応じて感覚を異常なまでに増幅させる」

 

補助監督が報告書をめくる。

 

「最も多いのは痛覚の増幅です」

 

「傷は浅くても、激痛によって戦闘継続が困難になります」

 

部屋が静まり返る。

 

凛子は腕を組み、静かに考え込んだ。

 

(身体を壊す術式じゃない)

 

(精神を崩す術式か)

 

夜蛾はその様子に気付いたが、何も言わなかった。

 

 

---

 

夜蛾は二人を真っ直ぐ見据える。

 

「現時点で、この呪詛師をお前たちへ担当させるつもりはない」

 

「遭遇した場合は戦うな」

 

「迷わず撤退しろ」

 

「これは命令だ」

 

「はい」

 

歌姫は真剣な表情で返事をする。

 

凛子も静かに頷いた。

 

「了解した」

 

夜蛾は最後に付け加えた。

 

「この術式は身体ではなく、心を折る」

 

「どれだけ実力があっても、冷静さを失えば終わりだ」

 

その言葉は、二人の胸へ深く刻まれた。

 

 

---

 

職員室を出た帰り道。

 

歌姫がぽつりと呟く。

 

「嫌な術式ね」

 

「斬られる方がまだましだわ」

 

「ああ」

 

凛子も頷く。

 

「痛みは判断を鈍らせる」

 

「だからこそ厄介だ」

 

歌姫は横を見る。

 

「秋山でも苦手?」

 

少しだけ間が空く。

 

凛子は正直に答えた。

 

「苦手だ」

 

「痛いものは痛い」

 

歌姫は思わず吹き出した。

 

「そこは普通なのね」

 

凛子も僅かに笑う。

 

「ああ」

 

重かった空気が少しだけ和らいだ。

 

 

---

 

その頃。

 

山奥の廃寺。

 

崩れた本堂の中央に、一人の男が立っていた。

 

黒い法衣。

 

痩せた身体。

 

細く吊り上がった目。

 

その足元には、一人の術師が倒れている。

 

傷は浅い。

 

しかし全身を震わせ、立ち上がることすらできなかった。

 

男はしゃがみ込み、その顔を覗き込む。

 

「もう立てないか」

 

術師は歯を食いしばる。

 

「ぐっ……」

 

男は愉快そうに笑った。

 

「身体は動く」

 

「なのに立てない」

 

「面白い」

 

「痛みとは」

 

「身体ではない」

 

「心を壊すものだからな」

 

男は立ち上がる。

 

興味を失ったように背を向けた。

 

「まだ足りない」

 

「もっと強い術師はいないものか」

 

「もっと」

 

「壊しがいのある奴が」

 

不気味な笑い声だけが、静まり返った廃寺へ響いていた。

 

 

---

 

夕暮れ。

 

高専へ戻った凛子は、一人で刀の手入れをしていた。

 

刃に映る自分の姿を静かに見つめる。

 

(精神を狙う術式……)

 

(どう戦えばいい)

 

答えはまだ出ない。

 

だが一つだけ分かっていることがあった。

 

敵を知ることもまた、術師にとって重要な戦いの一つだということを。

 

そして数日後。

 

その呪詛師は、自ら凛子たちの前へ姿を現すことになる。

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