TS特級呪術師 秋山凛子   作:オッパッピー

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第十六話 痛みの術式

呪詛師の情報が共有されてから数日。

 

東京都内。

 

補助監督が運転する車の中には、凛子と歌姫の姿があった。

 

窓の外では雨が静かに降っている。

 

補助監督がバックミラー越しに二人を見る。

 

「今回の任務は三級呪霊の討伐です」

 

「住宅街の廃ビルに潜伏しています」

 

「現時点では、例の呪詛師との関連は確認されていません」

 

歌姫は小さく息を吐く。

 

「三級なら、いつも通りね」

 

「ああ」

 

凛子も短く答えた。

 

しかし、夜蛾の言葉だけは頭から離れなかった。

 

――遭遇したら戦うな。

 

――迷わず撤退しろ。

 

その意味を考えながら、凛子は静かに窓の外を見つめていた。

 

 

---

 

現場。

 

五階建ての古い雑居ビル。

 

帳が下ろされる。

 

二人は刀を抜き、慎重に建物へ入った。

 

呪力の気配は三階。

 

階段を一段ずつ上がる。

 

やがて、廊下の奥から黒い靄が現れた。

 

三級呪霊。

 

人型ではあるが、両腕だけが異様に長い。

 

「ギィィッ!」

 

呪霊が飛び掛かる。

 

歌姫が前へ出る。

 

「はっ!」

 

鋭い突き。

 

切っ先が胸を貫く。

 

体勢が崩れた隙を逃さず、凛子が居合で斬り抜ける。

 

さらに術式を重ねる。

 

空間を裂く斬撃が呪霊を両断した。

 

黒い霧となって消滅する。

 

「終わったわね」

 

歌姫が刀を納めようとした、その時だった。

 

凛子の表情が変わる。

 

「待て」

 

「……誰かいる」

 

歌姫も周囲を見回す。

 

「呪霊じゃない?」

 

「いや」

 

「この気配、人間だ」

 

 

---

 

廊下の奥。

 

窓際に、一人の男が立っていた。

 

黒い法衣。

 

細身の体格。

 

細く吊り上がった目。

 

静かに二人を見つめている。

 

歌姫は反射的に刀を構えた。

 

「あなた……誰?」

 

男は口元だけを歪める。

 

「術師か」

 

「思ったより若いな」

 

凛子は一歩前へ出る。

 

「お前が」

 

「術師を狙っている呪詛師か」

 

男は小さく笑った。

 

「もう私のことが伝わっているとは」

 

「少しは楽しめそうだ」

 

男は二人を見比べる。

 

「さて」

 

「どちらが先に折れるか、見ものだな」

 

その瞬間。

 

男が軽く指を鳴らした。

 

パチン。

 

「っ……!」

 

歌姫が突然膝をつく。

 

「うっ……あぁ……!」

 

肩を押さえ、苦しそうに息を荒げる。

 

任務中にできた小さな擦り傷。

 

その程度の傷しかない。

 

それなのに。

 

額から脂汗が流れ、立ち上がることすらできない。

 

「歌姫!」

 

凛子が駆け寄る。

 

「どうした!」

 

「痛い……!」

 

「痛い……っ!」

 

「何これ……!」

 

涙を滲ませながら必死に耐える歌姫。

 

男は、その様子を興味深そうに眺めていた。

 

「どうした。まだ触れてもいないのに」

 

「元から感度が高いのかな」

 

その声には愉悦だけがあった。

 

 

---

 

凛子は刀を構え、男を睨む。

 

(これが……。)

 

(感覚を操る術式。)

 

男の全身を観察する。

 

法衣の裾が風で僅かに揺れた。

 

その奥に、一瞬だけ黒い何かが見えた。

 

(武器……?)

 

だが、それ以上は分からない。

 

男は凛子の視線に気付いたようだったが、何も言わない。

 

ただ、不気味に笑うだけだった。

 

 

---

 

歌姫は激痛で立ち上がれない。

 

呼吸も乱れ始めている。

 

凛子は状況を冷静に整理する。

 

(歌姫は戦えない。)

 

(私一人で相手をするのは危険。)

 

(勝てる保証もない。)

 

夜蛾の命令が頭をよぎる。

 

――遭遇したら戦うな。

 

凛子は刀を静かに納めた。

 

「歌姫」

 

「肩を貸す」

 

歌姫は苦しそうに頷く。

 

「……ごめん」

 

「謝るな」

 

凛子は歌姫を支え、ゆっくりと後退する。

 

男は追ってこなかった。

 

「逃げるか」

 

凛子は振り返らない。

 

「ああ」

 

「今日は退く」

 

男は小さく笑う。

 

「正しい判断だ」

 

「だからこそ」

 

「次は、もっと面白い」

 

その言葉だけを残し、男は闇の中へ消えていった。

 

 

---

 

帳の外へ出る。

 

補助監督がすぐに駆け寄ってきた。

 

「秋山さん!」

 

「庵さん!」

 

歌姫の様子を見るなり、表情を変える。

 

「帳を解除します!」

 

「救護班を要請してください!」

 

補助監督は無線へ手を伸ばし、応援を呼ぶ。

 

歌姫はそのまま車へ運ばれた。

 

 

---

 

高専。

 

夜蛾は報告を最後まで聞き終え、静かに腕を組んだ。

 

「そうか」

 

凛子は男を思い返す。

 

「あの呪詛師」

 

「術式だけで戦う相手ではありません」

 

夜蛾は目を細める。

 

「どういうことだ」

 

「法衣の下に何かを隠していました」

 

「一瞬しか見えませんでしたが……」

 

「武器だと思います」

 

夜蛾は静かに頷く。

 

「術式だけではないか」

 

部屋が静まり返る。

 

凛子はゆっくり拳を握った。

 

(あいつは。)

 

(まだ本気じゃない。)

 

その時。

 

夜蛾が静かに口を開く。

 

「秋山」

 

「おそらく、お前は見られている」

 

凛子は顔を上げた。

 

「歌姫へ術式を使ったのは実験だ」

 

「お前がどう動くか」

 

「何を優先するか」

 

「見極めていた」

 

凛子は静かに目を閉じる。

 

確かに男は最後まで、自分を見ていた。

 

夜蛾は低い声で続けた。

 

「次に現れる時は」

 

「お前を狙って来ると思え」

 

静かな部屋に沈黙が落ちる。

 

一年生最後の戦いは、もう避けられないところまで近づいていた。

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